第二十五話

「ハルトシ、は悲しいぞ」


 王城の応接室に通され待つこと数分でやってきたラビレイ国王は、ソファに腰掛けるといきなり恨めしげな目を向けてきた。訳が分からないよ。俺王様になにかしちゃったっけ。


 てか、王様ってこんなにすぐ会えるものなのだろうか。むろんレミー宰相も一緒だ。


 ちなみに俺の世話役メイドさんは年配で少しふくよかだが、一番偉いメイド長のパムさんになっていた。一人なのは経験豊富だからだそうだ。まあメイド長さんだしな。


「パムよ、部屋の外に出よ」

「かしこまりました」


 パムさんが深く一礼して応接室を出ていった。


「えっと、パムさんを追い出してどうされました?」

「どうされました、だと!? なぜぽっぷこーんを持参してこぬのだ!!」

「え、ポップコーン……ですか?」


市井しせいではあれほどの安値で売っておきながら、余に献上せぬとは何事かと申しておる!」

「ぽ、ポップコーンでよろしければ次回は必ず……」


「次回などではいつか分からん! 明日から毎日届けよ!」

「毎日というのはさすがに……」


「陛下、あまりご無体を申されますと嫌われますぞ」


 そうだそうだ! レミー宰相、もっと言ってやっちゃって下さい!


「な、ならばとにかく明日は届けよ! よいな!」

「まあ、分かりました」

「して、今日は何用で城に来た?」


「あ、そうです! 実はデルリオ準男爵についてなのですが……」


 俺は昨日オルセンから聞いた話を伝えた。


「フロイドめ、そのような企てをしておったのか!」

「先代のイノーク殿は忠義に篤くよきお人柄でしたのに残念です」


「レミー、至急第二騎士団をボラント辺境伯領に向かわせ、ボラントと共にデルリオ準男爵家の者を一族郎党全て捕らえるよう命じよ。第一騎士団はデルリオ準男爵の王都邸に向かわせろ」

「御意」


「あ、ちょっとお待ち下さい」

「なんだ、ハルトシ?」

「デルリオ準男爵の王都邸は行っても誰もいませんよ」

「どういうことだ?」


 使用人を全員退職させ俺が雇ったことを伝えた。


「しかも準男爵は逆心を咎めた執事のオルセンをクビにしております」

「で、その執事と使用人たちをハルトシが雇い入れたから殺すな、というわけだな?」

「はい」


「悪いがハルトシ、貴殿の申し出は受けられん。現在がどうあれ戦当時は逆賊に仕えていた者たちだ。逆心を咎めたというその執事でさえ反逆の罪からは逃れられんのだよ」

「なるほど、道理です」


「分かってくれるか。だが安心せよ。其方そなたが得られなかった人材の代わりはが用意してやろう」

「寛大なご配慮に感謝致します。ですが陛下、まずはこちらをどうぞ」


 俺はピンマイクを通じてようへいにある物を懐に転送させ、それを二人の前に差し出した。


「毒見は必要ですか?」

「いや、必要ない」

「ではどうぞご賞味下さい」


「うん? ぽっぷこーんのようだが色が少し変わっておるな……ふぐっ! な、なんだこれは!?」

「オオゴウチ殿、私にも一つ……ほ、ほわわわっ! この絡みつくような甘い味は一体どういうことですかな!?」


「それはキャラメルポップコーンといいます。ポップコーンの進化系ですね」

「きゃ、きゃらめるぽっぷこーんだとっ!?」

「ぽっぷこーんの進化系……?」


「以前こちらに仕えていたロイレンとブリアナですが、今はもうそれしか口にしなくなりました」


「なにっ!?」

「メイドだったあの二人がそのような贅沢をしているというのですか!?」


「手軽に作れるポップコーンとは違い、キャラメルポップコーンは一手間も二手間もかかりますので屋台ではとても販売出来ません」

「屋台なんかでこれを売ってみろ! パニックになるぞ!」


 現状でもパニックに近いものはあるけどな。ポップコーンにしてもキャラメルポップコーンにしても、確かに俺も嫌いではないが、この世界の人たちの執着は異常にさえ感じるよ。


「おい、なくなってしまったぞハルトシ! もうないのか!?」

「ふふふ。実はですね」


 今度は目の前のテーブルの上にキャラメルポップコーンを一人分転送させた。国王と宰相は一瞬目を見開いたが、我に返ってそれに手を伸ばそうとしたところで俺が取り上げる。


「ハルトシ、今のはなんだ!?」


「以前お話ししたですが、あれは物を取り寄せるだけではなくこうして転送することも可能なんです」

「なんと!?」


「ならばそのきゃらめるぽっぷこーんはしゃおくから送られてきたということか!?」

「その通りです」


「なっ!? それが可能ならばなぜポップコーンを送ってこなかった!?」

「説明もなしにいきなりそんなことが出来るわけがないじゃないですか」

「うぐ……」


「ですがオオゴウチ殿、今後はいつでもきゃらめるぽっぷこーんを送ってもらえるということでよろしいですかな?」

「レミー宰相閣下、よろしいわけがありませんよ」

「なんですと!?」


「これは交渉です。私の願いを聞き入れていただけるのなら一週間に一度、お二人にキャラメルポップコーンをお届けしましょう」


「い、一週間に一度だと!? 毎日だ、毎日送れ!」

「陛下、まずはオオゴウチ殿の願いとやらを聞きませんと……」


「う、うむ、そうだったな。して、ハルトシの願いとはなんだ? 姫でも寄越せと申すか?」

「いえいえ、分かっておられるはずですのに陛下もお人が悪い。それと女性は間に合ってますから」


「よかろう。しかし法を曲げるのだ。一週間に一度だけでは割に合わん」


 い、いいんだ。対価がキャラメルポップコーンなんですけど本当にいいんですね。ま、これで元執事のオルセンとデルリオ準男爵の王都邸にいた五人の使用人の命は救われたのだから結果オーライだろう。


「あー、実は一週間に一度と申し上げたのは別の理由もあるんです」

「「別の理由?」」


「お二人とも、まさかこれだけの味の物がなんの代償も必要としないとは思っておられませんよね?」

「「代償……?」」


 同時に眉をピクリとさせたのには笑ってしまいそうになった。しかしここはガマンだ。シリアスに、大袈裟にである。


「キャラメルポップコーンは甘い。甘いのは砂糖が使われているからです」

「やはり砂糖の甘さだったか。しかしきゃらめるぽっぷこーんに使われている砂糖はかなりの高品質と思われるぞ」


 いや、この世界の砂糖が低品質なだけです。もちろんそんなことは口が裂けても言えない。


「はい。ですがこの砂糖、適量ならいいのですが、過剰に摂取しますといずれ体に変調を来す恐れがあるんです。その典型は……」

「「て、典型は?」」


「肥満です」


 糖尿病とか難しいことを言うより、見た目で分かる肥満の原因の一つとした方が分かりやすいと思ったのだ。しっかりと知識として持っているわけではないから当てずっぽうだが、当たらずとも遠からずではあるだろう。


 しかしここで思わぬ事態が発生する。国王と宰相の目が扉の方を向いたのだ。パムさんが疑われている。これはいかん。


「あー、肥満は年齢によっても起こりますから、パムさんがお城の砂糖をくすねているなんて疑わないであげて下さいね」

「言われてみれば確かに、年配者に肥満の者がわりと多かったように思われますな」


「そういうことですので、キャラメルポップコーンは一週間に一度とさせて頂きます」


「ぐぬぬ……肥満になると言われてしまっては、これ以上要求出来ないではないか。そうだ、今までのぽっぷこーんなら問題ないのではないか?」

「それです! さすがは陛下!」


「いえ、塩分の過剰摂取も肥満の元です」

「「なんとっ!?」」


「王国を担われる陛下と宰相閣下の健康をポップコーンごときで脅かすわけには参りません。ですので普通のポップコーンも一週間に一度だけお送りすることと致します。よろしいですね?」


 俺は改めて、ポップコーンが法を曲げるほど強力な商材であることを実感したのだった。

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