第24話
【
分類するならば【
あの一国を喰い尽くした
【異能】は、現実を破壊する。不条理を起こし、世界を書き換える事こそ異能の本質である。
エリザの【異能】は、その点においても飛びぬけてると言えた。
彼女は、『金で買えない物は無い』と信じている。『金があれば何でも出来る』『不可能などない』と。元より異能は、所有者によって大きく左右される。そんな彼女の認識により、彼女の【異能】は大きく姿を変えた。
凡庸な空間系異能【
その本質は――――。
どうも。科名:
バチ、バチリと、火花が床に落ちる。
エリザの【異能】と【
「ア゛ァ……痛てぇ。クソ、久しぶりに痛いな……」
眼帯に隠されていた宝石の眼から血を流しながら、エリザが顔を押さえる。
「拙速だった……強引だった……。後からなら好きなだけ言えるが、しかしどう考えても例外的だ……。予測つくかよ、こんなモンが……」
「………………」
「冷遇されていたはずの、庶子のシグルド王国第二王女……。それが、【英雄】だと……!? 初見殺しにも程がある!」
ボタボタボタ! とひときわ強く血が流れ落ち……しかし、床の絨毯を汚すことなく何処かに消える。【異能】の制御を取り戻したエリザが、
それを確認しながら、私は険しい顔でエリザを睨め付ける。彼女がこれから何しても、直ぐに対応できるように。
リラトゥは、私の傷が再生するのを見てクライヒハルトの【異能】に気付いた。そしてエリザは今、私が【異能】による干渉を弾ける事を知り、私が【英雄】(に近い存在)であると気づいた。
能力の差ではない。リラトゥとエリザでは、性格も考え方も、前提となるクライヒハルトへの印象も何もかも異なる。エリザが私を【英雄】と勘違いした理由も、私には何となく予想がつく……。そしてそれが、
「あー……ハハ、何だこれ、面白い……!」
エリザは、動かない。周囲に火花を瞬かせたまま、ブツブツと何かを呟いている。
「全く予兆が無かった……気付けなかった?」 「今も、何一つこの眼には映らない……ただの、凡庸な王族……」「だが、いや……クライヒハルト卿は、あり得ない……」「あれは、そんな異能を発現しない……そういう性格じゃない……」「建国神話……その、再来とでも……?」「いや、しかし……」
眼が。宝石の埋め込まれた異形の眼が、私を捉える。価値を測る、英雄の魔眼。それが、最後とばかりに私を見据え……。
「俺が悪かった。どうか許してくれ」
ソファにどっかりと座り込み、そうエリザは深々と頭を下げたのだった。
「許してくれって、貴女……」
「そうだな。まず、そこのメイドも起こそう。その後にもう一度謝罪する―――【
エリザが指を鳴らすと、倒れていたイザベラがソファへ移動し、ゆっくりと起き上がる。
「ん……これ、は……?」
「イザベラ! 大丈夫、身体に異常は!?」
「問題ないはずだ。『ゆっくり風呂に入り、柔らかいベッドで10時間ぐっすり眠った後』。そういう状態にしてある」
イザベラに目線を送ると、頷きを返される。随分都合のいい異能もあったものだ。万能の【異能】、そう噂されていただけの事はある。
「……イザベラ。彼女の言ってる事は本当?」
「一応は……。寝不足だった頭はスッキリしてますし、ここ最近で一番身体のキレが良いです」
「すまなかった。言い訳にもならないが、元からそうするつもりではあったんだ。一応」
頭を下げるエリザを他所に、ふう、と一息をつく。
落ち着け……。まず。私にとって最もバレてはならない事は、『クライヒハルトの性癖』だ。色仕掛けの危険性が大きく上がることは勿論、クライヒハルトは最早、『王国の象徴』なのだ。彼の権威の失墜は、ありとあらゆる不利益を産む。
【異能】の詳細がバレる事の危険性は、それに比べれば一段落ちる……。手札としては伏せておきたいものだし、【異能】からクライヒハルトの性格を推測する手がかりにされかねないが、まだ最悪の事態ではない。
「随分、都合が良いのね……いきなり押し入って、勝手に【異能】も使って、それで許してくれって? どうして私が、貴女の都合に一々付き合わないといけないのかしら」
「申し訳ない。可能ならば賠償させてもらいたいし、そちらの要望には何でも応えよう」
……そう言って頭を下げるエリザの様子に、嘘は無いように見える。
違和感。
そもそも、エリザは兄上の古い知己だ。商国の英雄は人と接する事が多いため、他国に比べてまだ話が通じる傾向にある。その中でも、エリザは金と技術を愛する、英雄の中ではかなりの穏健派と知られていたはずだ。
少なくとも『碌な情報もないまま相手の居城に突撃し、記憶を消して逃げる』と言った、乱暴にも程がある策を強行するような人物像では無かった。例えば、兄上なら。同じ記憶消去の能力でも、もっと悪辣な使い方をするだろう。兄上の友人 (知り合い?)であるエリザに、同じことが出来ないとは思えない。
むしろ……今の落ち着いた彼女の方が、事前に聞いていた人柄と一致するような……。
「……まず、私たちに何をしようとしてたの。そこから話してくれないと、許すも何も無いわ」
無茶苦茶なエリザの言動への怒りを、疑問が上回った。私はエリザの向かいに座り、対話の姿勢を示す。
「……【異能】の話になるが、そうだな。此処で、詳細を説明しておいた方が良いだろう」
「え……! い、良いの?」
秘され続けていた【異能】の内容を開示しろ、という割と強めの要求を、あっさり呑んで見せたエリザに驚く。
いやに素直だ……先ほどの行いを、本気で後悔しているのか? そりゃクライヒハルトと敵対するのは恐ろしいとは思うが、だったら何故、思いとどまらなかった……?
「俺の【
落ち着いた様子でエリザは語る。確かに、彼女の拝金主義は有名だ。
「【
「――――!」
「弱点として、『俺が知らない物』へは干渉できない。金銭の多寡は俺の認識と真実によって左右され、【英雄】相手に直接干渉するには莫大な資金が必要になる。普段はどうしても失敗できない実験なんかに、『成功する結果』を引き寄せるなどして使用している……よく、覚えておいてくれ」
エリザの異能、その全容は想像以上の物だった。
そりゃ、『最も万能な異能』とまで言われる訳だ……と言うか、それってもう"空間系"とかじゃなくない? 運にまで干渉できるのはルール違反でしょ。空間系の異能はそれだけで一生食っていけるほど重宝される物だが、【英雄】とまでなるとレベルが違う。
一言で言い表すなら、『何でも買えるようになる異能』という訳だ……。
幸運も奇跡も、彼女にとっては黄金に
「……その異能さえあれば、わざわざ私の所に来る必要なんて無かったんじゃないの?」
「いや。さっきも言ったが、『俺の知らない物』は買う事が出来ない。想像できる物と言い換えても良いが……"クライヒハルト卿の秘密"と言うのは余りにも漠然として、予想がつかなかった……。分からない物は、"取り寄せる"事も出来ない」
そう言うと、エリザは自嘲するように笑った。
「全て、言い訳だが……クライヒハルト卿は、恐ろしいよ。可能な限りあれを理解しようとして、精神の平衡を失った。深淵を覗き込んで、見事に落っこちた訳だ……ハハ」
「………………」
目元を押さえながら、エリザが私を見上げるように尋ねる。
「確かにクライヒハルト卿は、"理想の英雄"だ。万人に優しく、強く……だが、それだけだ。彼に、何かを大切にするような機能が本当にあるのか? 貧民も貴族も、彼にとっては平等に無価値なんじゃないのか? ……なんて、実際に彼を従えている貴女に言えば笑われるだろうがね」
そう語るエリザに、私は一瞬何も返せなかった。
『理想の英雄』として自己暗示をしたクライヒハルトは、確かに完璧だ。『踏んでほしいワン。絶対に踏んでほしいワン。生足で、養豚場の豚を見るような眼で』とも言わないし、『(表)マリー様♡ (裏)舌打ちして♡』と書かれた扇子を持って踊り狂ったりもしない。寝室に張り付いたり、『身辺警護です!!!!』と叫んで私の部屋に突撃したりもしない。
だが、それでも。
『別に……もう、練習は十分でしょう』
あのとき、早々に練習を切り上げてしまったのは。そんな完璧な英雄である彼を、どこか不気味と感じてしまったからだ。
「"絶対に、クライヒハルト卿を迷宮の最奥まで連れて行かなくては"。そう焦るあまり、あのような暴挙に出てしまった。本当に、申し訳なかった」
……なんだか、気勢が削がれてしまった。
どうするかな……。取り合えず、私を【英雄】と勘違いしているのはそのままにして……。いや、して良いのか? しかし、もう訂正のしようも無いし……。誰にも口外させず、金銭で賠償をしてもらえば……。
あ、そうだ。それこそエリザの【異能】で、『
「ねえ、エリザ――――」
未だに。
何故この時、自分がこのような提案をしたのかは分からない。
材料などほとんどなかった。理屈も、感情も、理由になりそうなものは何一つ無い。此処でエリザの記憶をどうにか処理し、再び迷宮探索に戻ってもらう。あと結構な額の金を支払ってもらう。絶対に。ベストではなくともベターな対処で、何も問題は無かったはずだ。なぜそうしなかったのか、今でも自分に説明が出来ない。
結論から言うと。この時。
理屈も理論も飛び越えて、千分の一の正解を私は引いた。
「―――迷宮探索に、私も同行しても良いかしら?」
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