第二十七話

「俺は学がねえから、腕があっても貴族家に雇っちゃもらえねえ」


 こう切り出したのはリッキーの上の息子のニールである。二十二歳とのことだ。


 背が高くガッシリとした体つきで髪型は角刈り。魔物の討伐を主な生業としているそうだが、見た目だけで頼もしく感じる。


 オルセンたちに屋敷の警備員として彼らの息子にここで働く気はないか話をしてほしいと伝えてから数日後のことだ。そこは成金御殿の会議室で、部屋には俺とリッキー、ニールの三人に加え、ニールの弟のレオ、オルセンと彼の息子のロドニーとラリーもいる。


 なお、今日は連れてきていないが、三十二歳のロドニーと三十歳のラリーはすでに結婚して子供もいるそうだ。


「ニール! お館様に向かってその口の利き方はなんだ!」

「構わないよ。それよりうちは貴族ではないけどここで働くのは構わないのかな?」


「別に貴族に雇ってもらいたいってわけじゃねえからな。なりきんごてんだっけ? こんな立派なお屋敷に雇ってもらえるなら文句なんかねえさ!」

「仕事は屋敷の警備だ。なにも起こらなければ退屈だが問題はないか?」


「それでも月に金貨五枚ももらえるんだろ? あとここに住ませてくれるって話じゃねえか。どこに問題があるっていうんだよ」

「よかった。よろしく頼む」

「おう! お館様、任せてくれ!」


「ロドニーとラリーも同じ条件だけどどうかな?」

「家族で住まわせて頂けるとのことですので異論はございません」

「私も兄上と同様です」


「あとはレオさん」

「は、はい!」


「他の三人は警備という危険を伴う仕事だから給金は高めに設定してるけど、経理だとどうしても彼らと同じというわけにはいかなくてね」

「だ、大丈夫です! 個室を頂ける上に給金が金貨四枚ですから高くてむしろ驚いているくらいです!」


「そう? ならよかった。じゃ皆はいつからここに来られる? 引っ越しは早い方がいいと思うんだけど、懇意にしている荷馬車が一台しかなくてね。お互い話し合って日をずらしてもらえるとありがたいんだけど」


「あの、それはもしかして荷馬車を出して頂けるということですか?」

「うん、そう。費用もこっちで持つからご心配なく」


「まさか引っ越しの費用まで負担して頂けるとは思いませんでした!」


 一週間以内には家族も含めて全員が引っ越しを済ませるとのことだった。それから改めて成金御殿の役割について説明する。


「ここは商談で俺に会いたいという人を招くのが一つと、屋台で連日働く人たちの一時宿泊施設としても使おうと思ってる。だから足りない家具や食器などを至急に揃えてもらいたい。オルセン、舵取りをお願い」

「かしこまりました」


「家具はビオレーブル工房に頼んでくれ。ベッドは十台発注してあるけど足りないだろう。来客用も全て同じ規格で構わないからそっちの手配もよろしく」


「お館様、あれってビオレーブル工房のベッドだったんですか!? しかも工房のベッドで統一!?」

「そうだよ。寝心地よさそうだったからね。ビオレーブル工房って有名なの?」


「工房主のハイデンさんは王都一と言われる名工ですよ。ご存じなかったのですか?」


「マジで!? 警備隊のマギル隊長から紹介されただけだから知らなかったんだよ」

「なるほど」


「とにかく皆の家族の分も頼んでおいてくれ。一人一台でいい。見積もりが上がったら代金は全額前金で支払うから」


「お館様、差し出がましいようですが、少々お金の使い方が乱雑のような気が致します」

「忠言ありがとう、オルセン。俺もそう思うけどこれには訳があってね」


 ヒルス帝国を返り討ちにしたことでラビレイ王国が早々に滅亡するとは思えないが、それでも俺は一日でも早く王国白金貨を崩したいと考えていたのだ。しかし白金貨一枚で金貨千枚だと、なかなか使いどころがないのがないのが実情である。


 例えば金貨百枚の買い物をしたって、白金貨を出せばお釣りは金貨九百枚だ。多少手数料を取られたとしても、常にそれだけの金貨を用意しているところなど大きな商会くらいなものだろう。


 ま、そんなことを彼らに教えるつもりはないけど。


「金の心配はしなくていいから、この屋敷の維持とその他もろもろを頼む」

「お館様がそう仰るのであれば」

「お館様、失礼致します」


 そこへメイドのマデリンが扉を開けて会議室に入ってきた。


「どうした?」

「お客様がお見えです」

「お客様?」


「使い捨てらいたーというものについて話をしたいと。屋台でここの場所を聞いてこられたそうです」

「どんな人?」


「シャルマン子爵家のご当主、シャルルド・シャルマン様とお付きのベルデと申される方です」

「知らないなー」


「お館様、シャルマン子爵家は王都よりはるか南に領地を持っておりますが、シャルルド閣下は選民意識が非常に高い御仁にございます」

「いけ好かないヤツね。分かった。応接室に通しておいて。すぐに行くから」

「かしこまりました」


「ロドニーとラリー、さっそく仕事だ。念のため俺の護衛を頼みたい。一緒にきてくれ」

「護衛ですか?」


「相手は選民意識の高い貴族だそうだから、いつ無礼討ちとか言って剣を抜かないとも限らないだろ。抜こうとしたら問答無用で取り押さえてくれていい」

「「かしこまりました」」


 シャルなんとかという貴族は間違いなく俺の嫌いなタイプだ。子爵家当主本人が出向いてきているのに先触れも寄越さなかったいうことは、こちらを舐めきっている証拠である。


 しかし国王という最強のバックがいるとは言え、俺自身は平民でしかない。訪問を断るという選択肢はないだろう。


「お待たせ致しました。屋台の主人、ハルトシ・オオゴウチと申します」


「貴様、平民の分際でシャルマン子爵家のご当主様であらせられるシャルルド・シャルマン閣下を待たせるとは何事か!!」

「まあよい、ベルデ。相手は貴族に対する礼儀も知らん平民だ。責めるだけ無駄というものだろう」


 そっちが突然アポなしでやってきたんだろうが!


「大変失礼致しました。使い捨てライターの件で話があると聞いておりますが」

「うむ。あれをあるだけ寄越せ。売値は屋台の十分の一、一つにつき銅貨一枚だ。むろん、百個未満の端数は切れ」


 銅貨一枚は日本円換算で百円くらいだから、日本でなら適正価格と言える。しかし屋台での売値は銀貨一枚、日本円で千円だ。それを百円で売れなどとは図々しいにもほどがある。その上百個未満の端数を切れだって?


 ドケチもいいところだ。バガバカしい。


「申し訳ありませんがお受け致しかねます。ご用件がそれだけでしたらどうぞお引き取り下さい」

「貴様!」


「ベルデ、よい。私が話す」

「ははっ!」

「オオゴウチと申したな」

「はい」


「よく聞け。これは商談ではなく命令だ。本来であれば全て献上させることも出来るが、貴様のような愚民にも生活があるだろうから金を払ってやると言っている。ありがたく思え」


「はぁ……ところでシャ……シャルシャル閣下でしたっけ」

「この無礼者! シャルマン閣下だ!!」


「すみません、愚民は耳がよくないのです」

「ふん! それでなんだ?」


「閣下は使い捨てライターを何に使うおつもりで?」

「貴様は知る必要などない!」

「あれはいくつ集めても武器にはなりませんよ」

「な、なんだと!?」


「やはりそのようにお考えでしたか。実はヒルス帝国との戦の前に国王陛下も同じことをお考えでしてね」

「国王陛下だと!? 貴様、陛下にお会いしたことがあるというのか!?」


「閣下が知る必要はありません。そんなことより武器利用は不可能だと申し上げてご理解頂いたので市井での販売を許されたのです。ああ、身分は明かして頂けませんでしたが恐らくもう一人、同じことを考えた人がいると思います」

「まさかそんな……」


「シャルシャル閣下、今回のことは陛下にご報告させて頂きます。おや、領地で兵を集めているようですね」

「な、なにを言っている!?」


 ようへいが人工衛星からの画像を解析した結果を知らせてきたのだ。王都に攻め込むにしては兵の数が少ないらしいから、他領にちょっかいを出すつもりなのかも知れない。


「これでは逆心ありと疑われても仕方ないと思いますよ」

「違う! 断じて違う!」

「まあそれは私が判断することではありませんので」


「待て、陛下に報告と言ったな。確たる証拠もなしにそんなことを申し上げれば貴様の首が飛ぶぞ!」


「心配して下さるのですか? ですが無用です。私が陛下に申し上げるのは、ちょっきょ状を賜った私の店の商品を、シャルシャル閣下に不当に安い価格で売れと命令されたことだけですから」


「勅許状……だと……?」

「屋台で鑑札はご覧になりませんでしたか?」

「それは確かに見たが?」


「おかしいと思わなかったのですか? 屋台なのに鑑札をぶら下げていることに」


 商売するには絶対に必要ではないかと思われがちな鑑札だが、この国では露店や屋台で商うだけなら不要である。商業ギルドに加盟するには金貨一枚、会費が毎月小金貨一枚かかるので、細々とやっている露店や屋台の店主のために定められている制度だ。


 王国の貴族である子爵が知らない道理はない。


「あれは陛下から賜った勅許状によって発行された鑑札なんですよ」

「ま、待て。この話はなかったことにする。だから陛下には……」


「舐め腐ってんじゃねえよ、この腐れ貴族が! これまでずい分と平民を苦しめていたそうじゃねえか。そんなお前には俺が引導を渡してやるから覚悟しておけよ!」

「ぬっ! 平民の分際で無礼な! そこへなおれ! 無礼討ちにしてくれる!」


 シャルルドが剣をわずかに鞘から抜いた瞬間、ロドニーとラリーが子爵と付き人のベルデをうつ伏せに倒して押さえつけていた。そして悪態をつき続ける二人を縛り上げ俺は王城に向かう。


「お館様、かっけーっ!」

「どうしよう、私お館様のこと好きになっちゃいそう」

「ジェシカ、貴女もなの?」

「もしかしてマデリン姉上も!?」


「今まで盗賊なら何度も取り押さえたことはあるけど、貴族は初めてだ」

「俺もだよ、兄さん。だけどめちゃくちゃ気分がいい!」

「本当だなラリー。なんだかワクワクしてこないか?」

「分かるよ兄さん。すっごくよく分かる!」


 使用人たちがなにやら囁いているようだが聞こえなかったことにしよう。特にマデリンとジェシカ姉妹のアレは危険だ。


 てか俺にかっけー要素なんかあったか? シャルシャル子爵を取り押さえたのはロドニーとラリーの兄弟だぞ。


 それから間もなくシャルマン子爵家が没落した。俺の告げ口によりシャルルド子爵は逆心を疑われて斬首されたのだが、没落したのは彼が跡取りを決めていなかったためだ。


 かくして子爵領は王国の直轄地となるのだった。



――あとがき――

次話で最終話となります。

本日中に公開します。

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