第27話
ー倉川弥次郎左基宗ー
「……権兵衛殿………………」
旭衆の将、風波に討たれた瞬間、権兵衛殿の顔が見て取れた。
その表情には晴々とした笑顔のみがあった。
すでに農民達には嘘を交えつつ村に帰した。身軽な某は権兵衛殿とは逆に走る。
「小川様!」
「弥次郎左か、如何した!」
小川様が乱戦場から抜け出し、某の元にやって来た。
「向田権兵衛殿が討死いたしました。」
「……そうか。話はそれだけか?」
某の望んだ答えは返って来ず、冷淡な一言によって権兵衛殿は搔き消えた。
「っ…………小川様はそれ以外に何か……」
そんなはずはない!昔の小川様ならば!
「それ以外……?何を考えよと言うのだ。」
"昔の小川様"…………ハハッ、自覚なくすでに某は見切っておったのだ。情に流され、傍にいたのみで。
なればこそ、これがあの日の小川様への恩返しになると信じる他あるまい!
「実は……お耳を……」
「そうか。」
某に何の疑いもなく近づく。
ザッ!
「なっ!?貴様っ………!」
「御免。」
脇差を抜き、小川様の足を斬りつけた。
「一体、どういう!」
「スゥー………一揆衆大将!小川を捕らえたりィ!」
「っ!」
某の言葉は戦地を駆け抜け、視界に映る全ての者がその言葉を噛み砕くように止まった。
あるものは喜び、あるものは膝を地に付けた。
「これまでの恩、このような形となり真に……」
膝を付けて頭を下げる。
「やめろ。」
今までの中で最も冷えた響きを感じた。
「しかし……!」
「構わぬ。人の心は、獣には分からぬ。」
小川様は某を見ず、ただただ青き空を眺めていた。
「っ………失礼します。」
明らかな拒絶を突き付けられ、某と小川様は完全に別たれたと感じた。
後は、木曽家との交渉であるな………
小川様を拘束し、連れ歩きながらそう考えていた。
ー風波幸吉勝康ー
「弾正小弼様ァ!」
姿が見えて、思わず大声を上げた。
一揆ということもあって、ここに来るまでの途中に拾った手頃な木の枝で敵を叩く。
近くの旭衆に義風を任せ、足早に近付いた。
「御無事で………そのお怪我は!?」
よく見れば、鎧にも土がついていた。
「少し、交えてな。しかし、この程度問題はないぞ。」
「く!もっと早く来れていれば………!」
「ハッハッ気にするな、ところで他には……?」
「いませぬ!報が来た瞬間に飛び出しましたゆえ、某達しかおらぬかと。」
「そうか、来てくれて感謝する。」
「もったいなき御言葉!」
「一揆衆大将!小川を捕らえたりィ!」
「なんと……」
その言葉が響くと、周囲の敵達が絶望したように膝をついた。
首謀者である小川こそが彼らの心の支柱だったようだ。
「フゥー………」
「っ!弾正小弼様!?」
急に体勢を崩して座り込んだため、何かあったのかと驚いた。
「いや、心配するな。少々安心しすぎたようだ。」
「そうでしたか。そのお気持ち、分かりまする。」
「うむ、手を貸してくれぬか?」
「畏まりました。」
弾正小弼様の手をとり、起こす。軽いなぁ。
「では、一揆勢を集めつつ、功労者の元へと向かうとするか。」
「ですなぁ。」
「お主が小川を捕らえたのだな?」
「はっ!」
「どこの者だ、褒美をやろう。」
「……某は、こちらの小川殿の麾下におりました。」
その言葉に周囲が反応する。
「では、裏切ったと……?」
「……は。」
「そうか……………」
弾正小弼様が空を見上げ、逡巡する。
「よろしいでしょうか?」
「申せ。」
「某と小川殿、この二つのみで此度の一揆を消してくだされ。農民達は決して一揆をしようとしたのではありませぬ。」
「……ふむ?それはどういう意味だ?」
「農民達は木曽家の統治にとても満足されていました。某達はそれを使い、敵が木曽家の旗を使って侵略していると嘯き、彼らを従えたのです。」
「………そうか……彼らは私に不満があったのではないのだな………」
弾正小弼様が心底安心したように呟いた。
「ですので此度の件、記録からも消していただきたく。」
「申せ。」
「某も弾正小弼様の統治は素晴らしいと思っております。ですが、ここで何かあったとなれば後世で統治の安定を訝しむ者も出るやもしれませぬ。農民やあなた様自身のためにも、どうか!」
「………その提案乗らせてもらおう。」
「真ですか!?」
「うむ、しかし首は小川一つで構わん。」
「な、なれば某は………」
「新しき与川の領主をしてもらう。」
その言葉に周囲がざわめく。
「な!?ですが!某は………」
「私の統治をよく思い、農民のことを考えられる。某の欲しかった人材よ。
それとも、某の決めたことに不満でも?」
「め、滅相もありませぬ!謹んで、お受けさせていただきまする!」
弾正小弼様の迫力に周囲も押し黙った。
「うむ、良き返事じゃ。
一丸!」
「はっ!」
「此度の件に関わった領主と村長をここへ呼べ!」
「畏まりました!」
戦のためか重装備の一丸がそのまま走り去っていった。
よくあんな身軽そうに………
「あ、あの……皆は……」
「大丈夫じゃ、少し脅かすだけよ。」
数日後、須原城に各領主や村長達が集められた。
皆一様に顔を青白くさせ、怯えるように身体を縮めている。
「よく参ったな、歓迎しよう。」
呼ばれた者達は無気力に頭を下げた。
「何故呼ばれたのか、分かっておるものはどれだけおるか?手を上げよ。」
それに、呼ばれた者全てが挙手をした。
「何故従ったかは人それぞれであろう。
あの者をここへ!」
一丸が死装束を纏った小川を連れてきた。
「此度の首謀者である。
この者の斬首を見届けることにより、お主らを御咎めなしとしよう。」
その言葉に全員が顔を上げて喜色を浮かべる。
「倉川、貴様も小川の斬首を持って御咎めなしとし、与川の領主となることを認めよう。」
「……畏まりました。」
倉川殿は吹っ切れたように太刀を握る。
「小川よ、何か言い残すことは?」
「……獣に言葉は不要なり。」
「やれ。」
「御命頂戴!……………っ!」
最期、小川が何かを呟いたようだが、それは倉川殿にしか聞こえなかった。
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