第20話

永正5年(1508年)6月


 京に来て三ヶ月。我らは尾州畠山家に従って、前将軍足利義澄派である赤沢長経、畠山上総介、古市澄胤と名のある武将達を打ち破り、赤沢、古市両名は、斬首と自害によってこの世を去った。 

 尾州畠山家当主の尾張守様は、上総介を討てなかったことを相当悔しがっていたそうだ。


 そんなわけで、敵勢力を悉く討ち果たした我々は、公方様が御成先に畠山家を選んだため、東福寺の海蔵院に向かった。これは将軍復帰を祝った宴会だったのだが、これが少々不味かった。

 実はこれ、今回の戦の最大の功労者が畠山尾張守であると内外に表明するものでもあった。

 まぁ、そりゃ活躍したよ畠山様は。そして、皆の前で畠山様が実に有能か熱弁していた。ただ、それに大内様がピキッってしまった。大内様は公方様との不仲を理由に退席され、それを見た細川民部少輔までもこれに同調してしまった。

 宴会は凍死するほど空気が冷め、公方様の未来に暗雲が立ち込めるような予感がした。



「叔父上、公方様のあの発言どうでしたか?」

 弾正小弼様が黒川様に尋ねる。

「フゥー、公方様の畠山家を重用したい気持ちも分からんでもないですな。一貫して公方様の味方であり、武勲も一二を争う実力者だ。公方様も余程気に入っておられるのだろう。長く共にした者程、重用したくなるのが人というものですからな。

 しかし、あそこは嘘でも大内様にするべきでしたな。もちろん、功績に偽りなどありませぬが、大内様はあくまで外様。まずは行動で引き留めなければ、いずれ離れてしまいまする。」

「ですか………我らは木曽に帰りましょうか。」

「そうですな。ちょうどいいですし、京の木曽屋敷は祐彦に任せて、馬や檜を献上する役目を与えになられては?」

「そうだな。叔父上、そのように手配を。」

「ははっ!」

「それと幸吉、京に留め置く旭衆を選抜してくれないか?くれぐれも問題の起こさぬ者をだ。」

「承知しました。明日までに。」



 翌日、旭衆十四名と、独身の黒川衆と祐彦を残して我々は木曽へと帰った。

 細川様が管領、大内様が山城守に任命され、畠山様は嫡男を在京させて我らと同じく帰国するそうだ。



 道すがら六角家に寄ったところ、六角土岐三木木曽連合同盟を打診された。どうやら他の家では既に親善準備が始められているらしい。

 弾正小弼様も断る理由はないとのことで、四国同盟は成された。

 









「あぁ~帰って来た~。」

 伝兵衛殿に預けていた、琵琶と扇子を回収し、家の床に転がる。

 今日はゆっくり休んだら、また明日から旭衆の扱きをしなければならんな。もう少し範囲を広げて、溢れた者達を抱え込むのも一手だろうか。

 そんなことをぼんやりと考えつつ梅干しを噛った後、特にやる気が起きずそのまま寝た。







「は?弾正小弼様が……御婚約!?御相手は!?」

「近いぞ。」

「す、すみませぬ!」

 翌日、黒川様に告げられた言葉にかなり驚いた。

「相手は伊那にいる松尾小笠原家だ。」

「ほう、お隣ですな。」

 頭の中の地図を引っ張り出して頷いた。

「あぁ、松尾小笠原家は府中小笠原家の分家であるが、我らと通じた大内家と友誼を結び、公方様派閥の一家だ。それに松尾小笠原家は弾正小弼様のお祖父様の家豊様と共に美濃を攻めたことがある間柄じゃ。繋ぎを得るには申し分ないだろう。」

「は………は?美濃を攻めた?……それは………」

 土岐家と結んだ途端にそれをしてはいけないのでは………

「確かにそうじゃな。今は美濃にある大井城や土岐郡の一部は松尾小笠原家が有しておる。そこで、我らの出番じゃ。」

「出番…とは?」

「ここからは口約束の内容となるが、我ら木曽国が相成った時、信濃の伊那郡も木曽国に編入してもらうのじゃ。」

「ほう。」

「流石に、我らの土地だけでは国として規模が小さすぎるしの。まぁ実情は木曽家と松尾小笠原家の領地は変えぬ。木曽国の木曽郡と伊那郡という扱いになるだけじゃ。

 そして我らが木曽国守護になるゆえ、松尾小笠原家を木曽国守護代に任命するのじゃ。実際は変わらずとも、外には守護代だと名乗れるからの。」

「なるほど、そのかわり美濃に有している土地を土岐家に返還するということですな?」

「あぁ、しかしそれだとまだ松尾小笠原家の方が損害がある。そこで美濃家には援軍を出してもらい、伊那郡を完全に松尾小笠原家の物にする予定じゃ。」

「そうなのですか?」

「うむ、知久家は松尾小笠原家派閥だが、下条家と藤沢家は府中小笠原家よりだ。」

 黒川様が取り出した地図で説明をしてくれた。

「藤沢家は松尾小笠原家と木曽家で攻めるのですか?」

 藤沢家は伊那郡の最北、諏訪家の諏訪郡と府中小笠原家の筑摩郡と隣接している。

「いや、諏訪家の高遠家を頼ろうと思うてな。」

「受けてくれるのでしょうか?」

「さあ?」

「え………」

「しかし、諏訪家にとっても府中小笠原家は武力を持っておる。諏訪大明神を奉っていたとしても、今の時代、神仏を恐れる武士はあまりおらん。

 それに藤沢家は諏訪家の分流であるが、諏訪家ではなく府中小笠原家にすり寄っている。諏訪家としても面白くないであろうなぁ。

 諏訪家も我らと結べば一先ず安心はすると思うぞ。」

「な、なるほど。」

 よかった、考え無しじゃなかったんだな。

 しかし、弾正小弼様が婚約か。性格のキツイ方でなければ良いが…………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る