第23話

ー木曽弾正小弼義在ー


「ハァー……正月の挨拶は疲れるな……」

「ハッハッハ、義元や兄上もよく愚痴っておったわ。それだけお主が認められたということよ。

 ここではゆるりとお休みくだされ、弾正小弼様。」

 木枯らしの吹く縁側に座っているにも関わらず、寝間着で平然としている大叔父上。腰が悪くなければ未だ現役だったであろう。

「今この時は昔のようにしてくだされ、大叔父上。」

 正月に家臣との挨拶を終え、私の産まれ育った須原城に戻っていた。

「ホッホッホッ……でしたら遠慮なく、よく頑張ったのぉ亀若。」

 二人で酒の入った杯で乾杯する。

 遅めの正月だ、お香にも昼飲みを許された今、私を止めるものなどいない。

「懐かしき響きですなぁ。」

 私も既に十八か。時が経つのは早いなぁ。

「義元が生きていれば、ここにいたのはワシではなかったろうなぁ。」

 大叔父上が酒の表面を見ながら呟いた。

「…………」

「クックックッ、奴の特権、使わせてもらうわい。」

 大叔父上は子どものように笑い、私の頭を撫でた。

「えぇ、そうしてくだされ。」

 私は周囲に恵まれて幸せ者だ。

「それより、本拠を完全に福島に移したわけを聞いても良いか?今までのように須原と福島を使い分ければ良かったのでは?」

「いえ、我らの計画のため福島、あの場所にしなければいけなかったのです。」

「ほう?」

「八沢城もありますが、あれともう一つの上之段城。この二つを使い、木曽川を使って木材を運搬するのです。」

「ふむ、上手く行くのか?」

「えぇ、水之江もいますし、なにより六角家より人材を貸していただける手筈になっております。」

「ほぉー亀若もよく考えておるのぉ。」

「お褒めいただき有り難く。」


「こんな時まで政務ですか?」

 障子が開き、お香がやってきた。

「ほほ、いつ見ても美しいの、酒が上手くなるわい。」

 大叔父上が杯を掲げて一揆に煽った。

「あら、お上手ですこと。」

「お香、どうしたのだ?」

「そうでした。そろそろ……」

 お香が大叔父上をチラチラと見た。

「そうか……大叔父上、時間のようです。」

 私も酒を飲み干して大叔父上に話し掛けた。

「む、もう少し話していたかったが、仕方あるまい。」

 大叔父上の腰の負担を考え、時間を設けていたのだが、もう時間になってしまったようだ。

「では大叔父上、肩を……」





「一大事でございます!」

「な!?何事だ!」

 須原城にいる兵士が慌てたように入ってきた。

「三留野、柿其で一揆でございます!」

「何ですって!?」

「このような時に………」

「お早くこちらへ!」

「うむ。お香、大叔父上を頼む!」

「お任せを!」

「くう、この身体が口惜しい………」

 私は部屋を出て兵士の後を追う。

「こちらです!」

「うむ。」

 すると前から誰かが。

「これは弾正小弼様!」

「おお左衛門尉、話は聞いたぞ!今すぐ軍議を!」

「はて?何の話ですかな?それに某はそのような者に見覚えも送った覚えもありませぬが?」

 周囲にひんやりとした空気が流れ、左衛門尉が腰の刀に手を掛ける。

「………チッ!」

 先程の兵士が私の方に向くと、太陽光に光る小刀を握っていた。

「な!?」

「させぬわぁ!」

 左衛門尉の一撃で狼藉者の背中が斬られる。

「ぐっ!あぁぁぁ!」

 それでも向かってきた狼藉者の手を掴み、すんでの所で身体を反転させた。

「左衛門尉!」

「お任せを!」

 私が後ろから抑え、左衛門尉が刀で狼藉者を袈裟斬りにした。

「よし、死んだようだ………助かったぞ左衛も………左衛門尉!?」

 左衛門尉の方を向くと、心臓にあの小刀が刺さっていた。

「不覚を…取りました………」

「さ、左衛門尉!だ、誰ぞおらぬか!」

 私は左衛門尉に刺さった小刀を抜くか躊躇してしまった。やはり私は経験不足のようだ。

「弾正小弼…様……あの者が言った……一揆、真やもしれませぬ………御注意…を。」

 左衛門尉が虚ろな目で呟いた。

「おい!しっかりせぬか!左衛門尉!左衛門尉!」

 私が左衛門尉に声を掛けている時、後ろでカタンという音が聞こえた。

「だんじょーしょーひつざまぁ!」

 左衛門尉が血だらけの口で叫びながら私に覆い被さった。

「あ……あぁ………」

 私の上に乗った左衛門尉には背中に刀が突き刺さっていた。それは左衛門尉が愛用していた刀であった。

 しかし、その刀は私にまで届かず、あと一歩というところで止まっていた。

「チッ!邪魔をしおって………潮時か。」

 周囲が騒がしくなり、狼藉者は刀から手を離して姿を消した。

「な……死んだことを確認したはず……」

「グフッ………」

 左衛門尉は力が入らなくなったのか、私に重なるように落ちた。

「左衛門尉………すまぬ………」

「ちゃくいをよごすこと……すみま、せぬ………」

「何も言うな……すぐ助けてやる!」

 左衛門尉を抱え、私は女衆の元へ向かった。

 







ー小川藤左衛門初吉ー


「フゥ、失敗したか。」

 目の前にいる薄汚いネズミが跪いて報告する。

「すみませぬ。」

「よいわ、簡単に上手く行くとは思っておらぬ。それより、一揆は匂わせたか?」

「は!山村良候が義在に進言をしておりました。義在は確実に信じたでしょう。」

「ほう?良候を殺したか?」

 先代の義元に人柄を買われ、木曽に居座った者だ。

「あの傷では助からぬでしょう。」

「ククク、良きことを聞いたわ。なれば、奴の周囲に名のある者はいまい。この戦、勝ったわ。」

 奴の側に侍る風波とかいう者は現在黒川にいる。やはり我の推察通り、隙が出来たわ。

「そちらは?」

「ふん、影の分際で生意気よな。」

「……………」

 こいつは沈黙したまま頭をやや下げた。

「まあ良い、野尻とは事を構えたし、野路里の伝令は問題なく排している。我ら本陣も殿村に陣取っておる。後は須原から出てくる義在を仕留めるだけよ。」

「承知。」

「ハァー…つくづくつまらぬ者よ。」

ザシュ!

「は………?何を………」

 斬られた腹を手で抑える。

「我が軍門に貴様のような薄汚いネズミはいらぬ。用済みだ。」

「ぐぐ……後悔…するぞ!」

「知らぬわ。」

 首を飛ばし、陣が穢れた。

「誰ぞ、掃除せよ!」

「はっ…ひっ!?」

「何を驚いている。早くせぬか。」

「か、畏まりました………」

 ふふふ、義在。相対すること楽しみにしておるぞ。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━山村良利の出生、少々早くなります。

                by作者

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