第15話
安芸までは井沢殿に送っていただき、そこからは義風に乗って一気に進んだ。大内殿から食糧をかなりいただいたため、どこかに寄る必要なく木曽に帰れるだろう。
出立前に少し話をしたが、木曽馬にもかなり興味を持っていただいた。大内様に至っては、もし上洛したらば買い付けたいとも。口約束ではあるが、木曽馬にはかなりの有用性があると再認識できた。
山城の途中、折角ならあのあばら屋に行ってみようと思った。
「………いないな。」
あばら屋は相変わらずであったが、肝心の通智殿が見当たらなかった。
「あ、お前さん、ちょっと前にかも爺と一緒におった奴やな?」
向かいのあばら屋から三十程の男が話し掛けてきた。
「かも爺?」
「寡黙な爺さんだからかも爺ってな。それより、かも爺探してんのか?」
「おぉ、そうだ。どこにいるか知らんか?」
「あっちに河原があっけど、そこに棄てたよ。」
棄て……!?
「…………亡くなられたのか?」
珍しく、自分の心臓が跳ね上がったのを感じた。こんなことでは、戦は出来ないだろうなぁ。
自分への自嘲を込めて溜め息を付いた。
「あぁ、あんたを見なくなって………五日?ぐらいけぇのぉ?ポックリ逝っちまったよ。ここ最近、ずっと飢饉が続いてたし、仕方ねぇんだけどな。」
男は周囲を見渡して頭を搔いた。
「そうか。…………教えてくれて感謝する。」
今、その河原に行った所で見つかるかは運……というより可能性はほぼ皆無と言っていい。元々荒れている京で飢饉が起きているのだ。そんな死体の山々を丁寧に探す程の時間は俺にはない。俺は弔いが出来ないことを心の底で通智殿に詫びながら山城を後にした。
「っくしゅ!うぅ………今年の夏は少々冷えるな。」
今年も飢饉は続きそうだ。
帰りも東海道を通って胞衣山を越える予定だ。去年までだったら息を潜めてビクビクしながら東山道を通るつもりだった。だが、今年に入って今川の当主が正室を向かえたらしく、戦を止めてくれた。小競り合いはあるが、大規模ではないため、通過することが出来ている。
「お!おぉぉい!」
「ん?」
遠くから手を振って走ってきたのは右字門だった。
「あんた!元気だっただら?」
泥だらけの足そのまま笑顔で聞いてきた。
俺も義風から降りて右字門の肩に片手を置いた。
「あぁ、右字門のお陰で私はこうして元気だ。礼を言わせてもらおう。」
「いやいや!久し振りに家の田の外に出れたし、銭もたんまりで良いことしかなかっただら。頭下げんのはおらの方だら。」
「そうか、ならば、お互いこれで終いにしよう。キリがないからな。」
「だな。」
握手を交わし、また会おうと誓って別れることになった。お互い、本当にまた会えるかは分からないしな。右字門もそれを察しているようだった。
~登山割愛~
数日かけて弾正小弼様が待つ西野城に着いた。既に早馬で報せは行ってるだろうから、皆様首を長くして待っていることだろう。
城の馬丁に義風を預け、身嗜みを整えてから評定の間に向かう。
「良く帰ってきた。首尾はどうであったか?」
弾正小弼様が少し身を乗り出して尋ねてきた。
「然ればこの文を。」
俺は懐から大内様の文と義尹様の文を取り出して、近付いてきた一丸に渡し、一丸が弾正小弼様に直接渡した。
「そうか…………叔父上、皆にも聞こえるように。」
弾正小弼様の顔が綻んだことで、周囲の緊張感がほどけたのが感じ取れた。
「畏まりました。それでは、読ませていただきまする。………………」
そう言って、義尹様、次いで大内様の書状を読み上げる黒川様。
他の方達の表情も、書状の中身が進む毎に嬉しそうに破顔していく。
「此度の働き良くぞやってくれた。以降の大内家との交渉は幸吉、お主に任せても良いか?」
弾正小弼様が笑顔で問いかけてきた。これは妥当ではあるだろう。その方が、事が円滑に進むだろうしな。
「お任せくだされ。精一杯、勤めさせていただきまする。」
あまり自信はないが、やるだけやってみよう。
「よし………皆、今夜は木曽の未来のため、宴席を設けようぞ!」
「「「「おぉぉぉぉ!!!」」」」
「今日はよく集まってくれた!飲むぞぉ!」
弾正小弼様の一言を皮切りに皆が思い思いに酒を口に運ぶ。
この場にいる方達は皆弾正小弼様を主君と仰いでいる。黒川様が自ら見極めて招待されたそうだ。
「野尻万次郎!舞を一手!」
そう言うと、野尻家の後を継いだばかりの青年が扇子を持って舞を踊り始めた。この時代は衆道(男色)が一般的だったため、彼のことをそういう目で見ているものもチラホラ。
「おぉーい!他に誰かおらんのかぁ!」
「いいもん見せてくれたら俺の酒くれてやるよぉ!」
………奴の酒はいらんが、弾正小弼様に俺の新たな特技を御披露目したい。足利氏に褒められたのだ。
自信を持って俺は立候補した。
「不肖、風波。弾かせていただきます。」
楽琵琶を構え、俺は撥で弦を弾いた。
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