第29話(後編)
クライヒハルト、素手による切腹敢行!!!
「マリー様……俺が
「え、キモすぎ……」
「あっ、出る……ッ! マリー様に見られて、身長の約3倍強(小腸の長さは約6メートルあるぞい(人体ハカセ))の長さの小腸出るッッッ!!!」
「……一応、一応止めるけども……! 正直止めるか迷うレベルにはキモいわよ貴方……!!」
どうも。
未だ迷宮の中だというのに、なんかもう一仕事ついた感が凄い。マリー・アストリアです。
「マリー様の御手を煩わせ、挙句の果てに"
「やめなさい、本当に……! だいたい、それは私が言い出した事なんだから……!!」
気絶したエリザを適当な祭壇に横たえ、私はクライヒハルトが内臓を引き摺りだそうとするのを必死で止めていた。
なんだこれ、地獄絵図か?
クライヒハルトが今回で受けた最も大きなダメージが
「さっきまで命だったものが辺り一面に散らばる……その光景を持って、禊とさせていただければ……!」
「クライヒハルト、あなた蛮族の出身じゃないでしょうね……」
適当な妄言を吐き散らかすクライヒハルトを抑えながら、改めて彼の手腕に感嘆する。
騒動が終わり、種を明かして見れば……結局、一から十までクライヒハルトの独壇場だった。
彼は最初からエリザの異常を見抜き、彼女を救う準備をしていた。彼女だけではない、
ただ一人の犠牲者も出さず、迷宮を崩壊させ、商国相手に大きな貸しを作った。彼の功績で、今後100年の王国と商国の力関係はほぼほぼ決まっただろう。特に、諸外国の干渉から独立を貫いていた
本気を出した、"理想の英雄"であらんと自らを戒めていたクライヒハルトは、まさに完璧だった。驚くほど鮮やかな手並みで、全てを解決して見せた。
快刀乱麻。万事解決。彼がいるだけで、物語のジャンルが変わる。ハッピーエンドが確定する。それだけの力が、クライヒハルトには有った。
「……いや……ホント、自分とかナメクジなんで……雑魚オブ雑魚……無能がやるウノ、
「何でよ。というか、さっきからカフェオレとかウノとか何の事言ってるの?」
「ああ……鬱……。来世はマリー様の家の近くの側溝になりたい……」
「欲望が見え隠れしてない?」
……というのに、何故かその本人は滅茶苦茶に落ち込んでいるのだが。
流石にもう必要無いだろうという事で、"セーフワード"を言って素に戻ったクライヒハルト。彼は今、そこらの石像にもたれ掛かってひたすらに落ち込んでいた。
「とにかく、流石だったわクライヒハルト。普段の態度で忘れそうになるけど、やっぱり貴方って、"王国史上最強"と言われる大英雄なのよね」
「ああー……俺からすると、マリー様の御手を煩わせた時点で大失格ですよ……。マジで……マジで、余計な事するんじゃ無かった……。エリザと迷宮探索とかせず、即座に拘束して軟禁しとけばよかった……」
「……もう。でもそうしたら、【異能】との板挟みになったエリザの精神が持たないかもしれなかったんでしょ? そもそも、私が望んでついてきた事じゃない」
クライヒハルトの選択は、後から見れば全て正しい物だったと思う。
迷宮探索に同意したのは、不安定極まりなかったエリザを暴走させないため。彼女の目的を妨げず、密かに陰で事を進めたのだ。
その手腕を褒めこそすれど、後からケチをつける所なんてない。
「だから、もうブツブツ言うのは終わり! 見なさいよ、貴方がもたれ掛かってた石像がぐにゃぐにゃに曲がってるじゃない……石が曲がるってどういう事なの?」
「はーい……クライヒハルト、超元気です……」
「……重症ね、これは……」
だというのに、本人がこんなに落ち込んでいれば台無しでは無いか。
せっかく、まあ……そこそこには、恰好良かったというのに。
「だいたい! 落ち込むなら、もっと別の所で落ち込みなさいよ!」
そう言って、私は膝をつくクライヒハルトの顔を両手で挟む。
そう。彼が反省すべき点は、私を巻き込んだ事などではない。これを、全て自分一人で終わらせるつもりだった事。クライヒハルト自身を粗雑に扱った事こそ、出来れば反省して欲しい所である。
「貴方、私が迷宮について行くって言いださなければ全部一人で解決するつもりだったでしょ?」
「……はい……なんか、そっちの方が"理想の英雄"っぽいなと思ったので……」
「そこを反省しなさい! 貴方、途中まで本当に弱体化してたんだから……! 貴方一人でエリザと戦ってたら、大怪我したのかもしれないのよ!?」
私がクライヒハルトに直して欲しい所があるとすれば、その一点だけだ。
瘴気を取り除くという奇跡の
迷宮の核と瘴気を得たエリザはあの時、間違いなく周辺諸国でも最強クラスだった。クライヒハルトが一人で戦えば、苦戦は免れなかっただろう。最悪の場合、負けていたかもしれない。
「一人で全部抱え込みすぎ! 少しでも私たちに教えてくれれば、リラトゥを呼んで助けてもらうとか、兄上に事情を話して騎士団を派遣させるとか……とにかく、色々出来たじゃない!」
「……それは、いちおう俺一人でどうとでもなると思いましたし……それに、"理想の英雄"はそう言う事しないと思って……」
「……まったく」
そう言って、一つため息を吐く。本当に、このマゾ犬は……。
「……『完璧な英雄であるところを見せて、エリザが不埒な考えを抱かないようにしてやります!』って、散々言ってたものね。あんなのもう、気にしてるのなんて貴方一人なのに」
一人で何でも解決しようとした理由は、"理想の英雄"であることにこだわったから。
理想の英雄であることにこだわった理由は、私にそれを見せつけたかったから。
自分が万夫不当の英雄、世界最強の騎士である事を、マリー・アストリアに知って欲しかったから。
大雑把に纏めれば、彼が無茶をした理由は『私に良いところを見せたかったから』の一言なのだ。
まったく。
「やる事がいちいちスケールデカすぎなのよ、バカ」
まったく。まったくもう。
いやはや、アホなマゾ犬を持つと苦労する物である。やれやれである。
「それで貴方が無茶しても、別に私は喜ばないわよ。それくらい分かりなさい」
「クゥン……」
頭を撫でながらそう言うと、クライヒハルトは小さく鳴いて目を伏せた。
分かりやすく落ち込んでいる。存在しない尻尾が、パタパタと垂れ下がっているのが見える。
「……………………」
しばしの沈黙。
むう。しまった、話の持って行き方を間違えた。
ご主人様の私としては、クライヒハルトにご褒美を上げなければならないのに。
だって、クライヒハルトは頑張ったのだ。エリザ達を救い、迷宮を攻略するという、他の誰にもできない事を成し遂げた。そんな凄い事をした彼は当然、満面の笑みで喜んでいるべきなのだ。なのに彼が何故か自分を卑下する物だから、つい強く当たってしまった。
私には素直さが足りないと、イザベラにもよく言われただろう。
そうだ。まずは、私がクライヒハルトを沢山褒めてやらなければ。
「……ありがとうね。クライヒハルト」
万感の思いを込めて、
額から、クライヒハルトの体温が伝わる。
「偉かったわ、クライヒハルト。頑張ったわね。エリザも研究員も、誰も傷つくことなく救われたのは、全部、貴方のお陰よ」
「……そう言ってもらえると、嬉しいです。迷走と失敗を重ねましたが、ちゃんと精一杯やりましたから」
ほぼ零に近しい距離で、クライヒハルトがそう言って苦笑いをする。
「まあ……聞いてくださいよ、マリー様。まず俺は、結構アホです。深く物を考えるのが嫌いで、何でもかんでも力尽くで解決しようとして、結果妙な真似をする事もしばしばありますし……苦手なんですよね、頭を使うの」
「うん」
「【異能】の使い方も、結構雑で……本当はもっと色んな使い道があるはずなのに、俺はレベルを上げて物理で殴るやり方でしか使ってないんです。ハイスペックなスパコンを、ただの鈍器として使ってるようなもんなんです。いい加減なんですよ」
「うん」
「あとまあ、性癖も結構終わってますし……」
「うん」
クライヒハルトがぽつりぽつりと話すのを、ただ相槌を打って聞く。
そうだ。クライヒハルトは、決して完璧な英雄などではない。結構なアホで、突拍子も無い事をよくやり、割と適当で抜けている。
彼が"完璧な英雄"であったとすれば、ただ単にそれだけの無理をしてくれたというだけだ。
「……だから、たまにはちゃんとした所を見せなきゃなって思ったんですよ。エリザへのライバル心とかも勿論あったんですけど、でもそれは割と理由の一部で……」
「うん」
「……単に、俺はちゃんと"理想の英雄"らしい事も出来るぞって……そう、マリー様に格好いい所を見せたかったんです」
「そう、バカね。とっくに知ってたわよ、それくらい」
王国を助けてくれた時から。私を助けてくれた時から。
地獄のような戦場の中、貴方と出会った時から。
私はクライヒハルトが、やる時はやる男であると良く分かっているのだ。
「かっこよかったわよ、クライヒハルト」
「……ありがとうございます、マリー様」
クライヒハルトの眼が、嬉しそうに細められた。
まったく、アホめ。そんな分かりきってる事を再確認させるために、こんな無茶をするんじゃない。
「まあ、それは私もか……」
「はい?」
「別に。イザベラあたりが聞いたらまたからかわれそうだから、言わないでおくわ。貴方、意外と口が軽いんだもの……」
「そんな!!! よく見てください、俺は鋼鉄だって噛み砕けるんですよ!?」
「物理的に口が堅いかどうかの話はしてないのよ」
クライヒハルトの歯ぎしり(地獄のような音だった。龍が喉を鳴らしているのと同じくらいの恐怖である)を聞き流しながら、己の救いようのなさに内心苦笑する。
何度も言うが、クライヒハルトは本当に、徹頭徹尾、
『完璧な英雄』だった。功績だけではなく、普段の態度まで。
賢く、理知的で、誰に対しても平等に優しく、穏和で……。
けれど。
『マリー様!!!!』と、満面の笑みで脚元に縋りよってくる彼の顔が脳裏に浮かぶ。『時代はASMRです!! つきましてはこちらの捕まえてきたスライムをですね……』と、アホな事を言い出す彼の姿が。
「ねえ、クライヒハルト。私ね、ここ暫く、なんだか張り合いが無かったの」
おかしなものである。きっと、頭がやられてしまっているのだろう。
「ここ最近の貴方は、確かに完璧だったけれど。でも何故か時々、バカな大型犬みたいに尻尾を振ってはしゃぐ貴方がいないと寂しくなったりするのよ。変でしょう? 普通に考えたら、絶対に"完璧な英雄"を演じている貴方の方が良いはずなのに」
あんなに、彼の性癖に対して色々言っていた癖に。彼に振り回され、散々苦労してきたくせに。クライヒハルトが理想の英雄になったらなったで、何故か少し、寂しくなってしまうなんて。
「―――貴方が良いわ、クライヒハルト。欠点のない、強くて賢い、何でも出来る『理想の英雄』よりも、貴方のほうが。……変よね。でも、貴方のせいよ?」
そう言って、彼から額を離し微笑む。
私だって、別に褒められた人間ではない。顔つきはキツいし、性格は素直じゃない。血は濁り、次期女王として政務を担える気配は影も見せない。
そんな女に、理想の英雄なんてものは似つかわしくないだろう。きっと、性癖が終わっていて、アホで、すぐに突拍子も無い事をする、そんなマゾ犬の方が合っている。
「でも、貴方が頑張ったのは本当だから……だから、ちゃんとご褒美をあげないと―――」
「マリー様―――」
さっきまで落ち込んでいたクライヒハルトは、地面に膝をついて膝立ちになっている。いつかのイザベラとの会話を思い出す。なるほど、確かにこれは丁度いい身長差だ。
きちんと『おすわり』が出来ている利口なマゾ犬へ、私は静かに唇を合わせた。
「――――――」
静寂の中、ドクンドクンと自分の心臓だけがやけに大きく響く。
ふーん……まあ、別に、大したことは無いわね。こんなの別に、ただの粘膜接触だし。本では大仰に書かれれてたけど、全然平気、楽勝だわ。レモンの味だなんだと聞いたけど、意外に味はしないのね。あ、でも、クライヒハルトの匂いはするかも。いい匂い。
「ん…………」
……これ、いつ止めればいいのかしら? 耳が熱いわ。たぶん酸素が足りてないせいね。でも、もうちょっとだけ……。
「……ん、ぷはっ」
酸素よりも気恥ずかしさが限界になり、私は唇を離した。あ、違う違う。全然恥ずかしくない。やっぱり酸素が足りなくなって。前に【英雄】は酸欠でも死なないとか言った気がしたけど、アレは全然嘘だから。
「マリー様……」
「ふふっ、何その間抜けな顔。イザベラには、ちゃんと内緒にしとくのよ?」
呆けた顔をしているクライヒハルトへ、そう言って笑う。
クライヒハルトは、みるみる喜色満面の笑みを浮かべ……。
「はい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!1!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「うるさっ」
と、大声で返事をしたのだった。
……ちなみに、この時。実はまだ生きていた【迷宮の核】は菌糸を伸ばし、何とか再生しようとしていたそうだが。クライヒハルトの大声(ほとんど咆哮である)による衝撃波を喰らい、今度こそ完膚なきまでに消滅したらしい。
まあ、結局。マゾだろうが何だろうが、彼は意識しないままに
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