第10話
三木家当主の首級と酒の入った樽を抱えて俺は西野家の軍勢に合流した。二十人の黒川衆にも怪我人はいたものの、木の根に躓いて転んだ程度だったため、今回の奇襲は大成功と言える。
それと西野殿含めた西野兵とはかなり仲良くなった。多分一緒に酒を飲んだからだろう。それと、西野殿の人となりも分かった。国境線に配備されてるだけあって、俺達の奇襲にすぐさま呼応する判断の良さや全軍を率いて三木家を追い払う大胆さは、とても羨ましいと感じる。
俺達は西野城に滞在し、今日、弾正小弼様がご到着なされた。
「面を上げよ。」
弾正小弼様の指示に従い、俺と西野(右馬允友貞)殿と古畑(伯耆守重尚)殿と馬場(左馬允昌家)殿が顔を上げた。
西野家は西野。
古畑家は末川一帯。
馬場家は奈川。
各々こんな感じの領地を有している。
「まず、此度の戦、皆の奮闘により勝利を手に出来たこと、真嬉しく思う。早速だが、論功行賞に入る。
叔父上。」
「はっ!これよりは某が務めさせていただきたく存ずる。」
黒川様の言葉に全員が肯首する。
「まずは戦功第一位、風波幸吉。」
「はっ!」
「敵の大将首を討ち取ったそなたが戦功第一位である。褒美として、赤坂の志津という刀鍛冶が打ったこの刀を与える。銘はないがかなりの業物だぞ?」
「おぉ、恩賞有り難く。」
一丸から受け取った刀の刃を見る。
「もう下がって良いぞ。」
「はっ!?失礼しました。」
他三名や黒川様に失笑されてしまい、顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。けれど、下がった後も俺は刀を眺めていた。
ちなみに他三名は感状を貰っていた。
現在、三木家との関係を推し測るため、俺達は西野城に滞在している。弾正小弼様は給金の捻出、西野殿は兵士の配置、馬場殿は領地に戻り待機、古畑殿は千代若様に手を焼かれて、尾崎殿と数人の護衛をつけて弾正小弼様と共に行動するよう口酸っぱく言い、領地に帰った。
本来であれば弾正小弼様が家臣に自由に動いて良いと言ったことで給金など渡さなくて良かったのだが、今回の西野、馬場、古畑は国境線の苛烈な戦や木曽家との繋がりから、最初から弾正小弼様を主君と仰いでいる。そのため働きに応じた給金を払わなければいけないのだが、今の木曽家は金がない。城も建てるから尚更だ。名実共に木曽家の主となれば多少の金は入るだろうが、今のままでは認められない。だからこそ、城を建ててから自分の存在をアピールするという意味で城を建てると仰ったのだと思う。
今回の戦で、三木家が使っていた鎧や刀は有り難く木曽家の資金となるだろう。農民が取る前に俺達新開衆が回収した。
それに、こちらには当主の首もある。三木家に金をせびれば手に入るだろうが、それでは更に関係が悪化する。そこで、弾正小弼様は首と遺体を引き換えに、和議を結ぶ腹積もりらしい。
飛騨と木曽の丁度間、長峰峠の簡素な砦へと弾正小弼様、黒川様、一丸、半助が向かった。数が少ないと進言したのだが、勝者が堂々とせねば天下の笑い者ぞ、と弾正小弼様に笑って窘められた。
そういうもんかと思っていたが、急に不安になってきた。
「ん?どうした幸吉。鍛練に身が入ってないぞ?」
「これは西野殿。恥ずかしきところを………
弾正小弼様のことで少し不安になってしまい……」
俺が不安を吐露すると、西野殿も深く頷いた。
「確かに、あの少なさは某も気掛かりじゃ。
だが、安心せい。黒川殿がついてるし、何より三木家は京極家の被官じゃ。天下に背く行為などしたならば、それこそ天下の大罪人よ。」
西野殿は笑って俺を励ましてくれた。
「はい……そうですな………」
「気分は晴れぬか………よし!ならば共に遠駆けせぬか?気分転換に良いと思うぞ?」
「は……しかし、某は馬を持っておらず………」
「なぁに、西野は木曽馬の産地の隣。馬なら何頭もおるわ。それに気に入った馬がおればお主に贈ろう。」
「は!?いえ、さすがにそこまでは………」
俺が断ろうとすると、西野殿が俺の肩に腕を回す。
「遠慮するでない!某は幸吉、そなたを気に入ったのだ!それにそなたはいずれ弾正小弼様と共にでかくなる!某はそれを確信している!
だからこそ、これは将来のための布石じゃよ。」
「……感無量にございます。」
「礼など良い。さぁ!厩舎に行くぞ!」
「はっ!」
「おぉ、壮観ですな。」
木曽馬の魅力はなんと言っても木曽山脈を生き抜く脚力と丈夫な蹄、そして粗食でも生き残る身体。
「そうであろう?木曽馬は末川で育て、西野で足腰を鍛えておるのだ。我らは国境であるから、馬を使った巡回が多いのでな。」
「なるほど。それでは、拝見させていただきます。」
「うむ、じっくり見て気に入る馬がおれば言うが良い。」
この子は………ちょっと大人しすぎるな。
この子は………だめだ、嫌われたようだ。
この子は………少し脚力に心許ない気がする。
そうして、一頭一頭見ていくと、一際目線を誘われた存在がいた。
それは河原毛の馬だ。別に色が珍しいというわけではない。ただ、歩き方に力強い物を感じた。
「なあ、ちょっと良いか?」
河原毛の馬はこちらを見つめ、俺の行動を見極めようとしている。
「俺を乗せてくれないか?」
鼻を近づけてきたので匂いを嗅がせる。
すると、顔をこちらに寄せてきた。鼻、次いで顎を触っても、河原毛の馬は大人しくしていた。
「乗っても良いか?」
そう言いながら首を優しく叩くと、身体を寄せてくれた。
「そうか…ありがとう。」
俺は簡易的な手綱を引き、西野殿を探した。
「おお、良き相手を見付けたようですな?」
「はい、某はこの河原毛の馬にしようかと。」
そう言うと、河原毛の馬が顔を擦り付けてきた。
「ははぁん?さては名が欲しいと言ったところでしょうな。是非付けてくだされ。」
「む……………ならば、義風(ぎふう)と。」
「うむ、良い名だの。そうと決まればこちらに。馬具を付けようぞ。」
「は。」
西野殿との遠駆けはとても有意義な物になった。楽しすぎるあまり、俺と西野殿は帰るのが夜遅くになってしまった。西野殿の奥方殿に説教食らったが、それてもまた遠駆けしようと漢の約束をしたのだった。
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