第十二話

 ロイレンとブリアナが旅立ってからの二日間、ドローンから送られてくる映像は順調そのものだった。野営時には会話も交わしているので、やきもきするようなこともない。


 日中はもちろん、最低限体を休める以外は夜間も移動しているが、ドローンが常に周囲を警戒しているから安心だ。監視しているようへいには申し訳ないと思う。


 とはいえやはり心配なのは間違いなく、じっとしていても悪いことばかりが浮かんでしまう。


 そんなわけで気晴らしも兼ねて、俺は露店または屋台で働いてもらう売り子を探しにに来ていた。服装もこの世界に合わせシュールコー(丈の長い上着)にタイツだ。たけあきと洋平には笑われたが、そんなに似合ってないのか?


 貧民街の空気はいいとは言えなかった。形容しがたい匂いが漂っており焦げ臭さも感じる。


 そんな中、俺は教会を目指していた。洋平がドローンで見つけた古ぼけていて小さな建物だ。ここではシスター一人と五人の子供が暮らしているらしい。手土産は菓子ともう一つ。ちょっと嵩張るが仕方がない。


「おじちゃん、だあれ?」


 門を入って教会の敷地に足を踏み入れたところで、白いシャツに赤いジャンパースカートのような服を着た幼い少女に声をかけられた。五歳くらいだろうか。一見可愛らしい格好だが、あちこち綻びていて少し汚れている。あと細い。


 金髪で瞳がくりくりしているので、このまま育てばきっと美人になるだろう。すぐにでもきれいにしてあげたいが今はまだやることがある。


「おじちゃんはハルトシ・オオゴウチといいます」

「はるおしお……ち?」

「ハルトシですよ」

「はるおし!」


「まあいいや。君の名前を教えてくれる?」

「カエラはカエラだよ」

「カエラちゃんか。よろしくね」

「うん!」


「えっと、シスターはいる?」

「マリアロッテしゃん? いるよぉ。よんできてあげるね!」

「うん、お願い」


 シスターはマリアロッテというのか。それにしても近づく前から分かってはいたが、改めて見ると教会の建物は古い。石造りではあるもののところどころ欠けていて、大きなひび割れが入っているところもある。シスター一人と子供たちだけでは補修もままならないのだろう。


 間もなく先ほどの女の子が、やはり痩せ細って若干頬がこけたように見える中年女性の手を引いて出てきた。シスターの黒い修道服にはほこりが目立つ。


「あの、どちら様でしょうか?」

「ハルトシ・オオゴウチと申します。まずは寄付をさせて下さい」


 懐から金貨を出してシスターに手渡すと、表情が困惑に変わった。


「あの……これは金貨では……」

「はい。なにかおかしいですか?」


「い、いえ。突然のことに驚いてしまって。本当によろしいのですか?」

「ええ」


「ありがとうございます。ハルトシ・オオゴウチ様に神のご加護があらんことを」


 それから教会の中に招き入れられ、応接室という名の小部屋に通された。


「それでご用件は……」

「その前にカエラちゃん、はいこれ」


 俺は持っていたつるで編まれた籠を彼女に手渡す。


「なぁに、これ?」

「お菓子だよ」

「おかし!?」


「たくさん買ってきたから皆で食べな」

「わーい!」

「あ、これ、カエラ!」


 慌てたシスターが立ち上がった時には、すでにカエラは応接室から出てしまっていた。


「す、すみません……」

「いえいえ、いいんですよ」


「あの、ご用件は……もしや子供たちの誰かをお引き取り頂けるとかでしょうか?」

「うーん、それも出来なくはないんですけど、実はお願いが……」


「はるおしおじちゃん!」

「うん?」


 入り口の方を見ると、カエラの後ろに四人の子供たちが立っていた。中学生くらいの女の子が二人。それから小学校高学年と低学年くらいの男の子が一人ずつだ。


 どうでもいいけどカエラの中では俺は"はるおしおじちゃん"になってしまったらしい。まだ二十八歳なんだけど。本当にどうでもいい。


「あの、お菓子ありがとうございます」

「「「「ありがとうございます!」」」」


 一番年上に見える中学生くらいの女の子が言うと、他の子供たちが復唱して頭を下げた。


「どういたしまして。仲良く食べてね」

「「「「「はーい!!」」」」」


「ちゃんとお礼が言えるなんていい子たちじゃないですか」


 子供たちが去ってから、おれは改めてシスターと向き合った。


「ありがとうございます。あの子たちのあんなに嬉しそうな顔は久しぶりに見ました」

「王国や教会本部からの援助は?」


「王国からは頂いておりますが、本部からはすでに見放されております」

「見放された!? なぜです!?」


「私がいけないんです。この教会は閉鎖するから子供たちを他の教会に移して私は本部に戻れと言われたのですが……」


「もしかして子供たちは散り散りに?」

「はい。ですがあの子たちに皆と離れるのは嫌だと泣かれてしまって……」


 だからと言って見放す教会本部ってのはろくなもんじゃないな。しかしそれならしがらみもないはずだ。


「ちょっと失礼しますよ」

「それは……なんですか?」


 俺はテーブルの上にカセットコンロを置いてフライパンを設置した。油と塩なんかの調味料も持ってきたから地味に重かったよ。


「これからポップコーンというのを作ります」

「ぽっぷこー?」


「簡単に作れるお菓子ですね」

「お菓子……先ほど頂いたものとは違うのですか?」


「まあ見てて下さい。そうだ、子供たちにも見てもらった方がいいかな。お菓子食べてる最中かも知れませんけど」

「大丈夫です! 呼んできます!」


 間もなくシスターが子供たちを連れて戻ってきた。


「えー、これから火を使いますので不用意に近づかないようにね」

「はるおしおじちゃん、みえないよー」


 抱っこを求めるように手を出してきたところをシスターが抱え上げてくれた。俺がしてあげたいけどこれから調理するのでさすがに無理だ。


 カセットコンロに火をつけて油を垂らすと、子供たちは興味津々だった。そこにポップコーンの豆を入れて木べらで油を馴染ませる。間もなく豆が白く弾けそうになったので蓋をすると、ポンポンとポップコーンが花を咲かせた。


「ひゃぁっ!」

「なにこれー!」

「おもしろーい!」

「あ、手を出しちゃダメだからね」


 その間もポップコーンが弾ける軽快な音は鳴り続ける。やがて見た目で八割くらい弾けたので火を止めた。それでも音は止まらない。


 待つこと数分で完全に音が止まったので塩をふりバターを絡めて冷ます。


「さ、食べてごらん。白いところがないまん丸の粒はめちゃくちゃ硬いから食べないようにね。ほらカエラちゃん、あーん」

「あーん……おいひい!」


 目を見開いたカエラを見て子供たちが一斉に手を伸ばし、シスターまでもが争うように食べ始めた。カエラは俺が引き取って、この手からパクパクと食べている。


「はるおしおじちゃん、あーん」

「俺にもくれるの?」

「うん!」

「ありがとう。あーん」


 そこでシスターがようやく我に返った。


「も、申し訳ありません! つい夢中に……」

「いえいえ、美味しかったですか?」

「はい! こんなに美味しいものは初めて食べました!」


「はるおし……おじさん?」

「ハルトシな。あと俺はまだ二十八歳だから出来ればお兄さんと呼んでほしいな」


「す、すみません! 私はアイラと申します」

「アイラさんか。呼び捨てでもいいか?」

「はい、構いません。ハルトシお兄さん」


「あ、やっぱお兄ちゃんの方がいいかも」

「ちゃん?」


「いや、なんでもないから気にしないでくれ。で、アイラはどうした?」

「あの、ぽっぷこーんというのはもうないんですか?」


「あれだけじゃ足りなかったよね。大丈夫、まだ豆はあるから。カエラちゃんはさすがに無理だけど、作ってみたい人はいるかな?」


「えー、どうしてカエラはだめなのー?」

「火を使うからね。危ないからがまんして」

「わかったー!」


 ふと見るとカエラ以外の四人の子供たちに加えて、シスターも手を挙げていた。まあ、作り方は覚えてもらった方がいいけど。


 それから皆で少しずつポップコーンを作っては食べが続き、子供たちが満足して部屋を出ていったところで本題に入る。


「実は露店か屋台……ポップコーンを売るなら屋台の方がいいかな。売り子を探してここに来たんです」

「そ、それはもしかして……」

「あの子たちを雇いたいと考えてます」


 ポップコーンは実演販売。おそらく飛ぶように売れるだろうから決して楽ではないし、商品は他にも使い捨てライターや物干しハンガーといった物があると伝えた。


 報酬は売り上げの三割。ポップコーン自体は安価だが、物干しハンガーとライターの売り上げは馬鹿にならないからそれなりの金額を手にすることが出来るだろう。


「ところでこの地域の人たちとの関係はどうです?」

「皆さんご自分も大変なのに気にかけて下さいます」


「二人くらいですが手伝ってもらえそうですか? 報酬は山分けとします」


「それは問題ないと思いますが二人だけですか?」

「人数が増えると一人当たりの取り分が減りますよ」

「交代なら……」


「その辺りはお任せします。また明日の午後こちらに来ますので、それまでに集められるようでしたら集めておいて下さい。詳しいことはその時にお話しします」

「分かりました。よろしくお願いいたします」


 カセットコンロは明日来た時に回収するとして、今夜は教会で預かってもらうことにした。もちろん豆も調味料もである。火の扱いに十分注意してくれれば全て食べてしまっても構わないというと、シスターは目に涙を浮かべて頭を下げるのだった。

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