第七話

「使い捨てライターとマッチ、物干しハンガーに布団ばさみ、あとポップコーンの実演販売で決まりだな」


 マッチは火をつけるアレ、物干しハンガーは折りたたみ式で洗濯ばさみがたくさんついたアレである。布団ばさみは干した布団が風で飛ばされないようにするアレだ。値付けはラビレイ国王と相談して決めるつもりだが、とんでもない安値を言われても困るので参考価格は設定しておいた。


 それらを持って俺は颯爽とママチャリで王城に向かう。前かごに入りきらない物干しハンガーが微妙に邪魔だし、道行く人からの無遠慮な視線が痛い。早めに馬車を手に入れるか、車の使用許可を取ることにしよう。車か。国王に説明するのが面倒だな。


 ポップコーンはあらかじめ社屋で作ったものをリュックに入れて持っていくことにした。さすがにカセットコンロまでチャリで持ち運びたくない。


「と、止まれ! 何者だ!?」

 案の定、門番の兵士に呼び止められた。


「あー、すみません。怪しい者ではありません。これ、入城許可証です」

「見せてみろ」


 提示した許可証を奪い取るように手にした兵士は、もう一人の兵士と一緒にチェックしてから返してくれた。


「失礼した。確かに本物なので案内役を連れてくる。しばし待たれよ」


 間もなく案内役と紹介されたオーソドックスなメイド服姿の女性二人が俺の前に連れてこられた。身のこなしに隙がないので、彼女たちはおそらくそれなりの体術を身につけており俺の監視役も兼ねているのだろう。


「ロイレンと申します。今後はこちらのブリアナとともにオオゴウチ様のご案内を担当させて頂きます」

「ブリアナと申します。よろしくお願い致します」


 ロイレンさんは赤い髪をポニーテールに結っている童顔美少女で十代後半に見える。ブリアナさんの髪色は水色でボブのような髪型だ。二人とも身長は150センチちょっとという感じで、178センチある俺と並ぶと頭のてっぺんがちょうど顎の辺りにくる。


 胸はあまり大きくないが俺は気にしない。この二人ならぜひとも仲良くなりたいものだ。次に来る時は甘いお菓子でも持ってこよう。砂糖は高価らしいから喜んでくれるに違いない。


 挨拶が済むと前をロイレンさん、後ろをブリアナさんに挟まれて広めの応接室に通された。中央に木製の洒落たローテーブルがあって手前側に普通のソファ、奥側にかなり豪華なソファが置かれている。当然俺は普通のソファの方に着席を促された。


 ちなみに持参した商品は持ってくれるとの申し出があったが断った。


「シミオン・ファーガス・ラビレイ国王陛下ははんときほどでお見えになられます。それまでしばらくお待ち下さい」


 四半刻とは約三十分のことだ。ブリアナさんが紅茶を淹れてくれたが、なかなか上品な香りと味わいである。


「お聞きしてもいいですか?」

「はい、なんでしょう?」


「この応接室はどのような身分の来訪者が招き入れられるのですか?」


「下級貴族の方が多いと思います」

「ただ、こちらでお会いになるのは陛下を始めとするお歴々の方々ですので、応接室としてはそれなりに高いグレードとなっております」


 ロイレンさんの答えにブリアナさんが補足してくれた。


「では私は好待遇で迎えられていると考えてよろしいのですね?」


「詳しいことは存じ上げておりませんが、オオゴウチ様には最上のおもてなしをするようにとの指示を受けております」

「なるほど。ありがとうございます」


 二人は一礼して扉の左右に控えた。


 最上のおもてなしというのがリップサービスの可能性であることも捨てきれないが、ぞんざいに扱われた雰囲気はない。国王にしてみれば未知の世界から品物を持ってくる俺たちだ。納品したくらあぶみは有用と思われるし、無下にされることはないだろう。そう思いたい。


 体感で三十分くらい経っただろうか。腕時計で確認するとやはりここに通されてから三十分が経過していたので、俺の腹時計はそこそこ正確なようだ。いや、腹が減ったわけではない。扉をノックする音が聞こえた。


「間もなく陛下と宰相閣下がお見えです。お支度を」


 扉の向こう側から男性の声が聞こえると、ロイレンさんが俺のところにやってきた。


「陛下と宰相様がご到着されます。お立ちになって片膝をついて頭をお下げ下さい」

「分かりました」


 正式な謁見ではないのでこの姿勢で国王の言葉を待てばいいそうだ。実は彼女たちは必要に応じて俺に作法を教えてくれることになっている。あらかじめそういうことに疎いと伝えておいたからだ。


「ハルトシ、待たせたな。面を上げよ」

「はっ!」

「そこに座れ」


 先に国王と宰相が奥にある豪華な方のソファに腰かけてから俺にも普通のソファを勧められた。俺が座るとすぐに新しい紅茶が出される。ただ、カップもソーサーも目の前の二人のものは別格と言えるほどに美しい。それにしても国王から名前の方を呼び捨てにされたのには驚いたよ。


「本日は……」

「オオゴウチ殿の用件は分かっておりますが先にこちらの話を聞いて頂きたい」


 レミー宰相が物干しハンガーを手にしようとした俺の言葉を遮った。改めて見ると二人ともなんとなく疲れているような雰囲気だ。


「分かりました。お聞き致します」


「オオゴウチ殿、あの鞍と鐙を大至急五千組用意してもらえませぬか?」

「え……ご、五千ですか!?」


 そんなに気に入ってくれたのかな……いや、やはりなんか様子がおかしい。するとラビレイ国王が焦ったように身を乗り出してきた。


「どうなのだ、出来るのか出来ないのか!?」

「の、納期はいつまでですか?」

「大至急と言った。可能な限り早くだ!」


 例によってピンマイクで話を聞いていた洋平が在庫状況を確認し、一日で用意出来ると指向性スピーカーから返してきた。ただし――


「一日で可能です。ただ、その数を保管するだけの場所がありません」

「い、一日で可能と申されるのですか!?」

「保管場所の心配は無用だ。すぐに荷馬車を手配する」


 驚く宰相を制して国王が言葉を繋いだ。


「あとは代金です。さすがに五千組の献上は不可能ですよ」

「分かっておる。あのように優れたものだ。一組当たり金貨十枚出そう。足りるか?」


 一組百万円かよ。そのまま日本円換算するのは早計だとして、高級品でも仕入れ価格は十万円もしない。ボロ儲けもいいところだ。


「十分です」

「それとな、さらに五千組を用意してもらいたい」

「合計で一万組ですか。後の五千組の納期は?」


「そちらもなるべく急ぎで欲しいが、一週間ほどは余裕がある」

「余裕がある……援軍用ということですか?」


 次の瞬間、俺は首元にナイフを突きつけられていた。いや、これはナイフではなくないか。かっけー! てか感心している場合ではない。ロイレンさんとブリアナさんから向けられた殺気にちびりそうだ。


「二人ともよせ!」

「「はっ!」」


「ハルトシよ、すまなかった」

「陛下、頭を下げるのは……」


「レミー、此度こたびはハルトシの助力なくしては国を護れんのだ。ロイレンにブリアナ、ハルトシへの無礼はに対する無礼と心得よ!」

「「はっ!」」


「ま、待って下さい! 二人とも落ち着いて!」


 俺は驚いて思わず大声で叫んでいた。彼女たちがいきなり自分の喉元に苦無を突き刺そうとしたからである。


「なぜ止める?」

「いや、だっておかしいですよ、陛下」


「なにがだ? 余に無礼を働けば如何様な理由があろうとも死罪は免れん。自死を許すはこれまでの働きに対する情けぞ」


「そこですよ。二人とも俺……私の首に苦無を突きつけただけですよね。その理由も私が余計なことを口走ったからではありませんか?」

「しかしオオゴウチ殿、法を曲げるわけにはいきませんぞ」


「分かりました。では鞍と鐙の取引もなかったことにさせて頂きます」

「「なっ!!」」


「レミー宰相閣下は法を曲げられないと言われました。ならば私も私の国の法を曲げるわけにはいきません。私の国の法では戦争のための道具は禁輸対象なんです」


 もちろんデタラメだ。二十三年十二月に改正された『防衛装備移転三原則』でもそんなことは示されていない。しかしここは異世界。つまりこの世界では製品の扱いについては俺たちが法そのものなのである。ご都合主義的バンザイってやつだ。


「陛下はご覧になられたのでご存じかと思いますが、あれから召喚される物の中にはこの城どころか王都、いえ、王国そのものを滅ぼすほどの兵器もあります」

「なん……だと……!?」


「信じようと信じまいとご自由になさって下さい。もちろん今はそんなことをするつもりはありませんし、この国とは今後もよい関係でありたいと願っております。

 ですが万が一にも私たちの暗殺などを企てられたり王国のせいで一人でも欠けることになれば、少なくとも王都の民百万の命は一瞬にして消えると思って頂きたい」


「なぜ王都民の数を把握している!?」


「王国を滅ぼせるほどの技術があるのですから簡単なことです。なんでしたらもっと正確に、一人単位の数字も出せますよ」

「陛下、無礼を承知で申し上げますが、私にはオオゴウチ殿の言葉に対して陛下が余りにも寛大と申しますか、弱気のように思えてなりません。なにか理由がおありなのでしょうか?」


「ハルトシ、例の件、レミーに話してもよいか?」

「まあ、他言無用を守って頂けるのなら」


 洋平から問題ないと回答があった。ついでにロイレンさんとブリアナさんも別にいいっしょ、とのことだった。もちろん他言無用は絶対条件だ。


「ロイレンとブリアナは外に出よ」

「「はっ!」」

「いえ、他言無用を守ってもらえるなら二人にも聞いてもらって構いませんよ」


 扉に向かっていた二人が足を止める。そうして元の位置に戻ったところで、陛下は俺たちが異世界人であることとのことを語った。レミー宰相も二人のメイドも驚いて息を吞んでいたが、否定すれば国王がウソをついたと言ったのも同然で不敬罪に問われかねない。


 それにロイレンさんとブリアナさんはどうか分からないが、レミー宰相は直接その目で社屋を見ているのだ。あれを見れば国王の言葉があながちウソではないことも想像出来るだろう。


「先ほどオオゴウチ殿が申された自分の国というのも、本来なら自分の世界ということなのですかな?」

「その通りです。そして私の元いた世界の技術はこの王国より数百年は先んじていると思います」


「まさか……!?」

「もうよいだろう、レミー。それよりもハルトシ、一つ確認させてほしい」

「なんでしょう?」

「なぜ其方そなたはそこの二人の命を救おうとしたのだ?」


「ああ、色々申し上げましたが、私のいた国では寿命や病気以外で人が死ぬことをよしとしないのです。戦争は忌避され人殺しは理由を問わず重罪です」


 正当防衛などの例外や理由によっては減刑や無罪になることもあるとは説明しなくてもいいだろう。


「当然私もせきしもとりも人を殺したことはありません」

「一度も、か!?」

「一度も、です」


「そうか、しかし余に無礼を働いた二人をそのまま城に置いておくわけにはいかん」

「追放、ということですか?」


「そうなる。異例のことでこれ以上は許容出来ん。それで取引を……」

「そういうことでしたら安心感しましたぁ!」

「「はっ!?」」


「ロイレンさんとブリアナさんを私に下さい」

「「えっ!?」」


 俺以外の四人がしばらく固まっていたのは言うまでもないだろう。

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