第5話

「うーむ………」

「叔父上どうされました?」

 黒川様と弾正小弼様が話し込んでいる。俺は後ろで控えている状態だ。

「幸吉のなぁ……」

 俺?

「幸吉がどうされました?」

「うむ、何も知らぬと思いきや、たまに鋭い戦術眼を持っておっての。どうもチグハグに感じて悩んでおるのだ。」

 前世の無駄に変なところを覚えているせいか、違和感を持たれてしまったようだ。

「あの…幸吉は傍におりまするが………?」

 弾正小弼様が俺の方をチラリと見ながら不思議そうに尋ねた。

「分かっておる。幸吉、来い。」

「は!」

 とりあえず、顔色を変えないように近付いた。


「幸吉、お主は何を目指す?」

 む、急にそんなことを言われても……

「…弾正小弼様をお支えしたく存じます。」

「そんなこと分かっておる。お主はどのようにして弾正小弼様の力になりたいのかと聞いておるのだ。武芸、知謀、暗躍、弁舌。他にも上げればキリはないぞ?」

「…………………私が出来るとしたら、槍を振るうことだと存じます。」

 必死に考えて絞り出した。そりゃ死ぬのは嫌だが、槍働き以外で活躍は絶対に無理だ。弁舌なんて、中途半端な知識を出して頭のキレる相手に詰められるジ・エンドの可能性しか見えない。

「そうか……分かった。やはりワシが将としての心構えを教えるしかないのぅ。」

 黒川様は目を細めて、あごひげを擦りながら呟いた。こういう時の黒川様は腹黒いことを考えているときだ。

「は?いえ、某は雑兵でござりまする!兵を率いるなど、とてもとても!」

「弱気を言うでない!!!」

 黒川様の一喝は、耳にキーンと来た。

「うぅ…」

 俺が耳を抑えて悶絶していると、黒川様は弾正小弼様に話しかける。

「弾正小弼様。暫しの間、幸吉を我が手元で育てたく存じます。どうか御許可を。」

 改まって、頭を下げる黒川様。

「え?あ、あぁ。任せるよ叔父上。」

 急に話を振られた弾正小弼様は生返事を返した。

「有り難き御言葉。

 ですが、後で弾正小弼様もお勉強ですな。」

 俺と弾正小弼様には死神が手招きをしているように見えた。






「定勝寺を差配していた八三郎殿から援軍が欲しいと言われてな。」

「何が出たのですか?」

「盗賊、拠点は御嶽山とのことだ。」

「真ですか!?越冬出来たのですね?」

 今年は不作とは聞いてないし、盗賊に堕ちるのならば義元様が亡くなられた原因であるあの戦だと思う。

「今いるということはそうだろう。御嶽山を根城にしているにも関わらず、王滝にやってくるのなら、元飛騨兵。もしくは盗賊に見せかけた飛騨兵という可能性もあるだろう。」

 なるほど、盗賊に扮していれば知らぬ存ぜぬを貫けるということか。

「編成はどのように?」

「ワシは後ろで見といてやる。幸吉、お主の判断でやって見せよ。」

「な!?……いえ、謹んで受けさせていただきます。」

「うむ。兵は王滝四十と黒川七十二だ。」

「伝兵衛殿は?」

「伝兵衛は守りじゃ。流石にがら空きには出来んわ。」

「道理ですな。それでは、私は兵達に声をかけて参ります。」

「そうしてくれ。揃い次第出立じゃ。」

「は!」



 全員と顔合わせを終え、一同王滝へと向かう。道中警戒しつつ進むが、問題なく王滝村まで着くことが出来た。

「今回、皆の命を預かることとなった風波幸吉である。若輩者故、不安に思うものもおろうが、我らには黒川三郎様が着いておられる!我らに危機迫りし時は、馳せ参じてくれるとのことだ!」

「おぉ……!」

「我ら木曽の民を舐めているとどうなるか、盗賊共に見せつけてやろうぞ!」

「「「おぉぉぉ!!!」」」

 掴みは上々。黒川様も嬉しそうに頷いているし、なかなか良いんじゃないか?


 御嶽山には三人一組(土地勘のある王滝兵を一名、黒川兵を二名)を二十作って向かわせる。それに後詰として王滝兵一名と黒川兵一名のペアを二十作って三人一組の入っていった山の入口に配備する。こうすることで、山から降りてきた兵士の言葉をより早くこちらに届けることが出来る。山の中に六十名、伝令に四十名、俺達本陣に十二名。それに、全員に深追いはせず、死ぬ前に逃げてもよいと言ってある。


 

 山に兵士が入って半刻程。

「伝令!伝令!盗賊を発見!盗賊を発見!現在ご指示通りに山の中から囲うように応戦中!」

「真か!」

「へい!」

「よし!ならば、黒川様と六名はこのまま本陣で待機を!他の者は俺と共にだ!出るぞ!」

「「おおぉぉぉ!!!」」

 槍を掲げて鼓舞するように駆け出した。




 伝令兵に道案内をしてもらいつつ、山の中へと入っていく。

 そういや木曽檜って高いって聞いたな?今度黒川様に現在の流通を聞いてみよう。何事にも金は入り用だからな。

 山の中を慎重に走っていくと、戦いの音が聞こえてくる。木陰で戦局を見ていた一人が、俺に気づいて近付いてきた。

「御報告、現在五人が死に、五十が負傷。」

 冷静に淡々と告げてきた。

「な!?……んん、敵方は如何程か?」

 以外と負傷者が多く、驚いてしまった。

「敵兵四十三、内三十超を討ち取っております。」

 こやつは黒川村の変わり者。名を祐彦。ちなみにめっちゃ頭よくて、黒川様が一目置いている程である。

「そうか。やつは将か?」

 目の前で味方を吹き飛ばす敵を指差して聞く。

「はい、他の盗賊とはわけが違う。推測するに、どこかの兵士であったと。」

「承知した。祐彦、お主はこやつらと共に他の所へ援軍に行け。あの将はこの槍で仕留めよう。」

「……承知。ついてこい!」

 俺と共に来た兵が少し心配そうに俺を見つつ、祐彦に従っていった。




ー小坂半助良利ー


「おいおい!木曽兵はこんなもんかぁ!?」

 挑発に引っ掛かった数人が、また俺に無謀な突撃をしてくる。

「無駄なんだよぉぉ!!!」

 それを一閃で吹き飛ばし、辺りを見る。

 チィッ…やっぱ盗賊風情じゃ、武将首は来てくんねぇか。あとは死体と動けない有象無象のみ……

「誰だ!」

 俺が後ろを向くと、ゆっくりと木々の間から一人の男が現れた。

「ッスゥ…よぅよぅ我こそはぁ!」

「…ぶっ!ぶっはっはっはっはっ!!!!お前の名乗り、古すぎだろ!ハッハッハ!」

 なんだこいつ…突然出てきたと思ったら。

「何!?くぅ……も、もう一回だ!」

 すると、もう一度名乗りを上げたいと言ってきた。

「お前正気か?……なら、俺が先に手本を見せてしんぜよう。

 我こそは、小坂半助良利なり!我が剛槍、受けれるものなら受けてみよ!」

 ふ、なかなか上手く決まったんじゃねぇかな。

「ほう!なるほど!

 では、我こそは、風波幸吉勝康なり!木曽家当主、木曽弾正小弼様の近習である!」 

 なに!?小物以下の中に大物への近道が見付かるとはな!

「良いだろう!いざ……」

「勝負!」

 互いの一歩はほぼ同時。

「せりゃあぁぁぁぁ!!」

 俺の振り下ろしは見事に外れる。

「なに!?」

 こいつ……足をこちらに向けたまま斜めに飛びやがった!

「せい!」

 槍が飛んでくると思い、持っている槍で咄嗟に防御をしたところ、手ではなく腹に衝撃が走った。

「うっ!」

 俺は横合いから鳩尾を蹴られた。


「卑、怯…」

 腹に手を当てて、絞るように呟く。

 イイモン貰っちまったぜ……

「知るか。」

 ふっ、小せぇ分小回りが効くようだ。

「良いねぇ、これでこそ戦ってもんだ!」

 槍を回して牽制しつつ勝康の弁慶を狙う。

「それは、同意だ!」

 俺の槍を飛翔で躱し、そのままの体勢で槍を振ってきた。

 何てヤローだ!これでも村一番の槍使いって言われてたんだがなぁ。

 勝康の槍の柄が俺の側頭部に当たり、俺は尻餅をつく。

「ぐっ!」

「…さぁ、終いだ。」

 俺が顔を上げた時には、刀が俺の首に添えられていた。

「降参、降参だ。」

 俺は手を上げた。

「よし。……お、帰ってきたか。

 この者を縛れ!本陣へと帰還する!」

「「「おぉ!」」」


 はてさて、どうなることやら。








「そなたが、小阪だな?」

「へい。」

「ワシは黒川三郎だ。なぜ盗賊頭をしていたか言え。」

 な!?

 思わぬ大将首に飛び掛かろうと仕掛けて、思い止まった。両手を縛られてるし、生きてるのが奇跡のようなものだ。

「……三木家に指示をされ申した。木曽をじわりじわりと追い詰めよ、と。」

「証拠は?」

「ありませぬ。残すことが我らにとって不利だということはガキでも分かりまする。」

「いつからあの山にいた?」

「昨年の戦の時より。」

「ほう?冬を超えたと申すか。ならば飛騨から物資はあったのか……」

「…………いいえ、ありませんでした。」

「む?どういうことだ?」

「我らは………切り捨てられたのです。」

 悔しさで唇から血が流れてきた。

「詳しく。」

「…………命は木曽を追い詰めるという一言のみ。物資も情報も拠点も、全て我々がかき集めたものです。」

 膝の上に乗せている拳を握る力が強くなる。お家のためと身を粉に働いても、貰えるものは幾ばくかの給金と当然という視線のみ。今回だって溢れた農村の三男四男をかき集めて雑な指示をされたのみ。もう、期待や羨望の視線は遠い過去の思い出となってしまった。

「………お主、木曽に来んか?」

「はぁ?」

 こいつは一体何を言い出すのだ?

「そなたの話、聞いていて是非当家で働いて欲しいと思った次第。どうだ?悪い話ではなかろう?」

「……俺はお前達の村を襲い、殺しと盗みをした。お前達は俺の仲間を殺した。これでどうやって俺をそちらに誘い込めるとお思いで?」

「お主の話を聞いていて思ったのだ。そなたの目は腐っていないと、な。ここで殺してしまうのは惜しいと思うのは当然だ。それに、何も無しから冬を超え村を襲った。それがどれだけ大変か想像に難くないだろう。」

 舐められたもんだ。

「誉め殺しか?そんなものに靡く程、俺の忠義は腐っちゃいねぇぜ?」

「そうではない。だが、そうか。お主は幸吉と再戦しなくて良いのか?」

「幸吉?誰だ?」

「?……あぁ、勝康のことよ。風波幸吉勝康。お主が負けた相手よ。」

 あぁ、あのチビか。

「再戦?俺は模擬程度じゃ収まんねぇぞ?」

「もちろん、刃は剥き出しで構わんぞ?」

 正気か?

「ハッタリか?部下の命賭けさせるたぁどういう了見だい?」

「フッ、なぁに簡単な話さ。ワシが幸吉の勝ちを信じている、それだけのことよ。」

 あいつもあいつならこのおっさんもおっさんだな。木曽ってぇのは変わりモンしかいねぇのか?

「それがもし本当だってんなら、良いぜ。仕えてやるよ。」

「もちろん、男に二言はない。」

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