第十三話

 翌日、俺は荷物持ち要員としてたけあきを伴って教会を訪れた。ドローンからの情報で予想以上にの大人たちが集まっていたからである。オマケに騒ぎを聞きつけた警備兵三人の姿もあった。


 暴動の予兆でないことをシスターから説明されたものの、警戒態勢は保たれたままだ。警備兵からはそれぞれトキーチ、チペイ、クァンタと名乗られた。多分すぐに忘れるだろう。ごめん。


 とにかく人数が増えたので、俺たちはカセットコンロ二台と大量のポップコーン豆を持参した。コンロは教会に置いてきた分も含めて三台である。


 説明の前にポップコーンで軽く腹を満たしてもらおうと思う。教会の面々もそうだが、集まった十人ほどの大人たちも痩せ細っているのは変わらなかった。


 適当な台が見当たらなかったので、教会のテーブルを外に出してもらう。まさか礼拝堂でポップコーンを作るわけにはいかないし、食堂は狭かったので実演は外の敷地でやることにしたのだ。


「お集まりの皆さん、私はハルトシ・オオゴウチ、隣はタケアキ・セキと申します。シスター・マリアロッテから軽くお話は聞いていると思いますが、皆さんの雇い主となりますので今後ともよろしくお願い致します」


 軽く会釈する者、胡散臭そうな視線を向けてくる者など反応は様々だ。中でも気になったのは、くすんだ緑色の長い髪の女性だった。自己紹介ではアレリと名乗り、大きな瞳は青く透き通っているが、貧民街の住人だけあって着ているものは粗末だし露出している肌も薄汚れている。


 まあ実際に屋台で働くなら浄化屋できれいにしてもらうことになるし、磨けばもしかしたら美人なのかも知れない。そんな彼女は猛暁を見て恐れているようだった。コイツはこわもてだから仕方ないが、悪いヤツではないから怖がらないでいてやってほしい。


 ちなみに貧民街の大人たちは男性七人、女性四人だった。警備兵三人もわりと近くまで寄ってきている。


「販売品の一つ目はポップコーンという食べ物です。これから実演、試食して頂きます」


「まさか食わせてもらえるのか?」

「それはタダですか?」


「はい。実際に作って食べて頂きます。もちろん試食ですからタダですよ」

「ありがてぇ!」

「昨日から水しか飲んでねえんだ」


「まあお菓子ですからお腹いっぱいになるかどうかは分かりませんが、それなりの量は持ってきてます。では作ることにしましょう。皆さん、よく見て手順をなるべく早く覚えて下さい。屋台では皆さんに実演販売して頂きますので」

「私たちが実演……難しくないのですか?」


「子供たちにも出来ますから難しくはありません。ただ火を使うので火事や火傷には十分に注意して下さい」


 カセットコンロにフライパンを乗せて火をつけ、そこに油を垂らしてポップコーンの豆を入れる。木べらで油を馴染ませてから蓋をして待っていると、ポンポンとポップコーンが次から次へと弾けていった。


 一つのコンロは俺が調理しているが、残り二つは教会の子供たちが作っている。おそらく昨日俺が帰ってから練習したのだろう。ポップコーン豆が残ってなかったからな。


 そして試食タイム。白いところがないまん丸の粒は硬いから食べないように伝えて、皆さん恐る恐る一口パクッ。


「うめーっ!」

「なんだこの歯ごたえ!」

「やべっ! うめえなんてもんじゃねえぞ!」

「美味しい! 美味しいわ!」


 後はもう取り合いだ。その様子を見た警備兵が俺に声をかけてきた。


「あの、我々も食べてみてよろしいか?」

「どうぞどうぞ。まだまだたくさん作りますから」


 獲物の横取りを警戒するような皆さんの視線にたじろぎながら、遠慮がちに警備兵三人がポップコーンを口に入れる。次の瞬間、彼らも取り合いの中に混ざっていた。


「う、美味すぎる!」

「俺は城の晩餐にも出たことがあるが、これほどの美味い菓子はなかったぞ」


「兵隊さん、それ本当かい?」

「本当だとも……なくなってしまった。オオゴウチ殿といったな。早く追加を頼む!」


「兵隊さん、遠慮してくれよ。俺たちは普段からほとんど食えないんだからよ」

「いや、しかし……」

「も、もう少しでいいんだ。頼む!」


「仕方ねえなあ。最初は暴動を起こすんじゃないかと俺たちを疑ってたクセに」


「む、それは申し訳なかった。謝罪しよう」

「兵隊さんが私たちに謝罪!?」

「ぽっぷこーん、すげえな!」


 いやそれ、ポップコーンは関係ないだろう。普段から警備兵は貧民街の人たちに謝ることなんてないんだろうな。立場的な問題もあるとは思うけど、非があれば素直に頭を下げることが出来るこの三人は希少なのかも知れない。


 それにしてもポップコーンてそんなに美味いものなのか。確かに後を引く味と食感ではあるけど、映画館なんかで買っても一人では多すぎる量なので飽きる。しかしこの世界の人たちはあればあるだけ食べてしまう勢いなのだ。


 もっと洗練されたり高価だったりするお菓子を食べさせたら暴動が起きる可能性もある。うん、取り寄せるのはやめておこう。


 警備兵を除く全員が一通り実演を経験した頃には、それなりに空腹も和らいでいるようだった。皆が落ち着いたところで物干しハンガーと使い捨てライターについても説明し終えた。


「当日屋台に出る人は、その前に浄化屋に行って体と衣類を清潔にしてもらいます」


 寝具の話で出た浄化屋だが、実は体も衣類も浄化の対象となっていることが分かったのだ。


「だけど俺たちにそんな金はねえぞ」


「心配しなくても料金はこちらで負担します。あと制服も支給しますので、仕事の時はそれを着て下さい」

「せいふく?」


「同じデザインの服のことです。いいですか、当日は必ず浄化屋できれいにしてからこの制服に着替えて仕事に行って下さい」

「分かった」

「分かりました」


 他の皆もよく分かっていないようだったが肯いてくれた。カセットコンロはそのまま教会で預かってもらうことになり、当然注意事項も含めてボンベの交換手順も教えた。火がついた状態では絶対に交換しないこと。また火がついたコンロが近くにあっても危険なので、離れたところで交換するようにとも。


「面倒だと思っても絶対に守ってほしい。じゃないと爆発して大怪我じゃ済まないこともありますからね」

「はるおしおじちゃん、もうぽっぷこーんないの?」


「今日はいっぱい食べたよね。明日またポップコーン豆を届けるから」

「ほんと!? やったーっ!!」

「あ、明日もまた食べさせてもらえるのか!?」


「そうですね。実演の練習も兼ねて明日も集まって下さい。他にも食材を用意してきましょう」

「他の食材も!? オオゴウチさんとセキさんといったか。アンタら貴族なのか?」


「いえいえ、少しお金があるだけのただの平民です」

「ただの、ってことはねえだろ」


「なあはるとし、これって教会の炊き出しってことにならねえか?」

「あー、なるかもな。えっと、炊き出しってどこかに許可をもらわないといけませんか?」

「オオゴウチ殿、大丈夫です」


 警備兵が答えてくれた。それはよかったのだが――


「我々も警備に参ります!」

 それってポップコーン目当てだよね。


「兵隊さん、ぽっぷこーん目当てだろ」

 ほら、皆さんにもバレバレですよ。


「い、いや、そんなことは……」


「なら兵隊さんもなんか食材を持ってくるんだな」

「そうだ、それがいい!」


「や、野菜などでよければ……」

「よっしゃ! たっぷり頼みますよ!」


「明日は荷馬車を手配してから食材もろもろを運んできますので、夕方からでいいですか?」


「もちろんだ! オオゴウチさんとセキさんには感謝しかねえ!」

「おうよ! 俺たちに出来ることがあれば何でも言ってくれ!」

「私たちにも力になれることは何でも言って下さいね!」


 そうして俺とたけあきは社屋への帰路に就くのだった。

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