第二十二話

 屋台のオープン三日目。この日は営業開始前からすでに昨日よりも長い列が出来ていた。ポップコーンは言うに及ばす、物干しハンガーと使い捨てライターの屋台にもである。もっともそちらは数十人程度ではあったが。


 修羅場はの人員を増やすことで対応した。この三日間は大人四人を投入していたが、長時間ポップコーンのフライパンを振る作業が子供たちには荷が重いと分かったのである。そのため子供たちには完全に売り子に徹してもらい、新たに大人六人を加えたというわけだ。


 そして営業終了後、屋台で働いた者たち全員で教会の敷地を借りて打ち上げパーティーを開いた。当然倉庫を見張ってくれた警備隊も招いてである。明日は屋台の営業を休みとしたため酒も解禁だ。


 ところでたけあきとアレリだが、この三日間でかなり親しくなったらしい。そのことで今夜俺とようへいに相談したいことがあると言われた。もちろん拒否する理由などない。パーティーが終わって社屋に戻ったら聞いてやろう。


 倉庫の壊れた扉の修理は警備隊のマギル隊長から紹介されたビオレーブル工房に依頼し、すでに完了している。さすがは隊長推薦の工房だ。仕事が早い。


 カギは壊されていなかったのでそのまま使うことにした。工房主のハイデン・ビオレーブルもパーティーに参加している。


「こらぁいい酒だな」


 ハイデンはドワーフ、ファンタジー種族だ。酒好きというのは間違いないが、彼によると一般的にドワーフは酒に量より質を求めるとのこと。種族を聞いてノリノリになった厨二病患者の洋平が用意した樽酒より、超高級品のワインやブランデーを好んで飲んでいる。


「ちょっとした伝で手に入れた、この国にはない酒ですよ」

「そうか。だとするとコイツは売っちゃもらえねえだろうな」


「二、三本なら差し上げます。ただビンは芸術品としての価値があるので飲み終えたら返して下さい」

「この入れ物はびんってのか。確かに芸術品と言われても納得出来るな」


 ビンが芸術品というのはウソだ。この世界にもガラスはあるようだが、ビンのように内容量が浮き上がってデザインされている精緻なものは見たことがない。窓ガラスにしても厚さがまちまちで表面もツルツルしていないのである。つまりビンはオーバーテクノロジーなので返却を求めたというわけだ。


 ドワーフなら作り方を知りたがりそうなものだが、ビオレーブルはガラス工房ではないので興味が湧かなかったのだろう。


 パーティーはその後も続いていたが、俺と猛暁は先に帰ることにした。あまり遅くなると猛暁の相談を聞けないし、これ以上酒を飲むと正常な判断も出来なくなる。


 社屋の応接室。ここは俺たちが話し合う時に使う場所だ。ソファが高級品で座り心地がいいからである。ロイレンとブリアナも一緒にということだったので、二人は俺の両サイドに腰を下ろした。


せき先輩、改まってボクたちに相談したいことってなんですか?」


「実は貧民街から屋台の手伝いに来てくれていたアレリって女の子についてなんだ」

「ああ、モニターで見てました。仲良さそうにしてましたね」


「俺が取り持ってやったんだ。もっとも最初に彼女を勧めたのはブリアナだけどな」

「そうなの、ブリアナちゃん?」


「炊き出しの時に様子が変だったので声をかけました。そうしたら関様に一目惚れしたと言われたんです」


「えっ!? アレリさんて猛暁に一目惚れだったの?」

「はい、旦那様」


「こんなこわもてのどこに一目惚れされる要素があるんだろう」

「遙敏、ちょっと酷くねえか?」


「鏡見て下さいよ、関先輩。子供なら泣きます」

「洋平まで!? 教会の子供たちは泣かなかったじゃねえか!」

「あの子たちはきっと人前で泣いてはいけないと教育されてるだけですよ」


「まあまあ洋平、話が進まないからからかうのはそのくらいにしておけ。で、アレリと付き合うっていうなら反対はしないぞ」

「ボクもしませんよ」


「ありがとう。二人ならそう言ってくれると思ってた。でな、アレリもここに住ませたいと思ってよ」


 そういうことか。社屋にはこの世界の住人に簡単に明かせない秘密がいっぱいある。ロイレンとブリアナは例外中の例外だ。しかし逆に言えば、ここで知ったことを漏らさないと約束してさえくれるなら同居することに問題はない。


 あの子なら信用出来そうだしな。裏切られたらその時はその時である。とは言え、だ。


「本人は望んでいるのか?」

「ああ。の環境はよくないからな。守らなければならない秘密は絶対に守るって言ってくれたよ」


「確かに女の子一人で貧民街に住むのは不安だよな」

「ボクはいいと思いますよ。のことだって、バラされたらバラされたでなんとかしますし」


 どうやら洋平も俺と似たような考えらしい。


「アレリはそんなことしねえよ!」


「知り合って三日しか経ってないのにとか、そういう野暮なことも言いません」

「洋平にしてはあっけらかんとしてるな」


「大河内先輩はボクをなんだと思ってるんですか?」

「厨二病の重症患者」


「そこは否定出来ませんけど、関先輩の次はボクだと思ってますので」


「おいおい、洋平から爆弾発言が飛び出したぞ」

「関先輩、なんですか、それ!?」


「洋平、お前三次元の女子に興味あったのか?」

「だから大河内先輩はボクをなんだと思ってるんですか!?」


「言ったろ? 二次元にしか興味がない厨二病の重症患者だって」


 そろそろ洋平を弄って遊ぶのはやめにしよう。


「ま、俺もアレリの同居は歓迎するよ。部屋は猛暁と一緒か? それとも別々にするのか?」

「いったんは別々でいい。いきなり同じ部屋で寝泊まりってのはアレリも動揺するだろうし」


「分かった。洋平、用意しておいてやれ」

合点ガッテン承知のすけ〜」


 翌日の夕方、俺はロイレンとブリアナを伴いポールとワット父子の荷馬車をチャーターして警備隊の詰め所に向かった。マギル隊長にの品を渡すためだ。


「ハルトシ、待ってたぞ!」

「マギル隊長、例の物を持ってきました」

「そうかそうか……って、なんだそれ?」


「カセットコンロとポップコーン豆ですよ。屋台で見ましたでしょう?」

「いや、それは分かるが……」


 俺は持ってきたカセットコンロとポップコーン豆が詰まった麻袋をテーブルの上に置いた。豆は約五キロの量がある。


「屋台で作って届けるよりここで隊長さんたちが作る方が好きな時に食べられると思いまして」

「そりゃそうだが……」

「作り方も分かりますよね?」

「あ、ああ」


「カセットコンロはお貸しするだけで差し上げるわけではありませんので壊さないようにお願いします。交換用のボンベは三本で小金貨一枚でお売りします」


 ボンベ三本を日本円換算で一万円はぼったくりだ。


「金を取るのか!?」


「ボンベはタダじゃないんです。ポップコーンは釜戸などでも作れますので絶対に買わなければならないということはありませんが、ここに釜戸あります?」

「いや、ない……」


「まあ、どちらでもご自由に。カセットコンロは使わないならお返し下さい」

「と、とりあえず借りておこう」


「分かりました。ボンベを交換する際には注意事項がありますが、それはその時に説明すればいいでしょう。あとコンロに火が点いている状態でボンベを外すと爆発する危険性がありますので、絶対にやらないで下さい」

「爆発するのかっ!?」


「コンロもボンベも安全設計ですが、やるなということをやれば危険なのは当然です。とにかく火の扱いには注意し過ぎるくらいがちょうどいいと思います」

「わ、分かった」


「そうそう、豆はこの量でポップコーンをおよそ二百五十人分作れます。屋台の販売価格にすると小金貨五枚ですね。もちろんそこには油やバター、人件費なども含まれてますので、追加の場合は小金貨二枚でお売りします。最初のこれはお礼ですので代金は不要です」


「隊長ぉっ! フライパンに塩、バター、油を持ってきました! 早く作りましょう!」


「トキーチさん、チペイさん、クァンタさん、こんにちは」

「おう!」

「こんにちは」

「昨日はありがとな」

「どういたしまして」


 他の警備隊員たちもぞろぞろと集まってきた。中にはポップコーンを見るのが初めてという隊員もいるようだが、噂なら聞いたことがあるはずだ。


「そうだハルトシ、倉庫に盗みに入ったヤツらだが、午前中のうちに処刑されたぞ」

「えっ!? もうですか!?」


「余罪が明らかだったのもあるが、やはりちょっきょ状を賜ったお前たちの倉庫を荒らそうとしたのが大きかった。処刑が早いのは王国が死刑囚に国民の血税でメシを食わせることをよしとしていないからなんだ」

「なるほど」


 冤罪の可能性が捨てきれない場合はそんなことはないそうだが、今回は現行犯なので言い逃れは出来なかったようだ。賊たちも相手が悪かったということである。


 警備隊の詰め所を後にした俺たちは、中央広場の屋台と倉庫を見回ってから社屋に戻るのだった。

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