第25話



 迷宮の入り口に、男が立っている。痩せぎすで、黒い肌の男だ。


 この世の不吉を煮詰めたような不気味な男が、ゆっくりと口を開き――――――。









「何してるんですか?」

「わ、分からない……なにしてるんでしょう、私……」

「追い詰められると突拍子も無い事をするのは、今に始まった事ではありませんが……今回はその中でも一番ですね」


 どうも。

 ノリとライブ感で生きているマゾ犬の飼い主、同じくライブ感で生きているマリー・アストリアです。あらあら犬は飼い主に似るって言うわよねオホホ。その逆もまた真なりと言った所かしらホホホ。ふざけるんじゃねえぶっ殺すぞ (豹変)。


「どういう事ですか? 本当に、今回ばかりは一つも意味が分からないのですが。エリザの【異能】に何かされたのでは?」

「いや……一応、【英隷君主ディバインライト】で弾いたはずなんだけど……」

「信用なりませんね……精神系の【異能】は傍から見ても掛かっているか分かりませんし、本人にも自覚が無い場合が多いですから」


 そう言うと、イザベラは腕組みをして私をねめつけた。


「エリザに突然侵入され、【異能】を行使され……何とか初見殺しの【英隷君主ディバインライト】で形勢を逆転したのに、何故か、迷宮探索に協力する事になっている……。【異能】と言われた方が、よほど納得できますがね」

「クゥン……」

「今こそ言い返す時ですね。姫様こそ、咄嗟の言い回しがクライヒハルト卿に似てきましたよ」

「ちくちく言葉よ!!!」


 い、今まで生きてきて一番の侮辱だわ……! 我がことながらごめんなさいイザベラ、人として許されないことを以前貴女に言ってしまったのね……!


「ええと……でもなんか、本当に上手く言語化できないのよ……。 何かこう、漠然とした危機感というか……」 


 一説に、『勘』と言うのは脳の未使用領域での判断によるものだと言う。商国の学説で読んだ。

 

 五感によって得た情報を、無意識のうちに脳内で処理した結果の判断。思考上には浮かんでこない、普段は取りこぼしてしまう些細な情報、違和感……そういう物を積み重ねた末の閃きを"勘"と呼称しているのだと。【英雄】が持つ世界に愛されたが故の霊感(インスピレーション)とは原理からして異なる、凡人が無意識的に危機を推し量る予測(インスティンクト)。


 今回の事も、概ねそのような背景で行われたのだとは思うが……なんにせよ、それでイザベラが納得してくれるかどうかは別問題である。


「クライヒハルト卿が『研究者の方々に教えを頂戴したい』と不在で良かったですね。英雄かマゾ犬か、どちらの性格にしろ碌な事になっていませんでしたよ」

「……居ないと思ったら、そんな理由でいなくなってたのね……。助かったけども」


 本当に、"英雄"となったクライヒハルトは別人のようである。ああ見えて彼は内弁慶のはずだったが、どうやらコミュニケーション能力も向上しているらしい。


「私は助かりますがね。クライヒハルト卿の覇気は本当に、いつまで経っても慣れませんから」


 そう言って、イザベラは身震いをして見せる。相変わらず、イザベラとクライヒハルトの相性は悪いようだ。イザベラが一方的に怖がっているとも言うが。


 元は暗部組織の秀才であったイザベラは、凡人の私とは違い"持っている"側だ。鍛錬を積めば準英雄級にまで迫れたかもしれない彼女の鋭い直感が、クライヒハルトの力を脅威としてより一層警戒させてしまうのだろう。『底の無い奈落を覗き込んでいるよう』『突然宙に投げ出されたような感覚』と、よく愚痴を吐くのを聞いている。


「クライヒハルト卿になんて説明するのです? いやそれ以前に、グリゴール第一王子様へはどう誤魔化すのです? 『私も英雄なので迷宮に行きまーす』って言いますか? これ以上虚名が膨れ上がればいよいよ身動き取れませんよ」

「ぐぇええええ……そうだった……」


 イザベラが無慈悲に告げるアレコレに頭を悩ませる。確かに、兄上の事が頭から抜けていた……! バレたら終わりだから、えっと、エリザにまず口止めをして、クライヒハルトにも……。いや、そもそもどう言って口止めすれば……!?


「ぐぅうううううう……」


 嫁入り前の乙女が出すべきではない声を漏らしながら、頭を抱える。あ~~~~……こういう風に、勢いで動いて後から死ぬほど悩む事になる性分、どうやったら治るのかしら……。


 いや……それでも、『迷宮に行った方が良い』と言うのは変わらないのだが……。今回ばかりは一番、自分の行動に言語化が出来ない。これまでは一応、理屈らしきものの後付けは出来ていたのだが……。


「……ハァ。ま、冗談ですよ」


 ウンウン唸っていると、イザベラがため息をついてそう言った。


「グリゴール殿下には上手く誤魔化しておきます。『劇団』が何名か潜入に成功しているので、彼女らを使って架空の予定を幾つか組んでおきましょう。クライヒハルト卿へはどう誤魔化しようもありませんから、姫様が上手くやってくださいよ」

「イザベラ……!」

 

 先程とはうって変わって、手早く対策を講じてくれるイザベラへ感動のまなざしを向ける。あ、ありがとう、イザベラ……!貴女に一体、何度助けられてきたか……!


「姫様がそうすべきだと思った以上、手助けするのが従者の務めです。それに実際、何だかんだで正解だった事の方が多いですからね」

「ホントに、ホントにありがとう、イザベラ……!」


 最近徐々に増えつつある私の歳費から金一封を差し上げるわ。誠意は金よ。


「……ですが」


 『劇団』の団員名簿をめくる手を止め、イザベラが私を抱きしめる。背中に回された彼女の手は、僅かに震えていた。


「支える事と、心配する事は別です。【迷宮】は、英雄であるエリザが一度は攻略を断念した程の物なのですよ。【英雄殺し】を成した迷宮の伝説など、探せば幾らでもあります。……どうか、御無理だけはなさらぬよう」

「……ん。ありがとね、イザベラ」


 ポンポンと彼女の背を叩き、軽くこちらからも抱きしめる。イザベラとも随分長い付き合いだ。こんな私を良く支えてくれるイザベラには、いくら感謝してもし足りない。


「大丈夫。ちゃんと、無事に帰ってくるから」

「死にそう……」

「言っててちょっと私も思ったけども」


 小説でこう言う事いう登場人物、たいてい死ぬわよねって思ったけど! やめなさいよね、縁起でもない……。











「死ぬ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 ごめんなさい、やっぱアレ嘘だったかも。そう脳内でイザベラに謝りながら、眼の前に飛び出してきた怪物へ闇雲に拳を突き出す。


 へろへろとしたへっぴり腰のパンチはしかし見た目に反して途方もない衝撃波を産み、獣めいた魔物は「ギュプ」のような妙な声を出して吹き飛んでいった。


「し、死になさい……! いきなり出て来て驚かせるやつジャンプスケアにしか頼れないホラーは二流なのよ……!」

「ハッハッハ! 面白いな、マリー・アストリア。死ぬのか殺すのかどっちかにしろよ」


 という訳で、迷宮である。


 商国の地下に巣食う、地下大迷宮……。エリザの【俗物的奇跡インスタントプレイ】によって転移した私たちは、いきなり迷宮の中層に居た。世界最大級の迷宮、その中層。身を刺す空気も出て来る魔物も桁違いのこの魔境で、私は小娘のように情けなく叫んでいるのであった。


「にしても、まさかお前にまで瘴気への耐性があるとはね。無理はするなよ? いざとなれば俺が強化してやれる、遠慮せず言ってくれ」

「……大丈夫よ。別に、ビビったりもしてないし」

 

 ゼーハーと肩で息をする私に、エリザがそう声をかける。……いやに優しいのよね、エリザ。


 私の事を防御系の【異能】を持つ英雄 (そう間違っていない事が恐ろしい)と勘違いしているのは頂けないが、迷宮に入った時から色々と気を遣ってくれている。エリザ→私→クライヒハルトと、私が最も安全な真ん中に置かれている事もエリザの発案だ。


「ハッ、そりゃ何より。お前には感謝してるんだ、好きにやってくれ」

「感謝?」

「そりゃそうだ。わざわざ危険な迷宮探索に加わってくれた事に加え、他にも色々……。王族かつ英雄という、図抜けた血筋も素晴らしい。もし可能なら、これからも末永くお付き合い願いたいね」

「……血筋ね。まあ、確かに……」

「なんだ、庶子だなんだの話か? 気にすんなよ、王国が秘匿主義すぎるのさ。商国ウチじゃ異能者の子造りは義務だぜ? 貴重なサンプルなんだ、増やさなくてどうするよ」

「それはそれで極端な気がするけど……まあ、ありがとう?」


 今さら血筋を褒められるの、なんかむず痒いと言うか変な気分になるわね。最近王国貴族にもあんまり言われなくなってるし、こうやってだんだん忘れられていくのかしら。血統の捏造はウチの得意技だし……。


「…………」


 私の気の抜けた返事を最後に、しばらくの沈黙が訪れた。コツンコツンと、暗い道を歩く音だけが反響する。


 き、気まずい。何故か後ろにいるクライヒハルトは全く喋らないし……。


「……ねえ、クライヒハルト」

「はい。どうしましたか、アストリア第二王女?」


 …………。

 

 呼び方。


「貴方、私が同行する事に何も言わなかったわね」

「……? ええ、勿論。アストリア第二王女の実力は把握しておりますし……主君の道を阻むなど、騎士としてあってはならぬ事ですから」

「……そう。まあ、それはそうよね」


 『断固反対です!!!!! マリー様の玉のようなお肌に傷がついたらどうするんですか!?!?!? 責任とれるんですか!? マリー様一人の身体じゃ無いんです、犬がいるんですよ!!???!?!』

 『いや……その時、ふと閃いた! この『密閉空間で二人きり』というアイディアは、マリー様とのトレーニング (意味深)に活かせるかもしれない! ……は、エリザ? 誰ですかそれ』


 クライヒハルトなら言いそうなセリフが、脳内に浮かんでは消える。消えなさい、早急に。これを思いついてしまうくらい毒されているというのが忌まわしいわ。


 でも、彼なら言いそうなセリフだった。


 普段あれだけ、マゾ犬のマゾ犬っぷりへ苦言を呈してきた身だが……エリザの気持ちが、今の私には少しだけ理解できた。確かにこれは、普通の人間には耐えられない。


 最近クライヒハルトは一日中商国の研究者たちと話しているらしいが、研究者たちのメンタルが心配になる。あるいは研究対象として一歩引いた目線で見れば、案外平気な物なのだろうか。


「……何でも無いわ、気にしないでちょうだい」

「ええ。また何かございましたら、いつでもお申し付けください」


 クライヒハルトへ軽くそう返し、歩を進める。全く、私は何を考えているのだろうか。エリザの前だから“理想の英雄”として振舞ってくれているのだ。私が不満を抱く理由などないはずだろう。


「……………」


 沈黙のまま、迷宮を進む時間が少しだけ流れた。


 迷宮の中層は薄暗く、迷路のように入り組んでいる。エリザの先導が無ければ、とっくに迷子になっていただろう。


「―――【俗物的奇跡インスタントプレイ】」


 時折、エリザがパチンと指を鳴らして【異能】を発動する。聞いたところによると、『正解の道を引く可能性』を引き寄せているらしい。


「……本当に多才よね、その異能」

「当然。ま、燃費の悪さは如何ともしがたいがね」


 前を歩くエリザが、そう自慢げに語る。


「俺の【異能】で買える物は、『実現可能なもの』『達成までの道筋がイメージできる物』だけだ。分岐から当たりを引く事は出来ても、いきなりゴールへ辿り着く事は出来ない。ま、莫大な金を積めば可能なんだろうが……額が巨大すぎて、幾らになるか予想もつかねえな」

「ふうん……」

「【異能】が真に万能でも、それを扱う方がそうとは限らねえって事さ。他にも出来ない事は幾つかあるぜ? 例えば、他人を好きに動かす事も無理だな」

「へえ……それはどうしてなの?」

「人間は、とにかく"高い"のさ……。出来て、誘導する事くらいか? まったく、命は尊いねえ。【英雄オレ】が買えないほどに高い」


 どこか冗談めかした口調で、エリザがそう語る。

 自らの異能の欠点を露出しているはずのエリザは、何故か嬉しそうだった。


「……その割には、何か楽しそうね」

「あ? あー……ま、俺はそう言うのが好きで商国に居るからな。人の命……というか、エゴだな。それが高く評価されてると嬉しいのさ。たとえ自分の【異能】にでもね」

「……エゴ? 」

「ああ。……以前、お前の兄と"空飛ぶ絨毯"の話をした事がある。知ってるか? まだ試作品すら上手くってねえが、あれが量産に成功すりゃあ、そこらのガキだって空が飛べるようになる」

「商国に居る間に調べたわ。……その、全然上手く行ってないって事も」

「まあな。でも、ワクワクするだろ?」


 スゥ、とエリザが虚空に手を伸ばす。何もないそこへ、何かを掴もうとするように。


「ずっと前から、空は竜や魔物のものだった。だが空を飛ぶ【異能】が生まれ、それを参考にして【飛行フライ】の魔術が生まれ、今や魔道具として量産化が計画されている。いつか、万人の手が空に届くんだ。あんなに特別だった空が、何の感動もない、陳腐でな物になる。最高だろ? 研究の醍醐味だ。『空を飛びたい』と思った人間のエゴが、世界を変えるんだ」


 商国。知識と技術の最先端を行く、必ず【英雄】を抱えている超大国。


 その英雄であるエリザは、本当に、心の底から楽しそうな笑みを浮かべていた。今までのどんな笑顔とも違う、純粋な笑顔を。


「俺は金が好きで、金で買えるもの全てが好きだが……いつだって、『まだ金で買えない物』を探している。まだこの世界に無い何か、これから産まれる新しい何か。それはやはり、人の欲望からしか産まれないものなんだ。だからこそ人の欲は尊く、そして高い……。それは、それだけの価値があるからだ」

「……ちょっと、見方が変わったわ。貴方も、やっぱり『英雄』なのね」


 私はここ最近で初めて、英雄と言う言葉を褒め言葉として使った。人を導き、集める、カリスマ性のある人物という意味で。


「奇跡は大衆によって陳腐化されて、また次の奇跡を産む土壌になる。その繰り返しが好きだから、俺は商国の英雄なのさ」


 『商国の英雄は浪費家で、永遠に国庫が豊かにならない』と、以前クライヒハルトに語った事がある。商国には莫大な金と人材が集まり、そして底が抜けたように国立研究所ターミナルへ吸い込まれていく。それは正しかったが、決してそれだけでは無かった。近くで見なければ、分からない物もあるという事だろう。


「ま、精神系の【異能】の持ち主ならまた違う事を言うだろうがね。世に数多ある異能の中でも、精神系は特に気が狂っているからな」

「そうなの? ……というか、会ったことあるの?」

「さあ、どうだろうね。とにかく、俺を相手にする時は素手の方が良いって事さ。その方がこっちは困る」

 

 武器は意思が無い分、干渉しやすいからな。そう言って、エリザはカラカラと笑った。


「覚えておいてくれよ? いつか役に立つからな」

「縁起でも無いわね……」


 【異能】についてここまでつまびらかに開示してくれるのは、彼女なりのバランス感覚なのだろうか。非礼の詫びや迷宮同行への謝礼として、隠してきた秘密を公開してくれているといったような。


「……エリザ」


 後ろを歩いていたクライヒハルトが、不意に口を開いた。カチャリと、剣の柄を掴む音がする。


「ああ、来るな。……牛頭鬼ミノタウロスか。一周回って、また単純な力押しで攻めて来たか?」


 二人の言葉の後に聞こえる、ドシンドシンという地響きでやっと私も気づいた。通路の奥、まだ暗がりしかないそれのさらに奥から、何かが近づいている―――!


「―――【俗物的奇跡インスタントプレイ召喚サモン】。『チッタデルタの長槍』『鶯鳴き』」

 

 エリザが手元に呼び出した槍と短剣が、闇へと飛んでいき……カシンと乾いた音だけが帰ってくる。


「あー……やっぱこの深度になってくると、普通の魔導具じゃ追い付かねえな」

「ヒ、ヒィ……! つ、強いやつ!? 私、下がっておいた方が良い!?」

「【階層主】のテリトリーに入ってたみたいだな。下がった方が良い……というか、俺も下がるか。の邪魔だ」


 腰を抜かすくらいにビビりながら (私は戦闘経験がほとんどないのだ。王族の小娘だぞ?) 、エリザに手を引かれるようにして後ろに下がる。後ろ……つまり、完璧な英雄であるクライヒハルトの後ろへと。


「迷宮の牛頭鬼ミノタウロス……英雄としては、ぜひとも倒しておきたい相手ですね」

「フゥ、フゥ……! グルァアアアアアアア!! 【牡牛怪腕グラスガヴナン】!!!」


 決着は、やはり一瞬だった。


 現れた牛頭鬼ミノタウロスが、【異能】を使った事に驚いたのも束の間。クライヒハルトの腕が一瞬ブレたかと思うと、すぐに怪物は崩れ落ちた。クライヒハルトによって首を斬られたのだ。


「フン……いつも通りの瞬殺だな、クライヒハルト卿。見事な手際だ」

「―――いえ」


 ホッとして近寄ろうとした私たちを、クライヒハルトが制止する。彼の頬には、が流れ落ちていた。


「…………!」


 クライヒハルトは、決して傷を負わない訳では無い。【英隷君主ディバインライト】によって弱体化している間、彼は"強力な英雄"の域を出ないからだ。事実、リラトゥと戦った時には多少のかすり傷を負っている……しかしそれでも、彼の出血というのはやはり衝撃的だった。普段染みついたイメージ幻想が、それだけ強かったのだろう。


「お恥ずかしい限りです、不覚を取りました。今日の探索は、このくらいにしておきますか?」

「……いや」


 エリザが顎に手を当てながら、僅かに思案する様子を見せる。


「追加投資を行えば、俺の防護はほぼ無制限に持つ。このまま探索を続けよう」

「おや。何か、気がかりな事でも?」

「……私も、エリザに賛成よ」


 一瞬で終わった戦闘の余波にいまだ怯えながらも、そう声を絞り出す。この迷宮探索は、可能な限り速やかに……出来る限り短時間で終わらせるべきだ。長期戦は、こちらの不利にしかならないかもしれない。

 

「迷宮は、明らかにクライヒハルトへの対策を整えてきているわ。序盤の【階層主】の話は私も聞いた。硬さ、数、耐性……。手を変え品を変え、クライヒハルトの規格スペックを測ろうとしてる」


 高度に発達した【迷宮の核】は、少なくとも植物以上の知性を持つ。そして、迷宮の奥底からは【瘴気】が湧きだしている。


 ならば。迷宮の核が、『触れた者の願いを叶える』性質を持つ瘴気に適合している可能性は十分に考えられる……。『この方法ならどうだ?』『これならどうだ?』と、今まさに迷宮が私たちをテストしているのだとすれば、今ここで帰るのは愚策に他ならない。


「相手に試行錯誤の時間を与えるのは、百害あって一利なしよ。私も、出来る限り探索を続けるべきだと思う」


 クライヒハルトならば何があっても大丈夫だろうと、心の何処かで油断があった。エリザとの長期間の接触を避けさせたい事情もあった。しかし今、迷宮がついにクライヒハルトへ追い縋ろうとしているのならば、それを黙って見ている事など出来るわけが無い。


「……ふむ。私としては、アストリア第二王女には適切なお休みを取っていただきたいのですが……」

「おいおい、俺もマリー王女と同意見って事を忘れんなよ。多数決だろ? 多数決」

「エリザ……。貴女も、少し前まではこまめに研究所へ帰っていたでしょうに……」


 クライヒハルトは少し迷う様子を見せた後、諦めたようにゆるゆると首を振った。


「……まあ、そろそろでしょう。後は現地でやるとして、私もお付き合いいたしますよ。主君の道を阻むなど、あってはならない事ですからね」

「よし、決まりだな。なに、まだまだ商国ウチの金は有り余ってる。研究員の給料を0割にコストカットしてでも進んでやるさ」

「それ暴動とか起きない?」


 エリザの浪費癖を心配しながら、私たちは迷宮の奥へと更に足を進めた。


 迷宮探索、初のである。王国ウチはブラックが売りよ、しっかりついてきなさい。




 

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