IFルート もしクライヒハルトが居なかったら? & リラトゥルート
「なんだ、全部夢だったんだ!!!」
目が覚めた瞬間、私はそう叫んだ。
「そうよね……流石に、ドMで変態の最強騎士が私に調教を強要してくるとか、普通に意味わかんないし……」
悪い夢であった。なんかこう……脳の使ってない部位をひたすら搾り尽くされるような、とにかく疲れる夢だった。
「ふう……」
あー、良かった良かった。なんか変態を調教するために徹夜して必死に本を読み込んだり、そいつを取り合って魔物にお腹貫かれたままバトルを繰り広げた気がしたけど、全部夢だったみたいね。
「どうしたの、マリー。朝ご飯できてるわよ」
「あ、ママ。ごめん、なんか変な夢見てて……」
ママが一階から呼ぶ声が聞こえたので、トントンと階段を降りる。
「えへへ。美味しそ〜」
バターがたっぷり乗った香ばしいパンに、サラダ、あったかいスープ。理想的な朝ご飯である。
「感謝して食べなさい。命に、そして私に」
「ママが作ったんじゃないでしょ……」
誇るように胸を張るママを、冷めた目で見つめる。ママは家事が全く出来ないので、ウチの事は全部メイドにやらせている。人を手玉にとる以外に才能が無い人なのだ。
「マリー、さっきは上でうるさかったわね。何かあったの?」
「えー、別に。ちょっと変な夢見たの」
「じゃあいいわ。夢の話って面白くなりようがないもの」
「……まあ、筆舌に尽くし難い夢だったからそれでいいんだけど……」
話を振ったのはママじゃない……? まあいいけど。
そうして、しばらく他愛のない話をして、不意に沈黙が訪れて。
カチャカチャと食器の音が響く中、ママがポツリと漏らす。
「……戦争には、負けたけれど。こうして貴方と一緒に居られるなら、まだ耐えられるわ」
「ママ……」
私はもう、王女ではない。ママも王妃ではない。
新生リラトゥ帝国の属州、シグルド領に住む母娘。それが今の私たちである。
シグルド王国は滅びた。リラトゥの操る魔物の軍勢はまさに圧倒的であり、王国軍は成す術も無く蹂躙された。
英雄は死に、必死の思いで殺した魔物は翌日に平気な顔で蘇り、亡くなった兵士たちが敵の
「ごめんなさい……。しんみりしたい訳じゃなかったんだけど」
「……ううん。大丈夫よ、ママ」
私たち親子は、二人暮らしだ。
パパは敗戦の責任を取るために死んだ。軍司令であったドレイク兄様は戦死。姉上たちはみな帝国の重鎮と政略結婚し、帝都で籠の鳥をやっている。グリゴール兄上は、今も行方不明だ。帝国との和解や、他国からの援軍の為に走り回って……その天才的な手腕により僅かな停戦を成した後、姿を消した。
私たち親子は、何故か見逃された。リラトゥは『見込みがある。二人とも候補で』と謎の言葉を残し、それから私たちに何もしなかった。監視はついているが、こうして二人で暮らすことが出来ている。
財産も取り上げられなかった為、暮らしは裕福だ。リラトゥは新たな法を敷き、司法権を握った後は、王国民に対し寛大な処置をした。彼女の指揮する無数の魔物によって反乱分子があっという間に刈り取られた事もあり、多くの民が諦観と共に新たな皇帝を受け入れつつある。
「……そういえば。また、法に多少の改正が加わるらしいわ。今度は窃盗行為の厳罰化……」
「そう……。まだ、彼女の食欲は収まらないのね」
不安があるとすれば。
最近、少しずつ法が厳しくなっている事だ。
段々と、真綿で首を締めるように……極刑になる範囲が、広くなってきている。
リラトゥ帝国における処刑は、彼女に喰われる事。王国を呑み込み、新たな国民を得てもなお、彼女の食欲は満たされていない。まだ人を喰べたいと、今度は罪人を増やそうとしている。新たな戦争の噂もある。きっと、彼女はまた戦争を起こすだろう。
リラトゥの魔物重兵により、土地は開墾された。橋が架けられ、水路が引かれ、生活は豊かになった。出生率は増え、戦争で減った人口を既に回復しつつある。それも彼女の狙い通りだろう。彼女はそうして人を増やし、そこから生まれた罪人を食べ……怪物として、世界に君臨し続けるだろう。
これは、そういう物語だった。怪物として産まれた女の子が、いつか世界を喰い尽くす。それで終わる物語だった。
「……夢だとね。王国が勝ってたのよ。私たちの所にすごく変な英雄が現れて、リラトゥとも戦って、勝って……彼女も、怪物から人間になって……」
「……そう。それは、いい夢ね」
慰めのように夢で見た話を語るが、それだけだった。ただの慰めになっただけだった。
なぜか涙が出そうになる私を、ママが優しく抱きしめる。
「別に良いわ。私は、貴方がいれば幸せだもの」
「ママ……」
どうしてだろうか。いつもママと一緒にいたはずなのに、何故か初めて抱きしめられたような気がするのは。
「不思議なものね。貴方の中に私の記憶なんて無いはずなのに、こうしてちゃんと私の事を思い出している。こうして、貴方を抱きしめる事が出来ている」
「……ママ?」
「楽しそうで安心したわ。そっちでも色々大変でしょうけど……私が貴方を愛している事だけ、ちゃんと覚えて帰ってね」
ママ! と、叫ぼうとした。実際には喉がかすれて、何の声も出なかった。
「でも、そう……クライヒハルト卿が現れないと、順当に帝国が勝って終わるのね。そしていつか、魔族との大戦争が起きる……」
身体が動かない。そのまま視界が白くなり、意識が途切れ……。
そして、私は夢から覚めた。
「そっちが夢かよ!!!!!!!!!!!」
「うわっビックリした。どうしたんですか、マリー様?」
「クライヒハルト卿が早く帰らないからですよ。私が起こすと再三申し上げていたのに……」
「……何で、あなた達二人が私の寝室にいるの?」
何だっけ……えっと、確かクライヒハルトが居なくて……? 夢を見ていたはずなのだが、思い出せない。
「「身辺警護です」」
「二人とも出禁」
覚えていないのが悔しいが、まあ良いか。何となくいい夢だった気がするから。ニュルリと足元に絡みついて謝り倒してくる二人を振りほどきながら、私は微笑んだのだった。
【帝国IFルート】
「転生したら自国の皇帝がカニバリズムにドはまりしていた件。何これ、どういう事? 何のジャンルの何なの?」
「クライヒハルトー。ご飯ー」
「俺の血を啜って俺の指を齧ることをご飯と言うな。お前の臣下がさあ、俺に泣いて謝ってくるんだよ。皇帝の暴虐から助けてくれてありがとう、不甲斐ない私たちですまない……ってさ。これ聞いてどう思う? 俺に申し訳ないって気持ちが少しでも湧いてこない?」
「ごくごく……ぷはあ。美味しい。ここ一ヵ月で最高と言われた昨日を超える出来」
「ボジョレーヌーボーかよ」
「クライヒハルトはどんどん美味しくなるから偉いね……幸せ……」
「褒め言葉として成立してなさ過ぎる。まあいいや、満足したら次は俺の日課に付き合ってもらうぞ」
「ムチで叩いて首輪付けて散歩させることを日課と言わないで……やるけども」
「当然。交換条件だからな」
「約束だからね。クライヒハルトは、私にクライヒハルトを食べさせる。代わりに、私はクライヒハルトの趣味に付き合うし、食べられたくないって言った人は食べない。ちゃんと守ってるよ?」
「よっしゃ。今日も趣向を凝らした調教に期待してるぜ」
「うん。クライヒハルトも、もっと美味しくなってね?」
「暇ンゴねぇ……。演劇見に行ったら主演が俺の威圧感で吐いたし、マジで英雄ってやる事ないんだな~」
「クライヒハルトー。遊ぼー」
「……こいつ、皇帝の仕事ってもんが無いのか? 国家元首だろ、もっと仕事しろよ。俺が言えた事じゃないけど」
「む。皇帝に対し不敬。これも仕事だもん。総軍司令官であるクライヒハルトと、友好を深めている。内密な軍事の話もする……たぶん」
「詭弁すぎる。俺なんてお飾りだぞ、軍のことなんてなんも知らんわ」
「まあまあ。…………まあまあ」
「何も思いつかなかったのかよ!」
「今回はトランプを持ってきました。クライヒハルトが前に言ってたやつ。これで遊ぼ」
「強引だな……トランプねえ。二人で遊べる奴だと何があるかな……」
「オセロでもいいよ」
「絶対に嫌だ。100%負けるボードゲームを俺は遊びと呼ばん」
「楽しいのに……」
「クライヒハルトー。見て見て、新発明」
「どした……ってこれ、計算機か!? 随分とグロい見た目してまぁ……」
「クライヒハルトのアイディアを元に、小っちゃい魔物を幾つも組み合わせて造った。新種の魔物として認識し直したから、次からはこれで量産できるよ」
「マジかよ……超ふわふわしてた俺の発案から、まさか本当に造れるとは……」
「でも、最近ちょっと問題が出てて。色々発明したせいで、商国が私たちを本格的に危険視し始めた。周辺諸国と結んで、徐々に圧力をかけてきてる」
「えー……なんか俺のせいみたいでちょっと複雑……」
「気にしないで。元々、英雄が二人いる国って事で危険視されてた。私相手に軍事攻勢なんて無謀も良い所だから、戦争も起こらない」
「あ、そうなん? なんだよ、ビビっちゃったぜ」
「……たぶん」
「多分」
「分からないもん。商国の英雄は苛烈だし、英雄の数で上回ったら攻めてくるかも」
「戦争反対ですわ。なんか前もそんな話してなかったか? 王国を攻めるとかなんとか」
「それはクライヒハルトが来たからやめたけど……一回、王国に行ってみても良いかもね。牽制のために」
「リラトゥー。何か間者が来たから報告しとくわ」
「了解。誰だった?」
「フリューゲル家。あそこから辿って俺のとこまで来たらしいな。『リラトゥに顎で使われて悔しくないか』とか『今以上の厚遇を約束する』とか、通り一遍の事は言ってたぜ」
「そう……それで、何て返事したの?」
「今こうやって報告してるのが答えだろ。普通に断ったわ、アホらしい」
「…………そっか。そう。ならいいんだけど」
「お、どうした? 単騎最強であるクライヒハルト君がどっか行っちゃうと思って心配したか? ……痛ってぇな! マジで叩く奴がいるか!」
「別に。美味しいご飯がどっか行ったら困るって思っただけだから」
「コイツ……まあ、成り行きだけどなんだかんだで結構長くいるからな。勝手によそ行ったりはしねえよ」
「ふぅん……じゃあいいや。ご飯の時間にしよう?」
「ご飯……? これをご飯と言うのか……? なんか慣れてきたのも嫌なんだよな……」
「帝国が発展していく~~~~。マジで無限の労働力ってチートだわ。これに慣れきった次代がマジでヤバそう」
「一応、技術の継承が途切れないように加減はしてるけど……それでも、随分領土は広がった。パパとママも、きっと喜んでくれるはず」
「……ん? パパ? ママ?」
「不思議そうな顔してる……当然、私にだって両親はいる。もう死んじゃったけど」
「あらまあ。ご愁傷様です」
「適当……別にいいけど。クライヒハルトの親は?」
「俺は捨て子ですねえ。まあ……説明は難しいんだが、大人になるまで森の中を彷徨ってたって思ってくれ」
「妖怪譚になりそう……」
「やかましいわ」
「……パパとママはね……死ぬ前に、私に『食べてくれ』って言ったの。『私たちの血肉がお前の命を繋ぐ』『それは、私たちが永遠に生きるという事でもあるんだ』って」
「………………」
「だから私は、死んだ人は全部食べてあげようって思って……戦争で死んだ人も、罪を犯した人も、私の中で赦されて生きていけたらって……クライヒハルト?」
「酒持ってきた。ちょっと長丁場になりそうだったんでな。結構大事そうな話だし、ちゃんと聞かせてくれよ」
「……うん。じゃあ、まずはね……」
「リラトゥさん」
「はい」
「貴方以前、こうおっしゃっていましたよね? 『私相手に軍事攻勢なんて無謀』『戦争にはならない』と。わたくし、この耳ではっきり聞き及んでおりました」
「でもその後、ちゃんと多分って……」
「リラトゥさん」
「はい」
「商国が宣戦布告してきて、それに追随した周辺諸国も一斉に帝国に攻め込んできている訳ですが……何かこう、言う事とかありますか」
「…………たぶんって言ったもん」
「多分もなにもあるかい!! 予測大外れじゃねえか! どうすんだよこの状況よぉ!! めちゃくちゃ攻めてきてるじゃん! 連合軍VS帝国の仁義なき争いが勃発してるんですけど!?」
「わ、私だけの責任じゃないでしょ!? 総軍司令官!! これってむしろクライヒハルトのせいじゃないの!?」
「ごめんなさい!! でもしょうがないじゃん、商国は取りつく島も無えしよぉ! 俺だって不慣れな交渉頑張ったんだよ!」
「私だって頑張ったもん!」
「ぐぅ……それもそう!! じゃあ、お互いのせいじゃないって事で!」
「そう!! これは全部、周りの国が悪い! 周りの人たちのせいです!」
「…………」
「…………」
「……実際、どういう事なん? これ」
「分からない。商国が頑なだった理由も、周辺諸国がこっちに付かなかった理由も分からない。力を増した帝国に呑み込まれるのを警戒したって考えても、流石に全部の国が敵に回るのはおかしい……」
「そうか……真面目な話、どうするよ。どっか行くならついて行くけど」
「………………」
「リラトゥの産み出せる魔導機械も随分増えたし、食っていくだけなら何処でもイケるだろ。適当な未開拓領域ブッ飛ばしてスローライフするならお供するぜ」
「……いや」
「嫌?」
「嫌だ。ここは私の国。私の民が暮らす、私とクライヒハルトが育てた国だもん。商国にも王国にも、誰にも渡したくない……!」
「了解。じゃあやるか」
「……クライヒハルト」
「出来ればこう……もっと理想的なシチュエーションで、もっと性癖にバッチリ嵌まるご主人様がよかったが……まあ、俺にはお前が合ってるよ。―――【神■■祭■】」
「か……勝ったなぁ~~~~~~、それにしても……」
「なんでクライヒハルトが一番意外そうにしてるのか分からないけど……うん、勝ったよ」
「ちょっと……異能を使うのってあれが初めてだったというか……予想以上に力が溜まっててリラトゥが強化されすぎたっていうか……」
「そうなんだ。でもお陰ですっごく強くなったから、嬉しい予想外だったね」
「……ウン……」
「クライヒハルト?」
「はい。リラトゥがすっごく強くなって嬉しいです、統一皇帝殿」
「うん。よろしい、統一皇帝補佐くん」
「……やっぱ勝ちすぎじゃない?」
「クライヒハルト」
「クゥン……」
「健やかなるときも病める時も、リリカ・リリラト・リラトゥを妻として愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓います」
「死がふたりを分かつまで、クライヒハルト・リラトゥを夫として愛し、敬い、慈しみ、共に助け合い、貞節を守ることをここに誓います」
「……まさか俺が婿入りとはね……何もかも、リラトゥが名家だったのが悪い」
「とっくに没落した家だけど……ふふ。すごく良い気分」
「クソ……こんな予定じゃ無かったんだが……! 初めて会った時とか、"人格が終わってるサイコパス食人鬼ロリ"って思ってたのに……なんかズルズルと一緒にいた内に、いつの間にかここまで来てしまった……!」
「私も初めて会った時は、"性癖が終わってるクソマゾ暴言ノッポ"って思ってたけど……今は、クライヒハルトの事が大好きだよ。クライヒハルトは違うの?」
「……この状況見て物言えよな。これが答えだろ」
「ふふ。"俺にはお前が合ってるよ"だよね?」
「掘り返すな、戦争直前でテンションがバグってた俺の言動を……!」
「私も同感だったもん。きっと、クライヒハルトにはもっと色んな人がいたと思うけど……今の貴方に一番ピッタリなのは、私だと思うから。逆に、私にとってもそうだよ? 私に一番合うのは、やっぱり貴方だと思う」
「…………」
「そうでしょ、クライヒハルト?」
「……まあな。ほら、行くぞ。またクソ長い来賓挨拶をして、その後はパレードが待ってる」
「はーい。ふふ……これからもよろしくね、あなた?」
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