第17話


 思えば、違和感は最初からあった。


 俺がこの世界に転生してきた時、この世界はひどく


 娯楽は前世と比べて未発達すぎて見るに堪えないし、料理は美味しくないし……24fpsのアニメーションに慣れきった現代人にとって、シェイクスピアも産まれていない時代の歌劇は退屈に過ぎた。


 なのに。


 であるならば。


 この世界の人間である姫様やイザベラさんが、を読んでいる事に違和感を覚えるべきだった。それも"婚約破棄"や"追放もの"などの、明らかに文化を何段か飛ばしているようなものを。

 

 イザベラさんなど、明らかにWebのような物を口にするシーンがあった……その時点で、文化の発展の歪さに気付くべきだった。


「商国へ、ようこそお越しくださいました。我々国立研究所ターミナルへ、出資のお話という事で……」

「ええ、是非研究して欲しいものがありまして」

「シグルド王国の第一王子が直々にとは、恐ろしいですなあ。果たしてお役に立てるか……」


 銃に、自動車。その前提となる知識など、この世界には存在しない。そんなものが出て来る下地など、何処にも無かったはずなのだ。

 

 技術の蓄積ではなく、『正解』のみを抜き出したような歪な発展。この世界に明らかに相応しくない異物の数々。商国へ訪れてみれば、その異常さが嫌でも分かる。


 間違いない。この世界で、現代知識チートをしている奴がいる。


 俺以外の転生者……正直、いないと思ってたんだが……。転生した時に出会った"神"も、あれは神と言うかシステムというか、膨大な力の結晶体って感じだったし、俺の転生って完全に偶然100%だと思ってたわ。仮に二人目がいるならば、何らかの理由があるんじゃないかと疑ってしまう。


「グリゴール殿下のお話には、"番頭ばんとう"様も興味を抱いておられまして……ぜひお会いしたいと申しております」

「おやおや。過分なご厚遇、痛み入ります」

「ははは、何をおっしゃりますか。【英雄】であるクライヒハルト卿がいらっしゃった時点で、番頭様が出ない訳にはまいりません……元々そのつもりでしたでしょうに、白々しいですぞ」


 ど……どうしよう、『転生者は私一人で良いんですよねェ~~~~ッ! 死になさァ~~~いッ!!』みたいな奴だったら……。『""りあおうぜェ……(ナイフペロペロ)』みたいな奴だったら……。転生者って事は、間違いなく俺と同じチートも持ってるはずだし……。


「いや……それ以上に、マリー様に眼を付ける可能性も……! どんな奴かは知らんが、こんなに美人で可愛くて性格がいいマリー様を好きにならないわけが無い……!」

「……? 失礼ながら、クライヒハルト卿はどうされたので?」

「……気にしないでください。彼、ちょっとおかしくなっちゃって」


 姫様が何か言ってる気がするが、今は気にしていられない。恋のライバルが生まれるか生まれないかの一大事である。パークの危機なのだ。


 マリー様は可愛い。背が少し高くて可愛いし、肌はすべすべしてて可愛い。眼は切れ長でスラッとしていてて可愛いし、髪はサラサラで可愛い。ピンと通った鼻筋が可愛いし、薄い唇も可愛い。手足の隅々まで均整がとれた身体も可愛い。正直に言って、こんなに可愛いマリー様に惚れない方がおかしい。転生者と俺が、将来的にマリー様の寵愛を巡って争い合う事はもはや運命付けられていると言えるだろう。たった一つの愛をめぐる争い。聖戦ジハードである。


 加えて、趨勢はかなり悪い。この世界で現代知識チートできる能力の持ち主である。頭のキレも相当な物だろう。俺のストロングポイントといえば暴力ただ一つだが、それでどこまで対抗できるだろうか。


 オ……オデ、負けない……! 相手の眼鏡、粉砕して勝つ……! 脳筋VS頭脳派という、どちらも漫画的に言えば雑魚同士で骨肉の争いが始まる予感。


 マリー様は渡さんぞ。あとイザベラさんも、一応リラトゥも渡さんぞ。その為なら、クライヒハルトは修羅になる覚悟である。


「女……女であってくれ……! いや、でも女でもマリー様を見たら百合に目覚める可能性も……!」

「ゴブリンぐらい女女おんなおんな言うわね。行くわよ、クライヒハルト」

 

 手に爪を喰い込ませながらそう祈っていると、マリー様が俺の横腹をポンポンと叩いた。しまった、超暴力アルトラシミュレーションに夢中になり過ぎていた。

 

「……ごめんなさいマリー様、話聞いてませんでした」

「貴方ねぇ……」


 素直に謝る俺に、マリー殿下は耳打ちで (うれしい) こっそりと教えてくれた。


「商国の英雄にして大商人……【浪費家】 エリザ・ロン・ノットデッドが、私たちに会いたいって言ってるの」

 

 そう言って別室へ歩き出すマリー殿下を見ながら、ひとり頷く。

 

 なるほど、そいつが転生者か。







「ようこそ皆様、我が商国へ! 俺の治める素晴らしい国に何の用だ!?」


 お……俺っ娘かぁ~~~~~~~~~~~ッ!!


 商国の英雄は女だった。まずは一安心である。


 燃えるような赤髪に、自信に満ち溢れた顔つき。豊満なプロポーション。片目を眼帯で覆っているが、もう片方の眼は爛々と輝いている。女性だからと言って油断はできない。その長身といいキツめの顔立ちと言い、失礼ながらかなりバリタチ寄りの人間である(偏見)。


「お久しぶりです、エリザ・ロン・ノットデッド殿。この度は―――」

「要らん。お前のようなのを相手にするのは後でよい。クライヒハルト卿とやらは貴様か?」


 義兄上の挨拶をそう言ってぶった切り、商国の英雄がこちらへ詰め寄る。……強いな。こういうオラオラした女性も俺の好みではあるが、しかし今はそのような場合ではない。


 ジロジロと鑑定するように眺めてくる彼女へ、俺は重々しくこう告げた。


「ふーむ……中々良い資産になりそうな……お前、商国への鞍替えに興味は無いか?」

「This is an appole……」

「……………」

「……………」

「……………?」

「……………?」


 ……………?


 おかしいな……。俺の予想では、ここで突然英語を聞かされた彼女は驚いて慌てふためき、転生者であるというボロを晒すという予定だったんだが……。


「I have a pen……He is a Tom……」

「……失礼ながらグリゴール殿、クライヒハルト卿は辺境の出身でいらっしゃる?」

「いえ……これは別に訛りが酷くて聞き取れないとかではなく……何……? 何なんでしょうか……」

「ちょっ……クライヒハルト!」


 一縷の望みを懸けて中学英語を繰り返す俺を、マリー様が慌てて隅へ引っ張っていく。


「ど、どうしたの!?!? とうとう頭が完璧にイカれちゃったの!!?? 前々からどっか故障してんじゃないかと思ってたけど、ついに人語まで話せなくなった!?」

「いや……おかしいな、ちょっと予定と違うというか……こんなはずでは無かったんですけど……」

「しっかりして!! 相手は商国の英雄よ!? お願いだから真面目にやりなさい!」


 小声で怒鳴るという器用な事をするマリー殿下に叱られ、また再びエリザの前へ戻される。


 うーむ……さっきの表情、マジで『何を言ってるのか分からない』って顔だったな……。"なるほど、そいつが転生者か"とか格好良くキメたのに、全くの的外れだった。


「……失礼しました、エリザ様。少々、緊張で呂律ろれつが怪しくなってしまい……」

「ふうん? まあよい。英雄殿は浮いた話をとんと聞かんからな。俺の美貌に見惚れたか?」


 アッ胸元をパタパタと……! エッチ感知! エッチ感知! (エッチ感知アラーム)


「まさか。悪い冗談はおやめ下さい。グリゴール殿下の話が、それほど価値あるものだと言う事ですよ」

「へぇ……ふうん?」


 先程の失態を何とかカバーしようと言い繕うが、エリザさんは怪しげに眼を細める。アッその顔もエッチで良いですね……。


 ともかく。

 英語に何の反応も示さなかったという事は、この人は転生者では無いのか? となると、じゃあ一体どこから現代知識が漏れたのかという話になるが……。


「話ねぇ。ターミナルの愚図どもがざわついてるぞ? 今をときめくシグルド王国、その第一王子が直々に持ち込むネタは一体どんなもんか……そして、お前らからどれだけ毟り取れるかってなぁ」

「……金? はて? 妙な事を仰いますね。わざわざ知識を共有してさし上げようというのに、なぜ我々が金を出す必要が? むしろあなた方が支払う側でしょうに」

「ハッ! 阿呆言ってんじゃねえよ。テメエらで解析する能力がねえから、わざわざウチに投げてきたんだろうが。それとも買い取ってやろうか? やっすい金でよ。その代わり成果は全部ウチがいただくがね」


 そう言うと彼女は赤髪をなびかせ、確信に満ちた声で言い切った。


「俺が造り上げたこの商国は"世界一"だ。俺たちに頼る以外の選択肢はねぇよ。大人しく全部貢ぎやがれ、好きに使ってやるからよ」


 …………!!!!!!!!!!!!


 今、お貢ぎって言った!!!!

 

 商国の英雄、もうなんか好きになって来たな……。この人良い人じゃない? きっと良い人だよ。オーラがあると出会った時から思ってたんだよね。カッコイイなあ……。

 そう俺が興奮していると、ふと足元でピシリという音が聞こえた。ん? 何この音。


「ク、クライヒハルト卿……!」

「ああ? 何だ、気に障ったか? 王国の喧嘩の売り方は品位がねぇなあ」


 エリザさんの後ろにいたお爺さんが恐れ慄き、エリザさん本人はそう言って鼻で笑って見せる。何のことだ? と一瞬思ったが、どうやら嬉しすぎてつい覇気が漏れてしまったようだ。嬉しくて出る覇気、通称うれ覇気である。犬のした事だと思って、寛大な心で許して欲しい。

 だって、エリザさんが滅茶苦茶良いこと言うから……なんかうまいことやったらもう一度言ってくれないだろうか。


「……失礼。よく、聞こえませんでしたからね。エリザ殿、もう一度言っていただいても?」

「ハッ! 何回でも言ってやる。俺が全部貰ってやるから、大人しく全部お貢ぎしろって言ったんだよ」

 

 最高!!!!! 最高です!!!!!!!! 二国間通商友好条約、締結決定!!!! 風が吹き荒れて埃が舞う室内で、俺は棚からぼたもち的に頂けたプレイに大喜びする。


「……恐れながら番頭様、あまり刺激するような事は……!」

「あぁ? これくらいでビビりやがって、情けねえ……」


 もう一回行けるか? とトライしようとしたところ、エリザさんがパンパンと手を叩いて肩をすくめた。


「はいはい、これくらいにしとこうぜ。老い先短いジジイは大切にしねえとな」

「すみません、よく聞こえなかったのですが……」

「ただ単に耳が悪りぃのか? 終わりだっつったんだよ」


 チッ。交渉は互角といった所のようだな。


「……クライヒハルト。後で話があるからね」

「いえい」


 此処で他の人からのご褒美をねだる事で、マリー殿下にもお仕置きしてもらう……。計画通り♥


「俺も忙しい身でな。興も削がれたし、もう帰れ。金さえあれば此処では何でもできる、好きなとこ泊まって……そうだな、明後日にまた来い」

「承知しました。申し訳ありませんね、突然の訪問で」

「いやぁ? 噂のクライヒハルト卿を拝めた。それだけでも十分さ」


 そう言って、エリザさんは俺を見て妖しく嗤うのだった。


 商国の大商人、エリザ・ロン・ノットデッド。どうやら、中々一筋縄では行かなそうな人である。あと、単純にエッチ。


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