第14話

 俺は今、とある城の前で待たされている。

 小早川中務少輔が居城としている新高山城である。

 大内家の家臣というわけではないが、前大内家当主大内政弘より偏諱を受けたのがこの城の主である。それにこの人物は幕府の奉公衆であるが、前将軍を追い出した半将軍とは不仲であるため、大内家に案内してくれるのではと通智殿が教えてくれたため、門を叩いた。

 これでダメでも万全の義風で逃げればいいしな。




 義風と戯れていると、城の門が開いて一人の男が出てきた。

「某は井沢と申す。大内家、並びに足利義尹様との繋ぎを得たいと申すのはその方か?」

「は!」

「名はなんだ?」

「風波と申します。」

「左様か。………まぁ良い。複数の兵士を付けるが、何もなければ案内してやろう。」

「よろしくお頼み申す。」

「……そうか。行くぞ!!!」

「「「「「おう!!!」」」」」

 門から何人もの兵士が現れ、俺を囲った。

 俺も義風に乗り込み、歩を進めた。

「ほう、怯えぬとはなかなか胆力のある馬であるな。」

「我が愛馬なれば。」

「左様か。」

 特に話すこともなく、沈黙のまま時が過ぎる。

「井沢殿も他の兵士の方も、少しよろしいか?」

「なんだ?」

「いえいえ、足は止めずに。こちらを弾いても?」

 背中にガッチリ固定していた楽琵琶を構えた。

「ほう、珍しいな。どこぞの公家なりや?」

「某はただの武士ですよ。」

 俺はそう言って、演奏を始めた。










「なかなか良い演奏だった。目的地はすぐじゃ。」

「ハッハッハ、お褒めいただき感謝いたしまする。」

 そう言って俺達は周防の山口を歩いていく。

 築山館と呼ばれる、大内氏の館の北にある館が迎賓用だそうだ。


「お主らはそこで待機じゃ。よし風波殿、参ろうぞ。」

 兵士達を残して館に入っていく。俺も義風を兵士達に任せて書状を取り出しついていく。

 待たされるかと思ったが、そのまま通された。

「我こそ足利義尹である。その方、要件を申せ。」

「はっ!然ればこの文、お読みいただきたく。」

 懐から取り出した弾正小弼様の書状を小性に渡し、それは大内様が読む。

「ふむ………なるほど。義尹様、こちらを。」

「うむ。」

 大内様が足利義尹に文を渡す。読み進めていく毎に、義尹様の顔に喜色が浮かぶ。

「良かろう。その方ら木曽家を我が軍門に加わることを許可する。そして、我が将軍に返り咲きし時は、木曽家との完全なる和解と、木曽国の件了承しよう。」

「有り難き御言葉。」

「その方、今日は泊まるといい。六郎、しかと歓待せよ。」

「ははっ!」

 義尹様はそう言って、退出した。


「改めて、我は大内左京大夫である。」

 大内様は上座に座り、話を始める。

「某は木曽家当主が近習、風波と申します。」

「うむ、いやはや、文を見た時は驚いたぞ。」

「何故でしょうか?」

「井沢より聞いていたのだが、奏者としての仕官かと思うておったわ。」

 大内様は俺の背中の楽琵琶を眺めてそう仰った。

「なるほど、某のはそこまでの物ではありますまい。それよりも武芸の方が得手でしてな。」

「ほう!なれば一手、如何?」

「良き案ですな。道中山賊ばかりで身体が鈍っていたところでしてな。」

「そうと決まれば話は速い!こちらへ。」

「御手柔らかに。」



「ハッハッハッ!最高じゃ!」

「ぐうっ!」

 大内様はめっちゃ強い。俺は人よりも身長が低いから、押されることはあるが、それ以前に大内様の技量が半端ない。流石の一言に尽きる。

「せええぃ!」

「がっ!…………参りました………」

 只の横凪でもそれはそこら辺の武将とは比にならない程の一閃。俺の防御は無駄に身体が吹き飛んだ。

「ふぅー、よき相手であったぞ。」

「有り難く。」

 大内様が俺を起こしてくれた。


「六郎、並びに風波よ、天晴じゃ!」

「これは義尹様!」

「お目汚しを………」

 俺と大内様は慌てて地面に膝を付けた。

「よいよい、それにしても風波とやら、良き動きであったぞ!」

「恐悦至極に存じます。」

 頭を地面に擦り付けた。

「聞けば、楽琵琶もなかなかの物だとか。是非今晩聞かせてくれんか?」

「ははっ!未熟な手前の演奏によるお耳汚しを許してくださるならば!」

 まさか、足利家の方に会えたばかりか、こんな機会すらくれるとは…………!

「構わぬ、六郎も聞くであろう?」

「叶うならばご一緒させていただきたく。」

「うむ、風波。楽しみにしておるぞ。」

「ははっ!!!」



 


 




 静寂に音色が響く。 

 義尹様や大内家の方々が目を閉じて聞き入るようにしているのを見ると、嬉しくなり手も滑らかに動くのを感じた。

 指の調子が良いことも確認したし、通智殿から教えられた秘伝を弾き始めた。題名は教えてくれなかったけど、どうやら父親から受け継いだものらしい。


「うむ、良き演奏だったの。これをそなたに与えよう。」

 そう言われ、俺は義尹様から扇子を下賜して下さった。

「恐悦至極に存じまする。」

「その方、我が臣になる気はないか?」

 これは………

「………すみませぬ。某には仕えるべき方が既にいます故、辞退させていただきたく。」

「……そうか、良き言葉じゃ!天晴である!」

「ははっ!」


 次の日に大内様と義尹様からの書状を持って周防を後にした。

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