第九話

「これらの奇妙な物が其方そなたが売ろうとしている商品か?」

「はい。まずはこちらの大きい物からですが、物干しハンガーといいます」


「ものほ……はんがー?」

「この部分に洗濯物を挟んで干すものです」


 ハンカチを洗濯ばさみに挟んで持ち上げて見せると、国王は目を見開いて驚いた表情を浮かべた。


「これはまた……なんとも平和な物だな……」

「はい?」


「いや、今の今まで戦争の話をしていたから拍子抜けしたのだ」

「そういうことでしたか。私がここに来たのはこのためだったのですが」

「そうであったな」


「洗濯ばさみ、ここの部分ですがこの数だけ洗濯物を挟んで干すことが出来ます」

「ふむ。は洗濯などせぬから分からぬがロイレンとブリアナ、其方らはどう思う? 許すから意見を述べよ」


 二人が物干しハンガーを興味深げに手に取り、洗濯ばさみの部分をつまんだり、挟んだハンカチを引っ張ったりしている。間もなく彼女たちの顔が驚きに赤らむのが分かった。俺の首にないを突きつけた時とは大違いに可愛く見える。


「素晴らしいです、陛下!」

「このせんたくばさみ? の強さがあれば容易に洗濯物が風で飛ばされることはないように存じます!」

「それにせっかく洗った物が落ちて汚れてしまうこともないと思われます!」


「よほどの強風だと飛ばされることもありますけどね」


 二人の高評価にちょっとだけ補足を入れた。


「オオゴウチ様はご存じないと思いますが、洗濯物は紐に引っかけて乾くのを待つだけですから、これは画期的と言わざるを得ません!」

「そうです! これまでどれだけ二度手間、三度手間を強いられてきたことか」


 ロイレンさんとブリアナさんの圧がすごい。メイドさんて苦労してるのね。


「では痴れ者が武器として使うようなことはありそうか?」

「ないと思います」


「殴るにしてもこのように軽い素材では痣を作るのが精一杯と存じます」


「ふむ。ハルトシはこれをいくらで販売するつもりだ?」

「小金貨一枚を考えております」


 日本円換算で一万円だからかなり高いと思うが、複製は難しいはずだし屋内で使えば少なくとも五年以上はもつ製品だ。決して損ではないだろう。


 ところがメイド二人が叫ぶ。


「そ、そんな!」

「これが小金貨一枚だなんて!」

「あれ? 高すぎました?」

「「逆です!!」」


 おおう、ハモられた。


「金貨一枚でも安いと思います!」

「私も同じ意見です!」


「そ、そうですか。でも金貨一枚だと気軽に買えませんよね?」

「仰る通りですが……」


「最初は店舗ではなく露店か屋台での販売にしようと思ってるんです。だから小金貨一枚でもちょっとした額になるのではないでしょうか」

「ハルトシは露店か屋台で商売を始めるのか?」


「はい。どんな物が売れるか分かりませんので、まずは様子を見ようかと」

「なるほど。して、これは?」


「そちらは布団ばさみですね。布団を干した時に飛ばされないようにする物です」

「ふとんとは?」


「え? 布団……寝具ですけど……」

「ベッドのことか? ああ、干すとなれば掛布の方か」

「えっと、干したりしないのですか?」


「オオゴウチ様、寝具は洗いにくいので浄化魔法により清潔を保つのです」

「ロイレンの申した通りだな」

「庶民もですか?」


「浄化屋という店がございますので、平民と浄化魔法が使える魔法使いに縁がない貴族様はそちらを利用されてます」


 クリーニング店みたいなものか。


「でしたらこれは売れそうにありませんね。布団ばさみはやめにします。次はこちらとこちら。どちらも火をつける道具です」

「火の魔道具だと!?」

「魔道具……ではありませんけど……」


 俺はプッシュ式の使い捨てライターとマッチで火をつけて見せた。国王もロイレンさんもブリアナさんも驚く、というよりは青ざめている。


「これは使い捨てライターといいまして、作りがチープなので最後まで使い切れるかは使い方と運次第と言えなくもありませんが、おおよそ五百回から千回の使用が可能です。マッチの方はこの棒一本で一回のみ火がつけられます」


「その使い捨てらいたーというのは五百回から千回も使えるのか!?」

「もちろんずっとつけっぱなしにしたりすれば回数は減りますよ」

「それらの値付けは……?」


「ライターは銀貨一枚、マッチはそうですね、銅貨三枚程度でいかがでしょうか」

「らいたーが銀貨一枚だと!? 五百回使えたとして一度の火つけが小銅貨一枚にも満たないではないか!」


 小銅貨って日本円だと十円くらいだよね。


「ただどちらも、特にマッチは雨の中だと火がつきにくいですよ」


「そのようなことは問題ではない! それよりも五百回分を一度に燃やせば……」

「ああ、それは出来ません。ライターの火は最大でもこのくらいです」


 レバーを最大のところに合わせてついた火の高さは五センチほどだった。中の液体が燃料だが、それを取り出して火をつけたとしても大した火力にはならないと付け加えた。もちろん火傷はするし燃える場所によっては命にも関わるだろうが、武器として使うのは不可能と言わざるを得ない。


「ならばまっちの方はどうだ!? 火がつくのはその先端部分だろう? 多くを一塊にして投げつけたらどうなる!?」


「んー、確かにかなり危険ですね。ちょっとした衝撃でも火がつきますし、マッチの販売は諦めます」

「それを我が王国で……」


「武器転用が可能と分かりましたのでお売り出来ませんよ」

「余が余計なことを言わなければ……」


「陛下、もし私を欺くようなことをなされたらどうなるかお考え頂けませんか?」

「うっ……」


 俺もかなり無礼なことを言っているとは思う。しかしこの国王の弱腰は、国を滅ぼせる力というのがかなり効いているせいなのだろう。戦争に加担するのはまっぴらごめんだが、ヒルス帝国の統治下になると商売も出来そうにない。


 そもそもラビレイ王国が滅んでしまえば、王国白金貨は貴金属として以外無価値になってしまう。たけあきようへいに相談してみることにするか。


「それでは最後ですがこちらをどうぞ」


 リュックから取り出したのはポップコーンである。特別美味いというわけではないが、なぜか手が止まらなくなる魔性の食べ物だ。ロイレンさんに浅めの皿を用意してもらってそこに開けた。


「この丸い粒だけで白いところがないものは歯が欠けるほど硬いので食べないで下さい」


「これは食べ物なのか?」

「はい。お菓子ですね」

「菓子……?」


 長槍の手配を終わらせたレミー宰相が戻ってきた。陛下の隣に座った彼は二人のメイドに毒見をさせる。


「問題……もう少し食べてみないと分かりません」

「そうですね、もう少し……」


 そう言った二人は次から次へとポップコーンを口に運んでいる。なるほど、毒が入ってないことはすぐに分かったが、結果を知らせるともう食べられないと思っているのか。社屋に来ればいくらでも食べさせてあげるのに。


「お、おい、まだか?」

「はっ! も、申し訳ございません。毒は入っていないようです」


 ジト目で睨む陛下と宰相の視線を感じたのか、二人ともあからさまに顔を背けた。そしていよいよ陛下と宰相がポップコーンを口にする。


「な、なんだこの歯触りは……!」

「塩気と……バターの風味ですかな」

「止まらん、止まらんぞ!」

「へ、陛下、私の分も……」


「控えよレミー、これは余のものだ!」


「横暴です陛下! オオゴウチ殿、もうないのか!?」

「お気に召したようでしたらまたお届けします」

「それなら明日の納品とともに頼む!」


「承知致しました。ところで陛下、一つお願いがございます」

「申してみよ」


「露店か屋台での商売にか孤児院から人を雇いたいのですが」

「我が国の闇も知っているということか。構わん」

「ありがとうございます」


 ポップコーンの売価は銅貨一枚と言ったら怒られてしまった。しかし誰にでも気軽に楽しんでもらいたいので、最低でも銀貨三枚と言われたところを銅貨二枚で押し切った。


 映画館でさえ五百円前後なのに、三千円とかあり得ないだろう。銅貨二枚、日本円換算で約二百円と安値だが大きな儲けはいらない。客寄せになれば十分だからである。


 しかも売り子にか孤児院から人を雇うのだから、彼らにも気兼ねなくつまみ食いしてもらいたい。


 販売する商品が決まったことで、俺はロイレンさんとブリアナさんが荷物をまとめるのを待ってから共に城を後にした。突然のことで世話になった人たちに満足に挨拶も出来なかったそうだが、手紙を書けば届けると伝えると安心したようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る