第二十一話

 営業二日目も屋台は大盛況だった。特にポップコーンは長蛇の列が出来てしまい、警備隊に出張ってもらったほどだ。その報酬がポップコーンでいいというのだから安いものである。


 そして三日目を前にした深夜、ドローンが倉庫に侵入しようとしている賊の姿を捉えた。賊の人数は四人。黒装束に身を包んでいるがドローンの暗視カメラで丸見えだ。


「ロイレンとブリアナは警備隊に通報してきてくれるか?」

「承知致しました」

「なんなら制圧してきましょうか?」


「いや、こちらに戦力があることはなるべく知られたくないから警備隊に任せよう」

「分かりました」


 昨日のクズーノ兄弟の騒ぎの時も二人が動こうとしたのを止めた。警備隊もほとんどの王都民も二人が元王城のメイドだということは知らないし、まして手練れであるとは夢にも思っていないだろう。


 ところでラビレイ王国の法律は犯罪者に非常に厳しい。人殺しはもちろん死罪だが王国や王家に対する反逆罪、騒乱罪の他に未成年者への性的虐待も同様に死罪だ。


 また詐欺、恐喝は悪質さの度合いによって鉱山労働に送られる年数が決まり、窃盗や暴力行為は最悪片腕が切り落とされる。


 そして俺たちの屋台や倉庫を標的にした場合だが、営業には国王からちょっきょ状を賜っている。つまり捕まれば賊にとって最悪のケースとなるということだ。


「で、どんな感じ?」

「ボク様謹製のカギがそう簡単に開けられるわけがないじゃないですか」


「ありゃ相当焦ってるな」

「お! 斧を取り出したぞ」


「この世界の斧程度でタングステン合金製のカギが壊せるとでも思ってるんですかね」


 ようへいは鼻高々に胸を張ってそう言った。嘘をついたわけでもないのにピノキオみたいだ。


「なあはるとし、タングステン合金製ってところはツッコんだ方がいいのか?」

「いや、放っておこう」

「りょ」


 ところがそこでたけあきの無情な声が洋平に襲いかかる。


「あー、壊されたぞ」

「ええっ!? そんなバカな!」

「カギは壊れてねえが、扉の方がいっちまった」


「よし。手筈てはず通りアイツらが全員倉庫に入ったらテーザー銃をお見舞いしてやれ。おい洋平、聞いてるか? しっかりしてくれよ」

「壊された……ボク様のカギが壊された……」


「だからカギは壊されてねえって。壊れたのは扉の方だよ!」

「ボクなんか……ボクなんか……」


 なにかコンプレックスでもあるのか。どうでもいいけど面倒臭え。俺は洋平の目の前で手をパンと叩いてやった。要するに猫だましだ。お陰でようやく洋平が正気に戻る。


「全員倉庫に入ってからですか? 一人は外で見張ってるみたいですけど」

「ソイツもやっちまっていい」


「分かりました。おのれ賊ども、よくもボク様のカギを壊してくれたな! 目にもの見せてやる!」

「カギは壊れてねえってさっきから言ってんだろ」


「食らえ、神の雷撃! エンジェルサンダー!!」

「聞いてねえし。てかそれ、神様じゃなくて天使じゃねえか!」


 ――この様子を見ていた神界のマシンルーム――

「おお! 我ら天使の雷撃だ!」

「神をも凌駕するエンジェルサンダー!」

「そこはゴッドサンダーだろうに」

「オモイカネ様、残念でしたね」

「いいから仕事をしなさい!」

「「「へーい」」」

 ――神界の電算室終わり――


 賊どもがテーザー銃で撃たれて悲鳴を上げ、次々に倒れていく。間もなくしてロイレンとブリアナが警備隊を連れて倉庫に到着した。


 実は彼女たちはテーザー銃にどれ程の威力があるのか知りたいとのことで、身をもって電撃を体験していたのだ。当然反対したが聞き入れてもらえず、仕方なく出力を落とした上で体験させたというわけ。


 直後、二人からはあんなに痛いと最初から教えられていたら体験なんて望まなかったと怒られた。理不尽だ。ちゃんと痛いよって言っておいたのに。


「いや、あれは遙敏の言い方がまずかっただろ」

「そうですよ、おおうち先輩。あんな言い方だとちょっとチクってするくらいかなって思われてもしょうがないと思います」


 とまあ、こんな風に猛暁と洋平からも非難を浴びせられた。俺だってネットでの知識しかないからどのくらい痛いかなんて知らないんだ。全くもって理不尽である。


 そんなことはいいとして、現場では警備隊が賊を縛り上げて詰め所へ連行するところだった。そろそろ俺も行った方がよさそうだ。どの道事情を聞かれるのだろうから、屋台の営業時間より今の方がいい。カギ、じゃなくて扉が壊された倉庫は警備隊員が朝まで見張ってくれるらしい。


「ちょっくら行ってくるな」

「ああ、オレと洋平は悪いけど先に寝とく。あまり遅くなるようだったら明日は昼からでもいいぞ」


「キャンペーンの最終日に俺たち三人がいなくて大丈夫か?」


「そんときゃの人たちを多くいれるから大丈夫さ」

「分かった。なら頼む」


 警備隊の詰め所に到着するとロイレンとブリアナが事情聴取を受けているところだった。二人は俺に気づいて微笑みを向けてくれている。


「ようやく来たか」

「マギル隊長、お手数をおかけします」


「いや、アイツら四人には手こずっていたんだ。だからまとめてしょっ引けたのは大きい。逆に礼を言いたいくらいだよ」

「礼ってなんのです?」


「全員気絶してたって聞いたからな。どうせお前さんがなんかやったんだろ?」

「なんかって?」


「カギに仕掛けでもしてあったんじゃないのか? ま、言いたくないなら言わなくていい。商売上の秘密なんかもあるんだろうからな」

「はぁ……」


「それに俺はお前さんのことを信用してるんだ。どうせあの四人は死罪だしな」

「あれ? 腕一本切り落としじゃないんですか?」


「言ったろ、手こずってたって。余罪がたんまりある上にちょっきょ状を賜ったお前さんとこの倉庫に忍び込んだんだ。腕一本で済むほどこの国の法は優しくないってことだよ」

「なるほど」


 俺が来たことですぐにロイレンたちと帰れることになった。明日も屋台があるだろうとのマギル隊長の計らいである。


「壊された扉が直るまで隊員を見張りに付けといてやる。その代わり、分かるだろ?」

「もしかしてポップコーンですか? それって賄賂じゃないですか」


「考え方の違いだ。これは犯罪被害者に対する救済措置ってやつだよ。どうだ、感動したろ?」

「え? まあ……」


「でもって感動したお前さんはつまらない物ですが、と涙ながらにお礼を差し出すってわけだ。どこに賄賂の要素がある?」

「マギル隊長には負けましたよ。ところで……」

「どうした?」


「昨日クズの兄弟に食べさせたポップコーンの残りはどうされました?」


「クズの兄弟? ああ、クズーノ兄弟のことか。で、アイツらがどうしたって?」

「いえ、兄弟のことではなくて……」


「旦那様、明日も早いのでそろそろ帰りましょう」

「んあ? ああ、そうだな」


「ロイレン嬢の言う通りだぞ。早く帰れ」


 まあ、あの様子だとすっ惚けられて終わるだろうし問答に割く時間が勿体ないのは事実だ。倉庫を見張ってもらえるのはありがたいから、今日はこのまま引き下がるとするか。


 ロイレンとブリアナを伴い、俺は社屋への帰路に就いた。

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