第22話
右衛門を第二の旭衆副将にして、俺は上之段城に出仕した。右衛門は結構優しいため、右衛門が飴で俺が鞭になることにした。流石に飴過ぎたら困るが、そこら辺は右衛門を信用することにした。
因みに第一の副将は京の旭衆を束ねる朝五郎という。
「おはようございます、弾正小弼様……いえ、御屋形様と呼ぶべきでしょうか。」
「な……まだ気が早いと思うが。」
御屋形様が恥ずかしそうに頬を搔いた。
「いえいえ、慣れておくのも良いかと。」
「………………」
「………………」
「黒川様がいないのに違和感を感じますなぁ。」
「幸吉も?実は私も思っていたのだ。」
いつも御屋形様の御隣にいた。違和感を覚えないはずがない。
「でしょうなぁ。黒川様がいなくて寂しいですかな?」
「まさか、頼りにはしているけどね。」
おどけたように呟く。
表に一丸はいるが、一丸は俺と御屋形様の仲を知っているため、気兼ねなく話すことが出来る。
「旭衆はどうだ?規模を大きくしたと聞いたが。」
御屋形様が上座を降りて俺と同じ座布団を持ってきて、胡座をかいて座る。
「なかなか手を焼いてはいますが、問題なく防衛に使えるかと。」
俺も真似るように胡座をかいた。
「そうか、その言葉を聞いて安心したよ。」
「はは、如何様にもお使いくだされ。身体は丈夫な者達ゆえ。」
「あぁ、もちろんそうさせてもらおう。
それより、他国の話となるのだが。」
御屋形様が少し神妙な顔をしたことで、耳を少し近付けた。
「なんでしょうか。」
「甲斐武田宗家が統一されたそうだ。」
「ほう?」
隣国の武田家は現在の当主とその叔父が家督争いをしていたはずだが、統一されたか。
「今年で十四となる武田太郎なるものが当主らしい。」
「我が主君や三木当主様のような若さですな。親近感でも湧きましたかな?」
「いや、少し危険視するべきかと思うてな。」
おや、御屋形様にしては珍しい。
「……攻めてくると?」
「すぐではないだろう。しかし、甲斐が武田家によって統一されたならば、侵攻するなら信濃だろう。」
「なるほど、今の内に松尾小笠原家に完全な伊那郡を手中に収めてもらい地盤を固めてもらうのですな?」
「そうだ、分かってくれて助かるよ。幸吉には旭衆ではなく、別の者達を率いて伊那を攻めてもらう。」
「はっ!して、某の動かす者はどなたですかな?」
旭衆は木曽の防衛のために仕上げた。攻勢には向かないだろう。
「うむ、黒川三郎率いる黒川衆だ。」
「……………は?」
「クックックッ……」
「御、御屋形様、冗談が過ぎますぞ………」
「それと、斎藤内匠と吉田伝左衛門も指揮してもらうぞ。」
「……………………は?」
「アッハッハッハッ!呆けすぎだ!ハッハッハッ!」
いや、いやいやいやいや、キツイキツイキツイ!
現代風に言えば、俺の最初の上司と昇進させてくれた恩人と、平の時のエリート上司が俺の下についたということになる。
「御屋形様、是非お考え直しを!」
「先ほど了承したではないか。」
「あ、いえ、そうですが!その方々を私が指揮するなんてとてもとても!」
「大丈夫だ。三名とも優秀ゆえ、心配することもなかろう。」
優秀だから嫌なんですよぉ!
んぐぐぐ……………
「お考え直しはしていただけぬと?」
「もちろんだ。幸吉、これも経験だと思うてくれ。」
「………は……」
観念することにした。
「良いものが見れたわ。」
「フゥー、このようなことは今後は控えてくだされ。」
「ふふ、気を付けておこう。」
分かってないであろうなぁ。
「ハァー……」
「落ち込むな落ち込むな。
そうじゃ、詫びと言ってはあれだが、妻と会わせようではないか。」
「……まぁ、手打ちとしましょう。」
「ハハッ!惚れるなよ?」
「そのようなこといたしませぬよ。」
横恋慕なんて、良いことないさ。
「であろうな。
一丸、お香を呼んでくれ。」
「かしこまりました。」
「お連れしました!」
「うむ。」
障子が開き、遠目で覚えていた特徴がはっきりと分かるようになった。
やはり美人である。
「あら、当主でありながら家臣と同じ目線ですのね?」
奥方様が扇子で口元を隠しながら部屋に入ってきた。
「お初にお目にかかりまする。某は風波幸吉勝康と申します。」
「幸吉は私の兄のようなものだ。」
御屋形様が俺の肩に手を置いた。
「そうでしたか。でしたら私もご挨拶しなければなりませんね。お香と申します。」
奥方様が部屋の隅にあった座布団を持ってきて、御屋形様の隣に座り、扇子を懐にしまった。
どうやら似た者同士のようだ。心配事が消えたな。
「御屋形様も奥方様も良き御縁を結ばれたようで、嬉しく存じます。」
「あら?兄としてではなく?」
ふふふ、と可笑しそうに奥方様が笑う。
「そうだぞ幸吉…いや幸吉兄上?」
「か、からかうのは止めてくだされ。」
「だが、竹若も千代若も兄上呼びを許しているではないか。それで私はダメとは些か不公平ではないか?」
「ぐ……」
「あら、でしたら私も幸吉義兄様とお呼びするべきかしら?」
「おぉ!それは良き案だ!」
良くねぇ………別の心配事が生えてきやがった……
「わ、分かり申した!そのかわり、このように周りに誰かがおらぬ時のみにしていただきたい!」
絶対、こちらが妥協しなければ終わることはないと判断した。二対一は流石に不利だ。
「……むぅ、仕方ない。それで勘弁してやろう。」
「仕方ないですわね…………」
「なぜそこまで残念そうなのですか…………」
ある意味疲れた気がする。
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