第13話


 どうも。いつの間にか王国トップにまで成り上がりそうな第二王女、マリー・アストリアです。


 女王様から女王って、字面じづらだけ見たら格が下がったみたいね。ウケる〜。いやウケるわけ無いでしょ馬鹿。


「平民の娘と見下された私、何故か英雄に気に入られて成り上がり街道を爆進中!? 〜優秀だった第一王子が、土下座して許しを乞うてきてももう遅い〜」

「……イザベラ、本当にそれ系が好きよね……」


 無表情のままワキワキと奇妙なダンスを踊るイザベラを横目に見ながらため息をつく。


 兄上との会談内容を教えてから、イザベラはずっとこの調子だ。妙なステップを踏んだり先程のような妄言を吐き散らかしたりと、テンションがバグっている。


「私何かやっちゃいましたか? なにって……ただ英雄の覇気に耐えただけだが? 私の異能がおかしいって、弱すぎるって意味だよな? な? な? な?」

「分かったから、貴女の脳が恋愛小説に汚染されきってるのはもう十分に分かったから……」


 ズンダンズンダンと左右に揺れ動くイザベラ。これ以上なく分かりやすく調子に乗っている。貴女のその無駄に豊富な語彙のレパートリー、一体どこから引っ張って来てるの? 貴女ばっかり私の本を借りていってズルいわよ、私にも貸しなさい。


「いやー、私は第一王子の事を信じていましたよ。前から彼はやる奴だと思っていました」

「また調子のいい事を……」


 適当な事を言いながら喜びまくっているイザベラに対し、私は沈んだ顔をしている。吐いている嘘が大きくなりすぎて、シンプルにビビっているのだ。


「姫様、うかない表情ですね。権力構造を百段飛ばしくらいで駆けあがったのですよ、嬉しくないのですか?」

「そりゃそうでしょ……全部が全部、兄上の勘違いによるものじゃない……。何よ、二人目の英雄って! 誰なの!? そんなもん何処にもいないわよ!」


 英雄を二人従えてるとかいうとんでもない勘違いのせいで、私の器まで過大評価されてるのが辛い。全部虚像なんです。マリー劇団は代々英雄一人、クライヒハルトのワンオペで全て成り立っております。


「あああ……つらい……!『クライヒハルトはとんでもないマゾのド変態である』っていうただ一点を隠すためだけに、無限に嘘が上塗りされていく……!」

「確かに、どんどん虚像が膨らんでいきますね。今度はとうとう無から英雄が一人生えてきましたし。異能を解放した姫様は英雄に匹敵しますから、所々微妙に真相を掠ってるのが笑えますが」

「笑えないわよ!」


 何でこうなった……というには、兄上の考察に一々筋が通っているからイマイチ怒り辛い! 確かにクライヒハルトの性癖と異能を知らなければ、私は己の器量で英雄二人を従えている凄まじい王様に見える……!


「クソ……! 兄上が先入観に囚われることなく物事を捉えることが出来て、広い情報収集能力を持ち、大胆な発想が出来て、権力へ執着せず、純粋に国の為に動けるばかりに……! 許せない……!」

「世にも珍しい罵倒ですね。褒めてるんですか、貶してるんですか?」

「両方!」


 『法国と商国、どちらに行きましょうかねぇ。商国の方が文化が違って楽しそうですが』と、ニコニコしながら語っていた兄上を思い出す。王国貴族と太いパイプを持ち、外国にも顔が利く政治のスペシャリスト。


 に、逃がさん……! お前だけは絶対に……! 鎖で縛り付けてでも内政を手伝ってもらうからな……!


「良いでは無いですか、そう落ち込まずとも。王国貴族との確執が思いもよらぬ手段で解決しましたし、強権も振るいやすくなるでしょうし。何をそう嫌がっているのです?」

「責任だけがのしかかっていくのが嫌なのよ……! いよいよもって、私の調教の腕に王国全てが掛かって来ている……!」


 一人のSMプレイに依存する国、字面が終わりすぎている。こう……こういう、『一人の犠牲で成り立っている平和』みたいなの、小説だと「そんな偽りの平和なんて!」って主人公が助けてくれるんだけど。何故かウチの英雄は加担している側なのでどうしようもない。終わりだよ全部。


 まあ、実際のところ。


 兄上の判断は紆余曲折と迷走を繰り広げながらも、確かに一理あると言えばあるのだ。事実、これまでのクライヒハルトと私と王国の関係は複雑に過ぎた。三者三様にそれぞれ誤解があり、認識が食い違っていた。誰が誰に仕えているのか不透明だったのだ。私が王国のトップに立つことで、この図式は随分と単純化されるだろう。


「問題は、私にクライヒハルトを従え続ける自信が全く無いって事で……」


 何が嫌なのかと問われれば、その一点だけである。


 クライヒハルトと私の主従関係は、ひとえに私が奴の『理想の女王様』であることをもとに成り立っている。何度も言うようだが、性癖が絡んだ時のクライヒハルトのチョロさは常軌を逸する。蛇口がブッ壊れるのだ。以前イザベラが龍の牙を贈られたように、奴の性欲ハンドルを捻るだけで無限に富が湧きだしてくる。


 あるじ替えの懸念も、未だ解消された訳では無いしな。今一番恐ろしいのは、『このご主人様凄い! マリー殿下とリラトゥを連れて、この人の国に移住しよう! え、王国? さあ、知らね……』となる事だ。あの英雄はこれを善意でやりかねない。


「ああでも、そういう意味でも兄上の判断は正しいのか……」


 今後私が王位を継承し、シグルド王国が『マリー殿下の国』になれば。クライヒハルトにとってこの王国はご主人様の所有物となる。そうなってやっと初めて、あのマゾに自発的に国を守ろうとするモチベーションが生まれるだろう。そういう意味でも、兄上の継承権の放棄は理に適っている。それが分かってしまうのだ。


「……何か、割と物事がうまく運びそうでつらい……!」

「イェイイェイ。ぴーすぴーす」


 私の胃を犠牲にして、王国が発展していく……!

 それも私の女王様RPという、死ぬほど不安定な能力を礎にして……!

 

「そう心配せずともよいと思いますがね。クライヒハルト卿ですよ? 彼を虐められる者など、そうはいませんよ」

「そんな訳無いでしょ、私にだって出来たんだから……」

「うーん、認知の歪み」


 イザベラが何か言っているが、これは事実である。クライヒハルトと初めて会った時、私は何が何でも生き延びようと必死だった。その必死さが、英雄を虐げるとかいう訳の分からないミラクルを引き寄せたのだ。


 必死になった人間は、文字通り何でもやる。追い詰められた小国の子女や、ひょっとすると平民の中からクライヒハルトの覇気に耐えうる者が出てくる可能性を、私は軽視しない。


「心配し過ぎだと思いますがねぇ。隕石が落ちてくるのと殆ど同じ確率ですよそれ」

「あら、じゃあ丁度いいじゃない。私とリラトゥの戦闘痕は民衆から『星が堕ちた』って言われてるんだから」

「何ですか、上手いこと言ったつもりですか? まったく……」


 ウィットに富んだ切り返し (主観)を披露しつつ、机の上の書類をパラパラとめくる。


「姫様、それは?」

「クライヒハルトとリラトゥの合同演習について。簡単に言うと、未開拓領域の排除ね」


 『次期女王となる前に、領地経営の経験は必須ですね。候補地を三つ挙げるので、好きな所を選んでください』と、兄上に言われていた事を思い返す。その中の最後、『王国東の平野(未開拓領域)』を私は選んだ。選択肢の中には王族の直轄領や大貴族の領地もあったが、これが互いにとって最大の利益になると考えたのだ。


 クライヒハルトとリラトゥが揃っていれば、大抵の敵には苦戦しないだろう。そう思いつつ、どうしても一抹の不安がよぎる。


「……不安ね」


 クライヒハルトとリラトゥ、仲良くなりすぎないかしら……。私の劇団員は監視として派遣しているけど、それにだって限界はあるし……。


「ふむふむ……姫様。つまりこれ、ついに私達にも土地が手に入るという認識でよろしいですか?」

「クライヒハルトとリラトゥが失敗しなければね」

「おお、おおお……!素晴らしい事です。 劇団員全員が喜びますよ。Foo〜〜♪」


 そう言うとイザベラは、再び奇妙なダンスを踊り始めた。イザベラ、何気に自分たちの領地が無い事を気にしてたのね……。大いにはしゃぐ彼女を微笑ましく見つめながら、私は遠く離れた英雄たちへ思いを馳せるのだった。


 主に、クライヒハルトが余計なことしなければいいなと願いながら。 

 









 どうも。この先犬があるぞ。おそらく犬。クライヒハルトです。


「男女二人が日付を決めて、一緒に出かけて……クライヒハルト、こういうのをデートって言うんだよね?」

「にしちゃぁちょっと血生臭すぎませんかね……」


 俺とリラトゥは現在、王都から離れた未開拓領域にやって来ていた。眼前には暗く深い森が広がり、なんか知らんが不気味な唸り声が聞こえてくる。周囲では騎士団たちが、野営の準備やらでガヤガヤしている。


 未開拓領域。読んで字のごとく、未だ人間が立ち入れぬ未踏の土地である。原因は過酷な環境だったり魔物だったりするが、まあ結構色んな所にある。大陸の外洋とかね、マジで世界観が違う化け物が大量にいるらしいしね……。


 この世界において、人間というのは中の下くらいの立ち位置である。肉体は脆いし魔力は低いし、トップTierの龍とか巨人、あと魔族とかとは結構な差がある。人間の雑魚♡ 雑〜魚♡ 魔力スカスカ♡

 褒められる点といえばその潜在能力ポテンシャルと貪欲さ程度か。そこで活躍するのが、人類の外れ値である我々英雄なわけだが……。まあ、この話はまた今度にしよう。

 

 ちなみにこの森は、中に凶暴な魔物が大量に住んでるし、何なら奥に巨人の集落があるらしいってんで未開拓領域扱いされている。まあ、俺とリラトゥならば何とでもなるだろうって感じの難易度だ。


餓食礼賛ウィッチ・リラトゥ


 リラトゥが指をパチンと鳴らすと、背後の虚空から彼女の従える魔獣たちが溢れ出す。ハウンドドッグ系の小〜中動物が多めだ。人海戦術で森を探索するつもりか。


「よし、行って」


 リラトゥが命じると同時、彼女に絶対服従の魔犬達が飛び出していく。これは中々の忠犬振り、ご同輩として見習わなくては。


「…………」


 ここでマゾヒズム的沈思黙考。


 リラトゥは過去こそ色々あれど、今はマリー様に次ぐ俺の第二ご主人様である。忠実な下僕として、何かしらお役に立っておくべきだろう。ふむ、となると……。


「…………」


 …………。

 

 俺の異能、何の使い道も無かったわ。

 ざ〜こ♡ ざこざこ♡応用性皆無♡ 単騎特化型♡


 別に今から誰を英雄にしようがリラトゥで数は足りてるし、質が必要な相手なら逆効果だし。やること、何もなかったわ。


 沈黙。ざわざわという森のさざめきがいやに響く。

 

 目を閉じて魔獣との同調シンクロに集中するリラトゥと、周辺を警備する騎士団たち。そして、特にやる事が無い俺。一人だけ仲間はずれがいますね……。


「…………」


 クライヒハルト、お前船降りろ。


「な……何か、私に手伝えることは無いかな?」

「ハッ、クライヒハルト卿。どうぞ警戒は我々に任せ、英気を養われてください」

「そ、そうかい……。そうだ、リラトゥ。私の力が必要じゃないかい?」

「クライヒハルトのその口調、他人行儀で嫌い……。ん、今は大丈夫。クライヒハルトはゆっくりしてて」

「…………」


 英雄口調で恭しく話しかけてみたものの、どちらにもシンプルに断られてしまった。「後で働いてもらうので」的な気遣いある断り方だが、灰色のマゾ細胞を持つ俺には分かる。


 ねぇよ……俺の仕事なんて……! こんなクッソ簡単な現場で……!

 ふざけろ……! 魔物の数だけがネックだった未開拓領域で、物量が強みのリラトゥを連れてきちまったら……! ねぇだろ、俺の仕事なんか……! 当たり前に……!


 逆境無頼すぎて顎がとんがって来た気がするな……。


 暫くの間、現実です……これが現実……! と脳内で沼編の神展開を思い返していると、ふとリラトゥが眉を顰めた。


「……ん」

「どうした?」

「……森の奥で、一部の魔獣の反応が途絶えた。たぶん、殺されてる」

「ほー。どうする? 俺が行くか?」

「ううん、今度はもうちょっと強いのを送る……餓食礼賛ウィッチ・リラトゥ混合キメラ


 そう言うと、リラトゥの差し出した手のひらからグチグチと肉の蠢く音と共に歪な魔物たちが這い出してくる。


 リラトゥの異能はコレが出来るから強いよね。手を変え品を変え、無限に後出しジャンケンをやり続けられる。まあ、究極のグーを使える俺の方が強いんだが……(対抗意識によるマウント)。

 

 よく分からん冒涜的な見た目をした魔物は、そのまま森の中へと飛び出していき……。


「…………だめ。また死んじゃった」


 そして先遣隊たちと同じように、森に潜む何者かによって命を奪われた。


「……ほー……。リラトゥ、原因は分かるか?」


 二回ってなると、ラッキーパンチとか偶然とかじゃないな。事前の情報では、この森にリラトゥのキメラを倒せるレベルの魔物はいない。つまり、不測の事態という事だ。

 

 ちなみに人っ子一人いない未開拓領域にろくな情報がある訳もないので、3回に1回はこういう不測の事態が起きる。どうしてそこまでして領土を広げようとするんですか(現場猫)? もっと皆マリー様について全財産を貢いで欲を捨てればいいのに……。


「よしよし、不謹慎だがホッとしたぜ。俺にもちゃんと出番がありそうじゃん」


 量をリラトゥが、質を俺がカバーする。俺たちゃ無敵のコンビだぜェ〜ッ!


 剣を掴み、毅然とした英雄らしい仕草を意識して立ち上がる。こういうときの為に普段は散々いい暮らしさせてもらってるんだ、たまには仕事しないとな。


「わたしも行く」

「リラトゥ院」

「誰なの? ……ともかく。私のキメラが、死に際ギリギリで残留魔力をキャッチした。……恐らく、魔人がいるよ」

「ヒーッ、またかよ。最近多くないか?花粉症と同じで 魔人の季節とかあんの?」


 この前ブッ殺して、【魔人殺し】のクライヒハルト卿って名を挙げたところじゃんね。そう何度も出てこられても、なんかこう……希少価値がおちるというか……俺の偉業の価値がくすむからやめて欲しいんですけど……。


「一緒にいこう? わたし、クライヒハルトと一緒に戦ってみたかったの」

「いいねぇ。合体技とか試そうぜ、合体技」

 

 負ける気せーへん、地元やし。


 そう言って、俺とリラトゥは一緒に魔人殺しと洒落込むのだった。

 

 

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