第31話

 新手の羽崎は目測でも六百程。

 中央を布陣していた苗木遠山家と安木遠山家が対応し、我ら木曽家と明知遠山家が両翼から集まるようにして中曽根家を迎える。

「チィ……このままじゃ囲まれて擂り潰される……」

 馬上から弓を引きつつ悪態をつく。

 現在、この時代ではそれなりに広い木々に囲まれた街道。我らは丸くなるように陣を変え、敵方は広がるように移動しつつある。それにより、我ら木曽の騎馬兵が誇る機動力を生かしきれない。

「倉川!突っ込め!」

「は…はぁ!?」

 倉川は一度了承しかけて、目を見開いた。

「罪滅ぼししたいんだろ!行け!」

「お、おう!望むところぞ!!」

 倉川がそう言うと、槍を回して突貫した。

「右衛門!俺の義風を頼むぞ!」

 俺は義風から飛び降りて手綱を右衛門に渡した。

「えぇ!?戦闘中だぞ!?」

「うるせぇ!俺より強くなってから口答えしろ!」

 普段なら絶対に言わないが、今は緊急事態だ。口が悪くなっても仕方ないだろう。

「黒川殿!指揮を任せても!?」

「任された!幸吉は存分に暴れよ!」

「承知!」

 馬上槍を上手く取り回して地を自分の足で駆ける。

 前方で大立ち回りをしている倉川に近寄ろうとしている敵兵を後ろから討ち取っていく。

 今は一人でも多く減らしていくのが先決だ。数で負けている以上、せめて互角の数には持っていきたい。

「倉川!無理に首を狙うな!足元だけで構わん!」

「しかし!」

「トドメは俺が刺す!」

「承った!」

 倉川が敵兵の動きを止め、俺が槍と脇差で討ち取る。我らの動きを見たからか、明知遠山家は一層守りを固め、全体の挟撃を防いでくれている。

 黒川殿は付知殿と齋藤殿を使って明知遠山家を援護するように敵を叩く。

 絶望的な状況だったが、戦況が少しこちらに傾いてきた。


 その時、十数の矢が俺に飛んできた。

「ふん、効かぬわぁ!」

 これでも武勇を売りにしている身。その程度無傷でなくてはな。

「お主、なかなかの手練れとお見受けする。」

「そちらこそ。」

 俺には相手を見たくらいじゃ力量なんて分からない。なんか鎧が良さげだったから言っただけだ。

「某は中曽根安芸守実智なり!」

「大将が来て良いのか?某は風波幸吉勝康なり!」

 実智に向き直り、こちらも名乗る。

「そなたが、噂に名高き琵琶武者であるな?」

 俺のあだ名か?まぁ、琵琶は引けるけどさぁ……それって実際どうなんだ?馬鹿にされてなきゃ良いんだけど。

「……本人かどうかは知らぬが、琵琶は弾けるぞ。」

「やはり………公方様に認められた首、我が手柄として申し分なし!」

 実智は嬉しそうにニヤリと笑う。獲物を狙うような、そんな目だ。

「ふ、こちらも構わぬ。取れるのなら、な。」

「尋常に!」

「「勝負!」」

 



 倉川に周りの敵兵を任せると目配せで伝え、実智とぶつかる。タイマンということもあり、長過ぎる馬上槍を捨て、脇差で斬り合う。中曽根も俺とさほど変わらぬ脇差を使用している。


 三、四と立ち回りを終えてお互い息を整える。

「なかなかやるのぉ…勝康とやら。」

「ふ、なれば更に苛烈に参りますぞ!」

「むう!?」


 腕に力を込め、弾くイメージで横に斬る。


「くっ……な!?」

 実智は刀を留めて防御に徹するも、上手くイメージ通りに力を入れたことで、実智の刀を弾き飛ばすことが出来た。

「どうされまするか?」

 刀を向け、処遇を問う。

「ぬぅおぉぉぉぉ!!!」

 突然、実智が叫びながらタックルを仕掛けてきた。

「風波殿!」

「案ずるな。」

 倉川の叫びを軽く流し、半身を後退させて実智の首目掛けて一閃。

 浮かぶ首を空中で掴み、天高く掲げる。

「スゥー……中曽根安芸守実智!木曽家風波幸吉勝康が討ち取ったりィ!!!」

 一際大きく息を吸い、戦場に響くように叫ぶ。

 それを聞いた中曽根軍は半分程が逃げるように去っていくも、残りは踏ん張るように残って、未だに戦いが続いている。

 ここで中曽根軍を一蹴して、羽崎軍に全軍で当たりたかったが、まだ無理のようだ。

「兵士を追うなぁ!仲間を襲う敵を潰せぇい!」

 逃げる中曽根軍を追おうとした味方(倉川)を叱責しつつ捨てた馬上槍を拾い直し、明知遠山家が相対する中曽根軍を後ろからぶっ叩く。

「付知殿!伝左衛門!配下を連れ残りを蹴散らせ!我らは明知遠山家と共に羽崎軍に向かうぞぉ!」

「「「「おぉぉぉ!!!!!」」」」

「承知!お前ら、守っていた鬱憤を晴らすぞぉ!!」

「「「「「「おぉぉぉ!!!!!」」」」」」

 黒川殿の号令に明知遠山家も呼応し、軍全体が反転する。

 指名された付知殿と吉田殿が殿のように布陣する。


「幸吉!」

「吉田殿!?助けが必要か!?」

 俺も羽崎軍に向かおうとしたところ、吉田殿に呼び止められた。

「そこまでボケておらぬわ!お主、将の首を持ったままあちらに行く気か?」

「は、そのつもりでしたが。」

「ワシに預けよ。」

「いや、しかし……よろしいのですか?」

 正直助かる。だってずっと見てると気分悪くなるし、身体の動かし方も微妙ではあるが変わる。

 そう思うと預かって欲しいが………

「ふ、あの程度の数、片手が塞がった所で負けはせぬわい!」

「っ!それは心強い。よろしくお頼み申す。」

「うむ。」

 俺は中曽根実智の首を吉田殿に預けて、義風に乗るために右衛門を探した。





ー吉田伝左衛門増伴ー


「中曽根家の兵士達よ!この首を見よ!」

 ワシの言葉に全ての敵兵が注目する。

「これこそ、貴様らの主君の首である。返して欲しくばワシを殺してみよ!」

「貴様ぁ!」

「殺せ!殺せぇ!」

 掛かった……!

 逃げなかった者共は、やはり忠義ある武士であったか。

「その忠義見事。なれば、我が槍にて冥土の旅へ誘おうぞ。」

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