第8話

 治水工事も落ち着いた所で黒川衆は帰還した。本来ならもっといた筈なのだが、弾正小弼様が水之江殿に「福島に城を築きたい」と爆弾発言をしたせいである。福島に城を築くなら土地勘のある我ら福島衆に一任してほしいと嘆願し、水之江殿の配下は死んだ目をしていた。

 主君絶対タイプだから、役に立てると喜んでいるのだろう。配下の配慮は別として。


 そんなわけで少々早いが、弾正小弼様の弟君がいる古畑家に向かうことになった。

 古畑家は飛騨と隣接している西野家の領地ととなり同士のため、安全を考えて治水工事に従事した黒川衆は弾正小弼様の護衛としてついていく。


「弾正小弼様の弟君である千代若様はどのような方なのでしょうか?」

「うぅん……幸吉から落ち着きを無くした……ような感じだろうか?」

「……はぁ?」

 自分を比較されるとあまりピンとこないな。

「まぁ、会えば分かるよ。」

「ふむ、そうですな。」



「ん?……弾正小弼様!前方から何かが近付いてきます!」

 前方から声が上がった。

「某は見てきまする!弾正小弼様、その場を動かれることのなきよう…」

「……いや、その必要はないよ。分かったから。」

 弾正小弼様は穏やかに微笑んでいる。一体何が分かったのだろう。

「は………?」

 そんな会話の間にも、土煙はどんどん大きくなってくる。

「………えー!」

 近付く存在が何かを発している?

「……うえー!」

 すぐ目の前に……!

「あーにーうーえー!!!」

 黒川衆を押し退けて、弾正小弼様に飛び付いた一人の少年。

 言葉的にもそうか。

「久し振りであるな!千代若。」

「はい!兄上も御壮健でなによりでございまする!」

 うむ……確かに落ち着きはないな。

「しかし、千代若よ。尾崎はどうした?」

「は!もちろん尾崎も共に………あれ?」

 後ろをキョロキョロしてからこてん、と頭を傾げる千代若様。

「お主は他の人よりも速いから、尾崎を真似るように行動せよと言われていたであろう?」

「………はぁい。」

 唇を尖らせて拗ねたように呟く。

「さ、説教は終いじゃ。喋りながらゆるりと参ろう。」

「はい!」

 弾正小弼様が楽しそうで何よりだ。

 俺は黒川衆の一人に指示を出し、千代若様を追っているであろう尾崎殿という方に会ったらここにいると伝えるように伝言を託した。

 まぁ、いなくても、古畑家の館に着く前に先触れは必要だからね。



 しばらく歩いていると、伝言を託した者が大慌てで向かってきた。俺達は歩を止めてそいつが来るのを待つ。

「一大事でございます!」

「如何した!」

 俺は声を張り上げ訪ねる。

「は!西野村に敵襲!西野及び古畑が交戦中!馬場が周りを固めております!」

「な!?一大事だ!今すぐ援護に……!」

「千代若様、待ってくだされ。今飛び出したところで無謀も良いところでございます。弾正小弼様、ご指示を。」

 千代若様を宥めつつ俺は跪く。

「むぅ……」

 千代若様も兄の言葉を待つように見つめる。

「…………幸吉、二十名を連れて援軍に参れ。叔父上は某と千代若を守ってくだされ。」

「「は!」」

 そうと決まれば行動は迅速に、判断は最速に。

「幸吉、こいつらを連れて行け!ワシらは警戒しつつ古畑家の館へと向かう!状況によっては更に後方に下がるからそこは臨機応変に任せるぞ!」

「承知!我らは一目散に戦場に向かい、森からの奇襲で仲間を助けるぞ!飛騨の奴らに目にもの見せてやれ!」

「「おぉう!!!!!」」








 休みつつ走って二日程、そろそろ近場に来たところで一人の偵察が帰ってきた。

「どうだ?」

「へい!西又付近で交戦中してやした!」

「そうか!…………よし!ならば、西野川を渡河しつつ山越えをする。あの水之江殿の扱きを耐えたお主らなら造作もないだろう?」

「もちろんでさ!」

「やってやっさ!」

「懲りない飛騨の奴らにゃ、叩かにゃ治らんよ!」

 皆の士気は維持されている。良いことだ。






「……そろそろ西又だ。今日はもう寝て、日の出前に敵の本陣を叩くぞ。」

「「「おう。」」」

「俺は少し敵の本陣を見てくる。皆は休んでくれ。」

 俺は指示を出して、身軽な格好で忍び寄る。



 地べたに座って駄弁る複数の飛騨兵を見つけた。

 バレぬよう、こっそりと近付く。

「いやぁ!また戦と聞いて文句も言ったが、こんなのだったらいつでも歓迎だな!」

「全くだ!木曽の山猿どもも大したことないな!それに今回は御当主の修理亮様も来てるし、勝ちは貰ったってもんよ!」

「言えてるぜ!あの義元に切り傷をつけた五平様もいるし、戦の後が楽しみだぜ!ぐっへっへ……」

「はぁ?お前、山猿女に欲情すんのか?見境ねぇなぁ?俺は飯でも貰えりゃそれでいいや。」

「おいおい、猿は猿でも女だぜ?使わなきゃもったいねぇだろ?」

「いーや!俺は無理だ!どんな病を持ってるか分かったもんじゃねぇ!」

「まぁ、確かになぁ。」

「はあ!?お前もそっち側かよ!?おいおいよく考えろよ!」

「こっちの台詞だ!」


 これ以上、いい話は聞けないだろうな。

 そう判断した俺は仲間のいる所へと戻る途中、今の話を整理する。

 修理亮……確か、義元様が死ぬに至った傷を負わせる原因となった戦を仕掛けてきた三木重頼のことだ。それに、義元様に傷を負わせた五平なるもの………弾正小弼様に代わって、仇討ちをすることが出来そうだ。

 

 俺は静かに闘志を燃やしつつ、眠りに入った。

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