第二十六話

「オルセンさん、皆さんも昨夜はゆっくり休めましたか?」

「はい。お陰様で昨夜はぐっすりと眠れました」


 ウソだ。彼らはこのタイミングで退職しても、デルリオ準男爵家取り潰しに巻き込まれると知っていたに違いない。恐らくそれを考えて眠れぬ夜を過ごしたのだろう。全員目の下にクマを作っている。だがそんなことを指摘するほど俺も野暮ではない。


「それはよかった。俺はハルトシ・オオゴウチ、この家の持ち主です。皆さん、簡単でいいので自己紹介をお願い出来ますか?」


「それでは改めまして私から。名はオルセン、デルリオ準男爵家の王都邸で執事を務めておりました。五十四歳です」


「私はリッキーと申します。デルリオ準男爵家の王都邸で料理長をやっておりました。四十三歳です」


「ワシはテッドと申しますじゃ。五十三歳、デルリオ準男爵家の王都邸で庭師をやっとりました」


「手前はコルビーと申します。三十八歳、デルリオ準男爵家の王都邸ではオルセン様の許で雑務をこなしておりました」


「初めまして、私はマデリンです。こちらのジェシカとは姉妹で年は二十三歳になりました。ご覧の通りのメイドです。よろしくお願い致します」


「ジェシカです。十九歳です。姉と同じくメイドとしてお仕えしておりました。お館様、よろしくお願い致します」


「「「「「よろしくお願い致します」」」」」


 おおう、お館様ときたもんだ。ちなみにオルセンを含む四人が男性、マデリンとジェシカは女性である。


「ありがとう。まず皆さんの不安を取り除くことにしましょうか。皆さんは粛清されるデルリオ準男爵家に巻き込まれることはなくなりましたので、どうか安心して下さい」


「お、お館様、本当ですか!?」

「ワシらもうダメかと思っとりました」

「オルセン様の言うことを聞いておいてよかったですじゃ!」


「ん? テッドさん、どういうことです?」

「お館様、ワシらにさん付けや敬語はいらんです。なあ、みんな!」

「「「「「はい!」」」」」


「でなお館様、ワシには妻とまだ幼い娘がおるんじゃが、あのボンクラ小僧のせいで殺されるのはゴメンじゃと、逃げだす算段をしていたところなのじゃよ」


 オルセンさんに続いてこの人もフロイド準男爵のことをボンクラって言ったよ。よほどのボンクラだったんだろうな。


「逃げても捕まっていたと思うけど」

「それでもですじゃ。あのボンクラの道連れになるくらいなら、逃げた罪で捕まった方がまだマシということですじゃ」


 頂きました。ボンクラ二回目!


「お館様、我ら一同は今後お館様に誠心誠意尽くさせて頂く所存でございます」


 オルセンさんの言葉に、一同がその場でひざまずいた。こういうの憧れてはいたけど、実際目の当たりにするとちょっと居心地が悪い。


「跪かなくていいから、皆顔を上げてくれ」

「ありがとうございます、お館様」

「「「「「ありがとうございます!」」」」」


「あ、あははは……そ、それより家族がいるのってテッドだけ?」

「私には妻と成人して便利屋ギルドに所属している息子が二人のおります」


「リッキーは奥さんと息子さん二人ね。ところで便利屋ギルドって?」


「様々な個人や商会などから寄せられる依頼を会員に橋渡しするギルドですが……ご存じありませんか?」

「あ、いや、確認しただけ」


 要するに異世界モノでよくある冒険者ギルドみたいなものね。しかし冒険者なのに賊や魔物の討伐、商隊の護衛から個人の依頼まで請け負っているのはよくあるけど、冒険している者はあまり見かけなかったからな。むしろ便利屋と言われた方がしっくりくるよ。


「他に家族がいる人は?」

「私は妻が一人です」


「お館様、コルビーの奥さんはコルビーより十五歳も年下で若くてべっぴんなんじゃよ」

「へー、てことは二十三歳か。それはぜひお会いしてみたいものだね」


「お、お待ち下さい! どうか妻を召し上げるのだけはお許しを!」

「えっ!? そんなつもりはないって! 俺にも婚約者が二人いるから心配しないでくれよ」

「ほ、本当ですか?」


「それに俺が生まれた国では不倫は忌むべき行為なんだ。俺自身不倫してるヤツを見ると反吐が出る」


 不倫(不貞行為)とは配偶者以外と強制されずに性的関係を結ぶことであり、一夫多妻制や多夫一妻制はこれに当たらないと俺は解釈している。


 現に夫や妻がいる政治家や芸能人などが不倫したというニュースを見ると嫌悪感を抱くが、一夫多妻制の国の人が多く奥さんを娶っていても羨ましいくらいにしか思わない。


「そうでしたか。失礼なことを申し上げたことをお詫び致します」

「いいって。俺も誤解させるようなことを言って悪かったよ。あとは?」


「私たち姉妹には親も他の兄弟姉妹もおりません」

「ごめん、辛いことを聞いたね」

「いえ、大丈夫です」


「えっと、オルセンさんは?」

「お館様、私のこともどうぞ呼び捨てに」

「そ、そう。分かった」


「妻がおりましたが昨年病で亡くしました。子供はリッキーと同様に成人して便利屋ギルドで生計を立てている男児が二人。王都外の商家に嫁いだ娘が一人おります」


「ふむ。なら皆、ここで一緒に暮らしたい家族は呼んでくれて構わないよ」

「まさかこの立派なお屋敷に家族で住まわせて頂けるのですか!?」


「立派なお屋敷って。ただの成金御殿だよ」


「なりきんごてん……!」

「なんと神々しい響きでしょう、なりきんごてん!」

「なりきんごてん、この屋敷に相応しい呼び名じゃな」

「私たちなりきんごてんのメイドになるのよ、ジェシカ!」

「マデリン姉上、私たちはメイドインなりきんごてんなんですね!」


 ちょ、ちょっと待とうか。成金御殿が屋敷の名前みたいになっちゃってるけど、どうなのそれ。てかジェシカ、メイドインなりきんごてんってなに!?


「ではお館様、後ほど生活ギルドでこのお屋敷を『なりきんごてん』と登録して参ります」

「オルセン、それはちょっと……」


「どうなさいました? 生活ギルドに登録しておけば、今後このお屋敷を訪ねてくる方がいらっしゃった場合に、いちいち説明せずとも地図に記載されるので便利ですよ」

「そうなんだ。しかし成金御殿ってのはなぁ……」


 まあ、皆嬉しそうだしいいか。


「今後についてなんだけど、ひとまずこの家は主に商談に使いたいと思っている」

「お館様はお住まいになられないのですか?」


「俺には別に住んでいるところがあるからね」

「そうでしたか……」


 オルセン、そんなに落胆した顔しないでよ。


「ところで皆は中央広場でやってるポップコーンの屋台については知ってる?」


「知ってます! でもいつもすごい行列で、試食で食べたきり買えなくて……」

「ジェシカと何度か並んだんですけど、お昼の休憩時間内には買えませんでした」

「お仕事終わってから行ってみても屋台が終わっちゃってましたし」


「それは申し訳ないことをしたね。今度持ってきてあげるよ」

「そんな! お館様にあの行列に並んで頂くわけには参りません!」

「ジェシカの言う通りです!」


「あー、いや、ごめん。言ってなかったけどあの屋台をやってるの、実は俺なんだ」

「「「「…………」」」」

「「ええーっ……!?」」


「ごめんごめん。そういうわけだから。あともう一つオルセンとリッキーに聞きたいんだけど、二人の息子さんにこの家の警備って任せられそう?」


「私の息子たちは盗賊の討伐にも参加しておりますので、警備でしたら問題ないかと」

「うちの上の息子は魔物の討伐を主な生業としておりますから、少々口は悪いですが警備でしたら出来ると思います。下の息子はどちらかと言うと文官肌なので警備には向いておりませんね」


「もしかして下の息子さん、経理の仕事とか出来たりする?」

「はい。決算期にはよく商会からお声がかかると申しておりました」


「なら二人とも、文官肌も含めて息子さんたちにここに来てもらえないかな」

「息子たちをですか!?」


「本人たちに聞いてみないと分かりませんが、親の立場からすれば是非にとお願いしたいところです!」


「今請け負っている仕事があるならそれを終えてからで構わないから聞いてみてくれる?」

「「承知致しました!」」


 この家、成金御殿には屋台で働く者たちも泊まりにくるから悪党に狙われる危険性は拭えないのだ。もちろんようへいがドローンで監視してくれてはいるが、自衛の手段はあって困るものでもないだろう。


「結果が分かったらポップコーンの屋台の誰かに伝えてくれればいい。あそこには俺か俺の仲間の誰か一人はいるし、いなくても伝わるから」


 そらから数日後、四人とも俺の申し出を受けたいとの連絡が届くのだった。

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