第11話


 どうも。

 人類最強のマゾ奴隷、クライヒハルトです。


 『この世をば わが世とぞ思う 望月の 欠けたることも なしと思えば』……。平安時代の貴族、藤原道長氏が遺した短歌である。句会でこんなイキった事を言う物だから碌な返歌もされず、皆でこの歌を復唱するという謎の時間が生まれたらしいが……今の俺には、彼の気持ちが良く分かる。


 この世界って、俺の為にあるんだ……。世界に愛された、俺という存在……。

 

 圧倒的な多幸感が俺を包んでいる。もう息してるだけでハッピーだし、人目のない所では常にスキップで移動している。人生薔薇色越えてショッキングピンク、いやレインボーだ。ギンギラギンにさりげなく輝いている。

 

 帝国との戦争は終わったし、俺にはご主人様が増えたし!! 勝ったな、ガハハ!!


 そんな人生近藤真彦の俺だが、最近一つ悩みというか気になる事がある。


「……っ、クライヒハルト団長!! お勤め、お疲れ様です……っ!!」

「団長……!! こちら、有志でカンパした魔導具です!! 是非、お納めください……っ!!」

「団長……っ! ……いえ、今の私には、貴方に話しかける資格すら……!!」

「団長!!」

「団長!!」

「団長!!」


 なんか最近、騎士団の皆が凄い仰々しいんだけど。どういうこと?団長って呼ばれ過ぎて溺れそうだわ。


 別に尊敬してもらえる分には、理想の騎士様RPロールプレイの一助になるから有難い限りなんだけど……普通に理由が分からんな。俺何かやっちゃいました? ってやつだ。本当に覚えが無いぞ。以前の摸擬戦で、俺の秘めた巨大なPower...を示しすぎたのだろうか? 一般マゾとしては、尊敬が畏怖にまで行くとちょっと困るんだが。


 うーん……最近なんかやった覚えも無いし……あれかな、前のワイバーン騒ぎの時に上位龍が交じってたのが今頃話題になったとか……? いやでも、それくらい今までも結構やってたしな……。


「……まあ、いいか!」


 阿呆の考え休むに似たりとは、俺の座右の銘である。別に損しているわけでも無い。なんか問題があったら姫様が言ってくれるだろ。多分。


 という訳で本日も元気に王宮をウロウロしていると、前方から見知った顔が歩いてくるのが見えた。


 未成熟な体躯、幼い顔立ち、昆虫の複眼めいた眼……誰あろう、新ご主人様のリリカ・リリラト・リラトゥさんである。


「やっほ、クライヒハルト」

「リラトゥ。今は休憩中か? 仕事が山積みだって聞いたけど」

 

 人喰い皇帝リラトゥ。国の罪人を自ら喰って処刑するという、世界初の斬新な司法制度を開発した食人鬼。死刑囚しか喰ってないからセーフなのかどうか、異世界の倫理の判断が待たれる存在である。


「うん。いまは息抜きの時間。クライヒハルトも、暇ならおしゃべりしよ?」

「やらいでか。喜んで付き合うぜ」


 <TIPS!>

 王国の英雄クライヒハルトは、大抵暇を持て余しているぞい。という訳で、連れたって適当な中庭の椅子へ腰かける。人払いはリラトゥの魔物に任せればいいので気楽なものである。

 

 雨降って地固まると言うべきか、俺とリラトゥの人間関係はあの婚約騒動以来大幅に回復した。少し前までは切るか切られるかの一触即発だったことを思えば、未来の可能性は無限大だと何よりも雄弁に証明してくれるだろう。


 ここまで俺とリラトゥの関係が改善した理由は大きく二つ。まず第一に俺が度を越したマゾであり、彼女が俺を大いにいじめてくれた事。


 そして、第二が―――。


「えー、それでは私クライヒハルトから、『今日のマリー様』についてお話させて頂きます」

「わー、ぱちぱち。後でわたしからも、魔物が撮った映像記録を提出します」


 ――俺達がふたりとも、マリー様という特大の共通話題を持っていたということだ。


「マリー殿下、いいよね……」

「いい……」


 そう、いいんだよな……。達人同士、多くは語らない……という訳ではない。今まで語り合える同志がいなかったので、話したい事は沢山あるのだ。


「マリーは……まず、可愛いよね……。血筋が良いんだろうな、スラッとした鼻筋をしてて……きっと子供も可愛くなるよね……」

「分かるぜ……美しいよな……」


 微妙に話が噛み合わないor解釈が異なる時もあるが、その時は大いなる愛でカバーだ。俺たちは解釈違いも受け入れるタイプのオタクである。その割には同志が増えないのが悩みではあるが。マリー様ファンクラブへ君も入らないか? 現在会員数2名、その内英雄が2名という世界最大級の影響力を誇る組織だぞ。


「うん。あと、わたしたちに怯えないのが良いよね……」

「すげぇ分かる。英雄って基本的に、生まれながらにしてコミュニケーション不全だもんな……」


 そう。英雄というのは基本的に人格破綻者かつ無駄に威圧感があるので、正常な人間関係というものを築きづらいのだ。生まれながらにコミュ弱の宿命を負った、哀しい生き物なのである。情緒がブッ壊れている為に気にしている者は少ないだろうが、中にはリラトゥの様に内心では普通の人間関係を求めている者もいたりする。


「クライヒハルトのおかげ。わたしが思うに、クライヒハルトと長く接してるから耐性が出来てきてる」

「えー、そうかな」


 そう言って、リラトゥはうんうんと頷く。


 耐性……耐性か……。あんまり気にしてなかったけど、まあそう云うこともあり得るのか……?


「クライヒハルトの覇気は異常だから。ずっと側にいれば、どんな人でも少しは慣れる」

「え、何その情報。初耳なんだけど」

「ん……? ああ。王国にはクライヒハルト以外の英雄がいないから、比較できなかったんだ。クライヒハルトの覇気はちょっと凄いよ。今まで、通りがかっただけで他の人に泣かれたりするでしょ?」

「え……うん、滅茶苦茶よくある……。『殺気を辿ったらクライヒハルト卿に辿り着きましたな』とか、騎士団員が俺を探すときよく言うし……」

「やっぱり。王国の人もわざわざ言ったりしないから知らなかったんだろうけど、普通の英雄はそこまでじゃ無いよ。怒った時に周りが怯える程度」

「マジで!?」


 怒った時に周りが怯えるって、別にそれ普通の事じゃねーか。誰が怒ったってそうなるわ。もっと近寄るだけで失神させるとか、グッと力込めたら床に罅が入るとかじゃないの……!?


「な、何だその新情報……!! 割と知りたくなかったんだけど!」

「まあ、一般人にとっては恐ろしいっていうのには変わりないけど……とにかく。すごく強いクライヒハルトの傍にいるせいで、マリーの感覚は段々狂ってきてる。だから、わたしとも普通に話せるの」


 ショックを受ける俺をよそに、リラトゥはそう言ってむふーと笑う。嬉しそうにしやがって。


 まあ、実際嬉しいんだろうな。

 

 リラトゥの身の上話を聞いたあとだと、いくら冷血漢で通っている気がする俺でも彼女への同情を抑えられない。親がとち狂った宗教の教祖で、自分は宗教二世で、産まれた時から両親に捕食ワンチャン狙われてて……。


 そりゃもう、こうやってマトモに話が出来る分だけでも真っ当に育ったと言えるだろう。俺が以前言ってた彼女への暴言、ありゃ全部無かったことにしてくれ。うそうそ、ぜーんぶ噓です。


「ふふ。わたしは学習した」

「あ? 何がよ」

「クライヒハルトの傍に居ると、英雄の威圧感に慣れる……つまりクライヒハルトと一緒にいればいるほど、わたしには友達が増える……」

「俺を誘蛾灯代わりに使わないでもらえませんかね……」


 そう言って柔らかく微笑むリラトゥに、呆れたポーズで肩をすくめる。怪物だったリラトゥが、徐々に人間になろうとしている。それは俺にとっても、非常に見ていて嬉しい事だった。

 

 まあ、お前の友達作りは今後この上なく難航すると思うけど……。実績が実績だし。帝国内でお前の名前、子供のしつけに使われてるんだって? 『いい子にしてないとリラトゥが食べにくるよ』って、ほぼ土着の妖怪みたいな扱い受けてるんだっけ。ちょっとまあ、うん……俺の理想の女王様探しぐらい難航すると思うよ……。


「よしよし」

「む。いきなり頭を撫でるなんて。素晴らしい。パパポイント10点」

「初耳だなそのポイント。何に使うのかちょっと想像つくのも嫌だわ」

「貯めるとわたしのパパになれるよ。同系統のママポイントと併せていっぱい貯めてね」

「知らん知らん、破棄させてくれそのポイント」


 何はともあれ。


 英雄だろうが怪物だろうが、生きていれば何だかんだ幸せになれるだろう。リラトゥには俺と、何よりマリー殿下がついている事だし。俺は内心そう思って、リラトゥの頭をぽむぽむと撫でるのだった。


「ちなみに今のママポイント一位はマリーだよ。クライヒハルトは抜かされちゃったから、ここからの追い上げに期待。パパポイントでは一位のままだから安心してね」

「俺ママポイントでも一位取ってたの? 何の二冠だよ、名誉が無さすぎるだろ」


 リラトゥなら普通に性転換とか出来そうで嫌なんだよな。やめろやめろ、そこら辺の話はややこしいんだから。TS英雄さんの戦場日記、始まりません。


「でもマリー殿下が母親って凄すぎるな。前世でどんな功徳を積んだらそんな産まれになるんだ?」

「わたしの異能なら、今からでもマリーの子供になる事が可能……未来は、わたし達の手で切り拓く……」

「か、かっけぇ……」


 その後、俺たちは今はやりのナウいゲーム『マリー様の好きなところ古今東西』で大いに盛り上がり。マリー様ファンクラブは、その鉄の結束を新たにしたのだった。



 



 





 どうもこんにちは。

 最近ピンヒールに慣れて足腰が強くなったでお馴染み。マリー王女です。

 ちなみに原因は、クライヒハルトを踏むときに体幹がブレないよう鍛えたから。理由が終わってるのよ。


「ふむ……へえ……」


 今私が何を読んでいるかと言えば、商国から取り寄せた奇書の一種である。奇書とか趣味本と言うと聞こえは良いが、その題材は『男女の営み、その新たな可能性について』。有体に言えばただのエロ本である。


 クライヒハルトへより良い調教を施すために、わざわざ高い金を払って取り寄せたのだ。こういうのを私費で出しているから金回りがキツいし、話を聞きつけた王国貴族たちに淫蕩だなんだと責められるのだ。事実が混ざっているだけに大変否定しづらいからやめてほしい。

 

 いや、にしても凄いなこの本……こういうのを見るたび、この世にはクライヒハルト以外のド変態がまだまだ眠っているのだと思い知らされる。世の中の広さをこんな所で知りたくなかった。ひっくり返した石の裏にびっしり虫がいた時の気持ちに近い。


「ええ……? これホントかしら……耳にぽしょぽしょ囁くだけで、そんなに気持ちいいの……?」


 本の中には男女の様々な睦み合いや、雰囲気を高めるための工夫が克明に描かれている。それによれば、よく鍛えられた(?) 強者は、一切触れられずとも囁きだけで気持ちよくなれると言うが……。うーん、これクライヒハルトにも当てはまるだろうか。当てはまっても当てはまらなくてもなんか嫌だな……。


 いや、それにしてもこの本は……いやいや、ちょっと……。うわー……。

 商国は学問が盛んだと聞くが、その好奇心旺盛な文化がここに反映されているとでもいうのだろうか。ちょっと、これは……いくらなんでもエッチすぎる。王国だったら発禁物だぞ。

 

「マリー」

「うわー、うーわ……」

「マリー」

「うわぁっひゃあ!」


 思いっきり飛び跳ね、読んでた本を毛布に包むように隠す。だ、誰……!? 違うのよ、これは学術的に意義があるかつ国益にも適う活動で……。


「やっほう、マリー。遊びに来たよ」

「リ、リラトゥ……! 貴方ね、ノックくらいしなさいよ……!」

「したのに返事が無かったし、ドアが開いてたもん」


 馬鹿な、カギはかけていたはず。そう思ってドアを見ると、無残にも捩じ切られたドアノブの残骸が床に転がっていた。コイツ、施錠をマスターキー(物理)で突破しやがった……!


「リラトゥ貴方ね、一秒で分かる嘘つくんじゃないわよ。何あれ、損害賠償は貴方に行くからね」

「えへへ、ごめんなさい。マリーと遊びたくって」

「……怒られるたびにちょっと嬉しそうなのもやり辛いのよね……」


 日常のどんな所からでも親子ポイントを見つけ出してくるリラトゥを軽くにらみつつ、ごく自然な手つきで本を引き出しに仕舞う。これは貴方にはまだ早いわ。


 そこで、ふと違和感を覚える。

 リラトゥって今、公務中じゃなかった? クライヒハルトに接触しないように監視も付けてたはずなんだけど。


「……リラトゥ。貴方、仕事はどうしたの? 王宮の一室で缶詰になっているって聞いたけど」


 仕事も監視も全部振り切って此処に遊びに来たのだとしたら、ちょっと色々考え直さないといけないぞ。主に今後の監視体制とか、あと教育とかを。


「うん。わたしは今も仕事してるよ。だから、わたしがマリーと遊びに来たの」

「……はい? なんて?」


 耳がおかしくなったかしら。帝国流の謎かけリドルを仕掛けられてる? やめてよね、私そういうの苦手なのよ。


「だから、こういう事。【餓食礼餐ウィッチ・リラトゥ】―――複製レプリカ

「ウワーーーーーーッ!!」


 思わぬなぞかけに首をひねる私の前で、リラトゥがニュッと音を立てて


「「わたしをわたしの一部と仮定して、異能の対象に入れたの。これで、わたしを無限に複製できる」」

「な……何言ってるの!? ホントに何言ってるの!?」

「「「「だいじょうぶ。これで、いつでもマリークライヒハルトと遊べるって事だけ分かってくれればいいから」」」」

「ギャーーーッさらに増えた!!」


 目の前でリラトゥが2人になったり4人になったり、かと思いきやまた1人に戻ったりする。な……何これ! いくら何でも無法が過ぎない!?


「……? 前戦った時にも使ってたよ? 複製レプリカで増やした私に混合キメラ再誕リビルドで魔物を混ぜ合わせて、完全なる新種を造り出したのが創造クリエイト。マリーには負けちゃったけど」

「し……知らない! あの時はそんな余裕無かったし!」


 英雄である貴方の物差しで考えないで頂戴。こっちはただの一般人よ。慣れない戦闘で一杯一杯の中、相手の異能への考察とかにまで頭回らないわよ。


「すっごく疲れるから長くは持たないけど、調子のいい時なら数十人くらいは増やせるから。マリーも、何かあったら言ってね?」 

「へ、へー……ちなみに、その状態で異能って使えたりするの……?」

「え? うん。これもわたしなんだから、当たり前じゃないの?」

「へー。王国もいよいよね」


 クライヒハルト……貴方って本当、救国の英雄よ……!


 本当に本当に、帝国と停戦できて良かった。あれ以上戦争が長引いたら、数十人のリラトゥが異能を使いながら攻め込んで来た訳でしょ? やばすぎ。ペンペン草も残らないわよ。クライヒハルトと私、そして私の部下以外は全員塵も残らず消えるわ。


「リ……リラトゥ、肩とか凝ってない? 揉んであげようかしら」

「え? うん、ありがとう。嬉しい」


 やはり英雄の中でも上澄み中の上澄み、国造りまで至る英雄はひと味違う。国を代表する英雄の規格外さという物を、改めて実感させられるのだった。こと物量という分野において、リラトゥに勝てる英雄っていないんじゃないかしら……。商国の英雄が十全に準備してやっとって所じゃない……?


 リラトゥの肩はふにっふにで、赤ちゃんみたいに全く凝っていなかった。心労でバキバキになってる私の肩にその元気を分けて頂戴。


「うん、うん……気持ちいいな。今まで、誰にもこういうのやってもらった事なかったから」

「…………」


 リラトゥ、たまに漏れる過去が重いのよね。


「……別にこれくらい、頼まれればいつでもやってあげるわよ」

「えへへ、ありがとう。大好きだよ、マリー。ママポイント10点あげる」

「えっ、何その胡乱うろんなポイント」


 ともかく、そうやって。


 何の凝りもないリラトゥの肩を私がひたすら揉み続ける、不思議な時間がしばらく経ち。


 その平穏は、シグルド王国第一王子、グリゴール・アストリア……つまり、私の兄上からの特使によって破られるまで続くのだった。



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