第21話

 しばらくたって秋口の夕刻、松尾小笠原家の娘であるお香様が松尾城から出立されたそうだ。

 弾正小弼様は福島衆の手によって建設を終えた、上之段城を正式な本拠とし、お香様を迎える準備を始めた。城にはたくさんの松明を掲げ、輿入れを待つ(松)なんて意味があるのだとか。


 俺?もちろん、粗暴な旭衆を抑える役目ですわ。だから奥方様を見れないんですよ!

 まぁそのかわり、王滝城を防衛していた時に仲良くなった右衛門が俺の部下になった。それ以外にも旭衆となった者はいるが、右衛門以外生意気だったため俺のストレスは溜まっていった。その分、そいつらで発散はするが。




「風波様よぉ、いっぺん!いっぺんだけでいいから奥方様を見させてくれよぉ!」

 一人が両手を顔の前に合わせて懇願する。

「ダメだ!てめぇらが武士になったらば考えてやったがな。」

「なんだぁそりゃ。俺らは農民なんだから無理じゃねぇか。」

「うるさいぞ!文句があるなら前に出ろ!俺が叩き潰してやる!

 ……………ふん、文句はないようだな。訓練を続けるぞ!」

 俺を含めた旭衆が新人旭衆に向かって走る。

 それを確認した新人は四方に散る。

「よし、悪くない動きだったぞ。次!」

 新人を四人一グループに分けてこれを繰り返している。今は平地であるが、森の中や足場の悪いところでも実施する予定だ。

 戦で一番大事なもの。それは命と情報だ。敵の動きに敏感になることで、味方に情報を素早く伝える。出来るようでなかなか難しい。

 俺達旭衆はどこかの血筋ではなくただの溢れ者達。だからこそ配置は全て最前線。正面からぶつかる時なんて、死ぬか味方が死ぬかしかないんだ。

 だったら、戦になる前の工夫をする事が一番大事だと俺は思う。


「今日はお前達にこの刀をやろう。」

 刃渡り五センチ程のナイフを渡した。

「は?刀ってわりにゃやけに小せぇぞ!」

「ハァー、それは貴様らの命よりも大事なものだ。」

 てゆうか、お前達にちゃんとした刀なんか渡せるわけないだろ!安全面でも金銭面でもな!

「はぁ?何言ってんだよ!」

「考えろ。俺はお前達の役目は何だと伝えた?」

「…敵が攻めてきたら見つけて味方に伝える。」

「そうだ!お前達の一番の役目がそれだ。そして、我らの故郷は何で囲まれている?」

「そりゃ木だで。」

「あぁ、そうだ!木々の中に入り、敵を見つけて味方を探すとき、自身の進んだ道の木々にそれで印をつけるのだ。そうすれば迷うこともないだろう。」

「バカにしてんのか?俺達が迷うとでも………」

「甘く見るなよ?迷って、その遅れた時間で敵に味方が攻められていたら?故郷が滅んでいたら?貴様らはどう責任を取るつもりだ?」

「「「…………………」」」

 特に強気だった三名が押し黙る。

 溢れた者でも家族は大事か。

「お前らよく分かったな!?

 返事!」

「「「「「はい!」」」」」

 なかなか覚悟を決めた目をするようになった。

「よぉし、聞き分けの良いお前らに提案をしてやる。

 皆で奥方様を盗み見と行くぞ!」

「え、い、良いのかよ?」

「ハッハッハッ!バレなければな!そりゃ俺だって主君の相手がどんな方か気になるに決まっておるわ!

 貴様ら、俺が教えた歩方は覚えておるな!?

 行くぞー!」

「「「「「おう!」」」」」

 



 

 

 黒川村から福島村を目指し、俺達は手分けして上之段城をギリギリ見れる場所を見つけた。

「あ、風波様!あれ!」

「ほう、なかなかの人がおるではないか。」

 乳母、上級女房、近習に小物、一先ず世話役は一通りいるようだ。

「やはり、奥方様は見えませぬなぁ。」

 右衛門もちゃっかり着いてきた。

「どんくらいで降りるんだか。」

「やはり、城門前か?」

「そうだとは思うがなぁ。」

 ゆっくり近付いてくる行列が、上之段城門前で止まった。

「っ!輿が開いたぞ!」

 その声に全員が前に乗り出す。

 それによって一人が落ちかけるが、俺がなんとか掴んだことで落ちずにすんだ。

「お前ら、交代で見よ!これでは死人が出るぞ!」

 恨めしそうに俺を睨んだものの、流石に苦楽を共にした仲間を殺すつもりはないようで、渋々従ってくれた。まぁ、その苦を与えたのは俺なんだが。


「「「おぉ………」」」

 白い小袖に赤い着物、遠目でも分かる絶対高いやつだ。それに遠目ではあるがかなりの美人でもある。

「な!?見ただろ!?代われよ!」

「退けって!俺まだ見てねぇんだ!」

 後ろで後半組が喚いているが、俺は地面に寝転がって、落ちたやつを空中で支えたまま見ているため、代わる代わらない以前の問題である。

 そして顔を頑張って上に向けても、釘付けになっている前半組の旭衆。たぶんこの後殴り合いの喧嘩になることだろう。

 俺はそう思いつつ、城の中に入っていく奥方様を見えなくなるまで見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る