第12話

「さ、これとこれと、あとこれと………これとこれとこれ!」

 丁寧でいて素早く、袋の中に荷物が詰められていく。

「あ、あのあい殿?そこまでしていただかなくても………」

「何を言っているのですか!一人旅なんてどんなに準備があっても足りないものはたくさんなんです!ここは任せてください!」

「ハハハッ、許せ幸吉。あいは少々心配性なものでな。」

 伝兵衛殿が俺の隣で腕を組んで微笑ましそうに眺めている。

「……はい!振分荷物はこれで良いでしょう!」

「有り難く。」

 俺は既に旅用の服装だったため、荷物を身体にくくりつける。

「本当に気を付けてくださいね?」

「もちろんでございます。」

「それと、遠出で女性を引っ掻けたなら、ちゃぁんと連れてくるのですよ?それが"どんな"形であれ。」

 なんだろうか……あのあい殿の目からハイライトが消え、圧倒的な圧は……………で、伝兵衛殿………

 伝兵衛殿が口笛を吹いて何処かを眺めているのを見てなんとなく察することが出来た。

「ハハッ、某に惚れる女子等おりませぬよ。」

「まぁ?それなら娘は……」

「あい!お光はまだ八つだぞ!?」

「あらあなた、もう八つですよ。それに幸吉殿はもう十五。申し分ないかと思うのですが。」

「いぃーや!駄目だ!娘はやらん!」

 伝兵衛殿があい殿の隣に移動し、首が千切れんばかりに首を振る。

「あら、残念。

 それでは幸吉殿、身体は大事にするのですよ?」

「はい!行って参ります!」

 俺は片手を上げて弾正小弼様達が待つ城へと向かった。

「周防の酒、楽しみにしておるぞぉ!」

 伝兵衛殿の言葉には無言で返した。

 それと、伝兵衛殿がそれを言い、俺が目線を切った瞬間に、あい殿が伝兵衛殿のスネを蹴り飛ばしてるのを横目に見えてしまった。

 女性には、気を付けよう。俺はそう堅く誓った。











「準備は良いか?」

「は!!!」

 弾正小弼様に今日一番の声を出す。

「西野。」

「は!……ほれ幸吉、義風だ。体調も完璧にしておいたぞ。」

「おぉ、我が愛馬よ。」

「ブルッ!」

 乗ったのは数度ではあっても俺と義風は相棒だ。俺の抱きつきに義風は顔を擦り付けてくることで、反応し、心が通じるのを感じる。

「書状は義風の右に、義風の飯やその他は左にくくりつけてある。」

「は!」

「道は湯舟沢村から少し遠回りをしてでも飛騨を避けて東海道を目指せ。そうすれば道すがら先の事も聞けるであろう。そこからは……………うむ、期待しておるぞ。」

「…は。」

 黒川様のあまり嬉しくない励ましを貰い、俺は木曽を後にした。


 俺の知識をフル活用しても、山陽道を目指せとしか出てこなかった。本当に使えねぇ前世の知識だな。









 一先ず胞衣山(現在の恵那山)越えを目指す。今美濃も土岐家と斎藤家の跡目争いとかで不穏なため、近付かない。

 ………え?登山の描写はないのかって?

 逆に見ていて楽しいかい?と言うわけで割愛~











「ここが……三河か………」

 俺は笠を浮かして頭を振る。俺は元服?はしているが烏帽子親などいなかったし、そんなことをしてる暇はなかったから、前髪は前世の一般的な男性のような長さである。それをオールバックにして後ろはポニーテールで纏めているのだ。

 そのせいで頭が蒸れる蒸れる。汗で濡れた頭に自然な風がとても気持ちいい。

「そこの、ちょいと良いかい?」

 俺は馬を降りて鍬を小脇に座っていた二十代程の男に声をかけた。

「なんだら?」

「ここは三河のどこら辺だい?」

「ここぁ、加茂郡言うりん。」

「左様か。すまない、時間を取らせた。」

「別に、良いだら。にしても……旅かい?」

「あぁ、遠くに所用があってな。」

「はぁー、良いねぇ。おらは毎日毎日鍬を振ってぇ寝ての繰り返しだら。」

「………お主、三河には詳しいか?」

「おん?あぁーまぁー昔はそこら辺走りまわっとったし、あんたよりは詳しいじゃん。」

 ………そうだ。

「一緒に来てくれんか?勝手が分からん。」

「お?連れてってくれんだら?」

「その前にお主の親に会わせてくれ。話をしてくる。」

「おぉ!ほうかほうか!楽しみじゃなー!」



「親父ー今いいかー!ちょっと来てくれぇ!」

「なんだぁー!」

 鍬を肩に担いだ男がやってきた。

「今、よろしいか。」

「誰だ?」

「幸吉と言う。旅をしてるんだが、こいつに三河の案内を頼みたい。許可を貰いに来た。」

「ほう?そいつは良いが………」

「もちろんだ。」

 俺は懐から銭を渡した。

「おう!おら右字門!ちゃんと働くんだら!」

 そう言うと、さっさと戻っていった。


「よし、行くぞ。」

「へい!こっちだら!」

 右字門の後を俺は歩いていった。





「ここらで宿をとるじゃん。」

「そうなのか?もう少し進めると思うのだが。」

「ここらは人がよく通るだら。早くとった方が良いんだら。」

「そうか………任せて良いか?もちろん、馬を繋げられて信頼の出来るところだ。」

 俺は十分な銭を渡した。

「もちろんだら!そしたら……あそこに本證寺ってぇ寺があるから、そこで集まるで良いだら?」

「あぁ。」

 右字門はそう言った後、走っていった。



 こうやって待っている間も弾正小弼様達を待たせていると思うと、身体が勝手に動いてしまう。

 端から見たらヤバい奴何だろうなぁ。

「そこの、そんなに忙しくてどうなされた。」

 俺に声をかけてきたのは、僧侶のような、それでいてどこか違うような、そんな不思議な雰囲気の男であった。

「いや、急ぎの用事があるのだが、身体を休めなければいけないという葛藤で自然と動いてしまうのだ。」

「でしたら、私と共に禅をいたしませぬか?今からこの先の本證寺に向かうところだったのですが。」

 ちょうど右字門との集合場所だ。

「確かに、今の私にはそれは必要かもしれませぬ。是非お供しても?」

「もちろん。」




 目を瞑り、深呼吸をする。自分の息遣いすらうるさく感じ、時偶鳥の声が聞こえる。

「どうですか?幸吉殿。」

「良いものですね、三郎殿。」

 先ほどの男は三郎といい、慣れた動きで俺を案内してくれた。年齢はなんと同い年とのこと。初めて見た時は年上かと見紛う程落ち着いた所作だった。

「それにしても、幸吉殿はどこに向かってらっしゃるのですか?」

「………周防という国です。」

 本当は駄目であろうが、なんとなく話したいと思った。彼なら問題はないだろう。

「遠いですな?大変では?」

「えぇ。ですが、やらねばならぬ事なのです。」

「そうですか………とても強い意思を感じます。私にはない、その勇ましさ。とても羨ましいと感じてしまいます。」

「そうでしょうか?私には三郎殿のような落ち着きのある方に憧れますなぁ。」

「いえいえ、私のような、成すべき事も出来ぬものなど、こうして毎日禅を組み、死した者達に念仏を唱えることしか出来ませぬ。」

「それも大事な事だと思いまする。少なくとも、私のような者では出来ぬことですな。」

「そうでしょうか?」

「えぇ、人にはやるべき事はありますが、それとは別に当人がやりたい事も大事だと、私は常々思っております。」

 これは前世の経験から言えることだ。でなければ、こんな言葉、絶対に思い付かないだろう。

「当人がやりたいこと…………なるほど……その言葉、私の胸に刻んでおきましょう。」

「ハハハッ、そこまでの言葉ではありませぬよ。」

「……そうですか。

 そろそろ、終わりにしましょう。」

「ですな。」

 俺は三郎殿の言葉に頷き、後ろを追う。


 寺の入り口付近で三郎殿が俺の方に振り返る。

「それでは、ここで。」

「えぇ………………その前に改めて自己紹介、いたしませぬか?」

「え?」

 俺は服装を整える。

「改めてご挨拶を、某は木曽家当主、木曽弾正小弼義在が近習、風波幸吉勝康と申しまする。」

「………いつから?」

「挙げればキリがありませぬが……強いて言わせていただけるのであれば、本證寺の者達が皆一様に慌てたように頭を下げていたのが一番でしょうなぁ。」

「そうでしたか……………」

「さ、観念してくだされ。」

「………ですな、これも何かの縁でしょう。

 某は安祥松平氏当主、松平越前守信忠と申しまする。」

「は………当主?……………こ、これは御失礼を!」

「止めてくだされ、某は所詮名ばかり。家臣の心も離れ、実権は隠居した父上が握っております。」

「そ、そうでしたか………?」

 ど、どう反応すればよいやら………

「幸吉殿。」

「は、は!」

「お気を付けて。」

 優しく、慈愛に満ちた笑みを三郎殿が浮かべた。

「有り難く。それでは、さらば。」

 俺はそう言って右字門を探しに向かった。彼は意外とすぐに見つかった。



 松平と聞いた時、前世の知識から徳川家康という単語が出てきたが、何故だろうか?どこもかすってすらいないのに。


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第8話にて登場した開田村でしたが、どうやら近年になって合併したことで生まれた村だったらしく、西野村へと変えております。

新開村も黒川村に変更です。

                  by作者

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