第25話
ー野路里越後守家綱ー
「平兵衛、御屋形様に出しておる使者が帰ってこんが、如何思う。」
家老の水内平兵衛に問う。
「………消されたかと。」
ワシと同じ見解を述べる。
「左様か。御屋形様がするわけもないであろう。
………まさか。」
「此度の一揆、きな臭くなり申しましたな。」
平兵衛の言葉にいてもたってもいられなくなり、兜と鎧を着込んで槍を持つ。
「我が目でしかと確認して参る。平兵衛、任せたぞ。」
「委細承知。」
愛馬に跨がり木の根が密集する地面を飛び越えていく。
我らが高地を占拠しておるゆえ、農民共をなるべく捕縛しておるが、如何せん時を要する。皆には苦労かけるが、兵士も同じ農民が多く、木曽は人手が全然足りぬ。ここで討ち果たしては木曽が立ち行かなくなってしまう。
「……………む?」
木陰に隠しているが、高地から覗くことで一揆集団の後方に妙な集団がいるのが見えた。
「……………よし。」
愛馬を宥めつつ、気配を隠すように進む。
「おい、おい。」
「………?……っ!」
ワシの呼び掛けに気付いたのか、周囲を見渡しつつ駆け寄ってきた。
「父上!如何されたのです!」
勢いのある小声でそう言ってきた。こやつなかなか器用よなぁ。
「ちと、報せがあっての。」
「それは、他の者にやらせてくだされ!平兵衛はなんと仰って?」
「委細承知、と。」
「ハァーー!もう少し御自分の立場をお考えくだされ!それに平兵衛も平兵衛ですが……それを実行する父上も………」
「すまんすまん、して話じゃが。」
ワシが両手で宥めて話を振る。
「はっ。」
流石に戦とあって切り替えが早い。まだまだ譲る気はないが、こやつが当主となり何を為すか、いまから楽しみじゃわい。
「一揆勢の奥の木陰に怪しげな者達がおる。考えたくはないが、此度の一揆、そやつらが煽動しておるかもしれぬ。」
「………承知、手の者に確認させたのち、行動に移しまする。」
「うむ、口を割らなければ殺せよ。そんな者共を囲う余裕はないからの。」
「はっ!」
さて…………もう少し物見をしてから帰るとするか。
「父上!すぐに本陣に帰ってくだされ!また前のようになっても困りますゆえな!」
チッ……誰に似たのやら。
ー倉川弥次郎左基宗ー
「皆、よく眠れたか?」
「もちろんで。」
「今日も奴らを攻めるんだな?」
「今度こそおらの鍬さ突き付けてやるんだぁ。」
農民は皆意気軒昂としている。昨日の戦で被害者はほとんどいなく、向こうの木曽家が手加減をしたということは火を見るより明らかだ。こちらの部隊には小川様が雇った兵士が少ないため、戦経験のない農民を某が上手く指揮せねばならぬ。
しかし、某の中でこの者達を騙している罪悪感が昨日よりも更に強くなった。皆木曽家、故郷を同じくする仲間のために立ち上がった者達だ。役に立てると嬉しそうに笑う彼らを見る度に、某の顔は沈んでいく。
それが胸の中が軋む原因だと分かっていながらも、某は何もすることが出来なかった。
「……………………」
「お休みになられますか?」
「……すまぬ。」
伝令を引き継いだ権兵衛殿にまた指揮を変わってもらってしまった。この権兵衛殿も小川様が連れてこられた方で、とある所で侍大将をされていた経歴もお持ちの方だ。
「……………」
「倉川殿、一つよろしいか?」
「なんでしょうか?」
「こちらの戦力的に、明日にはこの部隊はもう、使い物にならなくなるでしょう。」
権兵衛殿がキッパリと言い放った。
「それは言いすぎでは………」
「いいえ、そのようなことはありませぬ。ですので兵士は私に、農民は倉川殿が指揮をするというのは。」
「それはどういう…………」
「……あなたは若い。今の内に泥舟から降りるべきだ。」
「な!?」
「悩んでおられるのでしょう?」
「…………」
何も言い返せない。某の胸の内を見透かしたように権兵衛殿が言う。
「あの者は危険だと、私の身体が叫んでいるのです。離れるべきかと。」
「しかし!既に某は木曽家に矛を向けてしまった!これでは………」
「ですなぁ。なれば、小川を討ち果たし、その首を木曽家に献上されては?」
「な!?某に恩を仇で返せと申すか!?」
「決めるのは倉川殿です。ですが、部隊を分けることは確実にしていただきますぞ?」
「…………構いませぬ。」
「有り難く。」
某は…………
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