第十話

はるとしの言うことは分かった。王国白金貨がパァになっても困るし俺もヒルス帝国ってのは気に入らねえ」

「ドローンの映像からもラビレイ国王陛下の話の裏付けが取れてます」


 本来であればドローンは遠隔操作に距離の制限がある。しかしようへいはいくつかの中継衛星を打ち上げ、大陸全土を行動範囲に収めたのだ。航続距離についてもでドローンを転送することで解決してしまった。わずか数日間で、である。とんでもない発明家だよ。


 俺たちは今、社屋の会議室に集まっている。ロイレンさんとブリアナさんも一緒だ。二人は要人警護のための特殊な訓練課程を終えており、俺たちの世界でいうところの特殊部隊としても相当の実力を認められているとのことだった。


「だからと言って人殺しはなあ……」

「いくら戦争でもボクらには荷が重すぎますよ」


「分かってる。俺も戦争に加担したくはない。そこで考えたんだがロイレンさんとブリアナさん、ちょっといいですか?」


「あの、旦那様、私たちに敬語は不要です」

「あとさん付けもいりません。呼び捨てになさって下さい」

「「「旦那様ぁ!?」」」


 三人でハモってしまった。


「ちょっと待って! 敬語がいらないってのは分かったけど、旦那様って俺のこと?」

「はい、ハルトシ・オオゴウチ様は私たちの旦那様です」

「えっと……なんで?」


「オオゴウチ様は陛下に申されました。ロイレンさんとブリアナさんを私に下さい、と」


はるとし、そんなことがあったのか?」

「大河内先輩、それ、まるで父親に対する結婚の申し込みですよ」


「まさか命を救って頂いたばかりか、この身を欲して頂けるとは思いませんでした」

「ロイレンの申しました通りです。ですから私たちは身も心も旦那様にお捧げすることを誓ったのです」


「み、身も心もって……はあ?」

「だめですか?」

「だめと言われたら私たちにはもう行く当てがありません……」


 これは予想外だった。いや、二人とも可愛いしアリかナシかでいえば大アリだ。しかしたけあきと洋平の視線が痛いこと痛いこと。


「遙敏ぃ、女の子にここまで言わせたんだから責任取らなきゃ男じゃないぜ」

「そうですよ! う、羨ましくなんかないんですからね!」


 洋平、ツンデレはやめろ。お前がやると気色悪い。


「分かった、分かりました! 旦那様でいいよ。しかし身も心もってのは少し待ってくれ。俺にも心の準備が必要だ」

「「承知致しました、旦那様」」


 そう言いながら俺の両脇にピッタリと寄り添うのは勘弁してほしい。柔らかい感触と甘い香りに頭がクラクラする。


 いかんいかん、とにかく話を戻そう。


「こほん。俺の世界の知識だとたとえ三万の軍勢でも多くは農民などの徴募兵だと思うんだけど合ってる?」

「はい。帝都を空にするわけにはいきませんので帝国正規軍は三千、多くても五千に満たないと思います」


「将軍とか領主とかの指揮官がいなくなれば統率がとれなくなって瓦解すると思うんだけどどう?」

「旦那様の仰る通りです」


「領主軍も全員が正規兵というわけではないよね?」

「はい。千の軍であれば正規兵はおそらく百から二百といったところですね。二千の軍でも正規兵はおそらく二百から三百といったところです」


「多く見積もって二十人の指揮官クラスがいたとしよう。何人いなくなれば三万の相手に一万の軍で勝てると思う?」

「半分くらいでしょうか」


「なら指揮官クラスが兵たちの目の前で得体の知れない攻撃で死んだとしたら?」


「恐怖の伝播はかなりの効果を生むと思われます。その場合は目にする者の数にもよりますが、五人でも十分かも知れません」

「ありがとう」

「「いえ」」


 俺が考えたのはそれら指揮官クラスの暗殺だ。もちろん俺たちが直接手を下すわけではない。ただ、簡単ではないことは重々承知している。だから取れる手段は――


「「狙撃!?」」

 猛暁と洋平が驚いたように声を上げた。


「そうだ。狙撃手を育ててヒルス帝国軍の指揮官を仕留めてもらう」

「あの旦那様、そげきしゅとはもしかして矢を射る者のことですか?」


「まあそんな感じ。だけど用意するのは弓矢なんか足下にも及ばない性能のライフルという銃だよ」

「らいふる?」

「じゅう?」


「射程は千メートルから二千メートルを超えるものまであるんだ」

「まさか……!」


「しかし間接的とはいえ人を殺すことになるんだぞ」

「そうですよ、おおうち先輩。ボクは反対です」


「二人の言い分は分かる。百人を救うために一人の命を奪うのが正義という考えは俺にもない。だけど相手は軍人で、このまま放っておけば何千何万というの民の命が奪われるかも知れないんだ」

「そうですけどぉ……」


「王国軍には俺たちが提供したくらあぶみがある。それでも苦戦は免れないだろうし、日和見領主が寝返ったら敗戦は確定。俺たちも商売どころじゃなくなるだろう」


 王国白金貨もおじゃんになる。


「日和見されている領主様が寝返るのはおそらく間違いないことかと」

「ロイレン、それ本当?」


「ラビレイ王国軍が勝てば彼らは粛清の対象となります。優勢となってから援軍を差し向けても、開戦時に参戦していなかった領主様は降爵や領地の一部没収などの憂き目に遭うでしょう」

「逆に背後から王国軍を挟撃したり横やりを入れたりすれば、帝国軍の勝利に大いに貢献したこととなります」


 ロイレンに続いてブリアナも真剣な表情で展開予想を話してくれた。


「おいおい、それじゃラビレイ王国に勝ち目なんかねえじゃん」


「そうなんだよ、たけあき。だから手を貸すしかないんだけど……」

「出来れば王国にライフルの存在を知られたくはないってことですね?」


「洋平が言った通りだ。しかも密かに敵陣に近づいてヒットアンドアウェイを繰り返せる人材がいるのかどうか」

「旦那様、ひっとあんどあうぇいとは何ですか?」


「一撃離脱のことだよ。一気に接近して攻撃し反撃される前に離脱する。それを繰り返して敵の指揮官クラスを狙い撃ちし帝国軍が戦闘続行不可能になるまで続けるんだ」

「隠密行動が出来る人材が望ましいですね」


「うん。でもって最悪敵に捕まったらライフルは破壊しなければならない」

「命に代えても、ですね?」

「え? あ、うん、そう……」


 そこにはロイレンとブリアナの鋭い眼光があった。


「その役目、私たちにお申しつけ頂けませんか?」

「は?」


「ご存じの通り私たちなら隠密行動も可能ですし、女ですからいざという時にも油断を誘えます」

「それに私たちは旦那様に救われました。ならばこの命は旦那様のために使わせて頂きたく存じます」


「えっ!? ちょ、待って待って!」

「そうだよロイレンちゃん、ブリアナちゃん!」

「二人とも落ち着いて! ボクたちはそんな危険な任務に向かわせたいなんて思えないよ!」


「旦那様、せき様、しもとり様、お心遣いに感謝致します。ですがこの任務に私たち以上の適任者がいるとは思えません」


 二人の言う通りだ。王国から優秀な兵士を募っても俺たちが抱える秘密の問題がある。そういう意味ではドローンでの偵察により存在が明らかになった冒険者と呼ばれる人たちも論外という他はない。


「旦那様、この仕事を成し遂げた際には」

「私たちを妻に迎えて下さい」


 うん。この申し出はなんとなく予想してたからあまり驚かなかった。ラノベとかアニメとかだとええーっ!? って展開になるところなのだろうけどね。二人の真剣な眼差しに、猛暁も洋平も茶化す気にはなれなかったようだ。


 嫁かぁ。異世界に来てまだ数日しか経ってないのにいきなりこんなに可愛い子二人が嫁って……待て、二人が嫁!? そうか、この国は一夫多妻制だった。


 しかし――


「ごめん、それは出来ない」

「な、なぜですか!?」

「旦那様は私たちがお嫌いなのですか!?」


「そうだよ遙敏、どうしてダメなんだ!?」

「ふふふ。ボクには分かりましたよ、大河内先輩」


「洋平、なにが分かったって言うんだよ!?」

「関先輩、フラグですよ、フラグ」

「フラグ……? そうか、フラグか!!」

「ふらぐ、とはなんですか?」


 目に涙を浮かべながらロイレンがおそるおそる呟くように言う。うーん、許されるなら今すぐ抱きしめたい。


「二人とも聞いてくれ。俺たちの世界には死地に赴く時、無事に帰ったら結婚しようという約束は死亡フラグを立てると言われているんだ」

「死亡ふらぐ?」


「そう。そして死亡フラグを立てた者が無事に生還して望みを叶えた例はほとんどない(個人の感想)」

「つまり……?」


「この仕事を成し遂げたら二人を妻に迎えると約束してしまうと、君たちは高確率で任務を失敗して帰ってこられないということだ」

「または仕事の完遂が命と引き換えとかですね」

「あー、そのパターンもあったな」


「で、ですがこの仕事は私たちにしか!」


「ブリアナ、ロイレンも二人の熱意は分かった。だから二人に任せようと思う」

「遙敏!?」

「大河内先輩!?」


「時間があれば他の選択肢もあっただろうけど、現状では彼女たち以外に適任者はいないだろう?」

「「…………」」


「だけど二人とも、必ず無事に帰ると約束してくれ。そうしたらポップコーンを好きなだけ食べさせてあげるから」

「「ポップコーン!!」」


「あれ、大河内先輩、それもフラグになるんじゃありませんか?」

「ポップコーンだぞ。なんなら今日から出発する日まで毎日食べさせてもいい」

「「毎日!!」」


「あー、それなら特別なご褒美にはなりませんね」


 正直俺は二人にそんな危険な仕事を頼みたくない。それこそ別の方法でいくらでもヒルス帝国を撃退可能なのだ。しかし、俺たちが成すべきことではないだろう。


 百人を救うために一人の命を奪うのが正義という考えは俺にもない。口ではそう言ったが、俺たちがこれからやろうとしていることはまさにそれだったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る