第3話
あっという間に冬となり、俺と弾正小弼様と小性の一丸で黒川村へと移動した。
この年の八月に弾正小弼様の祖父である家豊様が亡くなられた。これは木曽家の今後を蝕む不吉の象徴と噂されたが、弾正小弼様ご本人の口で、
祖父が亡くなられたのは悲しいことだが、これは天が木曽家は新しく生まれ変わるということを暗示しているのだ!……と言い放ち、周囲の不安を払拭した。
これにより、弾正小弼様をある程度は認める方は増えたであろう。俺的には、今すぐにでも当主になれると思うのだが、黒川様が言うにはやっぱり完全なる信は得られてないみたい。
ちなみに、俺は役職的に近習扱いではあるが、俺には勤まるとは思っていない。でも、ただの足軽が主君のお側に侍るのはどうかということになり、こうなってしまった。
実績があるならそこまで言われないが、弾正小弼様はその……ね?だからあまり雑兵を傍に置くとか変なことは出来ないのだ。まぁ、その分俺に要求される能力が格段に増えたが、武芸オンリーの近習ということで、お願いしたい。
黒川様が普段使いしている黒川屋敷にやってきた。
「こちらの部屋をお使いくだされ。斯様な狭き部屋を使わせてしまう我が身をお許しください。」
「何を言いますか、私は構いません。
一丸、荷物を。」
「は!」
一丸は前から弾正小弼様の小性をしていたため、年下でも実質的に俺の先輩となる。
「叔父上は幸吉を案内してあげて。」
「む、それではお言葉に甘えて。
幸吉、行くぞ。」
「承知!」
俺の荷物は今着ている鎧と陣笠、普段着二セットを背中に背負っていて、相棒である槍と刀のみである。
しばらく歩くと、黒川村の長屋に連れてかれた。
「お主はここだ。出仕時間は今まで通りで構わんぞ。」
喋りながら黒川様が目的の家の戸を開ける。
「おぉ、足軽長屋ではないのですか?」
「そうだな、黒川村には農民兵しかおらんからの。ここの二つ隣に伝兵衛という者がおるから、そやつの言葉に従っておけ。」
「は!丁寧に教えていただき感謝いたしまする!」
「励めよ。」
「は!」
黒川様は優しく微笑んで長屋を後にした。
さて、服を普段着に着替えたし伝兵衛殿に会いに行くか。
「ごめんください。」
戸を叩くと、ガラリと勢いよく戸が開いた。
「誰だ?」
「某は風波幸吉と申しまする。黒川様のご紹介に預かり、参った次第でこざる。」
「おぉ、お前が幸吉か!俺は伝兵衛で、こっちが妻のあいだ。」
「あいです。よろしく。」
「これはご丁寧に、気軽に幸吉と呼んでくだされ。」
「立ち話もなんだ、上がれ上がれ。」
「お邪魔いたす。」
ふぅー第一関門突破ぁ!
「伝兵衛殿、改めてお世話になりまする。」
「おう!基本的に屋敷から帰ってきたら農作業を手伝ってくれ。飯や洗濯は預けてくれればあいがやることになってる。どうだ?」
「なんと!?是非お願い致したい!」
実質一人部屋の宿!これだけで黒川様の手を取って良かったと言える……!……いやまぁ冗談よ?
「決まりだな、それでお前さん農業は?」
「王滝の足軽長屋で赤かぶを育てていました。」
「なら問題ねぇな!俺たちも赤かぶを育ててんだ。」
「おぉ、それは良い。覚えることが少なくて助かりまする。」
慣れてる仕事なのも助かる。
「そうだ、祝いと言っては何だが、王滝で作られたすんきをやろう。あい。」
「かしこまりました。」
伝兵衛殿が目配せであい殿が動く。
「よろしいのですか!?」
すんきとは塩を使ってない漬け物だ。詳しくは他の誰かに聞いてくれ。
「あぁ、好きに食べろ。」
「ありがたく!おぉ!」
あい殿が持ってきたすんきを腰にいつも着けている食料袋に入れる。これで向こう三ヶ月は空きっ腹に入れるものが出来たな。
「こんなに喜んでくれるとは、ねぇ?あなた。」
「そうだな。」
それじゃ、今日はゆっくり休めよ。と、そう言われて俺は自分の家に戻ってきた。
…………やることがない。時間を潰せるような娯楽がない今、ボーッとしてても時間がもったいなく感じる。
「一先ず村の人全員に挨拶するか!」
時間は有限ってな。それに近隣住民との良好な関係はとても大事だからな!
「今日からこの村でお世話になる風波幸吉です。よろしくお願い致します。」
「はい!木曽家当主の弾正小弼様に仕えておりまする!」
「風波幸吉…あぁいえ、ですから風波……か・ざ・な・み!こ・う・き・ち!です。
………もうそれで構いません。」
「おぉ、なかなかよき柄の小袖ですなぁ。とてもお似合いだ。」
「おぉ!精が出ますなぁ!明日よりお世話になりまする……」
「お!やったなガキどもー!武士の一撃じゃー!ワッハッハッハッハッ!」
一人一人は少ない時間でも、かなりこの村に馴染めた気がする。主に最後のガキどもとのチャンバラで。
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