第14話


 どうも。マゾッホ伯爵の末裔、クライヒハルトです。言うだけなら自由。


 人の文明が未だ立ち入れぬ魔境、未開拓領域。強大な魔獣や過酷な環境が立ちはだかるこの地は、その分豊富な資源などのリターンも多く抱えている。今回はそんな未開拓領域の一つである暗い森に蔓延る魔物を駆除するため、俺とリラトゥがやって来たわけだが……。

 

「……やっぱり、森の雰囲気がおかしいね」

「ああ。リラトゥの探査からしても、魔人がいるのはほぼ確定だろうな」


 森に入ってもう30分は経つが、魔物の一匹にすら会いやしない。あれほど大量にいると報告を受けていたにも関わらず、だ。


 背筋がざわざわするような、言語化に満たない異常が周囲を覆っているような感覚。単純に言うと、何かホラゲーっぽい雰囲気。今の森にはそんな淀んだ空気が流れていた。

 

 技構成が『あまえる』『ほしがる』『メロメロ』、最後が『あばれる』の暴力特化型ポケモンであるクライヒハルト(いすポケモン)としては仕事がある事を喜ぶべきだが、それはそれとしてこういうホラー系は苦手である。ハルト、怖がりなの♡ くぅんくぅん♡ (あまえる)


「しかし、うーん……魔人、魔人なぁ……」

「どうしたの、クライヒハルト?」

「今からでも騎士団を帰らせようか迷ってる。リラトゥの魔物を護衛につけてるから大丈夫だとは思うが」

「……難しい問題だけど。私の魔獣が殺される以上、捜索に時間が掛かるかも。野営準備だけはしてもらった方が良いと思う」

「確かに。じゃあ、野営準備だけ終わったら撤収してもらおう。流石に魔人相手だと死人が出る」

「うん。……聞こえた? クライヒハルトが、こう言ってる。貴方たちは野営基地だけ設営した後、私の魔物の誘導に従って帰還するように」


 リラトゥが魔物越しに指示を出すのを横目に眺める。リラトゥの魔物ってマジで便利~~~。騎士団の人たちやマリー殿下の部下の人は何とか粘ろうとしていたが、こちらに理があるので最終的には受け入れてくれた。


 ひとり「そのような事をして、後で姫様に何て報告すればよいか……!」と必死に食い下がって来た人がいたが、マリー様ならば命を大事にした事をむしろ褒めてくれるだろうと返したら、悔しそうな顔をして引き下がってくれた。いやあ、姫様もいい部下を持ってるなあ。マゾ犬として負けてられん。


「…………」


 ……なんなら、リラトゥも帰らせるか? 魔人相手の戦闘経験は無いらしいし、万一があっても困る。いやでも、リラトゥなら俺の近くにいた方が死亡率が低そうなんだよな……。


「言っておくけど、私はクライヒハルトと一緒に行くから」

「心を読むなよ……にしても、数年前に魔人が出たばっかりだぞ。そんなにポンポン出て来るもんか?」

「分からない。最近北大陸で魔族の動きが活発だって聞いたけど、それと関係があるのかも」


 魔人。北大陸に暮らす魔族の中の、一握りの強者。つまり、魔族の英雄だ。

 向こうの言葉じゃもっと違う言葉で呼ばれているらしいが、『あまりに不遜だよね』って理由でこっちでは魔人と呼ばれている。


 元々のスペックが優れる魔族の中の英雄だけあって、だいたい英雄二人≦魔人一人くらいのパワーバランスだ。だからこそ滅多に生まれないし、それを打ち破った者は【魔人殺し】として称賛されるのだが……。


「魔族ねぇ……北大陸で何か起きてんのか? あそここそ、世界最大の未開拓領域だってのに」

「魔人が生まれるのはあくまで確率だから、たまたま確率が偏った……って思いたい。……人間こっち側も、英雄が多い時期で良かった」


 リラトゥと好き勝手に考察を言い合いながら、陽の通らない暗い道を歩く。


 魔人が大量に産まれて、調子づいた魔族がこっちへ来ているのか? それとも完全に偶然で、特に何の理由も無いのか。そもそも魔人は何の為に、どうやってここに来たのか……。

 

 分からんな。今の段階じゃ情報が少ないし、あと俺はこういう考察に向いていない。せいぜいYoutubeでやたら文字の多い考察動画を見て成程と思うのが関の山である。魔人、実は100人居た!? 魔族が……舐めてると潰すぞ……。


「…………」


 真剣な顔をして、リラトゥは黙り込んでしまった。一国を動かすその頭脳が、様々な可能性を検討しているのだろう。リラトゥのパラメータは全方向に優秀だからな。【暴力】だけが突き抜けている俺としては、大人しく彼女の思索を見守るばかりである。


「…………」


 ……にしても、顔が良いなコイツ……。前は不気味だった昆虫めいた眼も、何かだんだんチャームポイントに見えてきたと言うか……。


「ありがとう。私も、クライヒハルトの顔はカッコ良いって思ってるよ」

「……なあ、実は今も俺の血を飲んでるとかじゃないよな? 何で逐一心が読めるの?」


 人格分析を基にした推測らしいが、にしても当たりすぎてて怖い。蚊の魔物とか使役していらっしゃる?


 






 リラトゥと共に森を歩き始めて、しばらく経った頃。


 俺たちは闇雲に歩いていた訳では無い。彼女の魔物の反応が途絶えた地点を目指して移動していた訳だが……。

 

「……これは」

「うげぇ……」


 むくろの塔。

 洒落た言い回しをする者ならそう表現しそうな物が、俺たちの前にそびえ立っている。

 

「魔物が出ないはずだな……」


 大小さまざまな魔物の死体。それが山のように積み上げられて塔になっている。何百、何千……ひょっとしたら何万かもしれない。無数の死骸たちが折り重なって出来た山は、森の暗い雰囲気も相まって邪教の儀式めいた黒い神聖さすら醸し出していた。


「……クライヒハルト、これ」

「巨人の集落がある……って話だったな。数を見るに、めでたく滅亡か」


 リラトゥが塔の一部を指さす。


 人の何倍もある手足に、特徴的な顔の紋様。巨人だ。頑強で知られる彼らの死体すら、塔の一部には使われていた。何人もの巨人が苦悶の表情を浮かべながら、山のあちこちから砕けた手足を突き出している。巨人はそこまで大規模な群れを造る種族ではない。僅かな生き残りはいるかもしれないが、集落としてはもう維持できないだろう。


 巨人なぁ……俺に巨女属性は無いわけじゃないんだけど、巨人の間での人間おれたちの呼び名って『二足鶏にそくどり』なんだよなあ。二本足で歩く鳥の一種。もう認識が完全に食料扱いなんだわ。一般人が巨人に捕まったら、足を掴まれてチキンレッグみたいにムシャムシャ食われるらしい。相互理解が不可能過ぎてウケる。


 という訳で、ここで無惨に殺されている彼らを見てもそこまで哀悼の気持ちは湧いてこない。人の事をクリスマスのターキー扱いした報いを受けろ……。


「……私の魔物の反応が途絶えたのはこの辺り。気を付けて、クライヒハルト」

「了解。このまま何も無かったら、魔人が代わりに魔物駆除やってくれました。めでたしめでたしで終われるんだがな」


 周囲に魔物を配置したリラトゥと共に、塔の周りを探索する。無数の死骸で出来たこの塔を、まさか魔人が伊達や酔狂で造ってみただけとは思えない。手間と労力に比例するだけの理由があるはずだ。


「魔人の奇襲に警戒して、で動こう。ここに来た私の魔物が殺されたって事は、逆説的に近くに手がかりがあるはず」 

『そうだね。実はここ、儀式場なんだ。来客は予想外だったから、痕跡が消し切れてないと思う』

「…………」


 リラトゥの横。褐色肌の男が、そう照れくさそうに頬を掻きながら話す。

 全身から立ち昇る濃密な魔力に、よく鍛えられた細身の身体。それらが、彼が一級品の実力者であることを雄弁に物語っていた。


「えっと…………」

『どうしたんだい、クライヒハルト? 慣れない環境で疲れが出たかな? ハハハ、さしもの英雄さまも環境には勝てないか』

「ザジ、口を謹んで。クライヒハルトは絶対に勝つ。環境にも負けない」

『え、訂正するところはそこで良いの? リラトゥは相変わらず独特だなあ』


 そう言いながら、ザジを名乗る男とリラトゥはハハハと笑い合う。


『それよりほら、一緒に痕跡を探そう。僕も自分が何処を消し忘れたかは気になるからね。こういうケアレスミスってのは自分だと気づけないし』

「ふう、ザジは相変わらずうっかり。少しはクライヒハルトを見習って」

「俺の虚像が膨らみすぎてないか?」


 …………。

 まあ、いいか。


 三人であーだこーだ言いながら、死骸の山を探索する。


 それにしてもこの死体の山、かなりのデカさだ。そして一見しただけでは気付かなかったが、それぞれが一定の法則に従って、規則正しく配置されているように見える。魔術には全く詳しくないが、一種の魔法陣のようだ。

 とは言え、それだけでは大したことも言えない。死体を利用した魔術と言うのは多岐にわたるからだ。死体を操るネクロマンシーから、生贄として利用する物、変わり種ではリラトゥの異能だってある意味死骸を利用している。

 

 周りに呪文か何かが書かれていれば、使おうとしていた魔術の種類が推理できるだろうが……。


「クライヒハルト、これ。ここ、かすれてるけどインクの跡がある」


 そう思っていると、リラトゥが早速痕跡を発見した。突き出た骨の一部を指さし、こちらに声をかけて来る。流石リラトゥ、仕事が早いぜ。


『あちゃー、やっぱり。雑な仕事はこういう所でボロが出ちゃうよね』

「ザジの言う通り。恐らく、これは魔人にとっても不意の遭遇。彼らの狙いを掴む、絶好のチャンスだと思う」

『全くもってその通り。だからこそ、ここでちゃんと始末しとかないとマズいんだよねぇ』


 そう言って、ザジが腰に佩いた剣をチャキチャキと鳴らしながら笑う。何だコイツ物騒な奴だな……。


 一応俺もリラトゥが指さす先を見つめるが、何を書いているのかさっぱり分からん。頭脳労働をクライヒハルト氏にさせるなとあれほど……! あとクライヒハルト君は脳筋なので、魔術とかそういうのに適性が全く無い。そういう意味でも役に立てなさそうだな。


『うんうん、これは魔族が使う文字だねぇ。何て書いてるかは分かる?』

「……分からない。ザジの言う通り、魔族の文字だから……」

「俺に聞くなよ。俺に出来る事は敵をぶん殴る事だけなので」

『あ、そう? 良かった~、これが分からないならまだセーフかな。どっちにしろ殺すけど、まだ僕の怒られが少なくて済むよ』


 骨にはどうも、魔族特有の文字で何かが刻まれているらしい。魔法体系が全く違うのでこの場では解読出来ないが、持って帰れば誰か分かる奴もいるだろう。こう……引き籠って魔族の魔法を研究している、眼鏡で巨乳のエッチなお姉さんとか……。


『でもリラトゥ、これが何か分からないと困るよね?』

「うん……魔人の居場所も分かってないし、せめて少しでも手がかりを得たい……」

『僕にいい考えがあるよ。リラトゥが死ねば、きっと手掛かりがつかめると思うんだ』

「え?」

『大丈夫! 心配しないで。後は僕とクライヒハルトが上手くやるし、痛くないようにするから』


 信じがたい言葉を聞いたリラトゥは、しばし眼をパチクリとさせる。


「……私が、死ぬ? なんで?」

『だってほら、君たちって人間側の英雄だろ? 今ここで殺しておけば、僕たちの仕事も随分楽になるなと思って。それにそもそも、ここに来た以上生かしては返せないし。大丈夫、僕が今までリラトゥに嘘を吐いたことがあったかい?』


 ザジは中々にせっかちな方なのか、まだ良く分かっていない顔のリラトゥに向けてベラベラと喋りかける。リラトゥはしばし迷った後、ザジに押されるようにゆっくりと頷いた。


「……迷ったけど、。ザジの言う通りにすれば、いつも上手く行くから。ザジがそう言うなら、私はここで死んだ方が良いと思う」

『よっしゃ! それじゃあちょっと、そこに腰かけて頭を前にしてくれる? その方が剣が通りやすくなるから』

「分かった。じゃあクライヒハルト、後は頑張ってね?」


 そう言うとリラトゥは、まるで断頭台に立つ囚人のようにこうべを垂れて。


 シミ一つない白い首筋へ向けて、刃が振り下ろされようと―――。



「……いや、誰だよお前」



 ―――する直前で、俺が横から魔人を蹴り飛ばした。


 いきなり出てきて誰やねんコイツ。

 リラトゥは何か受け入れてるし、ああそういう系の【異能】ねと思ってたらあれよあれよと事を運びやがって。適当に泳がしといたら情報吐いてくれるかなーって期待してた俺の純情を返せよ。


『ゲハッ……! ひ、酷いなあクライヒハルト、いきなり蹴るなんて』

「誰だよお前、ザジ? って言うのか? お前の事なんか知らん、気安く人の名前を呼ぶな」

「クライヒハルト……! どうしたの? ザジと喧嘩でもしたの?」

「しっかりいたせー!! お前もお前で術中に嵌まってんじゃねえよ!」


 リラトゥの前でパァンパァンと手を叩く。クソッ普段からハイライトが無い眼をしやがって、いまいち敵の異能にかかってるのかどうか分かりにくいわ。


 横にゴロゴロと転がった魔人が、ニヤケ顔を維持したままこちらを見据える。

 

『……凄いな、君。僕の【鬱心失調ハートデプレッション】、効いてないんだ。英雄だろうと貫通するだけの出力スペックはあるんだけどな』

「さあ……分かんね……。煽りとかじゃなくて、マジで俺にも分からん……」

『自分の事なのに良く分かってないの? 一回自分を見つめ直した方が良いよ』


 クライヒハルトには精神系とか毒とか、そういう搦め手系が一切効かないのだ。理屈は俺にも分からん。何かこう……なんかすごいぱわーでフワッと無敵なんだよな。英雄はみんなそうだと思ってたんだけど、リラトゥには効いてるしどうもちょっと違うっぽいな……。


「……なんか、逆に怖くなってきたな。何で俺には効いてないの?」

『僕に聞くなよ……』

「まあいいや、お前をブチブチにブチ殺した後でセルフカウンセリングさせてもらうから……」


 ザッザッと歩きながら、余裕めいて肩をすくめる魔人へと距離を詰めていく。

 魔人殺す→手掛かり持って帰れる→問題解決→みんなハッピー、俺もご褒美大量GET。この黄金の方程式は既に完成しているのだ。大人しくそのいしずえになってくれ。

 

 だがそんな全自動ご褒美ゲットロボ (自動でご褒美ゲットしてくれるすごいやつだよ (ガシャーンガシャーン))と化した俺を見て、魔人は呆れたように嗤う。

 

『いやいや君、そんなに強気で良いの? 二対一なんだけど』

「俺&リラトゥ対お前だろ?」

『んな訳無いだろ』


 と同時、リラトゥが俺の前に立ちふさがる。その眼は相変わらずハイライトが消えており、分かりにくいが未だ魔人の影響下にある事が予想された。


『リラトゥ、クライヒハルトが僕を殺そうとするんだ。助けてくれるよね?』

「嫌だ。わたしは、クライヒハルトとはもう戦わないって決めてるの」

『あ、ああそうなの? じゃあほら、クライヒハルトが戦ったら、自殺して彼を止めてよ』

「うん。それならいいよ」


 …………。


 リラトゥがギチギチと伸ばした爪を己の首にあてがいながら、無表情でこちらを見やる。人質のつもりか? やってる事がキショ過ぎです。死刑。

 こういうのを平気でやるから、魔族ってマジでカスなんだよな……。種族全員が人間で言う所のサイコパスだと思ってくれていい。


『うん、確かに二対一じゃなかったね。いやーうっかりうっかり。で、君と彼女の関係ってどうなの? 出来ればこれが有効な関係性だと有難いんだけど』

「……それすら確認しないで平然と人質にしてくるの、マジで魔族の人間性って感じで吐き気してくるな……」

『有効みたいで何より。じゃ、改めて一対一やる? 君が大人しく無抵抗でいてくれたなら、彼女の方は無事に帰してあげてもいいよ』


 はいダウト。最初に『マ~ゾクックック、一人も生かして帰せないマゾクねェ……』みたいな事言ってただろ。いま俺以外の奴がマゾって言ったか?(異常者)


 ともかく、困った事になった。俺はタイマン最強なのでこの魔人にも問題なく勝てるだろうが、その場合リラトゥが自殺してしまう。リラトゥを傷つけずにこの状況を解決するとなると、やや手詰まりかもしれん。


 優位を確信しているのか、魔人は余裕の笑みを浮かべている。魔族ってこういう所がキモイんだよな。絶対友達になれない。


「う~~~ん……どうすっかなーマジで……」

『悩んでるの? まあゆっくり悩みなよ。死ぬまでそうやって悩んでいてくれるとより助かるな』

「やだ……独り言にまで返事してくる奴ってキモすぎ……」

『きみいっつもそうやってふざけた態度なの? 品性を疑うよ』


 だまらっしゃい。お前に言ってるんとちゃうわ。内なる神……つまり、心の中のマリー様と対話しているのである。


 この状況を解決する手段として、俺には一つしか思い浮かばない。すなわち、マリー様から使わないよう厳命されている俺の異能を解放する事である。


 マリー様、何かちょっとやむを得なさそうなんで異能使っても良いですかね。いや禁止されてるのは重々承知なんですけど、俺の頭だと脳筋ゴリ押ししか解決方法が思い浮かばなくて……。どうですかね、マリー様。

 

 心の中のマリー様<イイワヨ!


 ありがとうございます!


『悩み事は終わった? 終わってなくても気にしなくていいよ、これで永遠におさらばだから』


 歩み寄って来た魔人が、ニタニタと嗤いながら剣を振り上げる。

 だがそれよりも、俺が異能を発動させる方が早かった。



「【王権■授説ディバインライト】、起動」

『―――――――――!』



 風が吹き荒れる。


 俺を中心としたエネルギーの奔流が魔人を押し飛ばし、骸の塔がガラガラと崩れていく。


『……それ、なにかな』


 ずっと浮かべていたニヤニヤ嗤いを消した魔人が、鋭く問いかけてくる。

 気にしない。今この状況から、あいつに勝てるルートなど存在しない。うねって暴れるエネルギーを制御し、一箇所に集める事に集中する。


 俺の異能。姫様の素晴らしい要約から引用すると、『"自分の力を奪う異能"を相手に発現させる異能』。それを、今からリラトゥにも発現させる。


 黄金の肉体と、そう言われたことがある。俺の身体には神が宿っていると、神父に言われた事もある。それ程までに、俺の肉体は完成されている。正確に言えば、そこに宿るエネルギーが優れているのだが。ともかく、俺のずば抜けた耐性をリラトゥにも付与すれば全て解決する。


「対象選択。識別名:リリカ・リリラト・リラトゥ。王権貸与シーケンスを開始……」

『――――っ、【鬱心失調ハートデプレッション勅命コマンド】!! 【止まれ】!!』


 吹き荒れる風に耐えながら、魔人が叫ぶ。察するに、声に異能を乗せる事で強制力を強化しているのか。


「黙っとけ。俺に命令していいのはご主人様だけだ」

『だから、何なんだよそのふざけた態度は―――!』


 魔人がそう顔をしかめる間にも風はますます激しくなり、段々と俺の掌へ光が集まってくる。


「王権複製完了。抽出処理中………完了。リリカ・リリラト・リラトゥへ王権付与を開始」

『……何か分からないけど、その前に殺せば……!』

「おっと、実はこの状況でも普通に動けるんだよな。王権付与、10%……20%……」


 焦った顔で飛びかかって来た魔人を、同じくこちらも剣を抜いて迎撃する。なんかシステムメッセージ的なのを勝手に喋っちゃうんだけど、それはそれとして普通に喋れるし動けるのよ。

 魔人の身体能力は、俺よりもはるかに劣る。力任せに相手の剣を跳ね上げて、喧嘩キックで相手を吹き飛ばす。


「王権付与、50%……60%……」


 汲めども尽きぬ、俺の身体に満ちる無限のエネルギー。それを相手に受け渡す異能。英雄を造る異能という、情報の取り扱いを間違えれば世界を敵に回しかねない爆弾。それを使ってしまった事をマリー様へ詫びつつ、改めて俺を受け入れてくれた彼女へ感謝を新たにする。


 英雄とは、人智を超えた怪物である。それが分かっていなかったから、俺はかつて失敗して殺されかけた。そんな俺がマリー様の騎士でいられることが、果たしてどれほど嬉しく、ありがたい事か。人間性がカスの魔人ごときが、間に挟まっていい物ではない。


『チィッ―――リラトゥ、【死んでくれ】!』

「―――シーケンス完了。リリカ・リリラト・リラトゥに、【英隷君主ディバインライト】を付与。対象の異能、【餓食礼賛ウィッチ・リラトゥ】を確認。構造変質―――最適化、完了」


 光が一層強く輝くと同時に、周囲の風がリラトゥへと収束する。

 魔人がリラトゥへ命令するのと、ほぼ同時だったが……既に彼女の中には、腹部を貫通した傷すらも完全回復させるエネルギーが渦巻いている。何が起きても問題にはならないだろう。


 髪と服をはためかせながら、燐光に包まれたリラトゥはゆっくりと眼を開き……。


「……あなた、誰? 勝手に、私に命令しないで」


 顔をこわばらせた魔人へ、不機嫌そうにそう告げた。


『………! 【鬱心失調ハートデプレッション】が、解けた……!』

「クライヒハルトエネルギーはジッサイ・アンゼン、状態異常の完全無効化をお約束するぜ」

『どこまでも舐めた態度で……!【鬱心失調ハートデプレッション屍術ネクロマンス】! 魔物ども、働け!!』


 魔人が怒りを込めた声でそう叫ぶと、周囲の死骸たちがガタガタと動き出す。巨人に魔狼、下はゴブリンから上はワイバーンまで。多種多様な魔物たちがグシャグシャになった体で蘇り、操り主の命令を果たそうとする。


「ほー。精神系で死体にまで効くのは珍しいな。これ俺たちが死んだら同じ目に遭ってたのかね」

「……クライヒハルト。ここは、私にやらせて」


 本人の認識と実力次第でいくらでも応用が利くのが異能である。魔人の実力に感心しながら俺が拳を握ると、スッとリラトゥが手で遮って来た。

  

「別に良いけど……いや違う、今ちょっとあんまり異能を使ってほしくないと言うか……」

「大丈夫。今までより、世界がハッキリ見えるの。今の私なら多分、何でも出来るから……!」

「ああクソ、副作用の全能感に酔ってる!」


 安全と言ったのは嘘です。クライヒハルトエネルギーは危険でした。リラトゥは自らの内に語り掛けるようにブツブツと呟きながら、蠢きだす魔物の群れの前に立つ。ゴキゴキと音を立てながら、一つの巨大な塊となりつつある多種多様の魔物たち。単純な物量で言えば象と蟻よりも酷い差があるはずなのに、その小さな背には言い知れない覇気が宿っているように見える。


「鍵は、認識の拡張……それが出来るだけの出力スペックがあれば、後は捉え方次第でどこまでも行けるはず……!」

『何をするつもり……いや、いい。行け、魔物ども! 何かする前に殺せ!』


 虚空を掴むように手を伸ばし、空を握りしめるように指を握り込んでいく。


 俺の異能で強化された、リラトゥの新たなる力。その威力を確かめるように、静かに呟いた。



「【餓食礼餐ウィッチ・リラトゥ】。ううん――――【暴食皇帝モナーク・リラトゥ】」



 瞬間。


 眼前にそびえ立っていた魔物の山は停止し。一瞬の沈黙の後、ガラガラと崩れ出した。


『……何が……!』


 魔人がそう呟くが、魔物たちが再び動き出す様子はない。元の死骸に戻って、大人しく沈黙している。同時に、手を震わせながらリラトゥが膝から崩れ落ちた。


「リラトゥ!」

「ぐ……魔物の中にあった、魔人の【異能】を食べた。好き嫌いはやめて、何でも食べれると思ったから……。でも、これを私の物にするのは無理そう。食中毒……」


 そう言いながら、苦しそうに息を吐く。その背をさすりながら、俺は想定以上の進化に内心冷や汗ダックダクであった。リ……リラトゥ、やってる事ヤバすぎ……! 自分へのダメージと引き換えに、異能の無効化に目覚めてるんですけど。


『クソッ……! 付き合ってられるか!』

「おっと待てよ、もうちょっとだけお喋りしようぜ」


 完全な不利を悟った魔人は即座に撤退しようと背後へ跳んだが、その前に俺が魔人の両手足を斬り落とす。このガン有利な状況で逃亡なんて許すわけ無いだろ。クライヒハルトは一対一にて最強。覚えておけ……。


「そうだよ……貴方には、まだ聞きたい事が沢山あるから」

『……へえ、そう? さっきまで僕に操られてピーピー言ってたやつが、途端に強気だねえ?』


 地面に落ちてなおももがく魔人へと、操られていた苛立ちをにじませながらリラトゥが詰め寄っていく。ボトボトと、彼女の歩いた跡から無数の蟲を湧き出たせながら。見た目がホラーすぎる。もうお前が優勝で良いよ。


『グゥッ……!』

「精神操作系の魔人。それも、馬鹿げた出力の。あの死体の山も、貴方が異能で集めたの? 目的は? 貴方の独断? それとも誰かの指示で? 魔人は貴方のほかに何人居る? 魔族の動きが活発になった理由は?」

『ははっ……言う訳ないじゃんねえ。常識ないの?』

「大丈夫……貴方には聴かない。貴方の脳味噌を食い荒らしたこの子たちが、ちゃんと教えてくれるから……」


 リラトゥの指先から伸びた百足が、節足を蠢かせながら魔人の耳へと身体を伸ばす。リラトゥの異能、本当に便利なんだけどグロいな……。ここから先はR-18Gになるか?


 魔人は何とか後ずさって逃げようとするが、そもそも足が無い状態では上手く行かず、胴体もいつの間にかリラトゥの魔物に拘束されている。そうしているうちに、リラトゥの百足がゆっくりと魔人の耳の孔へと入る寸前、魔人が叫んだ。


『~~~~~~ッ、【鬱心失調ハートデプレッション内向イントロバート】!! 【死ね!!】』


 異能の発動。一瞬周囲を警戒した俺たちの前で、魔人が溶けかけのゼラチンのようにグズグズと崩れていく。自らを対象に異能をかけたのか。それも、思い込みで自分の身体が崩壊するレベルの強力なものを。


「……コイツ」

『あっははは……どうかな、この状態からでも君の魔物は情報を拾えるかな? ざまあみろ……君たちに、何一つ有益な物なんてやるものか……』


 崩れかけの身体で、最後にそう嗤った後。魔人は一片残さず消滅した。

 唐突に現れて唐突に死にやがって……アニオリの敵キャラか?


「有益な物も何も……コイツ、死体の山の事忘れて無いか? あれ持って帰ったら何かしら分かんだろ」

「どうかな……クライヒハルト、後ろ見て」


 リラトゥに促されるまま背後を見ると、死体が先程の魔人と同じようにグズグズと崩れていく。一目見て分かるが、証拠品の回収は絶望的だった。


「製作者が死ぬと連鎖的に崩壊する魔術。隠蔽は徹底的かも」

「マジかよ。結構頑張ったのに成果なしか?」

「ううん。崩れる前に、骨に描かれた呪文を見たでしょ。あれの形を覚えてるから、戻れば調べられると思う」

「……リラトゥ。お前、本当に頭いいよな……」


 操られている最中でも、思考は正常に回っていたのか。そもそも訳の分からん象形文字じみた呪文を暗記できている時点で凄すぎる。英雄のスペックという物を存分に見せつけられている形だ。


「もっと褒めていいよ。クライヒハルトに褒められるのは嬉しいから」

「もう十分褒めたよ。いったん野営地に帰ろうぜ、何かすげぇ気疲れしたわ……」

「はーい。ふふ、今日はすごく良い日かも」


 そう言って、リラトゥは艶然と微笑んで言った。


「これで私も、クライヒハルトのご主人様って認めてもらえたのかな?」

「…………」


 ……ワンチャン洗脳状態だったから記憶無くしててくれと思ったけど、普通に覚えてたか。そっか。そりゃそうだよな、操られてる最中に見た呪文も覚えてたんだし。


「あの……リラトゥさん、今のうちにマリー様への言い訳を一緒に考えて欲しくてですね……マジでメチャクチャ怒られそうっていうか、命を救うための緊急避難的行動だったって証言して欲しくて……」

「ふふふ……お腹の中が、すごくあったかい。クライヒハルトが私の中にいるみたい」

「誤解を招く表現! 俺のエネルギーがね!?」


 あっクソ、今の笑い方すごくエッチだった……! クソ、絶対マリー様に怒られるのに、リラトゥに異能を渡して良かったと思っている俺もいる……! 誰か、俺を裁いてくれ! 俺の浮ついた心を! 


 既に設営されている野営地へと戻りながら、俺はやってしまった言い訳に頭を悩ませるのであった。




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