第11話

「「「お帰りなさいませ!」」」

 西野城で弾正小弼様を迎える。

「出迎えご苦労。早速で悪いが、叔父上あらましを。」

「ははっ!まず、同盟についてですが………━━━━


 ということと相成りもうした。」

 ハッ!?なんも分からんかったぜ……

 かろうじて首と引き換えに五年の同盟を結んだのは分かった。賠償は貰ったっぽいが、黒川様が事細かく説明したせいで頭に入ってこなかった。

 でも、西野殿とかは素晴らしいと手を叩いているし、問題はないのかな?

そう考えたのはそこまでいけない事だっただろうか。


「…幸吉、その顔はなんだ?なにかあるのかな?」

 黒川様が悪い顔で俺に尋ねた。

「は……いや………」

「遠慮なく申せ。」

 えぇー……

「で、では……弾正小弼様のお考えを賜りたく。」

「私か?」

「はっ!」

「考え……とは?」

「弾正小弼様が目指す木曽家で御座います。」

 そう言うと、弾正小弼様は一度黒川様に目線を向け、お互い頷き合う。すると黒川様が弾正小弼様の隣を離れ、俺達と同じ場所まで下がった。

 これはつまり、黒川様は相談役でも後見人でもなく、弾正小弼様の家臣としてこの言葉を聞くということ。俺や西野殿達も背筋を伸ばし神妙な顔となる。

 それと、黒川様が下がった時に俺の耳もとで流石だ、と言われたが、そんなにすごいことを言っただろうか?

「………この場にいる皆を信用して話そうと思う。」

 その言葉に更に緊張感が高まる。

「某は、木曽の発展のために、侵略行為を一切せず、防衛と内政にこの生を捧ごうと考えておる。」

 弾正小弼様は一度深呼吸をして、また続ける。

「……いや、考えておった。だが、此度見た飛弾の兵達は皆一様に我らを山猿だと目で申していた。」

 ダァン!

 弾正小弼様が畳を拳で殴った。それには俺達も少々目を丸くしてしまった。

「私はそれが悔しい!………だが、私にはなんの力もない。あるのは叔父上に褒められた政務の腕のみ。

 そして、私だけが城に籠り、皆に戦を強いるなど言語道断!なればこそ、我が力で木曽を豊かにし、飛騨にも負けぬ力を得ると。

 ここで我は宣言す!第十七代信濃木曽家当主、木曽弾正小弼藤原義在は、我が生涯を駆けて木曽を国にすると!」

 弾正小弼様は拳を挙げて言い切る。

「は……お、恐れながら、木曽を国にするとは…?」

 西野殿が恐る恐る聞いた。

「ふ、決まっておろう。筑摩郡、並びに信濃すら脱っし、木曽国を興すのだ。」

「なんと!………では、朝廷への献金がかなりいるのでは?」

「そうだ、だから金が貯まるまで、檜と馬を商人に売った元手で金を得るのだ。それまでは現物を朝廷に献上するがな。さすれば我らの覚えも良くなるだろう。それに、昔、一度は天下人となった者の末裔を称しているのだ。国一つも持っていないとなれば、顔向け出来ぬであろう?」

「確かに、使えるものは使うべきですな。しかし、逆にそれが朝廷の不信を買ってしまうかもしれませぬぞ?」

 黒川様が鋭い目付きで弾正小弼様を貫く。黒川様が仰っているのは旭将軍の末裔を大々的に宣伝するのは天皇家にとってどう思われるか考えているのか………言外にそう言っている。

 これは俺の知識にあった。確か乱暴狼藉が酷いから後白河法皇と対立したらしい。

「それはあるでしょう。ですので、此度は将軍家の力をお借りしようかと。」

「ほう?今の十一代を?」

「いいえ叔父上。周防に前将軍がいるそうなので、大内家宛に書状を送ろうかと。」

「上手く行くのか?」

「それは分かりません。ですが、今の将軍家は将軍(足利義澄)と半将軍(細川政元)が対立しております。そこであの大内家と前将軍が好機と思い将軍の座を取り戻そうとすると思いましてな。

 数年前に、将軍復帰のために六角と戦って敗れたと教えて下さったのは叔父上ですしね。」

「よくお覚えで。」

「もし、失敗してもあの大内家と繋ぎが出来るだけでも御の字で御座います故。その場合は別の道を模索するまでです。」

「ですか。しかし、どのように書状を送るので?我らに大内との繋がりはありませぬぞ?」

「使えるものは使うと言ったでしょう?ですので、我らは七代家村様の縁で大内と近付こうと思いましてな。」

「なるほど。足利尊氏の元で共に戦った縁で近付くわけですな?」

「えぇ、ですが問題は距離なのです。」

「「「………………」」」

 ここで全員しまった…という顔をした。

「現状を鑑みても長期の文通をする暇はないと思われる。そこで、皆に案を貰いたい。

 ……あいやその前に、先の話、皆はどう思う?」

 その場の全員が無言で深々と頭を下げる。

「ありがとう、私は素晴らしき家臣を持っているな。………さ、これは戦ぞ、軍議を開始する。」

「「「「「はっ!」」」」」


「やはり商人に任せるのが一番では?」

「しかし、それだといつまでかかるやら。それに、文のみで我らの意図を完全に伝えられるだろうか?」

「それに、足元を見られて多額の金を要求されるだろう。」

「人を使うならついでに物を献上するべきか?家の格が違いすぎる。」

「だが、丸太は無理だぞ?」

「馬ならどうだ?」

「いや、連れていっても賊に盗られて終いじゃ。懇切丁寧に説得すれば良かろう。将軍様にとって確約された味方は多く欲しいだろう。」

「なら、我らの精強さを見せるために兵士を送るか?」

「いや、軍だと金がかかる。出来れば一人か二人にしたいな。」

「然り、それに国境毎に敵と思われれば商人よりも時間がかかりまするぞ。」

「確かに……」

「なれば、我が家の家宝を……」

「「「「「それは止めてくだされ。」」」」」

「問題は誰を使者とするかであるな。」

「然り、出来れば馬に乗って行ければ時間は短縮されるであろう。」

「馬の名手なれば西野殿だろう。」

「…いや、流石に同盟と相成っても飛騨の警戒は必要でしょう。それよりも、向こうに付いた後、試合をする可能性も考えるべきでしょう。」

「確かに、前将軍の目の前で大内家の兵士を打ち負かせば我らの信は得られよう。斎藤殿はどうであろうか?」

「いや、斎藤殿は確か伊那の小笠原家に出仕しておるわ。」

「では、吉田はどうじゃ?あやつなら……」

「しかし、使者として格に釣り合うか?所詮は雑兵と言われればそれまでぞ?」

「しかしなぁ、他に誰を………」

「ふむ……よし、幸吉。お主が行け。」

「は?」

「おぉ!確かに当主の近習なれば釣り合うな!」

「槍も得意だしの。」

「しかし馬はどうなんじゃ?乗れるのかや?」

「某は幸吉と共に遠乗りいたしたが、某に引けをとらぬ腕前でしたぞ。」

「ほう!西野殿がそこまで言うとは!」

「よし!決まりだな!」

「「「「異議なし!」」」」

「よし、それでは幸吉、頼んだぞ。」

「………………はっ…………」


 俺の周防行きが確定した。

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