第19話
俺達が前将軍を"偶然"発見した時、ちょうど京でも管領の細川右京大夫を追放し、名実ともに将軍に復帰されたそうだ。
弾正小弼様は六角家にお礼をした後、古畑殿に総大将を任せ、旭衆と黒川様と一丸を連れて京へと向かった。
「井沢殿ー!」
俺は見知った顔を見つけ、声をかけた。
「これは風波殿。」
井沢殿も前と違って表情が和らいでいる。
「大内様がこちらにいらっしゃるとお聞きしてな。我が主君も是非お会いしたいと。」
「そうか!待っておられよ!」
井沢殿は速足で屋敷の中に入っていった。
「支度が出来ましたぞ、どうぞお越しくだされ。」
「感謝する。
旭衆、祐彦!」
「はっ!」
「今より旭衆の全権を幸吉からお主に移す。確か、この先に木曽家用の足軽屋敷があったはずだ。そこで待機しておれ。もし狼藉した場合は、分かっておろうな?」
「御意に。」
ほとんどが震えているなか、微動だにしない祐彦は弾正小弼様同様、大物になるだろう。
「それでは、井沢殿。案内を頼めるか?」
「承知いたしました。」
部屋の奥にある障子が開くと、大内様が目に映った。
「よく参られた。ゆるりとくつろがれよ。」
「それでは失礼いたす。
お初に御目にかかりまする。某は木曽家当主、木曽弾正小弼義在と申しまする。」
「うむ、話は聞いておるぞ。
我は大内左京大夫義興である。
…………さ、堅苦しい話は止めじゃ!その若さで国を興すという無謀、実に見事!」
大内様が正座から胡座になり、弾正小弼様の肩を叩く。
「ハッハッハ、絵空事にならぬことを望むばかりですな。」
弾正小弼様も胡座となって寛ぐ様に座る。
「クックック、それはワシも望んであらぬからな。是非とも果たして欲しいものぞ。
そういえば、風波よ。お主琵琶は持っておらんのか?」
「は、戦となるゆえ信頼出来る者に預けました。」
伝兵衛殿が壊してなければ無事であろう。
………そう思うと途轍もなく不安になるため、あい殿に預けたと思っておこう。
「それは残念じゃな。公方様もまたお聞きしたいと言うておったわ。」
そっか、将軍が確定したから公方様呼びなのか。間違えないようにしないとな。
「それは申し訳なく。次の機会をお待ちくだされ。」
「うむ、そう言っておこう。」
「さすれば、大内殿。」
弾正小弼様が尋ねるような声音を出した。
「なんぞあるのか?」
「領地経営についてお話致しませぬか?こちらの我が叔父、黒川三郎も交えて。」
「良かろう、なれば酒もいるな。こちらの部屋に移動しようぞ。」
「そうですな。」
そう言って三人はぞろぞろと移動してしまった。
「………一丸、どうする?」
「どうするもなにも、私は部屋の前に待機しますが?」
何を言っているんだと言わんばかりの目でバカにされた。
「あ、はい。」
井沢殿に言付けを頼んで俺は屋敷の外に出た。
暇になってしまったな。
近くを歩いてみても見知らぬ西国の家紋がたなびく旗が見えるのみ。
………お、あの四角が四つのやつ、面白いな。
意外と其々に個性があって家紋を眺めるのは好きだ。
「我が家の旗がどうかしたかな?」
「うおっ!?」
背後からの声に驚いてしまった。
「これは失礼したな、ハッハッハッ!」
老人、というより老兵だろうか?
「不躾に見てしまい申し訳ありませぬ。なんとなしに、面白い形だと思いましてな。」
俺がそう言うと、嬉しそうに目を細めた。
「そうか、あれは平四目結と言うのじゃ。由来は知らん!ハッハッハッ!」
よく笑う方だなぁ。
「それより、その出で立ちはどこぞの武士と見受けるが、どこの者だ?」
笑いから一転、妙に冷めた声で一瞬ビクッとしてしまった。
「これは失礼。某は木曽家の風波幸吉と申しまする。」
「ん?……おぉ、もしや琵琶を操る武士とはそなたのことか?」
「ん……まぁ、琵琶は弾けまするが?」
俺の琵琶はそこまで広まっているのか?
「ハッハッハッ!公方様が自慢されておったぞ!あの音色を聴けなかった者は損をしている、とな。」
「ま、真ですか!?」
「あぁ、真じゃ。扇子を下賜していただいたのであろう?」
「はい、家で大切に保管しています!」
「うむ、公方様も喜ぶじゃろうて。
いやぁ、その若さでお主なかなかやるのう。我が娘はいらんか?」
「え、遠慮しておきます………」
婚姻か………まだ考えられないな………
「む、振られてしまったか。まぁ良い、また相見える日を楽しみにしておるぞ!」
「そ、そうですな……」
老兵は颯爽と屋敷に入っていった。
………結局誰か知らんまま別れてしまったな。
やることもないし、木曽家の足軽屋敷に向かうとするか。
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