第20話



 どうも皆様、ご機嫌よう。


 我が身の全ては、愛する王国の為に。誇りある第一騎士団団長、クライヒハルトです。

 は人の役に立つために産まれてきました。王国の民の笑顔が、私の望む何よりの報酬ですよ。


「……目がキラキラに輝いている……い、いつ見ても気持ち悪い……」

「どうなさいましたか、アストリア?」

「ヒッ!」


 にこやかに語りかける私の笑みを見て、アストリア第二王女が一歩後ずさる。


 アストリア第二王女が、優れた度胸と観察眼を持つように。イザベラさんが暗殺者として、グリゴール殿下が政治家としての適性を持つように。私にも一つ、暴力装置以外の才能があった。"自己暗示"の才である。自分で自分に何度も言い聞かせ、自らを騙す……まあつまり、私は思い込みが激しいタイプなのだ。私を良く知る人たちには、なんとなく納得してもらえると思う。


 なので"完璧な英雄"を演じている際、私は本心から民の事を想って行動する事が出来る。ロールプレイに没入し、真にお伽噺の英雄のように振舞うことが出来る。


 そうだ、私は英雄だ……誰が何と言おうと英雄なんだ……(自らを英雄と思い込む異常一般男性)。


「大丈夫ですか? どうかご自愛ください、アストリア第二王女」

「いえ……つい、落差が大きすぎたというか何と言うか……。コホン。良いわ、クライヒハルト。質問よ。貴方は、いったい誰?」

「無論、王国に仕える英雄です」


 当然だな。王国の生まれでは無い流れ者の自分を、大いに重用してくださる王国は私にとってまさに恩人。忠義を尽くすべき存在だ。

 『返報性の原理』という言葉がある。人は施してもらった分、何かを返したくなるという性質を指すものだ。私は、人が言うように無欲なのではない。王国がまず、私に多くを与えてくれたのだ。頂いた分の恩を、ただ少しでも返そうとしているだけである。


「好きな物は?」

「良く焼いたベーコンとパン。それと、民の笑顔ですね」

「嫌いな物は?」

「無辜の民を傷つける悪意。それらから皆を守るのが、私の使命です」

「いま何か貰えるとしたら何が欲しい?」

「そうですね……金貨でしょうか。先日の雨でとある村の橋が流されてしまったようなので、こっそり支援してさし上げたいのです。英雄の私が直接動くには難しい案件ですから」


 これも当然だ。普段の私は『明日のプレイは何ワンねぇ……?』とばかり考えて、気にも留めていなかったが。全く、我ながら嘆かわしい限りである。自分だと思いたくない。


「よし、完璧! 受け答えもバッチリ自然だし、どこから見ても理想の英雄よ!」

 

 そう言って、第二王女が私の肩をポンポンと叩く。


 …………。


「……失礼ながら、殿下。主従の分という物がございます。過度な接触はお控えいただければと」

「あ……。ああ、そうね。うん。偉いわよ、クライヒハルト。」

「恐縮でございます」


 恭しく一礼し、眼を伏せるマリー第二王女から離れる。


 非才の身なれど、己は王国の【英雄】である。民の信頼、王の信義に応えるためにも、迂闊な真似は出来ない。


 加えて今は状況が状況だ。商国の英雄、エリザ・ロン・ノットデッドは油断ならぬ人物である。


 強欲であり、拝金主義であり、己の損得に並々ならぬ関心を払う彼女が、何故われわれ王国へ破格の援助を行うのか。グリゴール殿下が想定していたであろう交渉による舌戦を放棄し、ただ『クライヒハルトによる迷宮攻略』を求めた理由は何か。

 

 考えろ。己は愚鈍だが、それが思考を回さない理由にはならない。


 我が身は【英雄】である。依頼を受けて動く冒険者ではない。王国の為、王国の未来のために己は存在する。ただ唯々諾々と、エリザに使われるだけではならないのだ。迷宮踏破は大前提。そこから動くであろう商国とのパワーバランスを考え、最適な行動を模索しろ。


「……クライヒハルト、『おすわり』」


「ワン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 えっ、今なんか考えてたっけ。


 知らね~~~~~~~~~!!! だって俺……マゾ犬だから!!! (ドン!!!!!!!)


 我が身は【マゾ奴隷】である。余人の為に動く聖人ではない。性癖の為、めくるめくプレイの為に己は存在する。ただ唯々諾々と、与えられるプレイに甘んじているだけではならないのだ。放置プレイは大前提。そこから動くであろうマリー様との更なるご褒美を考え、最適な行動 (意味深)を模索しろ。


「……って、何ですかマリー様。セーフワード言わないで下さいよ。せっかく上手いこと自己暗示できてたのに……」


 常識を今更語るようで恥ずかしいのだが、SMプレイの際には普通、『セーフワード』を設定する。SやMが本気で止めたがったり、不慮の事故が起きた際にプレイを中断するための物だ。皆知っているだろうに、わざわざ説明してしまってすまんな。知ってるよね?


 『セーフワード』は分かりやすく伝わるよう、"カツ丼"や"魚"など、プレイ中に絶対言わないかつ簡単で短い台詞が望ましい。なので俺の『理想の英雄』ロールプレイ中は、"おすわり"という絶対に言わなそうな言葉がセーフワードとなっているのだった。普通に考えて、王国の英雄にこんなこと言う奴いるわけ無いしな。


「別に……もう、練習は十分でしょう。流石だったわよ、クライヒハルト。どこからどう見ても理想の英雄だったわ」

「あざす!!!!! (クソデカボイス) ……えー、でももう少し練習しておきたかったな……」

「…………………」

「マリー様?」

「……呼び方」

「はい?」

「別に!!!! 大丈夫よ、完璧な『理想の王子様』だったわ。腹が立つくらいにね」

「わーい! 褒められてます?」

「褒めてるわよ。よしよし、よしよし……」


 キャウンキャウン(ここで可愛らしい犬がお腹を見せている姿を想像してください)

 やっぱ……やっぱ、マリー様なんだよなあ。みんな、まだ"気づいて"無いのか? 俺は一足先に『上』で待ってるで……。


 えーと……何が言いたかったんだっけ。つまり、俺の自己暗示と演技は、マリー様お墨付きの太鼓判(意味重複)だという事だ。エリザも脱帽、『これに比べるとエリザはんの功績はカスや』と涙すること間違い無し。負ける気せーへん、地元 (地元じゃない)やし。ギアを一つ上げて行くぞッ。



 








 という訳で、商国の研究所である。迷宮探索の詳細と、瘴気研究について話があるらしい。別々に出来ないのかと思うが、どうも両者はかなり密接に関係しているらしく、一度に纏めてしまった方が理解しやすいそうだ。


 エリザ相手にはガチで行くと決めているので、今回は既に、自己暗示をキメたスーパーヒーローの『』に切り替えている。頭のキレがやや上がり、暴力性が少し下がるのが特徴だ。


商国ウチの虎の子にして根幹、国立研究所ターミナル。世界中の学者はこぞって此処を目指すし、ココで論文の一つでも出そうものなら他国で一生食っていける。増築と改築を繰り返して膨張し続ける俺の城を、本来なら余す所なく案内してやりたいが……」

「いえ。まずは、貴方がたの言う『ガス』について教えていただければと」

「……と、クライヒハルト卿が頑なだからな。いいさ、俺たちは利益に忠実だ。パトロン様の言う事を聞いてやろう」


 そう語るエリザの背を、私とアストリア第二王女、グリゴール殿下が歩いて追いかける。


 国立研究所ターミナルの内部は複雑極まりなく、そこかしこにある階段や曲がりくねった廊下は、案内が無ければ一瞬で迷子になるだろうと思わされる。成果さえ出せば莫大な富が得られるという触れ込みに多数の学者が集まり、研究室を好き勝手に増築していった結果が今の国立研究所ターミナルだそうだ。成り立ちは前世で言う九龍城に近いが、遠くから見たその威容はまるで巨大な一本の樹のようだった。


「『ガス』……いや、お前らの命名に従って以後『瘴気』と呼ぶが。『瘴気』の研究エリアはこの下だ。まだ降りるぞ、着いてこい」


 階段を降り、扉をくぐり、長く暗い廊下を歩き……。複雑怪奇な研究所を、徐々に徐々に下っていく。


「……長いわね……この研究所、ちょっと大きすぎるんじゃない……?」

「文句は先代までの英雄と、今の研究者バカどもに言え。奴らが好き勝手に改築した結果だ」


 あまりに複雑でグネグネとした通路に、アストリア第二王女がついポツリとこぼした。先頭を歩くエリザに拾われるとは思っていなかったのだろう、少し気まずそうな表情をしている。


 時折エリザが手をかざし、重厚な扉を開ける。明らかに厳重な警備と幾重にもかさなる認証が、商国がいかに『瘴気』を重要視しているかを雄弁に語っていた。

 ……今気づいたが、なんで商国はここまで瘴気の研究に力を注いでいるんだ? 人を魔物に変える、という力は確かに脅威だが……それだけで、この国がここまでするだろうか。


「クライヒハルト卿。やはりお前、以前とはずいぶん印象が変わったな」

「ハハ……申し上げた通り、あの時は緊張していまして……」

「そうは思えん。まるで人が変わったようだ。立ち振る舞いも、その目敏めざとさもな」


 前を歩くエリザが、振り返らないままでそう静かに話す。


 確かに、自己暗示を入れた今の私は普段の『俺』とは別物に見えるだろう。事実、今の私は『俺』を別人格のように感じている。異様に自我が強いため不可能だが、もし叶うなら速やかに抹消したい主人格である。エリザの観察眼が優れている……というのもあるだろうが、流石に雰囲気が違いすぎるか。


「お前の疑問は正しい。人間を魔物へと変える程度の物に、俺たち商国は大した価値を見い出さない。ただ殺すならばもっと強力な毒を、嫌がらせならばもっと悪辣な物を希求するだろう」


 その言葉に、ふと以前の失敗を思い出す。『俺』が、今よりも更に愚かだった頃。信の置けぬ英雄を殺すために用意された毒は、たしか商国から仕入れられたのだったか。英雄を殺す毒。なるほど、確かにそれは瘴気よりも悪辣で陰惨だろう。

 

「では、なぜ俺たちはこんなにも瘴気を重要視しているのか。なぜお前らを招き入れてまで研究資料を求め、女をまで英雄を求めるのか」


 エリザが足を止める。


「瘴気には、その【先】があるからだ」


 商国の中心、国立研究所ターミナル。その地下のさらに地下の、更なる最奥。


 暗がりの中でランプの灯りに妖しく照らされた黒塗りの扉にもたれ掛かり、大商人の女傑が嗤う。


「初めに気付いたのは、死刑囚相手の実験だった」

「雑魚どもが魔物へ姿を変える中、一人だけ原型をとどめていた奴がいたのさ」

「そいつはこれまた強くてねえ。たいそう大暴れして、研究所から脱走しようとして……国境を出る前に、俺が捕まえた」

「英雄である俺が、直々にだ。それ程の強さだった」

「当然バラして研究したが、ここで一つの疑問が生まれた」

「そいつが、あまりにも逃走に適した形をしてたんだな。変身能力に、発達した脚、気配隠蔽能力……」

「そいつの過去を洗ったが、それらしき異能の血筋は一つも無かった」

「これは、果たして偶然なのか? 偶然でないとすれば、変数は何だ? 器の強度、環境、あるいは……?」

「その後、いくつかの実験を重ねて、俺たちは一つの仮説に達した」

「瘴気には、『相手の望みを叶える』能力があるのではないか?」

「逃げ出したい者へそれに適した異能を。傷ついた者には治癒を。虐げられトラウマを負った者には頑強な身体を……」

「あ、今の話で俺たちがどんな実験したか想像できちまうな。そりゃまあ、また暴れられて脱走されても困るし。仕方ない仕方ない」

「ともかく。魔物化はあくまで、【器】としての強度が足りなかった者へ起こる現象だ」

「瘴気は、【適合】した者へ祝福を与える」

「今の俺たちが研究しているのは、瘴気から恩恵だけを取り出す実験だ」


「そして、今の所それは一定の成功を収めている……このようにな」


 開いた扉の先。


 広大な空間に敷き詰められた無数の『檻』、その中では。


『ギャーッ!! ギャッ、ギャギャギャギャ!』

『ギィイー! ガ、ガガグ……!!』

『ギャググ……! ギョ、グィイーーーッ!』


 肥大化した頭部に、突き出した眼球。最も近い見た目を挙げるならば、不出来なE.T.だろうか。


 そのような見た目をした魔物たちが、与えられた紙へひたすらに『』を書き殴っていた。








「俺たちは人体実験が大好きでね」


 通された別室の中で、エリザが優雅に紅茶を啜りながら言う。


「知ってるか? ウチの国には死刑が無いんだ。『研究刑』って名前でね。内容はまあ、言わなくても分かるだろ? 研究に協力すれば減刑するって名目で結局全員使から、お陰でウチの監獄は常にガラッガラさ。もっと囚人が増えて欲しいねえ。死刑囚大歓迎!」

「ハハハ……それはそれは、何処かの皇帝殿と競合しそうですねえ」


 そう返すグリゴール殿下に対し、エリザは良いジョークを聞いたとばかりに笑う。

 

「イイねえ。あれを見てもゴチャゴチャ言わないのは印象良いぜ。隣の女も、内心は知らねぇが顔には一切出してねえな。意外と肝が据わってる。クライヒハルト卿は……憤りを感じているが、あるじの前でそれを出すわけにはいかないって感じか?」

「……流石、慧眼ですね。人道に反する行為を、こころよく感じていないのは確かです」


 命を粗末にして嘲るエリザの態度は、理想の英雄たらんとする私にとっては酷く不快な物だ。だが同時に、己が研究において全くの門外漢である事や、商国は恐らくそれにより多くの成果を出してきたであろう事。何より、グリゴール殿下やアストリア第二王女が堪えている事。それらを考慮し、何とかこの場で激発する事だけは避けたのだ。


「心配すんな。アイツらはみんな志願制……もっと言や、元はウチのたちだ」

「…………!」

「言ったろ? 俺たちは人体実験が大大大好き。当然、テメエの身体だって使わねえとな」


 そう語るエリザに、俺は返す言葉を持たない。つまり、あの檻に入れられていた魔物たちは……自ら志願して、実験材料になることを受け入れたということか。この世界の人間は、誰も彼も覚悟が異様に決まっていると感じた事がある。だがこれは、その中でもトップクラスの衝撃だった。


 コップを置いたエリザは、楽しむように朗々と語る。


「【知識】と【智慧】を求めて瘴気に触れ、魔物と化した研究員たち。貧弱な身体ゆえに器としては不適格だったが、その魂に染みついた探究心はそうやすやすと薄れねえ。気の触れた頭でも、ああやってせこせこ知識を吐き出してくれやがる」


 そこまで一息に語り終えたエリザは、紅茶で喉を潤すとニヤついた笑みを浮かべた。


「……ところで、クライヒハルト卿」


 獲物を睨みつける捕食者のような眼。笑顔を見せながらも、その奥で細められた眼はまったく笑っていない。彼女の【英雄】性を象徴するような緋色の眼が、真っ直ぐに俺を見据える。


「ウチの技術に興味を持っていただき、誠に感謝する。それも『銃』と『自動車』という、。『』に興味を持っていただき、幸甚こうじんの限りだ」


「……………」

「他の技術はお気に召さなかったかな? 後学のために、気にいって頂けた理由をぜひお伺いしたいものだが……?」


 エリザの、笑顔によって細められた眼……その奥に、奇妙な模様が浮いているのが見える。恐らく、【異能】を使っているのだろう。商国の英雄は秘密主義で、【異能】の詳細も割れていないらしいが……万能性に特化した異能だと噂されている。嘘や偽りは見抜かれると考えた方が良い。


 しかし、なるほど……以前の『俺』は、つくづく迂闊というか何と言うか……。


 脳内で国立研究所ターミナルの外観と今までの道のりを照らし合わせると、俺たちはそこそこの遠回りをさせられていた事が分かる。あの大仰な喋りと衝撃的な光景も、併せて少しでも私の動揺を引き出すための演出だったのか。


 もちろん、誤魔化し方など幾らでもある。エリザがこちらを疑う根拠など薄弱も良いところだ。


 だが、普段の俺がこれ以上迂闊を重ねないとは到底思えない……。例えばうっかり前世のアイテムを使い、『なぜ使い方が分かる?』などと詰められればすぐにバレてしまう。既に以前の俺は、エリザの前で英語を話すという特大のアホをやらかしている。相手がこちらを疑っている以上、普段の俺に信を置くのは無価値を通り越して有害ですらある。


「……商国のやり口は随分と迂遠ですね。一言問われれば、素直に答えましたよ」

「そうか? そりゃ失礼した。それだけ、してるのさ……。あるいはクライヒハルト卿、お前は俺たち以上の"イカレ"ではないかとな」

 

 …………。

 やむを得まい。ハッタリとその場しのぎのペテンこそ、私がアストリア第二王女から学んだ事である。


「……【未開拓領域】の探索の際、私たちは魔人に遭遇しました」

「聞いている。お前が二度目の【魔人殺し】を成した事もな」

「ええ。ですが、今回の魔人はより強く……私たちは賭けに出ることを強いられました」


 嘘だ。実際は一切の苦戦なく勝つことが出来た。だが、魔人の強大さは良く知られる所である。この嘘に、そこまでの違和感は抱かれないはずだ。


「その賭けとは、魔人が展開した『瘴気』の中を突っ切り……彼へ、乾坤一擲の奇襲をかける事」

「ほう?」

「無論、その時には瘴気の名前も効果も分かってはいません。ただ本能的な危機感により避けていたそれへ、私はあえて飛び込みました」


 これも嘘だ。

 第一、魔人は瘴気など使ってすらいない。精神系の異能は特に強力であり、所有者はそれに驕っている事が多い。たとえ彼が瘴気を戦闘に利用できたとしても、異能へのプライドから使用しなかっただろう。


「魔人は私を嘲りましたが、しかし予想に反して瘴気は私の身体を一切害すこと無く、それどころか彼を打ち倒す力を与えてくれました……今思えば、それが貴女がたの言う【適合】だったのでしょう」


 一から十まで嘘だ。

 だが、嘘の方向性として間違えてはいないはずだ。


 エリザが王国に対し寛大な態度を見せた理由。破格の援助を申し出た理由。クライヒハルトに執着した理由……。それは恐らく、私が瘴気に適合した、あるいは適合する可能性があると推測していたから。【器】としての強度が肉体に由来する物ならば、人類最強の身体能力を持つほど適した者はいないだろう。


「イイねえ……惚れちまいそうだぜ、クライヒハルト卿。その輝かしい肉体もそうだが、何よりその果敢さが良い。未踏を切り拓く商国俺たちが尊ぶ感性だ」

「……銃や自動車については、その後、『もっと便利な物があれば良いのに』と考えた際ふと思いついた物です。私にはそれを実現する方法が分からず、突飛な思い付きだと忘れていましたが……」


 そう言って、困ったような顔を造る。眉を少し下げるのがポイントだ。


 よし。これで急場はしのげただろう。後でなぜそれを周囲に言わなかったのかと聞かれれば、『誰でも適応できるわけはないと思った』『無差別な人体実験に繋がる可能性を危惧した』とでも言っておけばいい。さっきの態度と併せて、不審には思われにくいはずだ。


 ……急ごしらえの口からでまかせなので、何処かで矛盾が生じているかもという恐れはあるが……しかし、【転生】という真実こそ余人に知られてはならぬ物である。嘘をより大きな嘘で覆い隠すのは方針として間違いではない。


「ふうん……なるほど。クライヒハルト卿とウチのカスが、同じ物を思いついたというのは面白いな。【瘴気】の先に知識の集積所のような物があって、そこに接続してるのか……? いや、それよりも【英雄】ならば瘴気に完全適合できるという前例が出来た。クライヒハルト卿の肉体強度あってのものだろうが、この前例の価値は計り知れない……」


 そう言って、エリザはブツブツと口の中で言葉を転がす。


 私の実験協力と、この後に行われる迷宮探索。王国を立て直すほど多数の異能者の血への対価としては、ほぼ妥当だと言って良いだろう。それほどまでに、異能者とは貴重な存在である。本来、金をいくら積もうが譲り受けられる物ではない。帝国との戦乱、その混乱の最中で『我が子だけは遠くへ逃がしたい』という思いを利用して大量に異能者を迎え入れた、エリザの手腕が異常なのだ。


「……クライヒハルト卿、やはり商国に鞍替えするつもりはないか? 高く買うぞ」

「ご冗談を」

「チッ……まあいい。今後も折に触れて口説かせてもらうが、悪く思うなよ」


 誘いを軽く受け流す。私は王国の英雄だ。グラナト王へ忠義を誓う限り、私が他国へ揺れる事は無いだろう。


 するとエリザは立ち上がり、私に軽口をたたいた後、部屋の奥へと歩いていく。


「……どちらへ?」

「あ? お前が言った事だろう、クライヒハルト。『瘴気』について全て教えて欲しいと。お前の肉体は想像以上だ、多少段階を進めても構わんだろう」


 エリザが後ろの壁を押し込むと、音を立てて壁が開いていく。隠し扉か。つくづく、この研究所の構造は複雑すぎて気持ちが悪い。


「お前たち王国は魔人を打倒し、瘴気を呼び出す【呪文】の一片を手に入れた。では、俺たち商国はどこで瘴気の存在を知ったのか?」


 現れた階段の前でクルリと舞台役者のように廻り、エリザが恭しくエスコートの真似をする。


「俺たちはまず、"現物"を手に入れた。地下大迷宮の奥から噴き出す瘴気を、ほぼ無尽蔵にな」


 階段の奥には、茫漠とした闇が広がっている。

 

 【迷宮】。この世界において最大の神秘であり、最大の未知。富と名声、そしてそれを大きく上回る危険を産み出す未知の穴。


「依頼だ、クライヒハルト卿。【迷宮探索】の依頼。ここらで一丁、お試しと行こうじゃねえか」


 好きだろ? こういう冒険がよ。


 そう言って、エリザは野性味あふれた笑みを浮かべたのだった。




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