第二十話

「おうおうおう、なんだこれ! 舎弟の歯が欠けちまったじゃねえか!」

「アニキぃ、痛えよぉ」

「見てみろよ! どう落とし前をつけるってんだ、ああん!?」


「お客様、もしかして白くなってない丸い豆を食べませんでしたか?」

「だったらどうだってんだよ、こるぁっ!」


 見ると確かに舎弟の歯は欠けているようだ。しかしポップコーンが原因でそうなったかはなんとも言えない。何故ならいくつかの歯がかなり欠けていたからで虫歯を放置するとそうなるのである。


 洋平に伝えて解析してもらおう。


「あちらに注意書きがありますし、お売りする時もお声をかけさせて頂いております」

「だからてめーらには責任がねえってか!? ふざけんじゃねえよ! こう見えて俺も舎弟も字が読めねえんだよ!」


 こう見えてと言われても、どちらかというと字が読めないと言われた方が納得出来る風体だ。この世界の人の識字率はまだ分かっていないが、の面々にも読み書き出来る人はいたので、それほど低くはないのではないだろうか。


 教会に教えに行ったロイレンとブリアナも、半数は復習だったと言ってたし。


「まるいのたべちゃダメっていってるじゃん!」


 考え事をしていたら、カエラが小さな体で男たちの前に仁王立ちになっていた。勇ましいが危ないからやめなさい。そして従業員の皆さん、子供を前に出すんじゃありません。


「んだぁ、このガキ!」

「やめて下さい! 小さな子供になにをしようというのですか!」


 カエラに掴みかかろうとした男の前に立ちはだかったのはシスター・マリアロッテだった。彼女にはポップコーン屋台の責任者を任せていたが、カエラが危ないと知って前に出てきたようだ。


「あれ? アンタもしかして貧乏教会のシスターじゃねえか。するってえとコイツらは教会のガキ共か。ずい分小ぎれいにしてるなあ。どっかに金を隠し持っていやがるんじゃねえのか?」

「そ、そんなことは……」


「だったらなんでそんなに小ぎれいなんだよ! ははーん、さては浄化屋に行きやがったな。よくそんな金があったもんだ」

「それは……」


 ならず者の相手はシスターには荷が重かったか。仕方ない。俺が成敗してくれよう。


「お客さん、うちの従業員を威圧するのはやめて頂けませんかねえ? 浄化屋の代金は俺が出したんですぜ」

「んだ、てめーは!?」


「この屋台を仕切る大河内一家の親分でさぁ」

「オオゴウチ一家だぁ? 聞いたことがねえな!」

「王都に来て間もないですからねぇ」


 ちょっと江戸っ子風を気取ってみた。


「なら親分さんよぉ、舎弟の欠けた歯は親分さんが落とし前つけてくれるんだろうな!」

「んー、本当にうちのポップコーンが原因ですかい? ちょっと見せてもらってもいいですかね?」


「うるせえっ!! いいから落とし前つけやがれ!」

「どうしろってんです?」


「慰謝料だ! 慰謝料を払え! それで今回は勘弁してやる!」

「慰謝料ねえ」


 すでに舎弟の歯がここで欠けたものでないことは、ドローンの映像からようへいが解析済みだった。そんなものに払う慰謝料などない。ま、そう言ったところで納得はしないだろうから少し遊んでやるか。あの人たちもいるようだし、いざとなったら出てきてくれるだろう。


「でしたらお客さん、ポップコーンが原因で欠けたという証拠を見せて下せえよ」

「んだとぉっ!?」


「いえね、こちらが原因ではないというのは悪魔の証明と言いまして、証明することが不可能なんですよ。でも実際に歯が欠けたなら証明出来ますよね? どの歯が欠けたんです? 欠片はありますかい?」


「おい、口ん中見せてどれが欠けたか教えてやれ!」

「あ、アニキぃ……」


「おーい、なんかあったのか?」

「あ、マギル隊長、こんにちは」


 あれ、もう出てきちゃったよ。現れたのは警備兵のトキーチ、チペイ、クァンタを伴ったグレン・マギル警備隊長だった。彼らは先ほどから野次馬の背後で様子を窺っていたのである。もう少し引っ張ってくれてもよかったのに。


「おう! こないだは世話になったな」

「いえいえ、こちらこそ」


「で、どうしたんだ? あれ、お前らクズーノ兄弟じゃないか。こんなところでなにしてるんだ?」


 舎弟じゃなくて本当の弟だったのかよ。てかクズーノって、人の名前で笑っちゃいけないけど笑える。


「ま、マギルの旦那!?」

「マギル隊長、そちらの弟さんがうちのポップコーンを食べて歯が欠けたから慰謝料を払えって言われてるんですよ」


「んあ? おいクズーノ弟、どの歯が欠けたんだ?」

「え、えっと……」


「元々あっちこっち欠けてるから分からないじゃないか。ところでお前ら、袋はどうした?」

「袋、ですか?」


「ぽっぷこーん買ったんだろ? 袋はどうしたって聞いてるんだよ」

「ぜ、全部食って捨てちまいやした」


「バカかお前ら。明日袋を持ってくればタダで一つもらえるんだぞ。おい、本当にぽっぷこーん食ったんだろうな!」

「も、もも、もちろんですよ!」


「そうか。で、どんな味だった?」

「へっ? どんな味って……」


「美味かっただろう? なんとも言えないあの乳の甘い風味が」


 そんな見え見えの引っかけが通じるのかね。


「そ、そうです! 弟の歯は欠けちまいましたが、確かに乳の甘い風味は美味かったです!」

 通じた。


「トキーチ、チペイ、クァンタ、クズーノ兄弟をしょっ引け!」

「「「はっ!」」」


「な、なんでですか、マギルの旦那!?」

「オオゴウチ殿、試食の余りはないか?」

「余りはありませんけどここからどうぞ」


 俺は弾けたばかりのアツアツのポップコーンが入った袋を差し出した。隊長はそこから二粒取り出し、兄弟に一粒ずつ手渡す。


「食ってみろ!」

「へい……」

「どうだ?」

「「う、うめぇっ!!」」


「で、乳の甘い風味はしたか?」

「はっ!」

「アニキぃ……」


「屋台の営業妨害、恐喝、詐欺、俺たち警備兵への嘘の申し立て。すぐにしゃに出られるとは思うなよ」


 そう言ってクズーノ兄の尻を蹴飛ばし、マギル隊長は親指を立てて俺にいい顔で笑いかけてきた。野次馬と化していた客たちから惜しみない声援と拍手が送られる。そうして彼らが去っていくと、屋台は再び賑わい始めるのだった。


 あ、マギル隊長、ポップコーンは持っていっちゃうんだ。まあいい。

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