第6話

 半助が来てから、俺と半助は基本一緒にいることが多くなった。稽古や勉学、農作業を競うように励んだ。農作業と稽古は俺、勉学は圧倒的に半助に軍配が上がっている。奴は曲がりなりにも武士の家出身だったらしく、それなりの教養があるらしい。俺も負けるのは悔しいから、前より勉学を真面目にやっている。なぜなら毎回どや顔がウザイからだ。


 今は囲碁で戦略の勉強中だ。これで負けた方が農作業を肩代わりする賭けをしているため、負けるわけにはいかない。

「待った!」

「またか?幸吉。」

 ………ムズい。未だにルールが怪しい………

「ここだぁ!」

「終わりだな。」

「んなァ!?…………終わりました………」

「ふっ、農作業、頑張れよ。」

 半助は意気揚々と槍を担いで稽古に行った。

「チッ!しゃーねぇ。」

 これは負けた俺が悪い。そう思うしかない。



 


 鍬で土を掘り返す。こうすることで稲の育ちが良くなるらしい。

「ぅあぁぁぁ……腰が痛ぇ……」

 そういや、前に木曽檜の流通を聞いてみたら、卸してはないそうだ。売れるとしても運ぶのが大変とかの理由で領地でしか使ってないそうだ。俺も特に何も思い付かなかったから、そのまま退室した。

 転生してるってのに、俺の前世は一体何を学んだのだろうか?かなり高度な教育を受けているというのは分かるのだが………

「精が出るな、」

 ひと休みしつつ、頭を捻っていると、伝兵衛殿がやって来た。

「伝兵衛殿も田起こしですか?」

「そうだ、手早く終わらせてしまおう。」

 伝兵衛殿は慣れた手付きで鍬を振り下ろし、俺よりも格段に早い。







「幸吉、一度休もう。」

「はい!」

 伝兵衛殿と俺はさっきまで田起こしをしていた土地をぼんやり見ながら漬け物をつまむ。

「黒川様の扱きは大変か?」

「大変……と言うよりも、期待には応えたいのですが、如何せん自信がなく……」

「ほう?そなたの武芸はなかなかの物だと思うが?」

「は、それは某も自負しております。しかし問題は黒川様が某に兵卒をまとめる役割を望んでいることです。」

「はぁ、なるほどなぁ。」

「そういえば、伝兵衛殿は黒川村での男衆をまとめていましたな。どうやっているのですか?」

「そういえばとはなんだ。

 うぅむぅ………なんと言えばよいか………やはり大事なのは士気じゃ。それを下げないように喝を飛ばしたり、命令の伝達をどれだけ速く確実に出来るか、だろうか?」

「まぁ、そうですな。」

 そう簡単には楽な方法は見つからんな。

「あとは……そうじゃなぁ、そなたは出生不明ということで舐められることもあろう。だから、あえて部下の要望や要求を素直に採用するのもありじゃな。」

「?それではただのお飾りでは?」

「ふっ、だから、そやつらに気付かれぬように自分の要求をそやつらにさせるのじゃ。頭を使うから大変だろうが。」

「う、それは無理かと………」

「なぁに、方法の一つじゃよ。よし、再開するぞ!」

 んー活用できる日は来るのだろうか……………?

 



 週に一度、半助と俺の真剣勝負がある。半助を引き抜く条件がそれだったらしい。今日はその一日目だ。まぁ俺はこいつを殺すつもりはないから刃は布で巻くがな。

「これに勝てば、俺も晴れて自由の身。飛騨に良い土産を持っていけそうだぜ!」

「は、俺に一度も勝ってないくせによく吠えるわ!」

 立会人は黒川様。

「両者…………始め!」

 半助からの斜め上から飛んでくる槍を避けつつ横凪を半助の胴に当てる。

 俺も半助も槍を持っているが、俺の方が一尺長い。

「なんのなんの!これならどうよ!

 んぬぬぬ……はぁぁぁぁ!!!」

 身体を回転させながら連続で槍を振る。

「…………」

「ハハハハ!これで攻撃出来まい!このまま引き潰してくれるわ!」

「そうか。」

 俺は距離をとる。いつまで続くだろうか?


 そう思って待機していると、半助は疲れたように足をふらつかせ、その場に尻餅をついた。

「勝機!」

 俺は走って助走をつけ、槍で半助の脳天をぶったたいた。

「ぎうっ!?」

「勝負あり、幸吉よくやった。」

「は!しかし、こやつは本当に使えるのでしょうか?」

 頭を揺すられて伸びている半助を指差した。

「さぁ?」

「そ、そうですか………」

 黒川様が容易く半助を担ぐ。

 あれでも半助は筋肉はしっかりついてるからかなり重い筈なんだが………

「そうだ、明日は村の門に集合だ。」

「は、どちらへ?」

「南下し、木曽川の治水を行う。人足として働いて貰うぞ。」

「分かり申した。」

「うむ、弾正小弼様の所に行って参れ。」

「は!」











「風波幸吉、参りました!」

「入れ。」

「失礼つかまつる。」

 俺が障子を開け、弾正小弼様と対面する。

「…………慣れないな。」

「ですなぁ。」

「……よし、幸吉、もっと。」

「は!」

 弾正小弼様は当主としての、俺は家臣としての礼儀作法の勉強中だ。半助が伸びてるお陰で黒川様が不在だ。だからお互い楽に喋る。最初は俺も畏まっていたが、年も近いし、同じ父を持つ兄弟だと言われて頷いてしまった。

「今度弟の所へ参るのだが、幸吉も来ぬか?」

「それは是非!確か……上松におるのでしたか?」

「いや、そちらではない。もう片方の千代若だ。」

「ほう?上松のほうは……?」

「そちらは竹若だが、何分戦を嫌っておっての。上松城で引きこもっておる。上松が苦戦しているようで、度々文が来るわ。」

「そうなのですか……」

 上松殿、まだ会ったことはないが、苦労人なのだろうなぁ………

「なぁに、某が死んだらその弟が引っ張り出されるのみ。逆に安全なところにいてくれて助かっておるわ。」

「なるほど。して、千代若殿とは?」

「古畑千代若義康。千代若は父が死んでから古畑家に引き取られたのだ。あそこには嫡男がおらんかったゆえな。今も某と同じように教育を受けているころだろうて。」

「古畑様ですか………会うのが楽しみですなぁ。

 しかし、何故養子に出せたので?」

「それは最もな意見だ。古畑家は木曽三代家村の三男が後裔とされていて、馬場家と共に黒川口を守護してくれている、かなり遠いが分家となるからだ。」

「なるほど、合点がいきました。」

「あぁ、幸吉のことを速く紹介したいものだ。」

「有り難きお言葉!」

 

「そういえば、叔父上から聞き及んだぞ?木曽の木材を他国に売れないか聞いたそうだな?」

「は!木曽の木は上質な物と思っております。可能になれば、民の暮らしにゆとりを与えられると思った次第。」

「ほう?ゆとりとはなんだ?」

「は!例えば材木を売れば金になりまする。それに加えて、民に伐採や運搬をさせるのです。そこで給金を与える。そうすることで民の懐も潤うかと!」

「………我らは材木の相場が分からんし、すぐには出来ぬな。それに、伐採はまだしも運搬はどうするのだ?山の中を歩かせて思わぬ事故があった場合、商人と何日に渡すかという約束が出来なくなる。それでは商人の信用は得られぬぞ?

 給金もどの程度渡すか慎重に考えねば………」

「…………………」

 もう、提案するの辞めようかな………

「そんな顔をするでない。全部がダメとは言っとらんだろう。これから綿密に積めてゆけば、実現は可能じゃろうて。」

「ご配慮有り難く………」

「うむ、気にするでない。幸吉の提案はときたま鋭いものがある。腐らずどんどん言うてくれ。」

「は!」

「次は幸吉の番じゃな。近頃どうだ?」

「は、大体は半助と共に。あやつは頭は良い……筈なので弾正小弼様の助けにはなるでしょう。」

 その発想が幼稚になる理由は分からんが。

「そうか!それは楽しみだ。

 そういえば、明日どこかへ行くと聞いたが、どこへ行くのだ?」

「は、明日は木曽川の治水に参りまする。川の氾濫は我らにとっても一大事ですからな。

 ……某がまだ義元様に拾われる前に、森の中で川に流される人を見かけました。あれは二度と見たくないものです。」

「流される………か…………幸吉、某もそれに同行して良いか?」

「はぁ、それは黒川様に言ってくだされ。それより、急にどうされたので?」

「うむ、ちょっとな。」

 弾正小弼様は嬉しそうに微笑んだ。

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