第30話



 

 きらびやかに着飾った人々。控えめに、しかし確かに主張する楽団の音色。頭上では華のように咲く見た事も無い灯りシャンデリアが光り輝き、少し離れた中庭からは歌劇のざわめきが聞こえる。


 パーティー。それも、相当の金をかけた大規模な。


 迷宮攻略を終えた後、私たちはエリザが有する中でも一番大きな館に招待されていた。まあ、地下大迷宮が片付いた打ち上げのような物だ。形式ばった挨拶も無いし、多少の無礼も許される。純粋な、楽しむことだけを目的とした宴会パーティーだ。


 楽し気に踊る者、せっかくならばと顔つなぎに走る者、奇声を上げて高笑いする国立研究所ターミナル職員……。エリザによって、"王国の役に立つか"を基準として集められた多種多様の人々は、つまりそれ自体がエリザから私たちに対する御礼のような物だ。


 無論すでに言葉で感謝は伝えられているが、それに加えてここまで豪華なパーティーを催すとは。エリザが"浪費家"と言われる理由を改めて知った気分だ。


 会場の中はもちろん豪奢に飾られているが、王国や帝国のように歴史ある美術品なんかは一つも見られない。代わりに、商国で造られたであろう様々な発明品が場を鮮やかに彩っていた。


「すごいわね……ホント、見た事もない物ばっかり」


 私の格好もいつもとは違い、黒を基調とした滑らかな生地のドレスに身を包んでいる。案内された部屋に大量に用意されていたうちの一着だ。細かな刺繍や飾りボタンの見事さは、やはり技術と芸術の国、商国の商国たる所以だろう。


「姫様。何とか潜り込めました。かなりギリギリでしたので、私以外の劇団員は居ません」

「そう。貴女のドレスも綺麗よ。よく似合ってるわ」

「これ、どうにか持って帰れませんかね……。兎に角、私はサポートに徹しますので」


 商人の子女に変装したイザベラが、にこやかな顔で話しかけて来る。唇の動きと、聞こえてくる言葉が一致していない。恐らく、私以外には聞こえてすらいないだろう。イザベラが修めている、特殊な発声法によるものだ。私もそれに合わせて、違和感のないありきたりな返事をする。


 紫のドレスに身を包んだイザベラは、可愛らしく手を振ると笑顔で離れていった。長髪を三つ編みにまとめた彼女は、如何にも裕福な家の娘らしく見えた。


「ふう…………」


 遠くのテーブルで、クライヒハルトが研究員たちと楽しげに談笑しているのが見える。彼も今はいつもの服ではなく、白を基調とした燕尾服だ。



「キヒィーッ!! 面白いですねェーッ! クライヒハルト卿、貴方は中々豊かな発想力をお持ちのようですよォーッ! 【英雄】でなければ国立研究所ターミナルに招かれたかもしれませんねェエエエエエエッ!!」

「クルエル殿、失礼ですぞ……! 王国の英雄に対し……!」

「いや、今からでも国立研究所ターミナルへお越しくださいよォーッ! なんと、瘴気の人体実験がエリザ様に禁止されてしまったんですよォーッ! 肉体の変異!! 魔物から人類への可逆!! これを突き詰めれば、もっと更なる非人道的で非倫理的な事が出来そうなんですがねェーッ! その辺り、クライヒハルト卿が取りなしてくれれば大変助かるのですが……?」

「ご冗談を。駄目ですよ、クルエル卿。エリザは、貴方がたをとても大切にしているのですから」

「むう……だからこそ、倫理を捨ててでも成果を出したいのですがねェ……。クライヒハルト卿の協力のもと、何回魔物と人間を行ったり来たり出来るか実験したいですねェ……」

「なんでそれ聞いて協力すると思ったんですか?」

「ケヒャァーッ! 【英雄】ならぬ我々からすれば、黄金より尊い意思だろうが何だろうが、投げ捨てなければ届かない物がありますからねェーッッ!! まあ良いでしょう!エリザ様の気持ちも分かります、ここは素直に意向に従うとしましょうかァーッ! なに、我慢が出来なくなれば勝手にやればよいのです!」

「……此処の人たちと話せば話すほど、なんか知らんけどエリザの評価が上がっていくな……」



 ……楽しそうなのか? まあ、楽しそうなのだろう。

 彼らの背後に、紫色の髪がちらつくのが見える。『サポートに回る』と言っていたイザベラが、妙な事をしないか監視してくれているのだろう。ありがたい限りだ。


「……マリー・アストリア」

「あら。どうしたの、エリザ」

「えー……よく似合っている。お前の鋭い雰囲気を引き立てる、良いドレスだ」

「え? ああ、ありがとう……。 貴女も、とても綺麗よ……?」

「そ、そうか……」


 騒がしい彼らを何となく眺めていると、後ろから声を掛けられる。

 艶めかしい長手袋に、肩や胸を出した大胆な赤いドレス。商国の英雄、エリザ・ロン・ノットデッドだ。


「まあ……あれだ。少し、話さないか」


 なんだか尻込みしているエリザに連れられて、喧騒から少し離れたバルコニーへ出る。

 華やかな中と違い、バルコニーは少し薄暗い。冷たい夜風が、パーティーの熱狂を冷ましてくれるようだった。耳をすませば、楽団の演奏がかすかに聞こえる。


「あー……その、だな……。パーティーは、楽しめているか?」

「……? ええ、勿論。まず参加者が凄いわよね。有力商会の幹部に、滅多に表に顔を出さない商国の評議会議員たち……顔繫ぎにはこれ以上無い場だと思ってるわ。グリゴール兄上が張り切ってたもの」

「そうか、そうだな……。グリゴールは、そういうのが得意だものな……。アイツには欲も野心も無いが、だからこそ誰にも敵対しない。頭も良いしな。調停者として立ち回る、それはそれで一つの王の形だ……」


 エリザはしばし髪を指先でクルクルと弄った後、そんな事を言う。


「……前から思ってたけど、エリザって兄上と仲が良いの?」

「ああ? まあ、近国の有力者同士、幼い頃から顔は合わせてたが……仲は悪いな。あの男は、最低限の衣食住があれば他は何も要らないと本気で思っている。根本的に相性が悪いのさ」

「ふうん……その割には、なんか認めてる感じだったけど」

「能力は認めてるさ。性格は気に入らないが、無欲ゆえの適性があるってのも理解してる。王国の次代は、奴が継ぐと思っていた……だが、違ったな」


 そこまで言うと、エリザが不意に私の眼を見つめた。金色の眼。


「マリー・アストリア。建国神話の再来。お前が、王国の次期女王となるだろう」

「…………!」

「ああ、そう身構えないでくれ。何か言質を取ったり、やり込めたりしたい訳じゃないんだ。隠しても、誤魔化しても良い。ただ、グリゴールならば絶対にそうすると分かり切っていて、俺はそのつもりで動くというだけだ」


 ……エリザの眼は、既に確信に満ちている。誤魔化しても無駄だろう。それがバレても構わないと、私はクライヒハルトの迷宮探索に同行したのだから。


「……その、前から言ってた"建国神話"ってなんなの?」

「あ? 知らないのか。まあ、古い話だからな……」


 そう言うと、エリザは眼下の喧噪を眺めながら語り始めた。太古の、ある偉大な国の話を。


「かつて、この国は元々一つの国だった。弱小種族だった人間が、大きく発展する契機。数々の【英雄】を纏め、敵を打ち倒し、巨大な国を築き上げた、伝説の王の神話。それが"建国神話"だ。彼は、【英雄】であり【王】であったと記録に残っている。彼の死後、千々に分裂して出来た物が今の国々の原型だとな」

「…………」

「古い話だ。聖国に”聖人”として取り込まれたせいで、由来を知っている者も大分少なくなった。だが、覚えている者もいる。望んでいる者がいる。である者が、もう一度立つ事を。偉大なる初代国王の再来がふたたび全土を統一し、理想郷を築き上げる事を」

 

 建国神話。私の知らない、遥か過去の話だ。

 だが成程、そのような昔話があったのか……。え? ちょっと待って。私、そんな偉大な王の再来だの何だのって見られるかも知らないの? 私の力、全部クライヒハルトからの借り物なのに?


「国の名前は。由来は知らねえ。かつての王が、独断で付けた名前とされている……。だからまあ、お前がもし初代国王の再来を名乗るつもりなら、色々役に立ちそうなやつを呼んでみてはいるんだ。商国の評議会には、建国神話の信奉者も多くいるからな」

「え」


 勘弁してください。私って実は英雄じゃなくって、とんでもないマゾを抱えてる余波でなんか強くなってるだけでぇ……。


「……勘弁してください……」

「ハッ。まあ、そう言うかもしれねえとは思ってた。劇物だからな、こんなもん。聖国との関係は間違いなく悪化するだろうし、信奉者だって一枚岩じゃねえ。中には過激な奴だっている」

「過激な……?」

「ああ。例えば今の暗殺ギルドの頭目は、かつて初代王に仕えた一族の末裔だ。奴らはギルドを各国に根付かせながら、いつか初代王が"生まれ変わる"日を待っている。今度こそ、彼に立ち塞がる敵を悉く殺し尽くす為に」

「へ、へー……絶対にやめておきましょ、初代王の再来を名乗るの……」


 【英雄】であり王でもある事で、その初代王と同類だと見られるかも知れないという訳か。ヤバ過ぎ。クライヒハルトの【異能】って、やっぱりこの世に存在しちゃいけない異能じゃない?


 適当に返しながら、私は内心冷や汗ダラダラである。既に、リラトゥとエリザには私が【英雄】モドキである所を見せてしまっている。クライヒハルトの性癖に比べれば軽い秘密だと、何処かで甘く見ていた点は否めない。早急に二人に口止めを頼まなければ。


「あ、あの、エリザ……」

「分かってる。言わねえよ、別に。俺だって別に、初代王絡みには関わりたくねえしな」


 そう言って、エリザは頭をガシガシと掻いた。


「というか、あー……別に、こんな話をしたかった訳じゃ無くてな……。いや、ある意味関係はあるんだが……」

「……さっきからどうしたの、エリザ? なんか歯切れが悪いわね」


 果断で知られるエリザにしては、随分とらしくない。瘴気や洗脳による影響を抜きにしても、私が戦った彼女はもっと苛烈な性格だったはずだ。


「いや……まあ、そのだな……。……初代王関連を抜きにしても、だ。クライヒハルト卿と、マリー・アストリア。二人の【英雄】を有する王国は、間違いなく次代の覇権を握るだろう」

「……どうなのかしらね……」


 全てはあのマゾ犬の性癖次第である。もちろん、そんな事は口に出さないが。


「何故お前が一番自信なさげなのかは分からないが……とにかく、それは間違いない。後で詳しく話すが、魔族の脅威についても団結しておきたいしな。であるなら、商国としては当然、王国とは良い関係を築いておきたい訳で……。ウチは別に、何処が覇権を取ろうがどうでも良いからな。商業活動が安定する分、むしろありがたいくらいだ」

「はあ……」


 要領を得ないエリザの話を黙って聞く。なんだろう、兄上を紹介して欲しいみたいな話か? いや、昔からの知り合いってさっき言ってたしな……。


 毛先を指で巻いたり、チラチラとこちらを見たり、どこか落ち着かなさそうなエリザをじっと見つめる。薄暗いバルコニーでは良く分からないが、エリザの顔は真っ赤になっていた。酔っているのか?


「で、まあ、国同士の関係となれば、そりゃあ、とか……そういうのも、ある訳で……」


 もにょもにょと口の中で言葉を転がしながら、エリザが上目遣いでこちらを見つめる。長身の彼女が、何故か今だけは凄く小さく見えた。


「婚姻?」

「いや! まあ、例えだ! 例え話! その、……そういうのは、考えてたりするのかっていう……」


 そう言って、またクルクルと髪を指で巻くエリザ。此処まで言われれば、流石に私にも分かる。


 エリザは、クライヒハルトに惚れてしまったのだ。


 あの男……リラトゥに引き続き、英雄を引き寄せるフェロモンでも出してるのか……? リラトゥ一人でも死ぬほど厄介だったのに、また一人英雄を引き寄せやがって……!


 腹が立ってきたな。だいたい、仮にも今は私がご主人様だというのに、そうやってすぐ他の女に色目を使うのはどうなんだ? せっかく、その……キスも、したというのに……! 『男には、自分をあげすぎない事。簡単に手に入ると価値を失ってしまうわよ』という本の教えに従って、少しずつ少しずつ小出しにしていたご褒美の一つを解禁したというのに……!


 今は傍に居ないマゾ犬へ腹を立てている私へ、更にエリザがしおらしく続ける。



「その……商国ウチでは、一応、同性婚というのは合法なんだが……」

 


「………………ん?」


 はい? 何か今、全然違うこと言ってなかった?


「王国では確か、性別に関する規定は無かったと記憶しているが……。風習や暗黙のルールなど、俺が把握していない部分もあるだろう。大抵の事は金で黙らせてみせるが、何か問題があったら言ってほしい。これでも顔は広いつもりだ、対応してみせる」

「え? 待って待って待って。何? なんの話してるの?」


 頭が追い付かないわ。【英隷君主ディバインライト】、不活性状態でも活性状態でも頭は良くしてくれないのよね。尤も、もしこれで頭が良くなるならクライヒハルトは稀代の大天才になっていただろうが。


 混乱のままにエリザへ詰め寄ると、エリザは更に顔を赤くして続けた。

 

「……いや、だから……その、次期女王であるマリー・アストリアと、商国の英雄である俺が、両国の関係の為に……政略結婚などをするのはどうかという、話で……」


「は―――え、クライヒハルトは!?!??!」


「クライヒハルト? ああ……クライヒハルト卿も素晴らしいな。まさに万夫不当の英雄、力と知性を併せ持つ理想の騎士だ。出来る事なら、マリーと三人で寝所に入りたいものだが……」


「強欲!!!!!!!!!!!!!」


 コイツ、欲望に限りが無いわ!!


 というか、え? 私とエリザが、政略結婚しないかって?????? いや……別に私、エリザみたいに女性が好きな訳じゃないし……その場合、クライヒハルトってどうなるの……? エリザ相手には普通にライバル心燃やしてたわよね……。


「そ……その、離してくれないか……」


 千々にちぎれた思考のまま、私は思わずエリザの肩を掴んでいたらしい。慌てて離すと、エリザは指の跡を見ながらぽつりぽつりと言葉を続ける。


「……お前の眼が、頭から離れないんだ。迷宮の最奥で俺と相対した時。恐怖に怯えながら、必死に己を奮い立たせ、困難へ挑もうとするその眼が。あれはまさに、俺の愛する人間の輝き黄金の価値そのものだった」

「……それは、ありがと」

「お前は、……あまりにも、【英雄】らしくないよな。俺のように強欲でもない。リラトゥの様に、暴食の業を抱えてもいない。その力に見合わない、ただの凡人染みた性根だ。そのチグハグさや、内に秘めた強靭な意志が、まあ……その、気になっていてだな……」


 しおらしく俯いていたエリザが、覚悟を決めたように顔を上げる。顔を赤くしたまま、私に詰め寄る。


「両国の関係だの覇権が何だのは、正直言って全部後付けだ。俺はただ、お前の行く末を見てみたい。気にいった。お前が欲しい」


「……だから。これは、その意思表示だ」


 エリザの顔が、急に近づき。熱を帯びた柔らかい物が、額に触れる感触があった。エリザに、額にキスされたのだ。


「――――――」

「……全然、違うな……。女どもに、キスなんざ散々してきたはずだが……」


 私が硬直している間に、エリザは顔を手で扇ぎながら後ろへ下がり。誰がどう見ても虚勢を張っていると分かる顔で、偉そうに腕組みをした。


「……まあ! 俺は、商国の【英雄】だ! 今まで、欲しい物は全て手に入れてきた! お前も……マリー・アストリアも、必ず手に入れてみせる! なにせ、俺は強欲だからな!」


 そう言って、パタパタと何処かへ去っていった。後にはただ、額に手を当てて硬直する私だけが残された。


「え…………」


 英雄を引き寄せるフェロモン出してるの、私かもしれん……。ガハハ。というかこれ、クライヒハルトに何て説明すればいいの? 彼の懸念、完璧に当たっちゃったんだけど。流石英雄、予測を外さないわねってか。え、本当にどうしましょう……。


「マリー様?」

「ウワーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!!!!!!」


 心臓が一瞬止まったわ。背後、研究員たちとの話を終えたらしいクライヒハルトが立っていた。

 何も聞いていなかったらしく、いつもの暢気のんきな顔をしている。良かった、パーティー会場が血塗れになる所だった。

 イザベラは……とは思うが、そもそも只人に【英雄】を止められるはずも無い。むしろ、今の話を聞かせなかっただけ上出来だと言えるだろう。


「エリザがさっき、三人でも良いかとか変な事聞いてきましたが……何の話してたんですか?」

「……さあ? 何でしょう。帰りの馬車の人数の手配かしらね」

「あー。俺とマリー様と、イザベラさんで三人か……グリゴール殿下は商国に残るんですかね?」


 しまった、つい誤魔化してしまった。これ絶対、爆弾を後回しにしただけだわ……。

 えー、えー……。誤魔化すのは限界があるし、かといってそのまま言っても絶対トラブルになるし……。あ、あとリラトゥについても考えないといけないのか。魔族、瘴気、考える事は山程あって、えー……。


「……踊るわよ、クライヒハルト」

「え?」


 知らね~~~~~~~~~~~~~~~~!!! 明日の私がうまい事やってくれるわ!!!


 クライヒハルトの手を引き、私は華やかな室内へと戻る。眩い明かりに、穏やかで優しい曲を演奏する楽団。緩やかに踊る人々の中に、私もクライヒハルトを連れて入る。


「ほら早く、クライヒハルト! ちゃんと私をリードして頂戴!」

「えーっ……! 待ってくださいマリー様、俺、踊りはまだ習ってる最中でして……!」


 軽く足でステップを踏み、クライヒハルトと共にクルクルと回る。


 クライヒハルトの手は厚く、ゴツゴツとしている。腕も筋肉質で、とても固い。ドクドクと、血管が脈打っているのを感じる。男の腕だ。ワルツなど習っていない、習う必要もない【英雄】の腕だ。そんな彼が、今は私に手を引かれるままに踊ってくれている。それが、何だかとても嬉しい。


「もう、しょうがないわね……。ほら、私が動かしてあげるから……!」


 そう言って、少し動きを変える。優雅に、クライヒハルトをリードする動きに。


 ワルツに必要なのは、互いの対話だ。足の動かし方、手の引き方で意図を伝え、息を合わせる事。クライヒハルトも、多少は踊りの心得がある。ならば彼をリードする事など、一応王家の教育を受けている私には容易い事だった。


 音楽が響く。視界が回り、色とりどりの光が線を描く。回転し、離れ、また再びクライヒハルトの腕の中へ戻る。互いにステップを踏みながら、静かに何度も繰り返す。


「ふっふふ……! どう、クライヒハルト。楽しんでいるかしら?」

「ええ、マリー様。……最高の気分です」


 そう言って、柔らかく微笑むクライヒハルト。彼の瞳に映る私も、同じように笑っていた。


 『インド映画だと、踊るとハッピーエンドなんですよ』『何の話?』などと、下らない会話をこそこそと囁き合いながら。私たちは、気のすむまで踊り明かしたのだった。

 




 後日。

 『ノマカプNLCPの間に挟まる百合!?!?!?!!!!!?!?!?!!!!!?』と、クライヒハルトは発狂した。知らない知らない。将来の私が何とかしてくれるわ。


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