第17話
永正4年(1507年)九月頃。いつものように生意気なクソガキ(※身体的に俺よりは歳上)を教育していると、弾正小弼様の元に早馬が届いた。
その書状を書いた者は細川民部少輔と名乗り、要約すると、養父であった細川政元(半将軍)が暗殺されたことで、自分は大内家と結び、義尹様をお助けする、といったものだった。
我ら木曽家が協力すると言ったことで、大内家も準備を早め、既に備後まで進出しているらしい。
そして永正5年(1508年)一月。我らに出兵要請が義尹様の名で届けられた。
「集まってもらって感謝する。皆も分かっているように、これは我らの新たな一歩への布石に繋がるものだ。……部隊編成を伝える。
第一、旭衆。」
「っ!はっ!」
まさか先鋒を任されるとは………
「第二、古畑衆。」
「はっ!」
「第三が、本陣である。我と、黒川衆が赴く。
残ったもの達は、何人たりとも、警戒を緩めず、木曽を守れ。命に代えてもだ。」
「「「「「ははぁ!」」」」」
その場の全てが平伏する。
俺的には既に才覚も見える若き当主って感じなんだが、まだまだ周囲には認められていないようだ。この場に来ていない方々こそがその証拠だろう。
「部隊長は軍議を行う。こちらに参れ。」
俺は思考を切り替えて、歩き出した。
そうして一週間後、俺達は木曽を発った。
途中の義元様に従っていた者達にも声をかけ、我々の計画を伝えていった。驚き方は其々で、それを聞いて臣従を表明したもの、無謀だと呆れたもの、そうですかと何事もなく返したもの等々。弾正小弼様は気にしてないようで、これから認めてもらえば良いよ、ととても頼りになる発言をされていた。
飛騨に入ると、兵士達は若干緊張感を発した。
もちろん飛騨との同盟は続いている。弾正小弼様は向こうの三木家当主とそれなりに仲良くやれているようだった。今回はその当主である三郎次郎様(十歳)に挨拶するようだ。今回の戦に乗じてさらに結束を深めようとかそんな感じだ。参陣してくれても良いし、もしダメでも、美濃と近江を通るための口添えをしてもらう予定である。
去年の会談で知ったのだが、最近京極家と姉小路家の仲がよろしくないらしく、隣国の美濃と手を組んで乗っ取りを計画していると、三木家家老の馬瀬殿から聞いた。こちらの馬瀬殿は黒川様とかなり仲良くなられていた。やはり境遇が似ているからだろう。
そんなわけで、美濃には問題なく入れるだろうと仰って下さった。
近江には、六角家がいるのだが、この六角家と三木家は同じ佐々木家の出自らしく、その細い糸を頼りにする。まぁ、ダメだったらコッソリだな。
情報的には六角当主が現在の将軍から偏諱を受けたそうで、期待は薄いがな。
そんなこんなで近江。親書を持たせた兵士を先行させ、今のところ襲われることなく六角家の館に到着した。ここの道を上に登っていくと、観音正寺と観音寺城へと行ける。
「木曽家の者達よ、歓迎する!護衛は三名までだ!」
門兵が威圧するように言い放つ。
そこで、俺と黒川様と祐彦が弾正小弼様に付き従うことになった。
「よくぞ参った。ワシが六角大膳大夫高頼である。」
年齢は七十程と聞いていたが、白髪を除けばまだまだ精力的そうに見える。
「某は木曽弾正小弼義在と申す。此度は時間をいただき、真に感謝する。」
「構わぬよ。同族(三木)の頼みであるしな。それと、そこまで堅い物言いは不要じゃ。
それで?」
六角様が用件を言えと言わんばかりに目線と顔を動かす。
「我らはこれより、前将軍義尹様と大内家に呼応して、現将軍を過去の者にいたします。そこで、六角様には我らの通過をお許しいただきたいと参った次第。」
弾正小弼様に合わせて俺達も頭を下げる。
「なるほど。つまり、お主らはワシが偏諱を賜ったお方を狙う痴れ者を見逃せ…………そう言いたいのじゃな?」
瞬間、殺気のようなものを発したのか、俺達四名は顔を青くして俯くことしか出来なかった。
「……改めて、お頼み申す。」
この状況で一番最初に口を開いたのは弾正小弼様であった。黒川様ですら動けなかったのに、ここで更に頼み込む。やはりこの方は器が違う。
「ほう……良いな………」
六角様が感心したように呟く。
「は、今なんと…………?」
「芝居は終わりじゃ。通行を許可する。」
六角様の元から出ていた殺気がパタリと止み、膝を叩いてあっさりと言い放った。
「っ!真ですか!?」
「あぁ。男に二言はないぞ?」
六角は驚いた弾正小弼様を見て、苦笑しながら肯定した。
「それは有り難く。
しかし、六角殿。」
「なんだ?」
「何故、我らの通過を許したのでしょうか?」
確かにそれは気になる所だ。
「なに、簡単なことよ。ワシの近江統一を邪魔しおったのだ。恩はあっても報いは受けるべき……そうとは思わんか?」
「は……そうでしたか。」
今、一瞬弾正小弼様が、うわ…マジかコイツ……みたいな顔をしていたのを俺は見逃さなかった。まぁ、六角様は気付いていないようだから良いだろう。
「それよりも、何故木曽家は此度の戦に参加しようと思ったのじゃ?土地も離れていて大変だったであろう?やはり名誉か?」
「いえ……いやそうとも言えますな。」
「ほーう?是非、聞かせて欲しいのぅ?」
「良いでしょう。私の生涯を賭けた一大事業、その一端をお話しましょう。」
そう言って、木曽国の構想を端的に話していった。
「ほうほう!なんと面白きことか!」
六角様はとても楽しそうに話を聞いていた。
その姿は、あの日の宴席で弾正小弼様の話を聞いた方々のように目を輝かせていた。
「ここまでで、宜しいか?」
「うむ、実に有意義であったぞ。
そこで、一つ良いかの?」
六角様は、まるで子どもが新しいいたずらを思い付いた時のような表情をしていた。
「なんでしょうか?」
「その件、ワシも噛ませてくれんか?」
「ふむ……?」
弾正小弼様が耳を傾け、聞く姿勢に入った。
「そのような面白きこと、乗らぬ手は無かろう!」
「有り難きお言葉ですな。して、何をするので?」
「なぁに、そなたの勲功を上げるための手伝いをしてやるのじゃよ。お主らもう、近うよれ。」
六角様の誘いで俺達は目上の方に近付けるギリギリまで正座で進み、六角様の話を聞いた。
そうして、木曽家は三木家に続いて、六角家とも同盟を結ぶことになった。
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