第二十四話
家を買った。中央広場にほど近い住宅地にある、結構広い庭が付いた三階建ての戸建て物件だ。借りている倉庫から近いというのもあったが、購入の決め手はなんといっても風呂がついていたことである。
内風呂は全部で三つあり、上下水道も完備されていた。生活ギルドによるとこれだけの設備が整った家は貴族家にもそうはないらしく、購入時に屋台の
ちなみに購入価格は王国白金貨六枚で金貨五百枚のお釣り、日本円に換算するとおよそ五億五千万円だった。いわゆる豪邸だが立地が立地だけにこれが相場らしい。
ただしこの家に俺たちが住むわけではない。どれだけの豪邸でも社屋の快適さには敵わないからだ。
ここは例えばこの世界の人と商談などで会う時に使う。あとは連日に渡って屋台で働く
それと今後接触してくると思われるこの世界の貴族などを相手にする時も使えるだろう。むやみに社屋には招きたくないのだ。現状社屋内に入ったこの世界の住人はロイレンとブリアナ、ラビレイ国王に
「管理する人間は置いた方がいいかもな」
「なんなら
「だが断る! 空調は大事だ。聞けばこの世界は夏は暑く冬の寒さは厳しいらしいからな」
どうやら今の季節は夏から秋に移り行く途中で暦は十月の中頃とのことだった。確かに早朝に屋上に出てみると肌寒く感じる日もある。
「そうなると誰か雇うか。貧民街の面々だと争いが起きそうなんだよなー」
「屋敷を預かるというとやっぱり執事じゃないですかね」
「厨二病患者の
「
「否定出来るのか?」
「出来ませんし、するつもりもありませんけどぉ」
「仕方ない。商業ギルドに相談してみるか」
というわけで商業ギルドに行くと、オルセンという白髪に片眼鏡をかけた初老の男性が仕事を探しに来ているとのことだった。しかも彼は貴族家で執事を務めていたそうだ。よってそのままギルドの応接室を借りて面談することになった。
「初めまして。俺はハルトシ・オオゴウチといいます」
「オルセンにございます」
「まずは掛けましょう」
二人で向かい合ってソファに座ると、ギルドの職員がお茶を置いてから部屋を出ていった。
「まず最初にお聞きしたいのですが、貴族家を辞められた理由を教えて下さい」
「旦那様がお亡くなりになられ、ご長子が当主になられたのを機にお役目を解かれたのでございます」
「どのくらい勤めていたのですか?」
「三十年以上となります」
「それほど長い期間勤めていたのに当主交代でクビを切られたと?」
「はい……」
「お辛かったでしょうね」
「致し方ございません。執事の分際で現当主様に意見など申し上げてしまいましたから」
「意見とは?」
当主に楯突くような人材なら採用するわけにはいかない。一見物静かでいかにも執事らしい雰囲気の人だが、人は見かけによらないというからな。しかし彼の答えは俺の予想をいい意味で裏切るものだった。
「お答えを申し上げます前に、オオゴウチ様は先のヒルス帝国との戦をご存じでしょうか?」
「え? まあ、知っているといいますか……」
知っているもなにも、俺はラビレイ王国が圧倒的に不利だった情勢を敵将の暗殺によって覆した張本人だ。さすがにそれを言うわけにはいかないが。
「あの戦でご当主様、フロイド閣下はヒルス帝国に
「そうだったんですか!?」
「私がお仕えしていたデルリオ男爵家はボラント辺境伯領の東に領地を接しておりますため、ヒルス帝国に寝返ってラビレイ王国軍を挟撃するおつもりだったのです」
「でも結果的に寝返らなかった……」
「寝返らなかったのではございません。帝国からの使者が来なかったのです」
そういえばブリアナが国境に向かう途中に不審な帝国民を見かけたので捕らえて尋問したら、自害されてしまったと言ってたっけ。真相は分からないが、ソイツが使者だった可能性もあるな。
「結果的にデルリオ男爵家は援軍要請に応じなかったとのお咎めを受け男爵位から準男爵位に降爵。領地の半分を召し上げられてしまいました」
「その時オルセンさんがご当主になされた意見とはなんだったんです?」
「ヒルス帝国に与するなどとんでもない。お父上であるイノーク様がラビレイ国王陛下より受けたご恩をお忘れか。たとえ滅亡の未来が待っていようとラビレイ王国民として最後まで戦うべきではないか、と申し上げました」
フロイドがデルリオ男爵家の現当主で、イノークというのが前当主ね。今は準男爵家か。
ご恩が何かと尋ねるとお涙ちょうだいみたいな特別なことがあったわけではなく、普通にこれまで王国貴族として生活出来ていたことへの感謝が語られた。国王への忠誠心から出た言葉なのだろう。
「しかしオルセンさんの言う通りにしておけば降爵も領地の召し上げもなかったんじゃないですか?」
「ご当主様のお考えは違いました。あの時もし御自分がボラント辺境伯領に攻め込んでいれば、ヒルス帝国が勝利し爵位も領地も安堵されていたと仰られたのです」
「おそらくそんなことはなかったと思いますよ」
「はい?」
「私が聞いたところでは、帝国の敗北は将軍が討ち取られたからとのことでした。敵将も多く討ち死にしたそうです」
「それは本当のことなのでしょうか」
「信頼出来る筋からの情報です」
何度も言うが俺が張本人!
「なんでも指揮官クラスばかりが討ち死にして、その他の兵士や徴募兵にはほとんど被害がなかったらしいですよ」
「な、なるほど。指揮官がいなくなれば徴募兵は逃げ出すでしょうね」
「ええ」
「そしてもしご当主様が参戦なされていたなら……」
「指揮官として討ち取られていたかも知れません。なのでオルセンさんは二重の意味でデルリオ家を救ったとも言えます」
「そうでしたか。私は亡き旦那様にご恩返しが出来ていたと思ってよろしいのですね」
彼は片眼鏡を外してハンカチで涙を拭っている。しかし俺はここで彼を落胆させるかも知れないことを告げなければならない。
「オルセンさん、感動されているところを申しわけありませんが、俺にはラビレイ国王陛下と繋がりがあります」
「国王陛下と、ですか?」
「はい。そしてデルリオ家の現当主は反逆の徒と言わざるを得ません」
「ま、まさか……!?」
「このことは陛下に申し上げなければなりません。オルセンさんにはお詫びのしようもありませんが……」
「お詫び、ですか?」
「え? ええ、亡くなられた先代当主には世話になられたのですよね?」
「ああ、そういうことでしたか。仰る通り先代には大変によくして頂きましたが、現当主にはむしろ虐げられておりましたよ」
「は?」
「オオゴウチ様が陛下に現当主の逆心をお伝えした結果、デルリオ家がお取り潰しになるのは仕方ないと思います。それに……」
「それに?」
「あのボンクラには使用人の多くが苦しめられておりますので」
現当主のことをあのボンクラって言っちまったよ、この人。もっとも今は主人でもなんでもないからいいのか。いや、腐っても貴族位にある相手だから不敬罪とかにならないのかな。あー、うん、俺が黙っていればいいだけだな。
そういえば以前ラビレイ国王に日和見貴族の処遇について聞いた時、反逆罪により取り潰しとなれば一族郎党全員処刑されると言っていた。郎党とは家臣や家来のことをいうので、なんの罪もない使用人まで巻き込まれるのである。
「つかぬ事をお聞きしますが、その使用人とは何人くらいいるのですか?」
「王都の屋敷に五名と領地に五名です」
「意外と少ないんですね」
「元はその三倍はおりましたが、皆現当主に暇を出されてしまいましたので」
「その十人も虐げられているのですか?」
「虐げられているのは王都の屋敷の五人だけです。領地にいる使用人は全員貴族家の令息令嬢ですので丁寧に扱われております」
オルセンさんによるとデルリオ領にいる他家の令息令嬢は別として、王都の屋敷で働く五人は全員善良とのこと。
「オルセンさん、貴方を雇います!」
「はい……えっ!? 本当ですか!?」
「本当です。それでデルリオ準男爵邸に残っている五人を引き抜けませんか?」
「まともに給金も支払われず皆辞めたがっておりますので、仕事さえあれば可能かと存じます」
「では五人も俺が雇いますので大至急その人たちに退職届を書くように伝えて下さい。もちろん住むところもあります」
ラビレイ国王に告げ口する前に五人がデルリオ家を退職すれば処分を受けることはないだろう。念のために俺からも口添えをするつもりだ。
苦しめられている使用人が愚かな主人のせいで粛清に巻き込まれるのは忍びない。それに本当は執事だけではなく、購入したあの大きな家には何人かの使用人も欲しいと思っていたところだ。だからこの話は渡りに船だったのである。
「俺は明日には登城してラビレイ国王にデルリオ準男爵の逆心を伝えてきますので、今日中に荷物をまとめておくようお願いします。夜になったら迎えの馬車を遣わせますので」
「承知致しました。オオゴウチ様には重ねて感謝申し上げます」
その日の夜、オルセンを含めた六人を新たに購入した家に送り届けた。家には家具や食器など、生活に必要なものもほぼ揃えてあったが、ベッドはなかったので急いで客間六室にそれぞれ一台ずつ購入して届けさせたのである。
ちょうどビオレーブル工房に在庫があってよかったよ。なんでも発注主が代金支払いの段になって大幅な値引きを要求してきたので、突っぱねて不良在庫になっていたそうだ。
しっかりした作りで寝心地もよさそうだったので、追加で十台発注しておいた。もちろん代金は全額前金で支払ったさ。お陰で配達料は工房で負担してくれることになった。
とにかくひとまず今夜はそれで凌いでもらおう。
そして翌日俺は王城に向かうのだった。
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