第十五話
ヒルス帝国の宣戦布告は予想よりさらに一日早かった。ロレーナとブリアナはようやく国旗の地に辿り着いたばかりである。
敵の将軍はキルス・レーヴス、帝国の侯爵位にある者で戦巧者とのことだった。彼が指揮を執った戦争ではこれまで全勝、帝国の戦神の異名を持つ御仁らしい。もちろんそんなの関係ねえ!
向こうが戦神ならロイレンとブリアナは
「
「「おはよう」」
「洋平、将軍の位置は?」
「把握はしてますがロイレンさんもブリアナさんも狙えるところには到達していません」
ラビレイ王国軍とヒルス帝国軍は幅十メートルほどの細い川を挟んで対峙していた。王国軍側の前衛は俺が提案した長槍を持った騎兵たちである。あれだけの数を揃えたのには驚かされたよ。
そんな感慨にふけっていると帝国軍から一際豪華な鎧を纏った騎兵が一騎、ゆっくりと前に出てきた。
「我こそは数々の戦功によりヒルス帝国皇帝ブランデン・カーダシアン・ヒルス陛下より伯爵位を賜ったミケル・アドシェッドである! ラビレイ王国の腰抜け共に告ぐ! 今すぐ降伏せよ! さすれば慈悲深きブランデン陛下は奴隷として生きる道をお与え下さるだろう!」
「洋平、アイツ撃てないか?」
「ブリアナさんが射程圏内にいますが今はだめです」
「なんで?」
「名乗り口上の最中は攻撃しないのが暗黙の了解なんです。ここであの人を殺しても卑怯者と罵られ、帝国軍の士気が上がってこちらは下がるだけですよ」
「そうなんだ」
それからも散々に王国やラビレイ国王の悪口を言ってからアドシェッドとかいう伯爵は自陣に戻っていった。無防備に背を向けていたから、洋平の言った通り名乗り口上中は攻撃してはならないのだろう。
続いて王国軍からも一騎、前に出ていくのが見えた。
「我こそはヒルス帝国の鬼畜共よりこの地を守ってきたボラント辺境伯領領主、カイル・バーナード・ボラント辺境伯である!
「おお! ボラント辺境伯、カッコいいねぇ!」
「聖戦か。なんか勝てる気がしてきた!」
「
「洋平は冷静だな。しかしその劣勢も……」
「はい。ボクらが味方についていれば跳ね返せるでしょう」
「てことは俺たちが神ってか!」
「関先輩、言い過ぎです」
ボラント辺境伯が自陣に戻ったところで双方の兵たちが身構える。
「よいか! 帝国兵をこの地より一歩も王国に入れてはならん! 死を恐れるな! 恐れれば待っているのは愛する者たちの無残な姿と知れ! 者ども、愛する者を守る死兵となれ!」
「あれ、死にに行けって言ってないか?」
「死兵は強いんです。関先輩、見て下さい。王国兵たちの目つきが変わりましたでしょ?」
「死兵ってなんだ?」
「死ぬことを恐れず戦う兵士のことです」
「
「攻撃を避けようともせず向かってきますからね。相手にしてみれば脅威でしかないでしょう。もっとも全員がそうとは言い切れませんけど」
王国兵全員が死兵となれば数の劣勢は覆せるかも知れない。しかし現実的にはそうなることはあり得ないのである。なぜなら徴募された農民などが軍の多くを占めるからだ。中には強制的に連れてこられた者もいるだろう。彼らは武功や報奨などよりもとにかく生きて帰りたいだけなのである。死兵になどなり得ない。
「者ども、かかれーっ!!」
「「「「うぉーっ!!!!」」」」
そして戦いの火蓋が切って落とされた。長槍を持つ王国の騎兵たちが先陣を切って走り出す。帝国側も同様だ。同時に無数の矢が飛び交い始める。しかしそれらは飛び出した騎兵の上を超え、後ろの歩兵部隊を狙ったものだった。
「騎兵を狙うと同士討ちの危険性がありますからね」
その時、ターンッという乾いた音が鳴り響いた。
「やりましたよ
「おおっ!」
見ると敵先陣の騎兵の一人が落馬し、付き従っていた騎兵たちの勢いが将の突然の死に動揺して衰えていた。そこに王国軍騎兵が容赦なく襲いかかる。
「敵将が一人、アドシェッド伯爵を討ち取ったぞ!」
「天誅っ!」
「天誅ぞっ!」
「神は我らとともにありっ!」
「思い知ったか帝国兵! これが聖戦であるっ!!」
おそらく彼らは流れ矢が当たったとでも思っているのだろう。しかし効果は
そこに続いて再びライフルの発射音が聞こえた。今度はロイレンの放った一発が、もう一人の指揮官らしき騎兵の頭を撃ち抜いたのである。
「オバーン男爵閣下、討ち死に!」
「「「「うわーっ!!」」」」
「帝国のヤツら、大混乱じゃん! ロイレンちゃん、やるぅっ!」
「洋平、将軍は狙えそうか?」
「まだですね。射程圏内に入っても周りの帝国兵が邪魔で射線が確保出来ません」
「なら少し脅かしてやれ」
「やっぱやります?」
「殺すわけじゃないんだ。これに驚いて徴募兵たちが逃げ出せば王国に勝機が訪れる」
「分かりました」
それから間もなく進軍を始めようとしていた帝国歩兵の中から悲鳴が聞こえてきた。
「ぎゃっ!」
「ふぎっ!」
相変わらず矢は飛んできていたが、盾で防げるので隙間をぬった矢に当たる以外はそれほどの被害はない。ところが倒れた者はどう見ても矢が当たったようには見えなかったのである。
徴募兵は光学迷彩で姿を消したドローンのテーザー銃に撃たれて気絶したのだ。死んではいない。
しかしその直後、何かの破裂音が聞こえたと思ったら、それまで偉そうに指揮を執っていた指揮官がいきなり頭から血を噴いて倒れたのだ。度重なる不可解な現象に徴募兵たちの足が止まった。
「貴様ら、なにをしておる! 進め!」
「で、ですが……」
そこにまたライフルの発射音。頭を撃ち抜かれて倒れたのは、たった今進軍の命令を怒鳴った指揮官だった。
「ひ、ひやぁぁぁっ!」
「嫌だっ! オラ死にたくねえっ!」
「神様は王国に味方したんだぁ!」
「神様に逆らっちゃなんねえ! 逃げろーっ!!」
「なにを言うか! わがヒルス帝国こそが正義ぞ!」
そう叫んだ指揮官の頭も撃ち抜かれる。もはや帝国軍は瓦解し始めていると言っても過言ではなかった。
「すげえな、百発百中だぜ!」
「関先輩、安心してもいられませんよ。どうやら狙撃に気づかれたようです」
「敵もバカばかりではねえってことか」
「でもまあ、よほどのことがない限りロイレンさんとブリアナさんが見つかることはないでしょう」
「おい洋平!」
「はい?」
「それ、思いっきりフラグじゃねえの!」
「あ……」
そこにまた銃声。将軍の視界内にいた指揮官の一人が頭に風穴を開けられて倒れたのだった。
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