第4話
冬が終わり、春がやってきた。それでも積雪が酷いため、出仕は無しとなった。明日か明後日には通常通りとなるだろう。
この時季は山で暮らしていた俺にとってはご馳走がとれる時季でもある。伝兵衛殿とあい殿に許可をもらって、俺は山に入った。
まだまだ雪が残る今なら、冬眠中の動物が多い。義元様に拾われる前は他の動物達との食べ物の取り合いで、山菜はいつも傍に置いていた。まぁ、それでも盗まれてばかりだったが。
まだ誰も踏んでいない銀雪と芽吹き始めた緑のコントラストが神秘的でついつい見入ってしまう。
「っくしゅ!」
身体は正直で、そんなことを言ってる暇があるなら採取をしろと言わんばかりに身体の芯が冷えてきた。俺は食料袋から気付けのために梅干しをかじって身体を擦りながら歩を進める。
さっさと取ろう。これは食える、食える、食える、食……えるけど不味いからパス。食える、食える、不味い、不味い、不味い。とりあえず五品種だな。
蕗の薹と三葉と芹。あとはイチゴモドキとなんかの根っこのやつ。俺の前世はそこまで物知りではなかったみたいだ。(※冬苺と独活です)
自分で編んで作った背負い籠に、採取した山菜を入れていく。ポイントとしては取りすぎないこと。例えば根っこのやつは何個か根っこを残したりとか、そういうことも気を付けないといけない山生活一年目に、根っこを引き抜いたり、蕗の薹をガンガン取ってたら、その次の年に生えてこなくて痛い目をみた記憶がある。だから取りすぎたり、雑に扱うと俺の食料が減ったり、猪とかが畑を襲ってきたり、良いことはないのさ。
鍛練も兼ねて少し遠回りをしてから村に戻った。時間的には申の刻、現代で言うと午後四時ぐらい。ちょうど夕餉前には帰れたようだ。
「あい殿!」
「まぁ、幸吉様?どうされたのです?」
「見てくだされ、これを。」
俺は後ろを向いて、籠の中を見せる。
「あら、たくさん取ったわねぇ。使っても良いのかしら?」
少し弾んだ声で尋ねてきた。
「もちろん!手伝いは要りますか?」
「いえいえ、大丈夫です。お身体冷えてるでしょう?お休みになられては?」
「む、そうですか。かたじけない、あい殿。」
俺は感謝の意を伝え、家に戻った。
しばらく囲炉裏で温まった後、まだ出来ていない武術の稽古を始める。
「今日は……弓をするか。」
しなりの良い竹弓と矢尻の先端を削り、麻布で巻いた事故が起きにくい矢をとり、巻藁に向かって矢を射る。
弾正小弼様とこの村に来てからそろそろ半年。順調である。俺はまだまだで弾正小弼様と共に黒川様の義父である黒川四三郎義一様から万葉集や古今和歌集を教わっていたが、覚えられる気がしなかった。弾正小弼様はすらすらと答えられるが、俺は全く分からなかった。冬真っ只中の時季、ついに俺は弾正小弼様とは別の枠で学ぶことになってしまった。
でもそれにより、俺の勉強範囲は狭まり、日本古典の兵法書(太平記や平家物語)のみで良いと言われた。呆れられたのだろう。まぁそういう戦術系はそこまで苦手じゃない。俺は興味ないが、前世の俺は少なくとも歴史に多少の憧れを持っていたようだ。
そういえば、事件が一つあった。
木曽家の分家である野尻家(当主が野路里家次男)と弾正小弼の大叔父が当主の三留野家の間に不和が起き、弾正小弼様が人を送って穏便に仲裁したものの、結局は三留野家が野尻氏を討ってしまった。そこで弾正小弼様は池口氏に命を出して三留野家を勢いづかせないように牽制しようとしたが、病死されたため、三留野家の所領であった与川を次男の出家して古典庵の僧侶であった……なんとかさんと大桑村の小川氏に与えて三留野家を抑制したとか。
あの時は一門の不祥事に弾正小弼様はかなり悲しそうだったのを覚えている。
前世の方で、戦国時代は家族で血を流すということは見ていたが、本当だということに驚いてしまって、あの時は弾正小弼様にかける言葉が見付からなかった。
寺の鐘がなる。
もう暮れ六つか。そう思うと腹の虫が鳴り、極度の空腹感が俺を襲った。無心で稽古をしていたため、間食をするのを忘れていた。
「おっと、こりゃいかん。倒れる前にあい殿の飯を貰わなければ!」
そそくさと弓矢と巻藁を片付け、伝兵衛殿の家に向かった。
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