第十四話

「野営中に入浴出来るとは思いませんでした」


 映像は湯上がりで頬をほんのり赤く染めたロイレンである。実はで湯を張った浴槽を野営地に転送したのだ。食事もこちらで用意した温かいものを送っており、とても野営中とは思えない快適さだと二人が感動していた。


 あとたけあきに料理の才能があったことを初めて知ったよ。十年以上の付き合いなのに。彼女たちに送った料理は猛暁作だ。


 そんなロイレンとブリアナは現在、国境まで二日のところに進んでいる。


 一方王都を出発した王国軍は途中いくつかの領地で領主軍を加え、予定通りおよそ一万の軍勢でボラント辺境伯領に到着していた。


「帝国の動きがきな臭い。早ければ三日後に開戦となるかも知れないんだ」

「それですと指揮官の位置を特定する時間がほとんどありませんね」


「特定はこっちでやる。開戦の直後に出来れば将軍、他にも何人かは仕留めてほしい」

「開戦直前に将軍が狙える位置にいた場合はどうしますか?」


「直前ならそのまま開戦させた方がいい。士気が上がり切っているところでいきなり将軍が討たれた方が帝国兵も混乱するだろう」

「分かりました」


 本当は開戦前にある程度指揮官を暗殺して開戦自体を遅らせるか、可能なら撤退まで追い込みたいところだった。将軍と半数の指揮官を失えば戦争どころではなくなるはずだからだ。


 しかしそううまくはいかないようである。よって第一目標は将軍、将軍が出てこなければ有力貴族の指揮官といったところになるだろう。もっとも兵の士気に関わることだし、初戦で将軍が出てこないということはないと思う。


 ちなみに将軍は言わずもがなだが、鎧の豪華さである程度地位を見極めることが可能なのはドローン情報により確認済みだった。


「そうそう、俺とたけあきは明日の夕方から教会に行かなければならないから、定期通信相手はようへいだけになると思う」


「お泊まりですか?」

「いや、帰ってくるよ」


「でしたら寝る前にお顔を見せて頂きたいです」

「分かった。なるべく早く帰る」

「はい」


 通信を切ると猛暁と洋平にジト目で見られた。お前たちには分からないだろう。未来の嫁が戦地に赴いているのに、生還を祈ることしか出来ない辛さを。



◆◇◆◇



「なあはるとし、カセットコンロを三つ並べてポップコーンを売るなら屋台が狭くならないか? 物干しハンガーとライターも売るんだろ?」

「ああ。だから屋台は二つ並べるのさ。午前中に商業ギルドに相談したら、中央広場にちょうど二つ並んだ空き屋台があるそうだから押さえてきた」


「やっぱりお前、ねえ」


「洋平、ゴッドハンドでリヤカーを取り寄せてくれ」

「人が引っ張っるヤツですか?」


「そう。カセットコンロとか商品を置きっぱなしには出来ないから、終わったら倉庫に運んでもらう」

「倉庫?」


「うん。中央広場から歩いて五分のところに十坪くらいの貸し倉庫があったんでそこも借りてきた」

「なら監視用のドローンが必要ですね」

「頼む」


 泥棒が盗みに入ろうとしたら、最悪は物質転送装置でコンロや商品などもろもろを社屋に転送してしまえばいい。もちろん泥棒は鍵を壊して倉庫に侵入した時点でテーザー銃の餌食だ。


 俺たちが警備隊を呼んで到着するまで、復帰しても繰り返し電撃をお見舞いする。あれ、かなり痛いらしいからな。


「中央広場には井戸があって汲み上げ時に浄化魔法がかかるからそのまま飲み水として使えるらしい。屋台の使用料にその水代も含まれてるって言ってた」

「ポップコーンには水なんて使わねえし、せいぜい売り子とか客が飲む程度だろ?」


「そうだな。しかし紙コップを用意しておけば、そっちでも金が取れると思わないか?」


はるとしよ、お主も悪よのう」

「お代官様こそ、クックックッ」

「ケッケッケッ」


おおうち先輩もせき先輩も気持ち悪いです!」

「「には言われたくない!」」


 まあ紙コップもこの世界ではオーバーテクノロジーだろうから、実際は銅貨一枚で貸して返せば返金という形になるだろう。それになくてもこの世界の人たちは手ですくって飲んでいるようだ。うーん、やっぱり紙コップはやめておこう。


 商業ギルドで荷馬車もチャーターしたが、俺は猛暁共々馬車なんて操作したことがないことに気づいた。そこで仕方なくぎょしゃも雇うことにしたのである。


 ギルドに紹介された御者の名はポール。ところが報酬はポール一人分でいいから、十二歳の息子のワットにも御者をやらせてほしいという。ギルドの職員曰く、俺が了承すれば契約は特に問題ないそうだ。しなければ別の御者を紹介するがすぐに見つかるかは分からないとのこと。


 それでも俺は金を払ってまで息子の教育に手を貸す道理はないとポールの申し出を突っぱねようとした。しかし今後ワットだけで御者を引き受ける場合は半値でいいと言うので、申し出を受けることにした次第である。俺は自分がつくづくお人好しだと思うよ。


 社屋に戻ってから一時間ほどして、ポールが操る荷馬車が到着した。社屋を目にした父子がしばらく呆然としていたのは言うまでもないだろう。


 積み荷は肉や野菜、ポップコーン豆である。今日は話の流れで炊き出しになってしまったから昨日より大人数になると予想される。よって積み込む食材も大量だった。


「すんげえ量だなあ」

「悪いなポール、積み込みまで手伝ってもらって」


「んなこたぁ気にすんなって! 行き先はの教会だって言うし、こりゃ炊き出しの材料だろ?」

「よく分かったな」


「あそこの子供たちは俺だけじゃねえ、皆気にかけてはいるんだ」

「そうなのか?」


「そらそうよ! なのに王国はわずかばかりの金しか出さねえし、金持ちの貴族様は知らんぷりだ。俺たちがなんとかしてやらねえといけねえんだが、肝心の金がねえ!」


「親父! そんなこと警備隊に聞かれたら捕まって殺されちまうぞ!」

「聞かなかったことにするから安心してくれ」

「す、すまねえ」


「積み込みは終わったな。後はリヤカーを繋いでと。それじゃさっそく行ってくれ」

「おう!」


 俺とたけあきも荷台に乗り込み貧民街の教会に向けて馬車が走り出す。しばらくして目的地に着くと、老若男女合わせて三十人ほどが教会の敷地に集まっていた。警備兵もトキーチ、チペイ、クァンタ以外に二人増えている。


 その増えたうちの一人が荷馬車に近づいてきた。


「王都ファーガス警備隊長のグレン・マギルだ。貴殿らがハルトシ・オオゴウチ殿とタケアキ・セキ殿で間違いないか?」

「「はい」」


「昨日はうちの隊員が世話になったと聞いた。また今回の炊き出しに感謝する。参加するために食材を、と聞いたのであちらに持参した」


 指し示された方を見ると、荷馬車で運んできた食材が降ろされているところだった。


「あれ、マギル隊長さんじゃねえですか!」

「おお、ポール! 御者は貴殿だったか!」


「隊長さんはなんでこんなところに?」

「炊き出しの手伝いと食材の提供だ」

「そうですかい! さすがは隊長さんだ!」


「そういうことだがオオゴウチ殿にセキ殿、我々にも手伝わせてもらえるか?」

「もちろんですよ! あ……食器を忘れてました」

「それなら心配ない。我々の方で持参している」


 聞けば初めての炊き出しではよくあることらしい。皆食材にばかり目が行くそうだ。


 当初の俺たちの持ち込んだ食材だけでは集まった人数の腹を満たすことは出来なかっただろう。しかしマギル隊長以下警備隊の持ち込みで十分な食事を提供することが出来そうである。


「うっ、うまーいっ!! これがぽっぷこーんというものか!!」

「ね、隊長、言った通りでしょ?」


「ラビレイ国王陛下とウォール宰相閣下もお気に入りですからね」

「なんと! オオゴウチ殿は陛下にお会いしたことがあるのか!?」


「ええまあ。屋台、というか俺たちが商売を始めるに当たってちょっきょ状を賜りましたから」

「ちょ、勅許状だと!?」


 余計なことを言ったかな。なんだか大騒ぎになってしまった。それでも貧民街の人たちは食事の方が重要なようである。


「うっま! これ、ただ野菜を炒めただけだろ!?」

「味がいいんだよ! 味付けは塩だけじゃなさそうだが他がなんなのか分からねえ!」

「スープもなんか魚の味がする気がする!」


 レシピは物質転送装置で取り寄せた料理本を参考にしたからな。味噌汁もちゃんと鰹出汁を取ってあるから魚の味ってのは正解だ。


 教会のシスターと子供たちも夢中になって食べている。調理は途中からやり方を教えたトキーチ、チペイ、クァンタの警備兵三人組が代わってくれたので、俺とたけあきも食べる方に回ることが出来た。


 大勢で食うとどうしてこんなに美味いんだろう。


 結果、炊き出しは大成功で俺と猛暁の名は貧民街に広く知れ渡ることとなった。すまん、洋平。


 その翌朝、ヒルス帝国によるラビレイ王国への侵攻の火蓋が切って落とされるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る