第15話


 どうも。一国一城いっこくいちじょうの主、マリー・アストリアです。領地経営について全くの素人なんだけど、これってこんなボードゲームみたいに突然やっていい物なのかしら。兄上の息がかかった役人がサポートしてくれるらしいとは言え、流石に不安が勝つわ。


「……と言ってももう、領地開拓は進んじゃってるしなぁ……」


 ズシンズシンと、怪物たちが石や木を運んでいく。

 オーガにトロル、何処で捕まえてきたのか巨人たちもいる。

 

 そして奥の方には、それらを指揮者のように操って動かすリラトゥ。帰って2〜3日は不調だったが、今やすっかり元気になっているらしい。


 平定した未開拓領域の、本格的な工事。万軍を操るリラトゥの得意分野であった。


「……で、何か言いたい事はある? クライヒハルト」

「申し訳ありません!!!!!!!!!」


 『私はマリー殿下との約束を破ってリラトゥに異能を発現させました』と書かれた板を首から下げたクライヒハルトが、そう言って喉が破れんばかりに叫ぶ。


「貴方から供給された力によって、リラトゥの異能が進化して……産み出せる魔物の種類と数などの基礎スペックが向上したのに加え、【異能】や魔術なんかの非物質も捕食対象に入ったんですって? 捕食した【異能】は再現できず、消化しきるまでダメージがあるらしいけど……これも、今後の成長次第では十分にあり得るわよね」

「はい!!!!!!!! 申し訳ありません!!!!!!」


 声でかっ。


 頭を地面に擦り付け、全身で謝罪の意を表明するマゾ。こうなると、かえって弱るのは私だ。本人が反省しているのにいつまでも責め続けるのは難しいし、そもそもはクライヒハルト自身の異能だ。本来、私にとやかく言う権利はない。


 まあ……それはそれとして、本人が反省している今のうちにアホ程責めさせてもらうが……。


「あの……一応、異能内の序列としてはマリー様の方が上位にあるので……。マリー様相手には異能の捕食も出来ませんし、なんなら弱体化するくらいにはなるので……」

「ふうん。今度リラトゥと戦う事になったら、今度こそ王国は滅びてると思うのだけど。その仮定、意味あるかしら?」

「はい、無かったです! 俺が愚かでした、 申し訳ありません!」

 

 リラトゥをクライヒハルトの調教に巻き込んだ時、イザベラに散々言われた事は正しかったのだなあ。それをつくづく痛感している。


 平身低頭で謝るクライヒハルト。しかし本来、彼に謝る筋合いなどない。誰に異能を接続しようが彼の自由だ。クライヒハルトの力を管理したい私が、自分の都合を押し付けているだけである。無論、それには国防などの切実な理由があるのだが……。


 私は彼の主人として彼を諫めなければならないが、同時にこの矛盾に誰よりもよく気付いている立場でもある。これ以上のクライヒハルトへの追及は、かえってこちらの首を絞めかねない。


 まあ、釘を刺すのはこれくらいで良いだろう。本人も強く反省しているし、状況をよく聞けば情状酌量の余地は大いにある。リラトゥを引き入れた時に吞み込んだはずのリスクだ、今更ジタバタするまい。


「はあ……もう良いわよ」

「そんな!」

「違う。愛想を尽かした訳じゃなくて、許してあげるって言ってるの」


 一瞬滅茶苦茶絶望に満ちた顔をしたマゾ犬を優しく制する。コイツ、ちゃんとここまで怒られるって分かってたのにやらかしたのね。後からの叱責を承知で他人を助けたという人のよさは、ギリ褒められてもいい点だろう。かなり甘めの採点だが。


「精神系の【異能】は希少で対策も難しい上に、相手が魔人だったんでしょう? リラトゥへの異能譲渡も、あくまで彼女を助ける為だった……そうよね?」

「そ、その通りです……」

「じゃあもう良いわよ、仕方ないわ。別に私も、リラトゥに死んでほしいわけじゃないし……」


 そう言って、私はこの世全ての無常を嘆くようにため息をついた。


「勿論、今後も異能の扱いには気を付けてもらうけどね。英雄を量産できる異能なんて、他国に知られればどんな火種になるか分からないわ。リラトゥにも、ちゃんと口止めしておくように。良いわね?」

「はい!!!!! 分かりました!!!!!」

「返事は良いのよね……。はい、じゃあこの話はお終い。もう怒ってないわよ」


 物事のよい面を見るようにしなさいと、かつて家庭教師が言っていた。今回の件も、同盟相手が強化されたと素直に喜ぼうではないか。仲間が強くなるのは当然良い事だし、その力のお陰で、私の領地となる未開拓領域も急速に開拓されている。そう、ポジティブに考えればいいことづくめなのだ。やったあ!


 ……その裏では、リラトゥと敵対した時のリスクが跳ね上がったせいで彼女に一層逆らいにくくなったし、クライヒハルトを巡る主導権争いがより熾烈になりそうなどの負の面が大量に見え隠れしているが。これらは積極的に目を逸らす方針で行きたい。物事のよい面を見なさいって教わったから。


「それよりも。クライヒハルト、こっちに来なさい」


 そう言って、私は自分の隣をポンポンと叩く。平たい岩に腰かけている私の横に、クライヒハルトも十分に座れそうなスペースがある。


「はい……? こ、こうですか?」

「違う。もっと近くに」


 未だ身を縮ませているクライヒハルトを、もう一度隣を叩いて近くに寄せる。

 

「き、来ましたけど……」

「よし。じゃあ、抵抗しないように」

「はい?」

「おりゃっ」


 戸惑うクライヒハルトの肩を掴み、頭を私の太ももに載せる。私一人の力で英雄を動かせる訳も無いので、クライヒハルトが力を抜いてくれたお陰だ。


「マリー様……! こ、これは一体……!?」

「はいはい、騒がないの。いつもみたいに、私に好き勝手されてなさい」


 この前読んだ本に出てきた"膝枕"である。これの何が良いのか、本当に効果があるのかは正直理解しきれていないが……クライヒハルトの真っ赤になった顔を見るに、どうやら正解らしい。


「叱るのは終わり。次は、魔人を倒してリラトゥも助けてくれたご褒美の番よ」

「ヒョエ~~~~~ッ」

「よしよし……よく頑張ったわね。偉いわ。いい子いい子……」

「ワフン、ワフン……!」


 耳元で囁くように (これも本の知識だ) ぽそぽそと褒めながら、クライヒハルトの頭を撫でる。


 実際問題、クライヒハルトは与えられた仕事を完璧にやり遂げた。魔人との不慮の遭遇も切り抜け、彼らの動きを掴む手がかりも持ち帰った。現在、王国の研究者たちが必死になって魔族の呪文を解析している。クライヒハルトの挙げた功績には、十分な褒美が必要であった。


 クライヒハルトの金髪や蕩けた顔も相まって、気分は完全に大型犬を相手する飼い主である。グッボーイ、グッボーイ……。


「よしよし、よしよし……。ふふっ、こうやって完全に犬扱いされるのも嬉しいでしょう? 恥ずかしいけど、それが幸せなのよね?」

「ワンワン!!」


 クライヒハルトは常軌を逸する変態であるが、変態の中にもその時の好みや嗜好がある。クライヒハルトの今の気分は、こうやって甘やかされたい気分らしかった。私に怒られたのが響いているのだろう。マゾの割に寂しがりなのだ、クライヒハルトは。放置プレイとか絶対に嫌がるしな。


「ほら、わしゃわしゃわしゃわしゃ~。綺麗な毛並みねぇ、飼い主様に感謝しなさい?」

「ワフ!」


 クライヒハルトの髪をグシャグシャにしたり、腹をわしゃわしゃしたり……。彼が望むままに、撫でて欲しそうなところを存分に撫でてやる。

 

 私の細い指が彼の髪を通るたびに、嬉しそうな顔で笑うクライヒハルト。彼があまりにも幸せそうで、空が晴れ渡る様に澄んでいるから……つい、私は余計な事を口にしそうになってしまう。


「……ねえ、クライヒハルト」

「ワン?」


 あなた、今幸せ?

 私のそばにいて、後悔していない?


 英雄を造る異能に、異次元の身体能力。クライヒハルトは強大な英雄だ。……ひょっとすれば、世界で一番。


 彼が望めばきっと、金も名誉も何でも思うがままだろう。そんな彼を従える対価を、私は支払えているだろうか。ひょっとすれば、彼は商国や帝国の方が幸せになれるのではないだろうか。時々、ふとそんな事を考えてしまう。


 私はちゃんと、貴方の望む主人であれているかしら。

 私に全幅の信頼を置いてくれる貴方に、その忠誠に相応しい存在でいれている?


「……何でも無いわ。あなたもいい加減に人語を喋りなさい。戻ってこれなくなるわよ」

「ワフン……」

 

 誤魔化すように彼の頬を撫でると、クライヒハルトは嬉しそうにほほ笑んだ。


「何か良く分からんけど、とにかく俺はマリー様が大好きですよ。一緒にいれて最高に幸せです」

「……そう。別に、聞いてないわよ」

「はい。俺が勝手に言っただけです」


 ……そう。貴方がそう言ってくれるなら、私ももう少し頑張ってみるわ。クライヒハルトの髪をきながら、私は内心でそう答えたのだった。このマゾ犬は時々無駄に鋭いから困る。普段はド変態のくせに……。



 ……ただ、まあ。

 今後を見据えて、一度これはやっておく必要があるだろう。


 私はクライヒハルトの顎を掴み、無理矢理にこちらを向かせて軽く睨みつけた。オラッ、前から鏡で練習していた私の冷たい顔を喰らえっ。


「……だけど。ねえ、クライヒハルト? 誰にでも尻尾を振る駄犬は、一度躾が必要よね?」

「―――! は、はい!」

「貴方は私の犬でしょう? あまり調子に乗ってはダメよ。お前の惨めな脳味噌に期待はしていないけど……誰が貴方のご主人様なのかくらい、しっかりと刻み込んでおきなさい?」

「わーい!!!!!! ありがとうございます!!!!!!!!!」

「うるさっ。さっきから声デカいのよ、あなた……」


 大喜びで尻尾をブンブンと振り始めた (幻覚) マゾ犬へ嘲笑を向けながら、私はこの犬とこれからもうまく付き合っていく方法……具体的には、次の躾けとご褒美について考えを巡らせるのだった。













 時々、昔の事を思い出す。

 俺がこっちの世界に来て間もない頃。公国という今は亡き国に仕えていた、俺の


 今よりももっとさかしらで、浮かれきっていて、愚かだった頃の俺の事を。


「……毒。それも、俺に効くレベルとなると……商国の英雄か、帝国の皇帝あたりから仕入れましたか。高かったでしょうに……」

「ああ、大枚はたいて手にいれたさ……! その甲斐あって、お前にもキチンと効いたようだな……!」

 

 公国でも、俺のやる事はほとんど一緒だった。

 性癖に従って動き、高貴な生まれの女性に取り入り、積極的に虐めてもらった。


 一つ、今と違う事があるとすれば……俺は、彼女と信頼関係を築くことが出来なかった。完璧な英雄のロールプレイを、彼女の前でも崩さなかった。過剰な演技で覆い尽くし、自分の素を見せなかった。今思えばそれが、最大の失敗だった。


 今よりずっと俺は秘密主義で、自分に酔っていた。自分の異能も彼女には明かさなかったものだから、彼女は本当に自分が英雄に覚醒したのだとずっと勘違いしていた。


「良い気味だ、このバケモノ……! 公国に取り入って、何を企んでいた!? 私たちを殺すチャンスを、虎視眈々と狙っていたんだろう!?」

「……誤解です。冷静に考えてください、そんな事をして俺に何の得が……」


 結果として、俺は食事に毒を混ぜられて殺されかけた。


 彼女の弁によれば、俺は無欲を装い、大国となったこの国の王にならんとする大罪人らしい。今までのあれこれも、権力に近づくための演技だったとか。支離滅裂な理屈だが、本質はもっと別の所にあった。彼女は単に、俺が恐ろしかったのだ。


「黙れ! そ、そうでもないと……そうでもないと、説明がつかないじゃないか!」


 眼を血走らせて叫ぶ彼女に、かつての怜悧さは何処にも無かった。

 俺がそうしてしまったのだ。


! いつお前の気が変わって殺されるのか、気が気じゃないんだ! だから、こ、殺される前に殺すのさ! そうしないと……そうしないと、私はいつになっても安眠できないじゃないか……!」

「……申し訳ない」


 彼女へせめて精一杯の誠意を込めて、そう謝る。


 出来もしないくせに万能の英雄のように振舞い、相手の気持ちを慮っていなかった。英雄とは怪物であると知っていたはずなのに、本当の意味で理解できていなかった。これは、一から十まで俺の失敗だった。


「何もかも、俺が間違ってました。もっと素直にあなたと接しなかった事も、信頼してもらえるように動かなかった事も、自分の力を隠していた事も……」

「ああ、そうだろうさ! 良い気味だ! 私から最後のご褒美だ、手ずから殺してやる!」

「いえ、遠慮します。

「……何だって?」

「次はもっと馬鹿みたいに、愚かしく、自分の心のまま正直に振舞って……異能についても素直に打ち明けて……何より、欲しい物は素直に言うようにします。本当に、申し訳ありませんでした」

「待て……お前、毒は……!」


 この程度の毒、俺には効かない。数秒動きは鈍ったが、それで終わりだ。その数秒の間だって、彼女の剣は俺の肌を斬り裂けなかっただろう。どれもこれも、もっと早くに言っておくべき事だった。


「本当に……本当に、ごめんなさい」


 ありとあらゆる後悔と謝罪を込めて、俺は異能を発動した。


「…………【■■■■■■■■■■■■■】、起動」






 

「むう」


 どうも。ライバルはゴールデンレトリバー、クライヒハルトです。


 俺としたことが、久々に昔の事を思い出してシリアスになってしまった。俺らしくもない、クライヒハルトのジャンルはギャグエロのはずである。


 まあ……今になれば、彼女の気持ちも分かる。アホみたいに強い奴に『虐めて♡』って迫られたら怖いよな。そのまま疑心暗鬼になるのも仕方が無いだろう。『だからと言って殺しにかかるのはライン超えてない?』とも思うが……バッドコミュニケーションの果てに起きた事だから、俺の方にやや重めの非があるしな……。


「どうしたの、クライヒハルト?」

「ワフ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「うるさっ。最近あなた、ワンとかワフの一言で会話を成り立たせようとしてない?」

「『偉大なるマリー様の調教中にうつつを抜かしてしまい申し訳ありません。ひとえにマリー様の美しさと人徳、器の広さに感服していた故でございます』……という意味の"ワフ!!!"です」

「圧縮言語が過ぎる……」


 そう言いながら、マリー様の膝にゴロニャンと甘える。今だけクライヒハルトは猫である。ボクはマゾ犬と猫、両方の性質を併せ持つ♣ 興奮しちゃうじゃないか……♥


「いやー、幸せですねえ……」


 敬愛するご主人様がいて、柔らかい膝と太ももに思う存分甘えられる。これを天国と言わず何と言おうか。空も晴れているし、今日は素晴らしい一日である。

 そんな日に昔の事を思い出してしまったのは、あまりに今が満ち足りているからだろうか。


 英雄とは、怪物である。


 俺たちはヒトの形をしただけの災害で、化け物で、神で……王国の騎士であり、帝国の皇帝であり、教国の司教であり、商国の番頭であり……そして、生まれながらに周囲とは隔絶した世界を生きている。


 そして。そういうの全部ぶっちぎって俺を躾けてくれるから、マリー様は素晴らしいのだ。俺は自分が怪物であることを忘れ、彼女の犬として気持ちよく眠る事が出来る。


「何度でも言いますけど……マリー様の傍に居られて、本当に幸せですよ、俺は」

「はいはい。あんまり何度も言わなくても、ちゃんと聞こえてるわよ」


 生真面目で、優しく、世界最強の化物である俺を犬扱いする度胸があって……。つくづく、俺にとって理想のご主人様である。王族だし、領地も何か知らんけど手に入ったらしいし……。


 俺の姫様がスパダリすぎて辛い。肩幅が1mくらいあるような気がしてきたな……。


「無いよな……? 流石に……」

「……? 良く分からないけど、私の肩をじろじろ見るのはやめなさい」


 姫様の柔らかい太ももを堪能しながら、俺は姫様のスパダリ振りに思いを馳せるのだった。奴隷オークションで俺を10億くらいで買ってくれ~。


 髪をくすぐる指の感触に目を細める。空は青く、木陰には心地良い風が吹いている。

 

 化け物である俺を、英雄にしてくれてありがとう。貴女が俺を、ただのアホなマゾ犬として扱ってくれる事で―――俺が、いったいどれほど救われているか。


「ワン!!!!!!!!!!!!!!」

「コイツ、言語を放棄しはじめたわね……」


 ありったけの愛と感謝を込めて、俺はそう一鳴きしたのだった。クゥンクゥン♡ 可愛いクライヒハルトを末永くよろしくだワン♡



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