第八話

「二人はうちに来るのはイヤ?」

「いえその……なんと言いますか……」


「命を救って頂いたご恩がございますので、陛下がお許しになられるのでしたら是非はございません」


 ラビレイ陛下とレミー宰相は互いに顔を見合わせていたが、それがくらあぶみの提供条件だと告げるとあっさり了承してくれた。ただし今後二人は俺の付き人としても城への出入りは認められないそうだ。ま、そこは仕方ないだろう。


 社屋は男ばかりだし、ロイレンさんとブリアナさんは腕も立つがメイドとしての仕事もきっちりこなせるとのこと。俺たちは生活力にかなり不安があったので、お城にいたメイドさんに来てもらえるのは本当にありがたい。


 流れを聞いていたようへいからたけあきにも話が伝わり、二人とも大喜びしている様子が窺えた。


「では改めまして、荷馬車の手配はいつまでに可能ですか?」

「明日には整える」

「では明日の午前十時からでいかがでしょう」

「構わぬ」


「追加の五千も明後日の同じ時間にご用意出来ますが、どうなさいます?」


「それは助かる。支払いについてだが、金貨十万枚ともなるとすぐに用意は出来ん。しかし王国白金貨なら可能だ」


「王国白金貨とは金貨にすると何枚分になるんですか?」

「千枚だ」


「なるほど。では千枚だけ金貨で下さい。残りは王国白金貨で構いません」

「そのように取り計らおう」


「ありがとうございます。しかし戦争が近いんですよね?」

「それは……」


「レミー、隠しても仕方がない。ハルトシ、その通りだ。だがこのことは……」

「大丈夫です。決して他言は致しません」


 国王が言うには、隣国のヒルス帝国が国境におよそ三万の兵を集めているとのことだった。あちらの準備が整うのは早ければ二カ月後、遅くとも三カ月後には攻め込んでくると思われるそうだ。


 対するはカイル・バーナード・ボラント辺境伯で、現在は五千の兵で睨みを効かせているという。しかし数の差は明らかなので苦戦は免れないだろう。辺境伯領に城はないそうだ。


 当然王国としても看過できる状況ではなく、ボラント領周辺を治める貴族に援軍を求めている。ただ日和見する領主が多く、今のところ期待できる援軍はせいぜい五千から六千程度らしい。


 五千の王国軍と合わせても約一万、辺境伯領の軍勢は全軍で一万五千となるが相手の半分だ。くらあぶみがあっても不利としか思えない。


「日和見領主たちですが、辺境伯領が突破されたら自分たちが危ないとは思わないんですか?」

「その場合は帝国の軍門に下るだけだな。無抵抗ならば帝国も手荒な真似はすまい」


「許せませんね。放っておかれるんですか?」

「むろん王国法に基づいて反逆罪で粛清はする。しかし……」


 粛清されると分かっていて日和見に徹するということは、王国は帝国に勝てないと踏んでいるのだろう。どうやら国王もそう思っているらしい。


「戦争せずに降伏という道は?」


「我がラビレイ王家は全員処刑される。それは致し方ないが、帝国の属領となれば民は圧政を強いられることとなろう」

「事実上の奴隷と言えます」

「奴隷!?」


「帝国は敗戦国の民をせんみんとして扱います。賤民とは最下層身分のことで、人としての尊厳が保たれることはまずありませんな」

「でしたら日和見領主も……」


「彼らは戦勝に貢献したとして身分が保証される。余分に税は課せられるが領民から搾り取れば済む。これまでの生活から大きく落ちることはないのだ」

「汚い……」


「ハルトシ、先ほど其方そなたはこの王国さえ滅ぼせる兵器があると申した。それを売ってもらうわけにはいかぬか?」


「戦争のための道具は禁輸対象と申し上げました。お売りすることは出来ません」

「我が国の危機であってもか!?」


「その危機の度に兵器をお売りするんですか? 我々の召喚可能な兵器はその気になれば国土を焦土と化すことも出来るほど強力なんです。防衛から侵略に転じないと誰が約束出来ますか? 鞍と鐙でさえ本当は戦争のためとなると提供したくないところなんです」


「しかし其方そなたは戦争を前提に話を持ちかけたではないか」

「まさかこんなにすぐに戦争が起こるなんて思ってませんでしたので」


 それに騎士団が強くなるのはなにも戦争のためばかりではない。盗賊の討伐や、魔物の驚異があればその対応にも役立つはずだ。騎士団があるというのはそういうことなのである。


「兵器はお売り出来ませんが、戦闘の参考ならお話し出来るかも知れません」

「参考?」


「はい。騎士団の方は普段どの程度の長さの槍をお使いですか?」

「およそ四メートルほどであろうか」

「帝国も同じですか?」

「大きな差はないと思いますぞ」


「でしたらそれを六メートルほどの長槍に変えてみて下さい」

「六メートル? しかし重さが問題となろう?」


はだかうまに乗るからですよね。鐙があれば踏ん張れますので、取り回しは今とあまり変わらないのではないかと思います」


 訓練は必要だし個人技に優れた者に長槍は適さない。しかし槍の長さはそのまま自分の間合いとなり、相手の間合いに入る前に穂が届くなら強力なアドバンテージになるはずだ。


「なるほど。レミー、すぐに長槍を作らせろ。効果は分からんがハルトシが無駄な策を申すとは思えん」

「オオゴウチ殿、長さだけを変えればよろしいのですかな?」


「多少強度には考慮が必要かと思います」

「分かり申した。では陛下、私はさっそく」

「うむ。頼んだぞ」


 それから俺は改めて物干しハンガーと布団ばさみ、ポケットから使い捨てライター、マッチを取り出してテーブルの上に置いた。


「では改めまして、商材のご説明に入らせて頂きたいと思います。ああその前に、こちらが前にお話しした避雷針の設計図と材質を記載したものになります。お納め下さい」

「うむ」


 さて、商談開始だ。

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