第26話

ー小川藤左衛門初吉ー


「………野尻勢に敗れたか。」

「はっ!雇った兵どもは全て討ち果たされたとのこと!」

「農民どもは?」

「村に戻り、木曽家に怒りを買ったと震えておりまする。」

「チッ……」

「ヒッ………」

 苛立ちが隠せない。目の前のこやつを斬れば少しは落ち着くであろうが、そんなことをしても意味はないと分かっておる。

 ………いや、既に一人殺していたか……なれば一人も二人も変わらぬか。

ザシュ!

「か…!ヒュッ…………」

 空気の抜ける音をたてて崩れた。

 掃除は……もうよい。

 刀を鞘に収め、配下の元に向かった。


「皆の者よ!このままでは埒が明けぬ!今こそ打って出る時ぞ!」

「「「「「おおぉーー!!!」」」」」

「太鼓を鳴らせぇい!目指すは須原!第一陣を援護に向かうぞォ!」

「「「「「えいえい、おぉー!!!」」」」」

 士気は上々。応仁の乱で没落した獣どもが多く釣れたことこそ我が幸運なり。




「敵軍発見!既に交戦中!」

「よぉし!皆声を上げよ!臆病者をビビらせ、我らに勝利をもたらすのだぁ!」

「「「おぉぉぉぉぉーーーーー!!!!!」」」

「偃月で突撃じゃあぁー!!!」

「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉーーー!!!!!」」」

 

 クックックッ…遠目からでも木曽の兵士が慌てておるのが目に見えるわ。



「衡軛を組め!地の利を生かして殲滅せよ!」

 どうやら、大将は木曽家当主その人のようだ。

 俺は深く息を吸った。

「前方におるのがァ!木曽義在だァ!

 首を取ったらば、城の一つは確実ぞ!」

 俺の声に味方は目を光らせ、敵兵は肉壁で大将への道を厚く閉ざした。



 さて、取った首は何個だったか………いや、必要ないことだな。我が欲すは義在の首のみ!

 手前にいた兵士を二名切り捨て、さらに前へと進む。


「こいつを止めろぉ!」

「行かせるなぁ!」

「煩わしい……」

 無駄だというのに、なぜもこう向かってくるのか。

 奴にそれほどの価値があるのだろうか?

 しかし、流石の我でも数で押されては分が悪い。機をうかがうとするか。



 

「ハッハッハッ!そこだぁ!」

「なに!?」

 俺の刀が義在の刀と交差する。

「ハッハッハ、掴んだぞ………義在ィ!」

「なぜ、なぜ貴様が!小川ァ!」

 珍しく感情を顕にする義在。

 貴様も獣というわけだぁ…………

「言葉なぞ不要!あるのは強さのみよ!」

 しかし、こやつは所詮貧弱。我の一振で地面に身体を打ち付ける。

「ぐっ!………後退じゃー!太鼓を鳴らせぇ!」

 頭から血を流しながらも指示を出す。

「なに!?貴様!逃げるのか!」

「悪いが、某は刀に慣れていないのでな!」

 そう言って足下の石ころを俺に投げつけてから義在が去っていく。

「チッ!待て!」

「小川様!」

「どうした!」

「北より新手!敵は……旭衆です!」










ー向田権兵衛実篤ー


「北から敵の援軍………ハハッ、やはり泥舟であったか。」

 敵の援軍……その言葉だけで、味方が気落ちしそこを狙われ討ち取られた。それを見て、自嘲気味な笑い声が口から出る。

 某は、いつからここまで弱気であっただろうか。

 やはり、父と共に出陣し、おめおめと敗北したあの日からであろうか。


 戦の感覚は鈍っていなかったようで、未だにこの身体で生き残れている。俺の手の者の兵士は既にいない。はぐれたかさっきのように死んだか………しかしこのような乱戦だ。


 分からなくなっても仕方がない。





「行くぞォ!!弾正小弼様を命に代えてもお守りするのだぁ!」

「「「おぉぉ!!!」」」

 北からの援軍、まさかこの二十数名だけで………?

 たった数人でも、ここまで人の心を折れるか……人とは脆いものだな。

 そしてその先頭、若き者が目に映った。その者は馬に乗りながらも一振で周囲を凪払い、疾風のごとく何人たりとも近づけない。

 そんな彼の輝きに、自分の中の血が求める。彼の者との一騎討ちを。彼になら某に最高の死に場所を与えてくれると。



「そこな騎馬武者よ!」

「む?」

「我こそは、向田権兵衛実篤なり!此度の反乱、その第一軍の将を務めている!貴殿に一騎討ちを所望する!」

 すると、その男は馬から降り、槍を地面に突き立てた。

「………良いだろう!我こそは風波幸吉勝康なり!実篤よ!手加減はせぬぞ?」

「願ってもない。」


 槍の長さは某の方が短いが、なればこその立ち回りもあるというもの。

「そぉい!」

「フン!」

 勝康の槍を躱して下からの一撃を放つも、勝康は槍を地面に突き立てて避けた。

「なに!?」

 某の槍が勝康の槍と接触するも、鈍い感触が伝わるのみで、それが事実だと理解できた。

「せりゃあー!」

「な!?ぐぅ!?」

 上からの足蹴りを肩にもろにくらい、足がよろめく。

「まだまだぁ!」

 勝康が槍を手放すと素早く抜刀し、某の首を狙う。

「温いわぁ!」

 その勝康の太刀を右手で掴む。血が滲むも、これでこやつの動きは封じた。

「マジかよ……!」

「フッ、そぉいやぁ!」

 太刀を引っ張りつつ、勝康の腹に膝を食らわす。

「グフッ……ガフ!」

「うう!?」

 余裕を持って勝康を見ていると、肩口に切り傷があった。

「フフフ……隙を見せたなぁ?」

 苦悶の表情で片手に小刀を握っていた。

「油断ならぬ者よ………ぐっ……」

「ゴホゴホ!……フゥー……せりゃぁ!」

 傷を負った某と比べて軽傷の勝康が先に動くのは道理。

 籠手を前に出し、少しでも足掻くが、こやつの力を甘く見ていた。押し込まれ、片膝を着くほどとなってしまった。

 だが、それが某を滾らせた!

 好敵手との出会いを!あの戦でついぞ手に入らなかった死が!目の前にいる!

「ハッハッハッ!」

「どこに……!」

 そう思うと力が溢れ、勝康の刀を弾き返した。

「この一刀で終わりとしよう。」

「言われなくとも!」


 刹那一瞬

 

 気付いた時には某の目線は地に伏し、口から溢れる生暖かいものを感じながら、手足が冷え込んでいくのが分かった。



 あぁ……良き生であった……………

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