各々の思惑
ー小川藤左衛門初吉ー
「まさか四年で木曽をここまで安定させるとはな…………」
前の領主が使っていた部屋から空をぼんやりと眺める。俺が殺した三留野………某の部屋だ。
「小川様、謀叛を迷われるならやはり……」
「くどいぞ弥次郎左!根回しを既に終えた今、撤回なぞありえぬ!」
「し、失礼しました………」
性懲りもなく進言をしてくる。いい加減に腹を括れと何度言えば分かるのやら。
しかし、なんとなく不安になり作戦を頭に思い浮かべる。
蘭村、柿其村、三留野村、田立村、妻籠村そして我が与川村が来年の雪解け前に出陣する。その頃には正月を終え、木曽義在は須原城で休暇をとる。木曽義元が死んでから、毎年このように過ごしている。今年に入って妻を娶ったが動きは変わらないと判断している。定勝寺にいる八三郎は年老いて歩けないため、死なない限りは例年通り須原へと向かうであろう。
我らが作戦は、三留野村で一揆を起こして野尻を足止めし、それに気を取られた木曽義在を殺す手筈だ。
周囲の村の大半は援軍はないが、長野村と殿村は我らの行動を黙認することになっている。
奴の親善同盟、癪だが真似させてもろうたわ。
だが、木曽家の野尻の半分を有している野路里家が厄介だ。親族衆ともあって下手に接触出来ず、我らの挙兵を見た野尻家が対応している間に当主に確認をとるだろう。だから我らが出来るのは迅速に兵を動かし木曽義在を殺すことと、連絡網の遮断である。
………よし、後は戦で我が獣が為すべき事を教えてくれるだろう。
「クックックッ……これより我が道は始まるであろう。」
ー小坂半助良利ー
俺は昔から信濃、特に俺達のように信濃と隣接している地域の者達は、隣の木曽に住む者達を山猿と呼んでいた。親から子へ、子から孫へ、その偏見が継承されていたせいだ。
もちろん山猿などではない。
俺はそれをこの地に来て痛感した。全く変わらぬ生活。全く変わらぬ食。全く変わらぬ心…………いや、心に関しては木曽の方がずっと心地好い。
だが、一つ不満がある。木曽に来るかわりに刃を交えることを許可された相手である幸吉があっという間に昇進し、今ではあまり会えなくなってしまった。
しかし!今日は俺を助けてくれた黒川様がお呼びである。そこでなんもかんもぶつけてやろうではないか!
「よく来たな、半助。」
「は、お話とは?」
流石に最初は行儀よくするさ。
あくまで俺は部下。最初から喚き散らかすなど愚の骨頂。
「お主の成長は目を見張るものがある。そこで、上田村の領主になる気はないか?」
「は?……えと、それは………真ですか!?」
飛騨出身である某を領主に?そこまで某を信頼されているのか………?
「真じゃ。現在の領主殿は既に高齢でな。そろそろゆるりと過ごしたいと仰っていたからこう提案しているのじゃ。」
「なんと…………」
つまり、黒川様は俺をそこまで評価しているということ!
「ぜ、是非!某にやらせてくだされ!」
こんな機会滅多にない!意地でも受けてやる!
「そうか、ならば話は早い。早速領地の件であるが………」
「あっ……」
「どうしたのじゃ?」
まて!待て待て、半助よ。俺は幸吉と戦いたくてここに来たのだ!黒川様に乗せられて、有耶無耶にするわけにはいかん!
「黒川様!」
「なんじゃ?」
「某を召し抱えたときの約束覚えておいでですか?」
「うむ、もちろんじゃ。」
「なればなぜ!某と幸吉を昇進させようとするので!?約束を果たすまで、某と幸吉を離すべきではないと思いまするが!?」
言った!言ってやったぞ!
「ふむ?…………そうか、お主は聞いておらなんだか。」
「は?何をでしょうか?」
「弾正小弼様は本拠を須原にすると聞いておるか?」
「は!先代が残した城に入ると……」
「それが変わっての、福島に城を建設し、そこを本拠としたのじゃ。」
「福……島?」
「流石に分からぬか。
確か…………あったあった。ここが我らのいる黒川じゃ。」
黒川様が地図を指差す。ちょうど指がある位置は、庄五郎の家だな。
「ほうほう。」
「して、ここがお主の上田じゃ。」
「黒川のお隣ですか。」
黒川様の指が少し上向きに、横になぞった。
「そうじゃ、してここが、福島じゃ。」
そうして、指が真下へと向かう。
「っ!?上田と黒川のすぐ下ではないですか!?」
「そうじゃ、合間を縫って福島に赴けば、幸吉に会えるであろうよ。」
黒川様が笑う。
「………先程はすみませぬ!!!!」
「きゅ、急にどうした?」
「某は、黒川様があの時の約束を反故にしたとばかり!先程の態度、どうか御容赦をォ!」
畳に頭を擦り付けた。額がヒリヒリするが、構うものか。黒川様の優しさをこの命を持って実感していたというのに………!過去の自分を殴ってやりたい!
「落ち着け落ち着け。ワシは別に怒ってなどおらん。頭を上げよ。」
「…………有り難き御言葉……」
「よし、禍根はないな?なれば今から上田に向かうぞ!領主の引き継ぎやその他諸々、覚えることは幾つもあるのだからな!」
「はっ!どこまでも!」
ー黒川三郎義勝ー
召し抱えた時の約束………………………はて?
まぁ、幸吉が頷くかは知らぬが、半助があそこまで衆道に執着があるとはなぁ。
ま、ワシには関係ないことじゃし、後は若い者同士が話し合って決めることじゃろう。
黒川から上田に向かう間、黒川三郎義勝はこう考えていた。
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