第7話

「石を運べぇ!!その大きさでは川の流れは緩まんぞぉ!!」

 怒鳴り声で俺達に指示をするのは黒川様……ではなく、木曽川の監視を任されている水之江源蔵殿だ。ちなみに黒川様は俺達同様力仕事に精を出してる。

 ……あの人も大概変わってるよね。

 本当に視察に来た弾正小弼様の側には小性の一丸と上松に引きニートしている竹若様がいる。弾正小弼様は興味深そうに見つめ、竹若様はか細い声で声援を出している。

 水之江殿は典型的な忠臣タイプで、主君が見ていると分かると、途端に作業スピードと声のボリュームがアップした。

 俺は石を運ぶ班だが、半助や他の連中は川の底を掘ったり、川縁を削って川の面積を広げたりとそっちはそっちで大変そうだ。

 作業を始めて二半刻が経過した頃

「よぉぉーし!休め!」

 水之江殿の一声に全員がその場に座り込む。既に春分を迎えているが、川の水はかなり冷たかった。火照った身体を冷やすのにはちょうど良いがな。


「よー幸吉、こっちで駄弁ろうぜ。」

 そう言ってきたのは今日仲良くなった、農民の田五郎と宗左衛門だ。二人はこの近くに住んでいるらしく、木曽川についてはこの二人の方が詳しい。

 三人で濡れた服のまま、地面に座る。

「おう、いやぁ疲れた疲れた。」

「全くだなぁ。」

「武士がそんなんで良いのかぁ?それなら俺でもなれるかもなぁ。」

 田五郎は武士に少々の憧れを持っているようだ。

「そしたら田五郎、畑はどうすんのさ?」

「あ?弟が継ぐだろ?俺は農具なんてくせぇもんより、刀が握りたいんだ!」

 田五郎は今十六歳だったかな?男は武士憧れる。分からんくはない。今じゃ応仁の乱のお陰か、下克上が流行ってるらしいしな。

「その意気は良いが、田五郎はちゃんと戦えるのか?」

「バッカ!俺が日頃木の棒を振ってる成果は確実にある!今の内に唾つけねぇと他のとこに行ってまうかもしれねぇぜ?」

 田五郎が甲冑を着て、対峙するのを思い浮かべたが、木の棒という単語と共にその妄想は掻き消え、鍬を持って一揆を起こしてるような情景が浮かんだ。

 一揆…木曽では起きないことを願うばかりだ。

 まぁ、そんな感傷的な気持ちなどさっさと消す。ふらぐってのは建てないのに限るらしいからな。

 しばらく黙っていた俺と宗左衛門は顔を見合わせ同じ言葉を紡ぐ。

「「……………無理だな。」」

「な!?ナニィィィィ!?」

 田五郎の絶叫が響く中、更にデカイ水之江殿の声で俺達は作業に戻った。






そこから三刻

「終いじゃ!終いィー!」

 水之江殿の声が聞こえ、皆嬉しそうに疲労の息を吐く。

 俺もこんなに動いたのは初めてだ。明日筋肉痛になってないと良いが。


「よぉし!黒川、集合!」

 おっと、黒川様に呼ばれてる!

 

 しばらくして全員が揃ったようだ。

「皆、今日はよくやってくれた。今日は福島村に滞在し、いつもの時間にまたここに集合だ。飯は後で村の人が持っていく。……解散!」

 多少ふらついている足どりの人もいつつ、黒川様に指示された小屋へと向かう。

 あ?そういや半助いなかったような…………?


「失礼する。」

「幸吉、お疲れ様。こっちにおいで。」

 そこには弾正小弼様と竹若様が談笑していて、隅の方に一丸と寝ている半助……半助!?

「これはお出迎え有り難く………その、そこに寝ている其奴は?」

「ん?あぁ、半助は……」

 弾正小弼様が言いかけた時、一丸が早口に喋り始めた。

「こやつは、治水工事中に倒れて、弾正小弼様の視察を中断させた上に未だに呑気に寝こけております!」

「ほう……弾正小弼様、竹若様、少々お時間いただきまする。

 ……なぁ一丸。」

「皆まで言うな、分かっている。任せろ。」

 そう言って俺が頭、一丸が足を持って運び、他の黒川連中がいるところに放り投げた。もちろん、どれだけ真面目に働いたかという情報を添えて…な。


「お目汚しをいたしました。」

「お時間とってしまい真申し訳なく……」

「あ、あぁ、構わないよ。一丸も幸吉も頭を上げて。」

「「寛大なお心に感謝を。」」

 そう言って俺は居住まいを正し、一丸は定位置である部屋の隅に座した。


「この人が兄上の兄上ですか。」

 引き二……じゃなかった。竹若様が興味半分疑い半分の目で俺を見る。

「は!お初にお目にかかりまする。風波幸吉勝康でございます。気軽に幸吉とお呼びくだされ。」

「あ、僕は木曽竹若……です。」

 まだ元服前で、見ていて和やかになる。


「にしても、竹若様はなぜこちらに?上松にいたのでは?」

「あ、それは……」

 竹若様は目を泳がせ、弾正小弼様を見つめる。

「竹若、自分の口で言うてみよ。幸吉はバカになどせん。」

「実は…出家したいのです!」

「ほう?何故でしょうか?」

  俺が聞き返すと少し驚いた顔をしたものの、すぐに戻って話を続けた。

「聞いてる通り、僕は戦が嫌いです。それで上松に引きこもって……そんな時にたちよった臨川寺で仏教を知り、この教えを広めたいと思ったのです。

 それに、このままでは兄上や上松殿に迷惑をかけてしまいますから。」

「仏教を広める……それは、良きことですな。」

「そう、でしょうか?」

「はい。やりたいことが見つかる。人にとってそれは掛け替えのないものだと、某は考えております。大事にしてくだされ。」

 この若さで出家というと、あまり周りはよく思わないだろう。だからこそ、俺は背中を押したいと思った。

「そう、ですか……!」

「幸吉はバカにしなかったでしょう?」

「はい!弾正兄上も幸吉兄上も僕が剃髪したらば、是非いらしてくだされ!歓迎したいと思いまする。」

「っ!」

「あぁ、もちろんだ。」

「某も、喜んで。」

 竹若様にも認められたのだろうか。それは、とても嬉しいことだな。

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