第十九話
屋台のオープン初日。この日の売り子はシスター・マリアロッテを含む教会の六人と
売り子の皆さんには前日浄化屋で体をきれいにしたあと、髪結い屋で髪も整えてもらっていた。さらに今日も浄化屋で清潔にしてから制服に着替えさせたので、どこからどうみても貧民街の住民には見えず貴族と言われても信じてしまうだろう。
客寄せにはポップコーンに活躍してもらう。ほとんど例外なく食べた人はハマりまくるので、オープンから三日間だけは一袋小銅貨一枚(日本円換算で十円)の大盤振る舞いとした。
「ポップコーン豆は倉庫にあるので足りなくなったら言ってくれ」
「「「「はい!」」」」
「それから今日は人が多いから、疲れたら一声かけて裏で休んでくれていいぞ」
屋台の裏には三畳ほどのスペースがあり、そこにテーブルとパイプ椅子を置いて休憩出来るようにしてある。朝食に
一人一つでは足りず、追加で取り寄せてロイレンとブリアナに取りに行ってもらったほどだ。昼もこれがいいと言われたので洋平に頼んでおこう。
ちなみにこの弁当は報酬から一つ当たり銅貨一枚を差し引くことになっている。それでも十分な稼ぎになるだろうとのことで全員が了承済みだった。
「親分、あのこんびにべんとうとかいうの、ここで働けば毎回食えるんですか?」
「親分?」
「オオゴウチの旦那のことですよ。俺ら旦那のことを親分て呼ぶことにしたんです」
「セキの旦那は若頭でさあ!」
思わず猛暁と二人で顔を見合わせてしまったが悪くない気分だ。屋号を大河内一家にしてもいいかも知れない。しないけど。
「銅貨一枚でコンビニ弁当を食わせてやれるのは今日から三日間だけだな。本当は銅貨五枚くらいするんだ」
「銅貨五枚!? それでも安いですぜ! なら銅貨五枚払えば食わせてもらえるんで?」
「構わないが……」
「親分、きょうから三日間は銅貨一枚でいいんですよね? でしたらまとめて売ってもらうことは出来やせんか?」
「悪いがそれは勘弁してくれ。皆から銅貨一枚もらっても、こっちは銅貨五枚で仕入れてるんだ」
「それじゃ俺たちが食った分だけ親分が損するってことじゃねえですか」
「その分働いてくれれば気にしなくていいよ」
「さすが親分! おい皆! 食った分以上に働くぞ!」
「「「「おう!!」」」」
「はるおしおじちゃん」
「どうした、カエラちゃん」
「わたしもがんばる!」
「おう、がんばってくれ!」
「うん!」
屋台は一台が物干しハンガーと使い捨てライターの販売を行い、もう一台でカセットコンロを三台並べてポップコーンを作る。中央広場にも人通りが増えてきたので開店の頃合いだ。
制服を着た面々が商品の準備を始めると、統一感のある売り子たちを見て興味深そうに皆足を止める。いいタイミングでポップコーンが弾け始めた。
「さあさ皆さん! 新しい屋台のオープンだよ!」
「美味しいぽっぷこーんはいかがですかー?」
「今日から三日間は特別に一つ小銅貨一枚!」
「しかもぽっぷこーんが入ってる紙袋を持ってきたら、明日はタダになるって大盤振る舞いだぜ!」
「食べたら止められなくなること間違いなし!」
「お、おいちいよぉ!」
すると紳士っぽい中年の男性が屋台に寄ってきた。この人多分貴族だ。
「お嬢ちゃん、そんなに美味しいのかい?」
「うん! はるおしおじちゃん、ししょくのやつこのおじちゃんにあげて!」
「はいよ! 一つどうぞ。毒見は必要ですか?」
「いやいや、ずっと見ていたから大丈夫。では一つもらいますよ」
わら籠に移した試食分からは弾けていない豆は抜いてある。男性はその中から一つをつまんでひょいと口に入れた。刹那、彼は大きく目を見開き俺に視線を向ける。
「こ、これはなんだね!?」
「ポップコーンです」
「このような美味は初めて口にした。これが一つ小銅貨一枚だと!? 安すぎる! 全部売ってくれ!」
「申し訳ありません。本日オープンの特別提供ですので、全部お売りするわけにはいきません」
「むう、ならいくつなら売れる?」
「まずは皆さんにも一通り味見して頂いて……」
「そんなに美味いのか!?」
「おい、俺にも味見させろ!」
「私にも食べさせて!」
見る見る人が集まってきて、試食分はすぐになくなってしまった。そして作るそばからポップコーンが売れていく。仕方なく一人二つまでにしたが、それでも最初に用意した豆は一時間も経たずになくなってしまった。
予想は出来たから多めに用意していたが、早々に追加分を倉庫に取りに行かなければならない。
「
「任せろ!」
「あ、そうだ。おーい、アレリさーん!」
「はーい!」
彼女は貧民街に一人で住んでいる十九歳の女性だ。エメラルド色の髪に卵形の輪郭、青く大きな瞳は吸い込まれてしまいそうに思える。
初めて教会で会った時は髪の緑色がくすみ、顔も肌も汚れていて見窄らしかったが、浄化屋で身ぎれいにして制服姿になってみると肌も透き通るように白く美しかった。
身長は155センチくらいだろうか。さすがに痩せ細ってはいるが胸はそれなりに膨らんでいる。あの時気になったのはこの胸か、それとも美人センサーが働いたのか。
そんなことより実はこのアレリが猛暁に女の子を紹介してほしいと話した時に、ブリアナが言っていた"思い当たる人"だったのである。
彼女は猛暁に想いを寄せているが、貧民街の住民ということをコンプレックスに感じているらしいのだ。怖くて怯えてたわけじゃなかったんだ。
「アレリさん、猛暁と倉庫に行ってポップコーン豆を持ってくるのを手伝ってくれる?」
「え……えっ!?」
「
「お前、女の子を紹介してほしいって言ってただろ」
「いや、確かに言ったけど……」
「アレリさん可愛いと思わないか?」
「へっ!? 私がか、可愛いで……すか?」
「うん。可愛いのは認める」
「ひゃうぅぅ……」
「しかし遙敏よぉ、いきなりそんなこと言ったらアレリちゃんに迷惑だろうが。ごめんな、アレリちゃん」
「い、いえ、だ、大丈夫です……」
「アレリさん、猛暁と一緒に行くのは迷惑ですか?」
「め、迷惑じゃないです!」
「じゃあ行ってらっしゃい。猛暁、ちゃんとアピールしてこいよ」
「お、おい、遙敏……」
少々強引だったかも知れないが、俺たちは思春期の少年ではないのだ。周りでじれじれするのもいいが、そういう時代はとっくに終えているのである。がんばれ猛暁! 見事アレリさんをゲットしてこい!
「私の分は……」
最初の紳士が不安げに俺に声をかけてきた。彼は他の客に気圧されてポップコーンを買うタイミングを失っていたのである。そして突然始まった青春劇に戸惑っていたようだ。忘れてた、ゴメン。
「どこぞの貴族様とお見受け致します」
「ん? あ、ああ。身分は明かせぬがな。とてもよいものを見せてもらってなんだが……」
「ポップコーンはまだありますのでご安心下さい。それよりもあちらの商品をご覧になりませんか?」
「あれは?」
「使い捨てライターと物干しハンガーにございます」
「ほう?」
「まずは使い捨てライターですが、このようにここの部分を押し下げると火がつきます。指を離すと火は消えます」
「なんと!? 火の魔道具か!?」
「いえ、魔道具ではありません。中の液体に火がついていて燃えているだけです」
「液体に火が……」
「はい。使い方にもよりますが、ちょっと火をつけるだけなら五百回から千回くらい使えますよ」
「それは本当か!?」
「まあ作りがチープなので液体を使い切る前に火がつかなくなってしまうこともありますけど」
「いくらだ!? いくらで売ってもらえる!?」
「一つ銀貨一枚です」
「こ、これが銀貨一枚だと!? 金貨一枚の間違いではないのか!?」
「間違いではありませんよ」
「ではあるだけもらおう!」
この人、大人買い好きだよなあ。
「買いだめしなくても大丈夫です。まずは一つお買い上げ頂いて使ってみて下さい。ちなみに中の液体を抜いて燃やしても大した威力にはなりませんので」
「そ、そうか。では一つもらおう。そちらはなんだ?」
「これは物干しハンガーといいまして、このように洗濯物を挟んで干す道具です」
「なるほど。おそらく便利なものなのだろうが、私には洗濯のことはよく分からんのでな。後で家の者を寄こそう」
「ちなみにこちらは小金貨一枚です」
「それが小金貨一枚ですってぇっ!!」
突然背後から四十歳くらいの女の人が叫んで寄ってきた。メイド服を着ているからどこかのメイドさんなのだろう。
「洗濯物が風で飛ばされなくなるじゃないの!」
「まあ、そうですね」
「一つ下さるかしら?」
「あ、はい。ありがとうございま……」
「ナターリア、これを持ってお屋敷に戻りなさい。奥様にお見せしてお金を頂いてくるのです」
「は、はい、イザドラさん。えっと、どのくらいでしょう?」
「少し待って。貴方が店主さんかしら?」
「はい、そうです」
「物干しはんがーというのはどのくらいありますか?」
「在庫はたくさんありますが……」
「十個でも大丈夫ですか?」
「ええ。その数ならここにあります」
「では十個買わせて頂きます。ナターリア、金貨を一枚頂いてきなさい」
「お買い上げありがとうございます」
「俺にも使い捨てらいたーを見せてくれ!」
「物干しはんがーはまだありますか!?」
とたんにしっちゃかめっちゃかになった。後を売り子の皆さんに任せ、俺はポップコーンを五つ持って最初の紳士のところに戻りそれを手渡した。
「お約束のポップコーンです」
「五つもいいのかね?」
「はい」
「ありがとう。そしてどうやらあの物干しはんがーというのは使用人にとって大変に重要なもののようだ。急ぎ家の者を向かわせるが売り切れたりはせんか?」
「ご心配なく。数は十分に揃えてあります」
そうして紳士が帰ろうとしたところで、お約束のように招かれざる客がやってきたのだった。
「おうおうおう、なんだこれ! 舎弟の歯が欠けちまったじゃねえか!」
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