第13話

 三河を抜けたことで、右字門とは別れ、尾張、伊勢と辿って京のある山城につくことが出来た。

 伊賀は知識で忍者がいるらしいから近付きたくなかったし、近江は近江で京極家の家督争いがあったから国境付近をなるべく通って来た。


 それにしても遠目で色々な景色を見てきたが、どこかしこも荒れていた。応仁の乱が起きて治安がかなり悪いせいもあるだろう。俺も道中三回山賊に襲われた。全員殺したが。

 それよりも、義風が大声や武器などにもビビることなく俺の指示に従ってくれたことの方が重要だ。これなら騎馬隊を率いて戦に出ることも出来るだろう。

 ………いやいや、弾正小弼様が防衛なりしかしないと言ったばかりではないか。何を考えているんだか。


 あばら屋が建ち並ぶ道を歩いていると、一軒のあばら屋に目を引かれた。

 その家には屋根は殆どなく、戸の前に腰掛けるお爺さんがいた。もちろんそんなのに目を引かれたのではなく、そのお爺さんが持っている物に目を引かれたのだ。楽器のようではあるが、名前が出てこない。すごくモヤモヤした気分になり、俺はお爺さんに近付いた。

「お前さん、なんか用かい?」

 お爺さんは片目を開けて睨むように尋ねてきた。

「すまぬ、何やら持っていたもので見入ってしまった。私は幸吉と申すものだ。」

「そうかい。」

 お爺さんはピクリとも動かず答えた。

「……名乗っては下さらぬので?」

「名乗る必要、あるかい?こんな老い先短い老い耄れの名なんぞ、知ったところで特にもなりゃせんわ。」

「………そうか。なれば、その……楽器?について聞いても?」

「……ほう?これが楽器と分かるのか?」

 お爺さんが初めて両目を開いた。

「はぁ、なんとなくですが。」

「そうか………………よし、なれば持ってみよ。」

「は?えっと……弾けませぬぞ?」

「良い良い、さあ!速く!」

「は、はっ!」

 俺はお爺さんの指示に従い、義風を屋根の無い家の中に繋ぎ、お爺さんの横に腰掛けた。

「ここはこう持て。」

「はい。」

「して……こうじゃ。」

「はい。」

 ギターみたいなもんか?

「左手で抑えて……そう!そして、この上から見て一番目と二番目の弦は勢いよく、三番目と四番目の弦はゆっくりと撥で弾くのじゃ。」

「こ、こうですか?」

 心地よい音が耳に入る。

「まぁ、初めてにしてはマシじゃな。………お主、数日ワシの手解きを受けていかんか?」

「はい?………いえ、それは出来ぬかと。」

 興味はあるが、先を急ぐ身だ。断るべきだろう。

「何故じゃ?」

「私は周防にいる大内家に用がある故。」

「大内と言えば西国の大大名ではないか?そなたは会えるのかや?」

 お爺さんは鋭い眼光で俺を貫くように尋ねてきた。

「………ご容赦を。」

 軽率な発言だった。周防には前将軍がいて、そこに向かう途中の怪しげな男。この男……消すべきか?

「…………ふむ、まぁ、ワシの望みを聞いてくれたら黙っておいてやろうかの。」

「望み………とは?」

「決まっておろう?この楽琵琶、ワシが持つ財産を継承してくれる者じゃ。」

 お爺さんは俺が持っている楽琵琶を優しい手付きで撫でた。

「それを、某が?」

「そうじゃ。なかなか筋は良かったしの。お主は若い。鍛え甲斐がありそうじゃ。」

「……しかし、某には時間が……!」

「安芸まで行けば大内家には繋がれる。慌てることはない。それに、もしワシの技術を継承したならば、この刀をお主にやろう。

 自分で使うも良し、誰彼に渡すでも好きにするが良い。」

 お爺さんは懐から小刀を取り出した。

「これは………!」

 見ただけでも分かるかなり高価な物だ。

「吉光という銘が打たれた逸品じゃ。褒美としては破格であろう?」

「あなたは……一体………………」

「お互い、詮索は無しといこう。」

「…ですな。」

 俺とお爺さんの奇妙な生活が始まった。





 お爺さんは通智と名乗った。

 俺と通智殿は食事と排泄と睡眠以外の全ての時間を楽琵琶に費やした。

 まぁ一回だけ、通智殿が義風に乗りたいと言ったため、乗せてあげはした。少なくとも悪い人ではなさそうだ。


 とある夜、今日は話があると通智殿に言われた。

「すまぬ、待たせたの。」

 通智殿は珍しく、少し上機嫌そうに話した。

「通智殿、話とは?」

「まぁまぁ、まずは一献。」

 そう言って通智殿に盃を渡され、そこに酒が並々と注がれた。

「良いのですか?」

「あぁ、満月にはこれしかなかろうて。」

 通智殿に連れられて俺も空を見上げると、爛々と輝く月が目に映った。知識ではもっと小さかったんだが、この綺麗さにはそんなものどうでもよくなる。それに、そんな風に言われると断れないな。

 お互い盃を交わして、俺と通智殿は酒を口に入れた。

「良き夜ですなぁ。」

「そうじゃな。」

 お互いに、程よい沈黙が流れる。


「そろそろ話てくれても良いのでは?」

 喉が潤い、身体が熱を発してきた頃、通智殿に尋ねた。

「…………そうじゃな。

 幸吉殿、お主に教えることは何も無い。」

 通智殿は嬉しそうに笑った。

「……おぉ!それでは!」

「あぁ、免許皆伝じゃ。」

「やっとですな!」

 この五日間。どれだけ必死に弾いたことか………!

「今まで、こんな老い耄れの我が儘に付き合ってくれた。心より感謝する。」

 通智殿が両手をついて頭を下げてきた。

「頭を上げてくだされ通智殿。某達の仲ではありませぬか。それに、この話を受けて悪くなかったと思っておりまする。某も、武芸一辺倒では不安でしたから。」

 弾正小弼様を喜ばせるために演奏をする。なかなか悪くないと思う。

「フッ、そう言ってくれるとワシも嬉しい。これは約束の物じゃ。」

 そう言うと、吉光を渡してきた。

「…………本当に宜しいのですか?」

 俺は再度確認した。これを売れば確実に今の生活からは抜け出せるだろう。この小刀はそれ程までの逸品である。

「もちろんじゃ。それとこれも。」

 通智殿は吉光だけでなく、楽琵琶すらも渡してきた。

「そんな!それはいくらなんでも………!」

「良いのじゃよ。ワシが持っていても宝の持ち腐れ。ワシが野垂れ死んで、どこの誰とも知らぬ者の手に渡るくらいなら、お主に受け取って貰いたい。

 これは父がワシに贈ってくれた物じゃしの。」

「そんな大事なものを………我が生涯を懸けて、大切に致しまする。」

 今度は俺が両手をついて頭を下げる。

「あぁ、そうしてくれ。それに、本当に大事なものはワシが持っておるからの。」

 通智殿が優しく俺の頭を撫でると、そんなことを口にした。

「……それが何か、お聞きしても?」

 俺は顔を上げて尋ねた。

「なぁに、単純なことじゃ。敬うべき父と母から授かったワシの身体じゃよ。」

 通智殿は誇らしそうにそう言うと、盃に酒を並々と追加し、一気に煽った。

「確かに、とても大事な物ですな」

 俺も負けじと酒を煽った。

「あぁ、とても、いい気分じゃ。」

 俺が接してきた通智殿の中で、一番満足そうに笑っていた。

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